森本禎介さん選出・サイクリストへお勧め図書⑭25年前に近未来のバイクメッセンジャーを予測 SF好きにおすすめ『ヴァーチャル・ライト』

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 2019年のお正月を迎えました。寒空の下、自転車に思い切り乗った休日の午後や、家でゆっくり過ごすサイクリストの方へ、自転車関連のおすすめ図書を紹介していく人気連載「サイクリストへお勧め図書」2019年編を始めます。通算第14回目はTKC Productions(ティーケーシープロダクションズ)代表で“永遠の文学少年”森本禎介さんが選んだウィリアム・ギブスン著『ヴァーチャル・ライト』です。

舞台は“大地震後のサンフランシスコ”

絶版でKindle化もされていない本はこの世に存在しない本扱いされる未来が来るのだろうか? Photo: Teisuke MORIMOTO

 1993年に描かれた2006年のサンフランシスコ。地震によりベイブリッジは崩壊、海底トンネルが掘られたため橋は放棄され、不法占拠されたトレジャーアイランドからSF側の上に九龍城の如く一つの街ができあがる。その最初期に移住した老人の小屋に間借りする少女シェヴェット。虐待に遭い、オレゴン州から逃れてきた彼女の仕事はバイクメッセンジャーで、大金を注ぎ込んだ相棒は紙芯を「旭精工」製カーボンファイバーでラッピングしたマウンテンバイクだ。

 サドルの下に生体認証のセキュリティ・システムを備え、指先でタッチすることにより分子ブレーキが解除される。制動は粒子ブレーキで、走行により充電されるバッテリーで動作する。カスタムの特大チェーンリングを装着、外見は錆を模したスプレーが吹かれ、あえて汚く見せることにより盗難対策としている。

攻殻機動隊にも多大な影響”

 シェヴェットは配達先のビルでパーティに迷い込むことになり、絡んできた酔っ払いから軽い気持ちで盗んだサングラスがサンフランシスコ改造計画を収めたVRグラスだったことから、最終的には中央集権型システム<デス・スター>とハッカー集団<欲望共和国>の争いに巻き込まれることになる。これがサイバーパンクの父と呼ばれ、映画マトリックスや士郎正宗の攻殻機動隊にも多大な影響を与えたと言われるウィリアム・ギブソン著『ヴァーチャル・ライト』のあらすじだ。

 現代のハードSFやサイバーパンクが紡ぐ複雑で科学的に裏打ちされたストーリーに比べると他愛もないように聞こえるのは仕方ないが、実際には25年も昔の作品とは思えないほど示唆に富んでいる。既にサイバースペースが張り巡らされた近未来に、フィジカルの自転車に乗った配達人が果たして必要なのか? 作品に登場する山崎という大阪大学社会学部に籍を置く橋の研究者はこのように思索する。

 「肉体による郵便物配達を不経済な方式として廃れさせたその均一性が、ある一面では意外に穴が多いことを暴露し、あの少女の提供するようなサービスへの需要を生み出しているのかもしれない」¹⁾

 現実世界でも最初はFAXがライバルとなり、そして後にはインターネットの普及、最近では『Uber』が立ち上げた同様のサービスと戦うことになり、年々とバイクメッセンジャーの需用は減っている。1993年の時点でこれを見通していたギブソンの慧眼には恐れ入る。そして、同時にバイクメッセンジャーをデータの冗長性に不可欠な存在として物語に重要な役割を与えたのも興味深い。

『ヴァーチャル・ライト』の1ページ Photo: Teisuke MORIMOTO 

 そう、90年代前半にはバイクメッセンジャーは今よりもクールな職業だと思われていたのだ。色とりどりのスパンデックスに身を包み、計算しつくされた信号無視を駆使して街を疾走する姿はほとんどの大都市に欠かせない彩りだった。フィジカルの配達人というコンセプトはSFと親和性が高いようで、ギブスンは『ヴァーチャル・ライト』に先だって『記憶屋ジョニィ』という脳に記憶を暗号化する配達人の短編を発表しており、これは後にキアヌ・リーブス主演の『JM』として映画化されている。

 この原稿のためにAmazonでKindle版を購入して再読しようと思ったが、文庫しか存在せず、どうやら長らく絶版状態のようだ。仕方なくメルカリで探してフィジカルの本で読んだのだが、これもギブスンの謀計に思えてならない。

<参考文献>
¹⁾ウィリアム・ギブスン『ヴァーチャル・ライト』, (角川文庫,1999年), 126-127頁

森本禎介
森本禎介(Teisuke Morimoto)

 TKC Productions代表。ポートランドに本拠を置く数ブランドの代理店を務めながら、まだ見ぬシングルトラックを追い求める日々の合間に仕事をするライフスタイルを目指している。Photo:Masahiro Matsushima

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