じてつう物語<2>先生の自転車通勤は世界選手権へと通ず!? 和地恵美さん

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和地恵美さん(50)和地恵美さん(50)

自転車通勤はトレーニングの一部

 東京都町田市内の小学校に先生として勤務している和地恵美さん(50)は、夫、そして二人の息子と暮らすお母さん。朝は5時に起きて家族の朝食作りなどの家事をこなし、時間を気にしながら自転車にまたがり職場へと自転車通勤……と、ここまではわりとふつうの「仕事を持っているお母さん」。でも和地さんの自転車通勤はちょっと違う。実は和地さん、2006年と2007年に、マスターズ世界選手権のトラック競技で金メダルを獲得した人なのだ。家事も仕事もある和地さんにとって、自転車通勤の時間は、貴重なトレーニング時間でもある。

 「距離は片道14kmくらいですね。まっすぐ行けば50分。朝はなるべく早く出て、遠回りをすることで練習にあてています。時間に余裕があるときは、多摩川まで行くこともあります。もちろん、バタバタしていてそんな時間がないときは、まっすぐ学校に向かっていますが」

時間はメーターではなく腕時計で確認している時間はメーターではなく腕時計で確認している

 小学校の先生は、授業が終われば家に帰れるわけではないのはご存知の通り。

 「授業が終わったあとも会議や授業の準備などで忙しいことが多いです。出勤は朝の8時で、退勤は17時から18時くらいです」

 帰宅時は、家事があるので基本的にはまっすぐ帰る。

 「帰り道は、スーパーで夕食の食材を買うくらいですね。ロードレーサーでリュックを背負って、しかもそこからネギが飛び出したりしていますよ、本当に(笑)」

 ちなみに、和地さんの自宅から勤務先の学校までは、公共交通機関を使うと電車とバスで1時間半かかる。自転車の方が圧倒的に早く着くので、雨の日でも自転車通勤だ。

学生時代からスポーツ自転車を乗りこなす

 「栃木県出身なのですが、まわりには何もない田舎だったので、子供の頃から自転車がないと生活できなかったんです。だから自転車自体はずっと乗っていたし、好きでした。仙台の大学に進んでからは『ユーラシア』を買って、通学やサイクリングをしていました。3年生になったときには、先輩が見繕ってくれた『アマンダ』を手に入れました」

 おそらく当時としては珍しかったであろう、スポーツ車を乗りこなす女性だった和地さん。その楽しみ方はサイクリングが主流で、競技志向があったわけではなかった。

 「卒業して教員になり、最初に赴任したのが塩釜市の小学校だったのですが、その頃は週末に松島までサイクリングに行ったりして、楽しんでいました。」

 もっとも「宮城から栃木まで自転車で帰省したことがあります」と、さらっと話すあたり、自転車乗りとしての素質はあったのだろう。

 そんな和地さんが学生時代に競技として打ち込んでいたのは、陸上だった。走り幅跳びが得意で、インカレで2位になったこともある。「当時は陸上で世界を目指していました」と、和地さんは話す。

ケガのリハビリでふたたび自転車に熱中

 結婚を経て首都圏で暮らすようになった和地さん。もちろん自転車は好きだったが、スポーツとして取り組んでいたわけでもなく、自転車通勤もしていなかった。しかし、あることがきっかけで、比較的長距離の自転車通勤をすることになった。

 「小学校の体育の授業で走り幅跳びのお手本を見せようとして、足を骨折してしまったんです」

 学生時代に得意としていた走り幅跳びで、まさかの骨折。完治に数ヶ月を要し、体力の衰えを感じないわけにはいかなかった。

 「だから何かスポーツをと思ったんです。いろいろ考えたのですが、そういえば学生のとき、自転車が楽しかったなあと思って。そして、町田市内の自宅から二子玉川の小学校まで、自転車通勤を始めました」

 タウンページで地元の自転車ショップを探し、ロードレーサーを購入。「最初は、嫌にならない程度に楽しんでいました」という和地さんだが、だんだん、学生時代に陸上に熱中したアスリートとしての性格が表に出てくる。

 「初めて出てみたレースは乗鞍のヒルクライム。このときは、後ろに(登坂を楽にこなせる)大きなギアをつけて、楽しく登ることができました。その後、平地でヨーイどんっ……っていうのをやってみたくなったんです。実際に友人がロードレースに出ているのも見て、自分もやってみようと思いました」

 気がつけば、草レースから実業団レース、果てはツール・ド・沖縄の市民レースに至るまで、様々なレースに出場していた。ケガのリハビリではじめた自転車通勤が、和地さんの心にふたたび火をつけた。そして、あるときトラック競技用自転車「ピスト」と出会う。

 「ツール・ド・沖縄で勝った人が『私はピストで練習している』と聞いて、自分も取り入れてみることにしました」

ピストと出会い、マスターズの世界チャンピオンに

マスターズ世界選で獲得した金メダル(和地さん提供)マスターズ世界選で獲得した金メダル(和地さん提供)

 レースへの出場を重ねて行くうちに自転車仲間も増えてきた和地さんは、ピストを手に入れたあと、バンクでの練習会などにも参加するようになった。そして「せっかくピストを持っているからには、レースでも試してみたい」という気持ちが芽生え、トラック競技にも参加するようになった。そして、日本のマスターズのレースに出たときに、友人からかけられた言葉が和地さんの世界を広げることになった。

 「『マンチェスターのマスターズには行かないの?』と声をかけられたんです。自転車にマスターズの世界選手権があることは、それまで知りませんでした。ちょうどその頃、陸上競技をやっていた頃の友人が、日本のマスターズ競技で頑張っていたことにも刺激されて、マスターズ世界選手権に出てみたいと思いました」

 マスターズの世界選手権は、日本国内において代表選考会があるわけではなく、意思があればエントリーできる。しかし、UCI公認の大会であり、世界各国から、若い頃にかなりの実績を残した選手たちが本気でエントリーしてくる大会だ。「私は陸上で世界を目指して、諦めたから」という和地さんは、仕事もあり、家事もありという限られた時間の中で、できる限りの練習をした。

 その結果、和地さんは2006年と2007年に、2年連続でマスターズの世界チャンピオンに輝き、500メートルタイムトライアルでは年代別の世界新記録までたたき出した。

強くなって世界が広がる。それを子供たちに伝える。

マスターズ世界チャンピオンの証である「青いアルカンシェル」(和地さん提供)マスターズ世界チャンピオンの証である「青いアルカンシェル」(和地さん提供)

 和地さんは言う。

 「マスターズの世界選手権で勝ったことで、海外も含めて他の強い選手と友達になることができました。そして、その人たちの強さの理由、取り組み方や精神力のたくましさといったものに触れることができました。これを、学校で子供たちに伝えることができるのが、とても良かったと思います。私は教員として、自分が経験したことを子供たちに伝え、広められる立場にあります。運よく金メダルを獲れたのは、世界で活躍する友達の強さや、逞しさの秘訣を伝える役割を果たしなさい、ということなのだと思います」

 では、いま和地さんが子供たち、もしくは子供を持つ親たちに伝えたいことはなんだろうか。

 「子供たちには、好きなことを頑張って欲しいと思います。近頃の子供たちは親に言われていろいろな習い事をしていることが多いけれど、子供からすると、親に言われて仕方なくやっているというケースもあります。もちろん、学校以外に塾や習い事があることは良いことですが、子供自身がやりたいことを自分で考えて取捨選択できる機会を与えてあげると、子供は幸せだと思います」

 実は今年に入って肺の病気で一時期自転車を休んでいた和地さんだが、今は復帰してふたたび練習に力を入れはじめている。「体力を戻して、もう一度世界にチャレンジしたい」と力強く話す和地さんは、今日も自転車で職場の学校に向かう。練習はもちろんだが、一時期休んでいたからこそ彼女は「朝から自転車に乗れば、元気が出る」と、心から思っている。

今日もレーサージャージに身を包み、颯爽とロードレーサーで自転車通勤今日もレーサージャージに身を包み、颯爽とロードレーサーで自転車通勤

 

ルート:東京都町田市~東京都町田市、往復28km、出勤時は寄り道して練習も
時間:片道50分
頻度:週5日
マシン:コルナゴ・C50
勤務先での設備:とくになし
じてつうの工夫:時間を確認しやすいように腕時計を使用

TEXT&PHOTO BY Gen SUGAI

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