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MSN産経ニュースwest【冒険者たち】より“有給休暇4年3カ月”で自転車世界一周 「人は人に生かされている」坂本達さん

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 《とめどなく噴き出す汗。顔を上げると、赤茶けたアフリカの大地が見渡す限りに広がっていた。1日60キロを超えるペースで5日も走り続けているのに、どこまでも同じような景色が続く。自転車のペダルを踏む足が重い。灼熱の太陽が照りつけるサハラ砂漠を駆け抜け、やっとの思いでギニアにたどり着いたが、疲労は限界に達していた。
 
 やがて見えてきた小さな村。村人から振る舞われたバナナで空腹を満たす。「助かった」。安堵が胸に広がった。だが、このとき、すでに「死の影」が背後に忍び寄っていたことは知るよしもなかった》

冒険の足跡

 「『好きなだけ有給休暇をやるから行ってこい』という社長の一言で長年の夢がかなった」。大手子供服メーカー、ミキハウス(大阪府八尾市)に勤務する坂本達(たつ)(44)=兵庫県三田市=は今でも転機となった瞬間を忘れない。

条件…絶対無事に帰ってこい

 1995~99年に実現させた自転車での世界一周。92年の入社以来、会社の服を世界中の子供に着てもらってPRする―という企画書まで書いて提出し、世界一周への思いを訴えた。

 いくら待っても返答はなく、退社を決意していた95年初めの新年会の席で社長の木村皓一(67)から突然、「会社で1人くらい変わったことやってるやつがいてもええやないか」とゴーサインが出たのだ。

 ボーナスや定期昇給もついた異例の有給休暇。耳を疑う坂本に木村は「条件がある。絶対に無事に帰ってこい」と笑ったという。

 父親の仕事の都合で小学生時代をフランスで過ごし、観戦した世界最高峰のレース「ツール・ド・フランス」で自転車に魅了された。いつか自転車で旅に出て世界中の人がどんな所に住み、何を食べ、何を感じているのかを知りたい…。市街地を疾走する選手が、世界を走り回る将来の自分の姿と重なった。

 入社後、夢の実現に向けて節約生活を始めた。同僚からの酒の誘いを断り、顔を出すのはおごってもらえる飲み会だけ。机やいすなどの家具も段ボールでつくった。「同僚からは『修行僧みたいな禁欲生活だな』とからかわれた」

標高4千メートルを超えるチリとアルゼンチンの国境、シコ峠で =平成11年標高4千メートルを超えるチリとアルゼンチンの国境、シコ峠で =平成11年

 迎えた本番。重さ約50kgの荷物をくくりつけた自転車で、約4年3カ月かけて欧州からアフリカ、アジアを経て北米、南米へと走り抜けた。走行距離は5万5000km、訪れた国は43カ国。砂漠を照らす満天の星空、長さ15kmにも及ぶ氷河…。世界中の秘境を巡ったが、「人との出会いが一番の宝物だった」。

マラリア、赤痢を併発

 命からがらたどり着いたアフリカ・ギニアの小さな村。ここでマラリアと赤痢を併発、村の診療所に約1週間入院した。40℃の熱で下痢が止まらず、一歩も動けない。目の前をよぎった「死の影」を振り払ってくれたのは診療所の医師だった。遠い異国からの旅人に対し、村に残された最後のマラリア治療薬を注射してまで治療を施し、汚れた下着の洗濯までしてくれた。

 回復後、現金を渡そうとすると、医師は「友達からお金なんてもらえない」と笑うだけ。「人は1人で生きているんじゃない。人に生かされているんだなと思った」と振り返る。

 現地では真水が足りず、泥水を生活用水にしていて風土病が蔓延していた。帰国後の2005年3月、世界一周をまとめた本の印税をつぎ込み、現地に深さ約20メートルの井戸を完成させた。

 「命を救ってくれたお礼がしたかった。『ありがとう』と言ってくれた現地の人の笑顔が報酬です」

 週末は自転車サークルで汗を流す。いずれは妻、佳香(30)、長男(2)、そして2月に生まれる予定の子供とともに“世界2周目”に旅立つ思いを胸に秘めている。(宇都宮想)

=敬称略  

◇           ◇

■MSN産経ニュースwest 連載「冒険者たち」
 子供のころ、誰しもあこがれた世界の秘境への冒険。就職や結婚など、人生のステージを重ねるごとに色あせてしまう夢を失わず、冒険を続けている人がいる。社会を覆う閉塞感を吹き飛ばす冒険者たちの言葉に耳を傾けたい。

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