「皆がいるから始めやすい」いまどき自転車チームは「ソーシャルアパートメント」で結成 楽しさもシェアする次世代コミュニティ
「自転車チーム」というと多くの場合、自転車ショップ等のチームをイメージする。自転車を購入したショップで強そうなチームの門戸を叩き、緊張のデビューを果たした経験をもつ人も少なくないだろう。そんなビギナーにとっての“敷居”がまったくない自転車チームが存在する。最近流行りの「ソーシャルアパートメント」というコミュニティから生まれた「チームGEKIKOGI(ゲキコギ)」。現在23人いるメンバーのほぼ全員がビギナーで、そのうち8人が女性というなんとも素敵なチーム編成だ。メンバーの女性の1人は「自転車に乗りたいというより、皆と楽しみたいという思いの延長に自転車があった」という。新しいコミュニティから生まれた、新時代の自転車チームの姿を取材した。
ネギ部、キノコ部、自転車部
彼らの存在を知ったのは『Cyclist』が主催するライドイベント「伊豆大島御神火ライド2018」。センスの良いジャージを着て十数人が集まっている様子は会場で一際目を引いていた。どこのチームかと問いかけると、東京・文京区にある「ワールドネイバーズ護国寺」というソーシャルアパートメントの同居人との答えが返ってきた。

実際に護国寺にある彼らのアパートを訪れてみた。一見年季の入った普通のアパートだが、足を踏み入れるとそこにはリノベーションでおしゃれに生まれ変わったリビングが広がっていた。家賃の負担軽減のために一軒家で部屋を共有する従来型の「シェアハウス」とは一線を画すスタイルで、マンション形態を保ちつつ共用スペースをもって敢えて住人同士の交流を場を作り出している。共用キッチンで住人同士が夕飯を作って一緒に食事をしたり、ソファでパソコン作業をしていたり、思い思いに過ごす様子は一見カフェのようだ。

全室六畳一間で、戸数は全部で180戸。稼働率95%以上で待機者も出るほどの人気ぶり。最近は海外からの入居者も増え、全体の2~3割を占めているという。そんなアパート内にはさまざまなコミュニティが存在しており、「フォト部」「朝活部」などのほか「激辛部」「ネギ部」「キノコ部」などユニークな活動が住民同士で繰り広げられている。その1つに自転車部「ゲキコギ」の存在がある。
きっかけは「しまなみ行かない?」
自転車部が誕生したきっかけは昨年10月、宮東剛史さんが発した「しまなみ海道行かない?」の一言だった。宮東さん自身それほどスポーツバイクの経験はなかったが、初めて訪れた瀬戸内の美しさに魅了され、しまなみ海道の存在を知ったことを機にアパート内のSNSで呼びかけた。するとスポーツバイク未経験者をはじめ、前からやってみたかったという人たちが手を挙げ、結果9人で今年4月にしまなみ海道を走った。
ルートは広島県の尾道から愛媛県の松山までの片道。途中の島で1泊し、2日間かけてトータル120kmを走った。当時自分の自転車を持っていたのは3人で、他の6人は現地で自転車をレンタルした。

それがスポーツバイク初体験だったという戸谷牧子さんは、「島の間を自転車で走るって楽しそうだなと思って、軽い気持ちでいったみたら大変でした(笑)。告知には“素晴らしい”ということしか書いてなくて、つらいなんて一言も書いてなかった(笑)。山歩きが好きで体力には自信があったけれど別物。でも、そう思うと同時に、自分の力でこんなに遠くまで行けて、友達と景色を楽しめたことがすごく楽しかった」と振り返る。
このしまなみサイクリングを機にメンバーの中で「自転車×旅」の魅力に火が着いた。メンバーの1人が撮影していたしまなみサイクリングの動画がアパート内のSNSでさらに反響を呼び、次第にメンバーが増えていった。
誰でも自転車を始めやすい環境
そして次の目的地として定めたイベントが今年9月に開催された伊豆大島を一周する「御神火ライド」。健脚向きの「チャレンジコース」は三原山のヒルクライムもあるが、「ぐるっと一周コース」は46kmで獲得標高826mで、ビギナーにとってはちょうどチャレンジし甲斐のあるコースだ。東京からも近く、船旅あり、絶景あり、グルメもあってほどよく頑張れる。そんな“イベント旅”に、女性5人を含む総勢15人が集まった。

メンバーが増えたことを機に「行くならジャージ作って、ジャージ作るならグループ名も決めよう」という展開に。メンバー内にいるデザインのプロたちがチームのコンセプトから話し合い、「あまり見たことのないデザイン」にこだわってジャージを作成。チーム名はアパート名にもなっている「ゴコクジ」という響きをとって「ゲキコギ」と名付け、そのロゴもデザインした。
メンバー内でのロードバイク保有率も着々と増えている。かつて通学でロードバイクを使っていたという佐伯瞭真さんは、「以前のバイクは、もう二度と乗ることはないと思って友人にあげました。でも、ゲキコギでまた乗り始めて色々教えてもらったら良いのが欲しくなって、また買っちゃいました(笑)」とのこと。メンバーの中の経験者からアドバイスをもらい、選んだのはキャニオン。「自分1人だったら組み立てもできない。サポートしてくれる人が周囲にいなかったら、かっこいいと思っても選べなかった」と話す。

御神火ライドを通してすっかりロードバイクにハマり、チネリの愛車を手に入れたという馬場佑佳さん。当初は、「伊豆大島行かない?」の一言で誘われ、自転車イベントであることを知らされずチームに加わったそう。
「やったことないからやってみようと思った」と参加したイベント前のチーム練習で周囲も驚く上りを見せ、山に目覚めた。「乗ってるときは、もうこんなのやらないって思っていたけど、着いた瞬間はもう楽しいという気持ちしかなかった」と当時の気持ちを振り返る。

本番の御神火ライドもとても楽しんだ様子で、「アパート内でのイベントにいくつか参加しているんですけど、御神火ライドは本当に一番楽しかった。これを超える楽しいことはないんじゃないか」と本気で乗ることを決意し、ロードバイクの購入を決めた。目標は「チームの男性陣をヒルクライムで負かすこと」だという。
しまなみで自転車の面白さに目覚めたという戸谷牧子さんは、いまは自身のバイクはもっておらず、レンタルバイクを利用しながら楽しんでいる。

「欲しいと思わないわけじゃないけれど、お財布との兼ね合いもある。でも、この間も1カ月あたり五千円でショップから借りたビアンキも2018年モデルで、すごく使い心地が良かった。大会前に借りたりして、けっこう満足しています。いつか自分のバイクが欲しいと思うときがきても、聞ける人たちが周りにいるので安心して悩めます」とマイペースで楽しんでいる様子だ。
自転車が気軽に遊べるツールに
「仲間がいると楽しいから、何かに挑戦するハードルが低くなるんだと思います」というリーダーの宮東さん。「何のジャンルにおいても誰かしら経験者がいる。その人がいるから、簡単に初心者も入ってこれる。自転車を買うこともけっこう大きな決断だけど、教えてくれる人がいて仲間と遊べる環境があれば、そのハードルも低くなる。御神火ライドに参加して以来自転車にハマっているメンバーも、こういうきっかけがなければ始めなかったと話していた」という。

学生時代からロードバイクに乗り、チーム内で最も長い自転車歴をもつ戸谷信博さんは「ビギナーにとって自転車ショップに行くことも、チームに所属するのはそもそもハードルが高い。1人で自転車ショップに行って、チームに速い人たちがいたらそれに追いつかなきゃいけない感じになる。僕がいたショップのチームも朝練する人がたくさんいたりして、自分のスタイルには合わないと感じた」と自身の経験を語る。
「それに比べると、ここでは日常生活の中で気軽に相談しながら始められる利点がある。最近は以前ほど自転車の価格も高くないし、レンタルでもスポーツバイクに触れられる機会がだいぶ増えてきたのでこちらも誘いやすい。ここでは誘っていなくても、人が自然と集まってくる感じ。自転車が気軽に遊べるツールの一つになっているいまの形はすごく良いと思っています」と語った。
御神火ライドに続いて参加したのは、10月に開催された霞ヶ浦エンデューロ。ただ走るだけでなくチーム全員がリレー方式で走りながら制限時間を走る耐久レースで、これまでとは違う、チームが団結して走る面白さを体感した。

イベントの選び方について戸谷さんは「色々な趣向の人がいるけれど、あまり強度が高くなく、皆で参加して楽しいと思えるイベントが良いですね」とのこと。霞ヶ浦エンデューロで入賞し、「温泉ライダーin加賀温泉郷」の無料参加権を獲得したそうで、「これも流れかなと思って、メンバーを募って行きたい」という。
そして来年の大きな目標は年明け1月に沖縄で開催される「美ら海センチュリーラン」だ。「この大会で初めて1日100kmを超えるメンバーも多いので、皆で完走を目標に練習していきたいと思っています」という宮東さんの言葉に、集まったメンバーもこれからの展開を楽しみにする表情を見せていた。