11月10、11日開催、自転車の祭典ミスター「ツール・ド・おきなわ」森兵次さんが振り返る、30周年大会と沖縄自転車界のこれから

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 第30回の記念すべき「ツール・ド・おきなわ2018」が11月10、11日、沖縄県北部地域“やんばる”を舞台に開催されます。第1回大会の1989年から大会運営のトップとして、大会を常に大きく成長させてきた大会実行委員長の森兵次さんに、大会開始からここまで大きな大会になるまでの苦労、そして、これからの「おきなわ」の展望について話を聞きました。

30周年のツール・ド・沖縄を笑顔でPRする森兵次さん Photo: Kenta SAWANO

――今や5000人近くの参加者が集まる人気の「ツール・ド・おきなわ」ですが、第1回大会の頃はどういう雰囲気だったのでしょうか。
:ツール・ド・おきなわが始まった頃は、まだのどかなもので、寝袋を持ってきてそのまま海岸で寝て、大会に参加してそのまま帰る人もいるような大会でした。最近の人の中には、クルーズ船で来て走ってくる人もいるので豪華になったものです。

――どういう経緯で「おきなわ」が始まったのでしょうか?

今年30周年を迎える「ツール・ド・おきなわ」 Photo: Naoi HIRASAWA

:1987年に国体を開催した際、「自転車ロードレースという競技は開催後に何も残らない。国体の後に何かを残さなくてはならない」という話になりました。自転車に力を入れていた当時の名護市長・渡具知裕徳(とぐち・ゆうとく)さんから新しい市長に変わって、引き続き自転車に力を入れていこうということになりました。北部地域の人口流出がひどく、なんとか止めたいと思っており「北部を活性化したら、名護も元気になる」という思いで、「ツール・ド・おきなわ」が始まりました。

これまでの「ツール・ド・おきなわ」を懐かしみながら振り返る

  国体を警察と一緒に力を合わせたことが良かったです。国体は国の行事。警察はそのための警備で、県外視察も行ってくれたし、ロードレース対策本部も作っていました。そのおかげでツール・ド・おきなわを開催するときには、知り合いの警察も多く、意思の疎通がうまくいきました。最初から200kmの交通封鎖がうまくいったのもそのおかげ。警察とパトカーで視察したり、護送車で視察したこともあったけれど(笑)。

――プロも参加する大会になったきっかけは?
:当時、私もアマ・プロ合併委員会のメンバーで、1990年に宇都宮でロードレース世界選手権が行われました。そこで日本人として初めてロードのプロ選手が誕生し、高橋松吉、三浦恭資、森幸春、浅田顕らが世界選手権に出ました。しかしそのため、彼らが、アマチュアのレースに出ることができなくなった。国体にも出られず、困っていたところ、翌年の1990年の第2回大会から「おきなわ」にもプロが参加し、三浦が優勝しました。そういう流れもあり、1996年に日本で初めてUCIレースに認定されました。

――そこから30年でここまで大きくなった理由はどこにあるとお考えですか。
:沖縄の環境、自然がサイクリングにぴったりであることに尽きるのではないでしょうか。ロードバイクで走るにも地形が良い。山もコーナリングも厳しいし、平たんもあるし、風もあるしそういうものを巧みに利用するのが楽しみ。210kmは持久力も作戦も必要です。山上りだけ強い人や、平たんでスピードを出せる人が勝つわけでもないのが面白いですね。

市民210kmはアマチュアサイクリストの祭典として大人気 Photo: Naoi HIRASAWA

――レース以外、サイクリングイベントでも同じでしょうか。

前日のサイクリングイベントも充実し、人気を集める Photo: Shusaku MATSUO

:サイクリングもこれだけきれいな海があるので、その海を見て走るというだけでも楽しいと思います。沖縄の場合、那覇を中心とした都市と、「やんばる」という北部の景色も違う。景色、気温、風、草の根、香り、そしてもちろん食べ物も違う。そういったものを感じるのが良い。暑さがかえって良いという人もいるでしょう。沖縄でサイクリングをもっともっと楽しんでもらって好きになってほしいです。

沖縄に行ったら食べたい「ソーキそば」 Photo: Kenta SAWANO 
金武町では田芋でできたスイーツも Photo: Kenta SAWANO

――逆に、課題はありますか。
:弱点は沖縄に来るのがお金がかかる。飛行機がどうしても高かったが、最近ではLCCが多くなり、少しは楽になったと思います。

――日本人以外の参加者は増えていますか。
:海外の人にとっても沖縄は、異国情緒もあって良い。個人旅行は増える傾向にありますね。台湾、韓国、近隣アジア諸国からのサイクリストはもっと増えると思います。色々なところから飛行機の乗り入れが増えてきているし、シンガポール、マレーシア、フィリピンにも期待しています。2020年に那覇空港の第2滑走路が完成すると、日本有数の便利な空港になり、ヨーロッパのサイクリストも増えてくるのではないでしょうか。

季節を問わず、青い海沿いに走ることができるのが、沖縄の魅力だ Photo: Kenta SAWANO

――御自身のお店(沖縄輪業)にも海外の方がいらっしゃいますか。
:お店にも海外のレンタサイクルは5割以上、海外のお客さんで、時代が変わってきたと感じます。自転車店も変わっていかないといけないと感じています。

沖縄輪業は森豊さんを中心に精鋭のスタッフが集まる Photo: Kenta SAWANO
沖縄輪業・前島2号館には新型のスポーツバイクレンタルがズラリと並ぶ Photo: Kenta SAWANO

――今後の沖縄のサイクリング、自転車界はどうなっていくでしょうか。
:いろんな形で発展しそうな感じです。旅行の形態がこれまでより多岐にわたってきており、どこかの業者がコントロールすることはできないが、逆にそれが今は楽しみです。個人旅行が主体になってきたので、レンタルサイクルも盛んになり、安全性も今までより、さらに気を付けなくてはいけない。しっかりガイドの資格をもった人がガイドでサポートするようにしたい。どんなにお金や苦労をかけても沖縄を良く見せることをしなくてはいけない。沖縄はまだまだ発展していくので。

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