初欧州レースでかけがえのない体験「ニセコクラシック」勝者の岡泰誠さんが参戦 UCIグランフォンド世界選手権リポート

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 UCI(国際自転車競技連合)が定めるアマチュア選手競技「グランフォンド」の世界選手権が9月3日、イタリア・ヴァレーゼで開催された。規定を満たした選手たちのなかには日本人の姿も多く、年代別で争われる本気のレースにしのぎを削った。今年、出場権獲得大会である「ニセコクラシック」で優勝した岡泰誠さんの世界選参戦リポートをお届けする。

イタリア・ヴァレーゼで開催されたUCIグランフォンド世界選手権に参加した岡泰誠さん(左から2番目) Photo: Yasumasa OKA

 岡泰誠さんは、今年で26歳になるアマチュアロードレーサーであり、茨城県つくば市や東京都内でバイクフィッティングや自転車のコーチングを行なっている。筑波大学1年生(19歳)だった2011年に実業団エリートツアーの年間チャンピオンとなり、翌2012年にはJプロツアーやツアー・オブ・ジャパンを経験したが、同年に現役を退いてコーチ・トレーナーの道に進んだ。3つ年下の弟は、宇都宮ブリッツェンの岡篤志選手だ。

 本人のリポートは下記の通り。

◇         ◇

 グランフォンドってロードレースと何が違うの? と思われる方もいると思うので、まずはグランフォンドという競技についてご紹介します。競技のルールとしては、ほとんどロードレースと同じなのですが、あくまでもアマチュアの大会という位置付けなので、UCIポイントを保持する選手は出場できません。

年代別にレースが争われるのも特徴 Photo: Yasumasa OKA

 そして、19〜34歳が最も若いカテゴリーで、それ以降は5歳ごとにカテゴリー分けがされています。距離が長くて上りが多い厳しいコースで行われます。日本のレースで例えると「ツール・ド・沖縄」のような感じです。年代が細かく分かれるアマチュアレースなので、40代、50代の本気でレースに取り組むおじさんたちのための大会という雰囲気があります。

 フランスのアルビで開催された昨年の大会では、40〜44歳のカテゴリーで、日本を代表するホビーレーサーの高岡亮寛選手が2位に入賞。しかも、7分前にスタートした19〜34歳のカテゴリーの先頭集団に追いついている…というレース展開でした。

フィジカルを整えて参戦へ

 自転車レースのためのトレーニングに近道はあるのか。誰もが考えるこの問いですが、基本的に楽をして速くなれる方法はありません。しかし、短期間でも効率よく強化できる方法は存在します。いかに、きつい練習を多くこなせるかがフィジカルを強化するための鍵となりますが、なおかつ、それで回復が追い付いていなければいけません。

長時間のフライトではリアラインコアを使い、骨盤の歪みを抑えた Photo: Yasumasa OKA

 そこで取り組んだのが、筋肉の負担を減らすための効率的なペダリングの習得と、身体のケアの見直しでした。コラボして開催しているバイクフィッティングでもお世話になっているLife Blood鍼灸マッサージ院の協力により、骨格のゆがみを矯正して、足首や背骨などの関節の柔軟性向上させた上でフォーム・ポジションの改造に取り組みました。

 そして、長時間走っても疲れにくく、少ない休養でも回復できる身体を作っていきました。トレーニングメニューについては、何ワットで何分もがいたから強くなる…というような公式は使っていません。できる限り、自分より強い相手と走ることで自分の限界を突破することに重きを置いて、後からレースの時間や強度に対して適切かどうか確認を取る程度です。とにかく、たくさん追い込んだ練習をしても壊れないように、疲労をためないように、身体の使い方の基礎を作ったことが、2018年の3月頃からという短期間でもニセコクラシックで優勝できるまでのフィジカルへと強化できた要因でした。

 しかし、レースはフィジカルだけで勝てるものではありません。ブランクが長く、出場してきたレースが圧倒的に少ない私の場合、経験やテクニックの不足が一番の不安要素になります。その点、体力の差が勝敗を大きく左右する厳しいコースを使用したグランフォンドは私向きのレースでした。世界選手権も、そんなコースであって欲しいと願うばかりでした。

本場のレースを町ぐるみでサポート

 今回のグランフォンド世界選手権が開催されたのは、スイスとの国境近くの町、ヴァレーゼでした。日本ではあまり聞かない名前かもしれませんが、ヴァレーゼを含むイタリア北部といえばジロ・デ・ロンバルディアを始めとした数々の有名なレースが開催されています。特にヴァレーゼは、ステファノ・ガルゼッリ(2000年ジロ・デ・イタリア総合優勝)等、数多くの有名選手たちを輩出してきただけでなく、各国のUCIプロツアーチームがこの地に拠点を置くほどのロードレースが盛んな街です。

町ぐるみで大会を盛り上げたヴァレーゼ Photo: Yasumasa OKA

 今大会のコースでも、峠の頂上にはクランクのモニュメントが置かれていて、レースやトレーニングで頻繁に使用されていることを物語っていました。地元の商工会の協力もあって、町ぐるみの盛大な開催となりました。

3辺が203cmに収まる自転車用ボックスを用意して飛行機へ Photo: Yasumasa OKA

 私にとって今回のイタリア行きは人生初のヨーロッパ。飛行機はアエロフロートロシア航空の格安チケットを予約しました。手荷物の制限が厳しいので、3辺の合計が203cm以内に収まるケースを用意。10時間を超えるフライトとモスクワでの15時間のトランジットで体が固まらないために、いつもバイクフィッティングでも使用しているリアラインコア(骨盤と胸郭の歪みを整えるための運動補助具)を使用して、レースへ向けた調整を機内から行いました。

前夜祭も盛大に開催 Photo: Yasumasa OKA

 ニセコクラシックで総合優勝した私には、副賞として大会スポンサーである旅行会社フィールズ・オン・アースより、現地ツアーへの参加権が提供されました。これは、イタリアのツアー会社One more rideが運営する外国人向けのツアーであり、その中に50代の日本人参加者とその家族など、20人ほどがいました。レースの前日とその前の日も雨が降っていたため自転車でのコース試走はできず、ホテルの地下室で固定ローラーに乗ったり、車で試走に行ったり準備を進めている様子。家族と観光に行く人や、時差ボケを治すためにホテルでゆっくりする人がいたり、思い思いの時間を過ごしていました。

 私はミラノ空港からホテルに到着後は、自転車を組み立てて軽く外を走りに行きました。現地のアマチュアチームに所属する小野康太郎選手に道案内をしてもらい、ニセコクラシックで総合2位の紺野元汰選手も一緒でした。コースは突然現れる、狭く入り組んだ路地、何度も現れる激坂、テクニカルな下り坂、そして日本には滅多にないガタガタの石畳…と非常に難易度の高いコースでした。その日の夜には前夜祭のようなパーティーが開かれて、外国人参加者限定の抽選会もありました。

日本でイナーメ信濃山形で走っていたポール・ソールズベリーさんと再会 Photo: Yasumasa OKA
ツアーで通訳をしてくださったRGTエンタープライズのデビッド・マルクスさん Photo: Yasumasa OKA

Jプロツアーよりはるかに高いレベル

 いよいよ当日を迎えたスタート前、各予選会の優勝者が呼ばれました。ニセコクラシックのチャンピオンとして私の名前も呼ばれ、最前列からのスタートでした。初めて走る外国のレースに、かつてない緊張感でした。集団内では、周りの欧米人の選手が大きくて前が見えない…といったことも、もちろん初めてでした。

スタートラインに並んだ各国のレ―サーたち Photo: Yasumasa OKA

 スタート直後から集団の密度は高く、カーブを曲がっていくスピードも速いのですが、その割には日本のレースよりも怖くないという印象でした。ヨーロッパのロードレースを走った経験のある仲間たちからよく聞いていた話ですが、グランフォンドでもそれは同じでした。上手に走れる選手たちが安全マージンを取りながら走っているので、技術があまりない選手が度胸に任せて突っ込む日本とは大きな違いがあります。最近、日本のレース落車が多いことが問題になっていますが、改善できるヒントがあればと思いました。

 前評判では、若い年代である私たちのカテゴリーのレベルはあまり高くないという話でしたが、開催地がレースの本場ということもあるのであまり鵜呑みにしすぎないように、かつ、外国人は強いというイメージに囚われて気持ちで負けないようにと考えながら走りました。今回のレースでは地元イタリアが開催地の威信にかけて強い選手を揃えたようで、イタリアの国名と国旗が入ったジャージのなかにも、白、水色、濃い青などの5種類くらいがありました。それぞれが別のチームとして動いていて、違うスポンサーのロゴを背負って、競い合っていました。イタリアの白ジャージが逃げれば、青いジャージのイタリア人が集団を牽引するというような光景を度々見ました。

 現地のアマチュアレースを走る小野選手の話によると、イタリアではエリートナショナル(プロカテゴリーのすぐ下)というカテゴリーを走れる年齢が28歳までで、それを過ぎると走れるレースがほとんどグランフォンドくらいしかないそうです。そんな事情もあって、34歳まで走れる私たちのカテゴリーにはプロのレーサーまであと一歩のところまで上り詰め、そしてまだレースを続けている地元の強者たちが集まることになったと推測されました。

国内のプロ選手とは異なるアプローチでレースを走る岡泰誠さん(岡さん提供)

 私はスタート後、初めて現れる4kmの厳しい上りでずっと前の位置をキープしていました。この時はまだ余裕があり、頂上のチェックポイントを2番手で通過。一方、紺野選手は上りではきつそうでしたが、得意の下りで一気にポジションを上げて、下り終わる頃には追い抜かれていました。その後は広い平坦の道と、狭い路地と、アップダウンが繰り返し出現。ここで私の弱点である集団内の位置取り争いがより厳しくなってきました。

 集団後方に取り残されると、狭い路地を抜けた後の立ち上がりでハードな加速を強いられるためです。次第に脚を削られていき、まだレースを半分くらい残してメイン集団から脱落してしまいました。その後はグルペットで完走を目指すのみとなり、トップからは9分ほどの遅れに。一方で、クライマーではないものの集団での位置取りを得意とする紺野選手は、激坂の多いこのコースでも健闘しました。U23の頃にベルギーの強風と石畳のレースを走って鍛えられたテクニックとレース勘が強力な武器になったようでした。結果は私が72位で、紺野選手は38位でした。優勝はやはり地元イタリアの選手でした。

 日本のJプロツアーよりも遥かにレベルの高いレースでした。結果を求めるには今年に参戦したのは運が悪かったとも言えますが、本場のレベルが高いレースを走れたという意味では、かけがえのない経験を得ることができたと思います。今年のグランフォンド世界選手権に出場できたことは何よりの幸運だったと思っています。出場に当たって、費用や機材をサポートしてくださった方々に、心から感謝いたします。

◇         ◇

 グランフォンドの世界選手権では思うような走りができなかった岡さんだったが、その後のJプロツアー「山口秋吉台カルストロードレース」ではプロ選手に混じり6位と健闘。経済産業大臣旗杯でも7位というリザルトを残している。今後はツール・ド・おきなわ市民210kmで高岡選手の連覇をストップすることが目標だという。「既存の職業ロードレーサーたちとは違ったスタイルででレースを続けたいです。私や紺野選手のような20代の市民レーサーの活躍にも是非注目していただきたいです」と意気込みを語った。

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