2013新春スペシャルインタビュー<6・完>サイクルツーリストの“居場所になるショップ”を目指して 大前仁さん

  • 一覧

 サイクルジャーナリストの大前仁さんが昨年10月、東京・浅草にサイクルショップ「CYCLE TOURING オオマエジムショ」をオープンした。名前が示す通り、ツーリング自転車のお店だ。長年レースの取材を中心に活動してきた大前さんが、今なぜショップを、それもツーリングの店を開くことになったのか。オオマエジムショで話をうかがった。(聞き手 米山一輝)

大前仁(おおまえ ひとし)さん大前仁(おおまえ ひとし)さん

“意外”ではないツーリングの店

 店を訪れたレース関係者の友人からは「大前さんって、こんな人だったんですか」と驚かれることも少なくないという。ツール・ド・フランスの速報誌や、日本国内で開催される国際レースなど、レース関連の仕事に多く関わってきた大前さんだけに、意外にも感じられる。

 実は元来、生粋のツーリスト。高校、大学はサイクリング部で、編集の仕事に入ってからもツーリング関連の仕事を多く手掛けてきた。1990年代にはサイクルツーリング情報誌「サイクルフィールド」創刊に携わり、編集長も務めたが、わずか3年で休刊。趣味の雑誌をやることの難しさを実感したという。

 その後は紆余曲折を経て独立し、フリージャーナリストとして活躍してきた大前さん。仕事はレース関係が中心になっていったが、自身の趣味としては変わらず、ずっとツーリング側の人間だったという。

 ただ、ツーリングが自転車市場の流行から外れてきたことで、細かいパーツを入手することが徐々に難しくなってきた。ツーリング車を中心に扱うショップは数を減らし、老舗と呼ばれる店でも、ツーリング関連の商品は奥の倉庫にしまわれたまま、必要な時にすぐに出てこないことが多くなった。

店内に並ぶツーリング車。壁には季節ごとのツーリング風景の写真パネルが掛けられる店内に並ぶツーリング車。壁には季節ごとのツーリング風景の写真パネルが掛けられる

 「僕にとって役に立つ、“あって良かった”みたいな店がどんどんなくなってきた。極めつけだったのが、神田のアルプスの閉店」

 2007年、懇意にしていた東京神田のツーリング専門店「アルプス」が店を閉めたことが、再び仕事の軸足をツーリングに戻すきっかけになった。

無いのなら、オレがやろう

 フロントフォークが簡単に抜けてコンパクトに輪行ができるなど、様々なアイデアが詰まったオリジナルツーリング車を販売し、日本のサイクルツーリング界を支えていたアルプスの閉店は、大前さんにとって非常にショックな出来事だった。

 「閉店する何年も前から、いずれ辞めるという雰囲気はプンプンさせていて、辞められたら困るなぁと思っていたんだけど、いざ本当に辞めた時に“こんなに困るんだ!”って実感して…。物のあるなしだけじゃなく、自分の根本的な居場所としてのサイクルショップがなくなってしまった。すごく頼りにしていたことに自分で気付いて、ああこれは不自由だなと」

 喪失感と向き合ううちに、新たな気持ちが芽生えた。

 「無いのなら、オレがやろうか」

 決断にはためらいも少なくなかった。ツーリングが自転車趣味の主流ではない現在、専門ショップとしてあるべき商品在庫を抱えることは、大きなリスクが伴う。

商品棚にはフロントバッグ、タイヤ、その他スモールパーツが並ぶが、これは氷山の一角。さらにマニアックなパーツも多く在庫する商品棚にはフロントバッグ、タイヤ、その他スモールパーツが並ぶが、これは氷山の一角。さらにマニアックなパーツも多く在庫する

 「本当は僕以外の誰かがやってくれて、僕はお客として“悪いねぇ”とか言いながらお世話になるのが理想。でもそうはならなかったので、自分でスタートしてしまった」

 現在のショップは、ジャーナリストの仕事のかたわら、一年かけてコツコツ作り上げた。大前さん自身が店に立ち、全ての作業を大前さんがこなす。

 「みんな“えっ?”て顔してる。普通レース関係の人の店って、こんなのじゃないからね。それに、誰か人を雇って、大前は時々店にいるだけとか思ってるらしくて。僕がこうやって夜遅くまで、好きなビールも飲まずに自転車を組み付けているとは、誰も思っていない(笑)」

オリジナルツーリング車「アプレ」

 かつてアルプスがオリジナルツーリング車を販売していたように、オオマエジムショでもオリジナルの「アプレ」を販売する。

オオマエジムショのオリジナルツーリング自転車「アプレ」オオマエジムショのオリジナルツーリング自転車「アプレ」

 アプレ・スタンダードは急ぎの納期に対応できるように、各サイズの在庫を常時持つ。また、オーダーラインも別に用意しており、こちらは4人のフレームビルダー(エンメアッカ、ライジンワークス、マエダ、東洋フレーム)を使い分けるという、ユニークな形態になっている。

 「ビルダーさんって個性があるから、同じように指定しても違ったものができる。その味を上手くいかせれば、お客さんが“おっ”と思うようなものができてくるんじゃないかな。僕のブランドだから、当然、大前の脳みそが入るんだけれど、そこにもう一つ、ビルダーの味も出してくれる。それがすごい楽しみ」

 客の要望に合わせてビルダーを使い分けるというが、同時にビルダーは下請けではなく、共同で仕事をする対等な関係であるという。

 「彼らの能力を理解していることで、いい部分を引き出したい。だけど僕の意見が入るからアプレなのであって、ビルダーに完全お任せなら、エンメアッカとかでいいんだし」

 そのエンメアッカで現在製作中の自身のツーリング車は、メガ(極太)チューブで上がってくる予定だという。

 「古いことばかり考えてる訳じゃないのよ。基本的には新しいことをやりたい」

インタビュー当日には、ハンドルバーなどの製造で知られる「日東」の皆さんが、サイクリングの途中に訪れていたインタビュー当日には、ハンドルバーなどの製造で知られる「日東」の皆さんが、サイクリングの途中に訪れていた
さっそく店内でハンドル談義。オオマエジムショでは特注の日東製ツーリング用ハンドルも用意するさっそく店内でハンドル談義。オオマエジムショでは特注の日東製ツーリング用ハンドルも用意する

アルプスの自転車から学ぶこと

外国人向けの東京都心の地図は終戦直後のもの。お客さんから贈られたという外国人向けの東京都心の地図は、終戦直後のもの。お客さんから贈られたという

 開店して3ヶ月。「(こういう店を求めている人が)絶対にある程度の人数はいる」と確信して始めたものの、実際にどうやってお客に伝わってくれるかはイメージできなかったという。ウェブサイトを作り、プロのライターとしては避けてきたツイッターやフェイスブックも始め、情報発信も積極的に行ってきた。

 少しずつだが、自転車のオーダーが入るようになった。また、過去のアルプス車の修理依頼も多いという。長年、“最先端”のアイデアで試行錯誤と改良を重ねてきたアルプスのツーリング車に触れることは、勉強することが多いと同時に、それを現代に蘇らせることは、苦労の連続でもあるという。

 アルプスの元店主の萩原さんとは、現在も頻繁に連絡を取る間柄だ。

 「本当に困ったら、電話をかけて“あなたが作った自転車だよ、何とかしてよ”って相談する。辞めちゃってるから一切やってくれないんだけれど、知識やアイデアは出てくるから」

入口上部には撮影バック用のロール紙がセットされ、店内スペースでの撮影作業も可能だ実は入口上部には撮影バック用のロール紙がセットされており、店内スペースでの撮影作業も可能だ
ツーリングを楽しむための本のコレクション。こちらは非売品ツーリングを楽しむための本のコレクション。こちらは非売品

7月は“定休日”

 仕事の軸足をショップに移した大前さんだが、ジャーナリストとしての仕事もコンスタントに続けている。「これまで培った人脈もあるし、人に話を聞いて写真を撮って記事を書くというのは楽しい」と、先日もショップを臨時休業して京都まで取材に出掛けたそうだ。

 営業日のカレンダーを事前に出す以上、以前に比べて急な仕事には対応しにくくなってしまった。だが、その中でも、どうしても外せない取材がある。7月のツール・ド・フランスだ。

 お店の定休日は「火・水曜日、7月」と書かれる。冗談のような定休日に、開店を伝えるメディアの記事では“7月”を削って掲載されたこともあったそうだ。

 「何かの間違いだと思ったんだろうけれど、大前仁を知らないなって。もう(今年のツール出発地点の)コルシカへの飛行機、取ってるからねぇ(笑)」

 そう話しながら「軸足どっちだよ!」と自分に突っ込みを入れる大前さん。だが、これこそが大前さんだ。

 「1ヶ月で8千キロ運転して、毎日ホテルで荷物を広げて畳んで、というのは何歳までできるかなとは思うけれど、こうやって日本の選手が出てくれていると、やり甲斐はこれまでと比べ物にならないよね」

 そして、いたずらっ子のように笑いながら話す。

 「コルシカに行く準備をしながら、泥除けを組み付けている。こんなの多分、世界でもまれな人だよね」

 決して楽な道ではない。まるで山岳ツーリングのような、細く険しい人生を行く大前さんだが、その表情はむしろ楽しみに満ちていた。

CYCLE TOURING オオマエジムショ

この記事のタグ

2013新春スペシャルインタビュー ツーリング

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

e-BIKE最新特集

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

サイクリストTV

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載

連載