旅せよ!『Cyclist』<最終回>しめくくりは“激坂”タイムトライアル 「オートルートノルウェー」最終ステージは自分との戦い

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
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 ノルウェーのフィヨルドエリアで開催された3日間のアマチュアステージレース「HAUTE ROUTE」(オートルート)。8月5日に行われた最終ステージは、スタヴァンゲルの街中を駆け抜ける18kmのタイムトライアル(TT)でしめくくられた。ステージに1人ずつ上がり、カウントダウンとともにスタートを切るという本格的な演出のTTはオートルートの名物にもなっている。次々とトップスピードでスタート地点を飛び出す選手たちの姿に「たった18km」という余裕は消失。雰囲気に飲まれるように始まった人生初のTTは、自分を含む190人がアドレナリン全開で20%前後の激坂を次々と超えていくという、これまでに体験したことのないレースとなった。

オートルートノルウェーの最終ステージはタイムトライアル。初体験かつ本格的なスタートに笑顔もひきつる ©HauteRoute

←<4>リカバー勝負のステージレース「オートルート ノルウェー」

スタート台に立ったらスイッチオン!

 最終日の午前8時、連日選手たちを苦しめていた雨もあがり、朝日がスタート地点に集まった選手たちを温めていた。スタートゲートが設けられたのはスタヴァンゲルのベイエリア。最も低い地点であるスタート会場を中心として扇状に小高い丘が広がっているという、港町特有の地形だ。内陸に向かって起伏を繰り返しながら標高が増す地形は、横浜や函館といった港町を思わせる風情がある。

スタヴァンゲルの街中に設けられたTTステージ。プロ気分で走れるコースづくりにテンションアップ ©HauteRoute
3日間でおなじみになった選手たちと。事故で両膝下を失ったことを話してくれたベルギーの選手(右) Photo: Kyoko GOTO

 出走は2日間のトータルで順位が後ろの選手から先にスタートする。これまでのレースで順位が近い選手たちとはすでにほぼ顔なじみで、前後に並んだ相手と自然に会話が交わされる。筆者の前は、第1ステージで出会ったベルギーから来た義足の選手だった。3日目ともなると少し踏み込んだ会話もできるようになり、背後からカナダのアイアンマンがベルギー人選手に義足の理由をたずねた。事故で両ひざ下を失ったという彼に対し、一瞬言葉を失ったアイアンマンだったが、次に贈った「君は強い」というリスペクトの言葉が印象的だった。

朝8時半、1分間隔で1人ずつスタートを切った ©HauteRoute

 とりあえず事故がない限り、3日間のレース完走が確実となった最終ステージ。18kmで330mアップというプロフィールは、本音をいうと、観光気分で街中ライドを楽しもうと思っていた。しかしスタート直後から続々とトップスピードで飛び出していく選手たちに、次第に会場の緊張感が高まり、いよいよスタート台に立ったときには、自分の意志とは関係なく目の前に敷かれた1本の道に吸い込まれるような気持ちになっていった。

 カウントダウンが始まり、スタッフからバイクの後ろを支えられ「Hold up」(漕ぐ姿勢で用意)といわれても不慣れで信用できない。初のTTのスタートを満喫する余裕もなく、スタートの合図でアドレナリンが全開。まるで自分がロケットになったかのような気持ちで全速力でスタヴァンゲルの街へと飛び出した。

2匹の恐竜(中に人が入っている)が選手たちを送り出す ©HauteRoute
街中はラウンドアバウトが整備され、信号がない ©HauteRoute

今日こそは全力を出す!

 スタート間もなく坂が出現。港町特有のなかなか強めの斜度で、まだ起きていない脚にじんわりと刺激が入る。いつかは回り始めることを信じ、きしむような脚をひたすら回す。

激坂続きでダンシングが止まらない ©HauteRoute

 ときおりすれ違う、選手と思しきサイクリストたち。順位が前の選手たちは我々と違って遅いスタートとなるので、アップ時間がしっかりとれるのだ。日本人とわかるとすれ違いざまに「オハヨゴザイマース!」と声をかけられ、笑顔で返すが内心少しくやしい。2日間取材しながら走っていた結果ではあるが、こういう形で差が付けられるとは…。「今日こそは全力を出す!」と今さらながら闘争心に火が着き、取材そっちのけでペダルを漕ぐ脚に力を込めた。

 街には信号は一切なく、あるのは「ラウンドアバウト」という環状交差点。3本以上の道路を円形のスペースを介して接続したもので、車両はこの円の周りの環状道路を一方向に通行する。そのため、コース上には誘導係が選手の通過に合わせて交通整理してくれる。

スタヴァンゲルの観光名所「Swords in Rock」の横を通過するも、目もくれず… ©HauteRoute

 地方都市だから許されるとはいえ、特別な交通規制なく街中18kmを爆走させてくれるとは、日本では考えられない大会運営。ただ、ラウンドアバウトに不慣れな筆者は、誘導を間違えて道をロスト。それと同時に、あとからスタートした選手たちが走りながら「KYOKO!!こっちだ!!」と叫んでリカバーを促してくれた。わずかでも時間をロスしたのは痛かったが、周りの選手たちがいつの間にか自分の名前を覚えてくれていたことが嬉しかった。

敵は激坂と弱い自分

 中盤を過ぎたあたりから長い平地区間が現れた。でも流すことはできない。少しでもランクアップを目指し、漕げるうちは平均時速40km強をキープした。「脚はあとで火を噴くだろうな。でも、いまもってくれるならどうなってもいい」と思えるほどにがむしゃらになったのは、これまでに経験のない強い感情だった。「これがTTか─」。たった18kmが、必死に泳いでも岸に辿り着かない海に思えた。

TTなので、坂が終わっても力を緩められない ©HauteRoute

 最終ステージだし、平地のまま気持ちよくフィニッシュ…なんて一筋縄ではいかないのがオートルート。ひとたび幹線道路を逸れると、息をひそめていた細い林道が顔を出す。短いながら、1つめは斜度18%前後の激坂。東京でいうと突然目の前に「和田峠」が現れたような圧迫感、埼玉でいえば「子ノ権現」が現れたような失意に襲われた。

 前日の雨で湿った路面、濡れた落ち葉、きついコーナリングがタイヤを奪い、何度か“立ちゴケ”しそうになる。背後で転倒し、バイクを地面に打ち付けたような音が聞こえたが、他人を振り返ってる余裕はない。

林に入ると激坂が現れるというパターン。だんだん林が怖くなる… ©HauteRoute
強く踏むと、濡れた落ち葉でタイヤが滑り、落車しそうになる ©HauteRoute

 下りた方が楽だが、それよりも失速したくないという気持ちは選手全員同じだろう。後半にかけ、さらに斜度を増した坂が畳み掛けてくる。途中、スタッフが近づき「バイクを押そうか」と甘い言葉をかけてくるが、声を振り絞って「NO!」。ここで人に押されたら「完走」にならない。懸命のダンシングで心筋がちぎれそうだったが、ここまで来たらもはや自分との戦いだった。

次第に標高が上がり、眼下に海が見渡せるように ©HauteRoute

 「フィニッシュまであと1km」というサインが出てきても、オートルートでは決して「あと少し」という意味ではない。「この先にまだ何が残っているというのか?」と思わず身構える。しかし、ここまで数々の激坂をクリアしたことが自信になっている。もう怖いものはない…はずだった。

全身を使って坂をよじ上る ©HauteRoute
「残り1km」を告げるサイン。オートルートではこれが現れたら要注意 ©HauteRoute

 覚悟を決めて最後のコーナーを曲がると、そこに見えたのはフィニッシュゲート。ただ、それは20%超えの激坂のてっぺんにあった。「やっぱり…」一瞬頭がくらっとしたのをいまでも忘れない。疲労と絶望と、ともしびのように小さくなった闘争心。観衆がいなかったら絶対脚をついていたであろう坂を、残った力と意地を振り絞ってよじ上る。ゆらゆらと近づいてくるゲートの景色の背景に、レッド・ツェペリンの『天国への階段』が流れた。

苦しみも楽しみも共有すれば皆仲間

20%超えの坂の上にあるフィニッシュゲート。精一杯のガッツポーズ Photo: Kyoko GOTO

 ついにフィニッシュし、「トップ・オブ・スタヴァンゲル」という名の丘に到達した。順位は女性21人中16位、全体では191人中177位という結果だった。

思いのほか結果は伸び悩んだが、力を出し尽くしての結果に不満はなかった。それどころか続々とフィニッシュする選手たちの姿が衝撃的だった。顔面蒼白で、中にはよだれを垂らしながら飛び込んでくる選手も。「自分はこんなに追い込めなかったな…」と苦笑いせずにはいられなかった。

力を使い果たしてゴールに飛び込んでくる選手たち ©HauteRoute
しばらく立ち上がれない選手も Photo: Kyoko GOTO

 「KYOKO!」と再び自分の名を呼ぶ声が聞こえた。振り返るとスタートの順番が近く、道をロストした際にも名前を叫んでくれたアイアンマンたちが「一緒に写真を撮ろう」と手招きしてくれた。

3日間を走り切った各国の選手たちと完走の喜びを分かち合う Photo: Kyoko GOTO

 肩を組み、互いの健闘を称え合う姿にようやく達成感がこみ上げてきた。皆のゼッケンにはそれぞれ別々の国旗。いつもは違う国で違う景色を見て走っているサイクリストたちが出会い、作り出した瞬間を共有できたことに「オートルートに挑戦してよかった」と、もっといえば「自転車に乗っていてよかった」と心から思った。

復活も早い選手たち。喜ぶのも全力! ©HauteRoute
トップオブスタヴァンゲルで完走を喜ぶ男女ペア ©HauteRoute

“走れる脚”があるうちがチャンス

 今回は3日間のステージレースだったが、オートルートにはアルプスやピレネーなど、山岳ステージの本家ともいえる舞台で繰り広げられる7日間のレースもある。距離も獲得標高もよりいっそう過酷で、「世界最高峰のアマチュアステージレース」ともいわれているが、知り合いの経験者によると「その分、絶景と体験は得難い」という。

オートルートの完走メダル Photo: Kyoko GOTO

 国内の山岳を走り尽くした健脚サイクリストや、世界のステージに憧れをもっているサイクリストなら、行ってみたいと思ったときがチャンス。費用や輪行など様々なハードルはあるが、「走れる脚があるうちに」とも思う。

 オートルートはもう来年の開催に向けて準備が始まっている。サイクリストでなければ得られない景色と経験を求めて、いまから海外に飛び出す準備を始めてはいかがだろう。

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