猪野学の“坂バカ”奮闘記<27>サイクリストに筋トレは必要? 身を以て体験した“諸刃”のトレーニング

今回は私を地獄へ叩き落とした筋トレの事を書かせていただこうと思う。自転車競技において、筋トレは必要か否か? たびたび議論になることがある。私はプロを含め様々なサイクリストに出会う機会があるので、事ある毎に筋トレをしているか個人的にアンケートをとってきた。しかしあまり肯定的な答えは返って来ない。「筋トレはするが、しても体幹を鍛えるコアトレーニング」。「全くしない」。「自転車に必要な筋肉は自転車の上でしか養えない」等々。それならば自分で試すしかない。伸び悩んでいることだし、身をもって実験しようではないか!と、自ら立ち上がった。
スクワットは低負荷で早く繰り返すのがミソ
早速近所のジムと契約した。たくさんのマシンを前にテンションが上がった私は、下半身だけでなく全身を鍛えないとバランスが悪いと思い、上半身も鍛えることに。そして背筋を鍛えている時にそれは起こった。勢いよく上げた瞬間「グキっ」と音がして、私の筋トレは敢え無く終了。お察しの通り、ギックリ腰だ。おかけでそのシーズンは腰痛のまま自転車に乗り続けるという散々な思いをした。

シーズンも終わり、ぼんやりテレビを観ているとイケメンオランダ人選手が金髪をなびかせながら、フルスクワットでバーベルを力強く上げている姿が目に飛び込んできた(後に分かったが彼はトラック競技の選手だった)。
「これだ!男は黙ってフルスクワットだ!」
またもや“筋トレ欲”が燃え始めた。私は名前に反し、決して学ばない男なのだ。しかしまた腰をやっては意味がないので細心の注意を払う。もちろん背筋はもうしない。恐らく一生することはないだろう。
動画などを見ながら勉強し、早速始めてみる。最初は30kgを上げるのがやっとだったが、続けていくと脚がどんどん太くなり始め、自分の体重くらいは楽に上げられるようになってきた。鏡に写る美しく隆起する自分の大腿四頭筋にうっとりする。しかし、しかしだ。脚が太くなった割に、自転車に乗ってみると重いギアを踏める感覚があまりない。これはどういう事か?

『チャリダー★』の収録時、“ドクター竹谷”こと竹谷賢二さんに聞いてみた。ドクター曰く、「自転車の筋トレの場合は負荷をかける角度と速度が大切」だという。ペダルが上死点(クランクで回転力が発生しない最も高い地点)になる時の足の角度、そしてトルクをかける時の速度。「ペダルにトルクがかかるのは一瞬なんです」と。「だから重い負荷をゆっくり持ち上げるより、軽めの負荷で早く繰り返す方が効果的かもしれませんね」とアドバイスしてくれた。何とも理にかなっている。最初から聞いておけば良かった。
バランスを欠いていた足腰
ドクターに教えてもらったように軽めの負荷で早く繰り返すトレーニングを取り入れたところ、上死点でトルクがかかる感覚が掴めてきて1枚重いギアを回せるようになってきた。ちょうどいい具合に獲得標高を稼ぎまくる『チャリダー★』の「坂バカ遠足」のロケが近い。「これはいい機会だ!強化された脚で、皆をあっと言わそうではないか!」と意気揚々とロケ地の長野県飯田市に赴いた。

早速1本目の名もなき激坂をいただく。しかし少し経つと腰に違和感を覚え出した。2本目3本目になるとさらに痛くなって全く踏めなくなり、皆にコテンパンにやられた地獄のロケとなってしまったのだ。
以前、チャリダー腰痛スペシャルで腰痛は大臀筋などの腰周りの疲労から発症すると学んでいた。何ということだ…強靭な脚は出来たが、腰周りの筋肉は悲鳴をあげていたのだ。
“お宝筋肉”を起こすのはやり方次第
整体などに行ってケアをしているが、今でも20分も上り続けると腰痛が発症してしまう。筋トレによって腰に問題を抱えてしまったわけだが、短い坂だと明らかに踏めて出力は上がっているし、前側の筋肉を使ったペダリングもできるようになって平地での巡航速度も上がった。マイナスだけではない、と思いたい。自転車競技における筋トレは非常に奥が深いが、やり方によっては効果的だと、私は確信を得た。
あなたの脚にもまだ覚醒していない“お宝筋肉”が埋まっているかも知れない。それを叩き起こすか否かはあなた次第。筋トレ、サイクリストにとってそれはやり方次第で地獄に堕ちるか、天国へ誘われるか、諸刃のトレーニングなのだ。
(写真提供:NHK/テレコムスタッフ、猪野学)

俳優・声優。自転車情報番組NHK BS1『チャリダー☆』(毎週土曜18:00〜18:25)にレギュラー出演し、「坂バカ俳優」という異名で人気を博す。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる。ウェブサイト「マナブログⅡ」