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福光俊介の「週刊サイクルワールド」<262>ツール・ド・フランス2018総括 新王者トーマスの戦いぶりと今後のグランツールへの期待

by 福光俊介 / Syunsuke FUKUMITSU
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 世界最大のサイクルロードレースである、ツール・ド・フランスが7月29日に大きな盛り上がりのもと閉幕。フランス北部から始まり、アルプス、ピレネーとめぐって、首都・パリに帰還した。数ある賞のなかでも、特に名誉ある個人総合時間賞はゲラント・トーマス(イギリス、チーム スカイ)が獲得。第105回のツールは、新チャンピオンを誕生させた。今大会は、新たな王者の誕生とそれに至るまでの戦いのポイントについておさらい。トーマスの勝利の背景にあるもの、そして今後のレースシーンの方向性を占ってみたい。

ツール・ド・フランス2018はゲラント・トーマス(中央)が新王者につき幕を閉じた。写真はパリ・シャンゼリゼの総合表彰台でイギリス国歌を聞く様子。左は個人総合2位のトム・デュムラン、右は同3位のクリストファー・フルーム Photo: Yuzuru SUNADA

総合上位陣で唯一「ノーミス」だったトーマス

 これまでの自己最高位は2015年と2016年の個人総合15位だったトーマス。ロードシーンにデビューして以降もトラック競技と並行し、そこで鍛えられた走力によってタイムトライアルや北のクラシックを中心に活躍の場を広げていった。

 2012年のロンドン五輪後から、オールラウンダーとしてステージレースやグランツールでの上位進出を本格的に狙うようになった。それまでは、持ち前のスピードを生かしてスプリントトレインのリードアウト役や発射台を任されることが多かったが、グランツールレーサーへの“転向”を機に、最終の山岳アシストなどを経て自身で総合成績を狙っていくスタイルにシフトする。

第20ステージの個人タイムトライアルをフィニッシュした瞬間、絶叫したゲラント・トーマス。あらゆる経験を積んだロードキャリアがすべて報われた瞬間だった Photo: Yuzuru SUNADA

 その集大成となったのが今年のツールだった。ツール前哨戦とも言われる、6月のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネを制すると、好調のままにツールへと乗り込んだ。そして、初のツール制覇。

 3週間の戦いぶりを振り返ると、あきさねゆうさん執筆の記事「ゲラント・トーマスのツール勝因を分析 全くミスなく走り抜けた3週間」にある通り、リザルトやレース内容でのミスやトラブルがまったくと言えるほどなかったことに気が付く。チームメートのクリストファー・フルーム(イギリス、チーム スカイ)が第1ステージや第9ステージで落車、トム・デュムラン(オランダ、チーム サンウェブ)は第6ステージでトラブルに見舞われるなど、総合系ライダーにアクシデントが多発した第1週をトーマスは何事もなくクリア。その時点で個人総合2位と好位置を確保すると、続く第2週のアルプスでは攻撃に転じ、第11ステージの勝利でいよいよマイヨジョーヌをゲットした。翌日のアルプ・デュエズ頂上フィニッシュも制覇して、この瞬間に総合争いの主導権を完全に握った。

第19ステージ。ゲラント・トーマス(右)はトム・デュムラン(先頭)を徹底マークする Photo: Yuzuru SUNADA

 ミスのない走りと、要所での攻撃によって、第3週はライバルの動きに合わせるだけで十分な態勢ができあがった。ピレネー山脈のステージでは実際に「デュムランの攻撃に対処していればよかった」と答え、さらには「その自信はあった」とも。今回のトーマスは、自らのコンディションに手ごたえをつかみ、ライバルの動きや調子をつぶさに観察する“眼”も冴えわたっていたようだ。

 この数年は総合争いをにぎわす1人と見られ、実際に昨年のジロ・デ・イタリアではチームから総合エースに任命されるなど、過去の実績なども踏まえてその実力は誰もが認めるところだったが、落車やトラブルに見舞われることが多く、大きな成果が残せずにいた。だが今回、そんなトーマスがノーミスの走りで王座に就いてみせた。大事な局面での攻撃が決まったことも結果に大きく作用したが、やはりトラブルに泣かされず、いかに安定して走ることができるかが、長い戦いのキーポイントとなることを証明したといえる。

第12ステージ、アルプ・デュエズの頂上フィニッシュを制したゲラント・トーマス。4度のトップ3フィニッシュでボーナスタイムをそつなく稼いだ Photo: Yuzuru SUNADA

 数字の面で見てみると、トーマスが今大会で獲得したボーナスタイムは33秒。総合上位陣では最も秒数を稼いでおり、全選手中でもペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)の52秒に続く2番目。ボーナスが得られるステージ3位までに4度(ボーナスタイムが付与されないタイムトライアルステージは除く)、さらには第1週に限って設けられたボーナスポイントを、多くの選手が見向きもしなかった中で数度上位通過した。要所での勝負強さに加えて、早い段階からマイヨジョーヌ争いを見据えてコツコツと動きを繰り返した抜け目のなさも勝因といえそうだ。細かな部分での動きを繰り返したあたりについては、ダブルリーダー態勢を組んだクリストファー・フルーム(イギリス)よりも「ツール制覇への執念」があることを示していたようにも感じられる。

ライバルチームに主導権を渡さないチーム スカイの充実した戦力もゲラント・トーマスを支えた Photo: Yuzuru SUNADA

 そして、忘れてはならないのが「チーム力」。トーマスが「個々でも戦えるだけの実力を持った選手たち」とアシスト陣を称したように、ライバルチームがうらやむほどの充実した戦力に恵まれた。山岳アシストを務めたミカル・クウィアトコウスキー(ポーランド)が元ロード世界王者、ワウト・プールス(オランダ、チーム スカイ)がリエージュ~バストーニュ~リエージュ優勝1回、そして最終山岳アシストに大抜擢されたエガン・ベルナル(コロンビア)は今年のツアー・オブ・カリフォルニア総合優勝と、そのメンバーだけで圧倒的。山岳ステージでは、多くの選手がアシストを失って単騎となっている中、チーム スカイだけがいくつもの駒を残しているような状況が生まれていた。

 トーマスと今大会の覇権を争ったトム・デュムラン(オランダ、チーム サンウェブ)が、第2休息日のプレスカンファレンスで「スカイの選手たちにミスがない限り、逆転は難しい」と語ったように、チーム スカイがメンバー編成と彼らの実力が、ライバルたちにとって大きなプレッシャーを与えていたことは確かだ。

 ここ7年でスカイ勢は6度のツール制覇。個の力と勝負勘、そしてチーム力によって今年もその牙城は揺るがなかった。

ここ7年で6度のツール制覇となったチーム スカイの選手たち。2018年も牙城は揺るがなかった Photo: Yuzuru SUNADA

グランツール連戦でも強さを示したデュムランとフルーム

 ジロに続く個人総合2位だったデュムランは、「負けてなお強し」との印象を残した。第6ステージでのタイムロスと、さらにはチームカーを風よけに使ったことによる20秒のペナルティで、この日だけで1分13秒失ったことがやはり痛かったが、「それがなくともトーマスは強かった」と認める。

第20ステージに勝ってポディウムで喜ぶトム・デュムラン。総合優勝はならなかったが強い印象を残した Photo: Yuzuru SUNADA

 激しい戦いを繰り広げたジロの閉幕から約1カ月で臨んだツール。グランツールの連戦は百戦錬磨のライダーと言えども結果を残すのは難しいなか、連続2位でも昨今のレースシーンで見れば驚異的。ジロ直後にハンマーシリーズと国内選手権には出場したが、ツールまでの期間中の休養や調整が実に上手くいったのだろう。安定感抜群の走りは、狙ったレースを外さない巧みなピーキングがあってこそ。

 とはいえ、この数カ月がハードだったことは事実のよう。「ジロとツールを同時に狙うには年齢的(27歳)に早すぎる」とし、10月に発表されるコース次第ではあるとしながら「来年はツールを狙う」と宣言。ターゲットを絞ったうえで臨むツールでどれだけの実力を発揮するのか。今回も一定ペースで押し続ける山岳での走りはライバルを苦しめ、個人タイムトライアルでは世界王者の風格を見せた。そのスタイルにより精度を高めて、これからはマイヨジョーヌを視野に入れる。

 チームとしては、山岳アシストの強化が必要となりそうだ。総合成績も狙えるウィルコ・ケルデルマン(オランダ)が国内選手権で落車し負傷。ツールに出場できなくなり、プランを変更せざるを得なかった。上位戦線を走りながらデュムランを支えられる選手の台頭で、戦い方に厚みが出てくるはずだ。

個人総合4連覇はならなかったクリストファー・フルーム。グランツール連戦の疲れが出たか Photo: Yuzuru SUNADA

 連戦でいえば、フルームも同様。昨年のツール以降、ブエルタ・ア・エスパーニャ、今年に入りジロと連勝街道を突き進み、このツールで前人未到のグランツール4大会連続制覇の偉業にトライしたが届かず。

 チームにもう1人のエース、トーマスがいて、好調だったこともフルームの走りに影響したことは間違いないが、それを勘案してもグランツール4連戦はさすがに厳しかった。好調時に見せる山岳での爆発的アタックが鳴りを潜め、ライバルのアタックに対応しきれないなど、フルームらしさがこのツールでは失われていた感は否めない。

 かねてからの友人であるトーマスを笑顔で祝福したフルームだが、心の奥底では「次こそは」の思いがあることだろう。それを裏付ける、というと大げさではあるが、グランツール連戦で得た手ごたえとして、ジロとツールを制覇する「ダブル・ツールの可能性」を挙げる。来年以降も機会があれば挑戦していくといい、こちらもターゲットを絞って新たな野望へと向かっていくことになりそうだ。

複数エースの擁立が今後のカギに?

 グランツールレーサーとしての新境地を確立したのが、総合表彰台まであと一歩まで迫ったプリモシュ・ログリッチェ(スロベニア、ロットNL・ユンボ)。上位進出が予想された個人タイムトライアル(第20ステージ)で遅れたのが悔やまれるが、山岳での上位進出や第19ステージで見せたダウンヒルからの勝利など、3週間の戦いにも適応力の高さを示した。

プリモシュ・ログリッチェ(中央)とステフェン・クライスヴァイク(左)は好連携でともに上位進出。チームにツールでの成功を呼び込んだ Photo: Yuzuru SUNADA

 何より、ログリッチェとの好連携を見せたステフェン・クライスヴァイク(オランダ)の存在も見逃すことができない。上位争いに2人が入ったことで、彼らにとっては戦術の幅が広がった。それが形になったのが、第19ステージ。上りでクライスヴァイクが繰り返しアタックし、ライバルが反応するところからのログリッチェのカウンターアタック。かつての総合エース、ロベルト・ヘーシンク(オランダ)を山岳アシストにレースプランを構築した点では両選手はもとより、チームとしても大成功のツールとなった。

 ログリッチェはこれまで、1週間程度のステージレースを得意とし、グランツールではステージ狙いに徹していたが、今度はどのグランツールを目標とするのかも含めて、動向が注目される。

 チーム スカイやロットNL・ユンボのように、複数の総合系ライダーを擁して、あらゆるレース展開に対応できる状況を作り出すことは、戦術が多様化する今のレースシーンにおける1つの手立てとなるか。

 ナイロ・キンタナ(コロンビア)の落車負傷がありながらもチーム総合1位と意地を見せたモビスター チームは、個人総合7位で終えたミケル・ランダとベテランのアレハンドロ・バルベルデ(ともにスペイン)も含めた「トリプルリーダー態勢」で戦った。

アージェードゥーゼール ラモンディアールはロマン・バルデをエースに立てながらもアシストのピエール・ラトゥール(左)が新人賞を獲得した Photo: Yuzuru SUNADA

 また、アージェードゥーゼール ラモンディアールも、個人総合6位のロマン・バルデ(フランス)をエースに立てながら、ピエール・ラトゥール(フランス)も新人賞獲得と、2人の実力者が存在感を示した。

 今年からグランツールの出走人数が1チーム8人となったこともあり、戦い方やレースの内容も変化していっても何ら不思議ではない。数年前は有事に備えて「Bプラン」を準備するチームがあったが、今後は実力的に互角の選手を並べて勝ちにいくスタンスがより明確化する、といった流れが生まれるのか。選手同士の棲み分けに気をつかうところではあるが、力のある選手をそろえる、育てるといった取り組みが将来のグランツールでは成功のカギとなるのかもしれない。

サルドプレスこぼれ話

 松尾記者のリポートにもある通り、筆者はフィニッシュ地点近くに設けられるプレス用スペース「サルドプレス」(プレスルーム)をベースにして、日々のレースリポートを担当させてもらった。

毎日のように報道陣に囲まれたクリストファー・フルーム。第20ステージ終了後にはチームメートのゲラント・トーマスを祝福するコメントを残していた Photo: Yuzuru SUNADA

 毎日サルドプレスに通っていると、他国のジャーナリストとも顔なじみになるので、どちらからともなく情報交換をしたり、選手データを共有したりと、よい報道ができるよう協力し合うムードが生まれる。

 31km個人タイムトライアルが行われた第20ステージのサルドプレス。隣に座っていたフランス人ジャーナリストが、室内のモニターに映し出されたレース後のフルームのインタビューを聞きながら笑っていた。フルームが一言いうたびに笑うので、何事かと思い訊ねてみると…「あれは本心なわけないよ」との返事。

パリ・シャンゼリゼのポディウムで喜び合うゲラント・トーマス(左)とクリストファー・フルーム。両者ともどんな時でも相手をリスペクトする言葉を残していた Photo: Yuzuru SUNADA

 フルームはそのインタビューで、個人総合優勝をほぼ手中にしたトーマスへの祝福の言葉を並べ、「素晴らしい友人だ」とも語っていた。トーマスとフルームの様子を見る限り、実際に仲が良いのだろうと筆者は思っているが、そのフランス人ジャーナリストからすると、トーマスへの祝福がどうにも気になるらしい。

 だけど、それがスポーツというものであって、ともに戦ってきたライバルを称えることこそスポーツマンとしての在り方。どんなに悔しくたって、それをグッとこらえて勝者を称える。あの時のフルームは、当たり前のことをしたまでだと思っている。

 隣に座った彼がフルームに対してどういう感情を抱いているのかまでは分からなかったけれど、フルームに「次はまた自分が!」という強い意志が生まれているであろうことは、彼と筆者との共通の見解だった。その見立てが正しかったかは、来年のツールできっと明らかになるだろう。

今週の爆走ライダー−エガン・ベルナル(コロンビア、チーム スカイ)

「爆走ライダー」とは…

1週間のレースの中から、印象的な走りを見せた選手を「爆走ライダー」として大々的に紹介! 優勝した選手以外にも、アシストや逃げなどでインパクトを残した選手を積極的に選んでいきたい。

 今年のツールでもっとも株を上げた選手を挙げるならば、ベルナルの右に出る者はいないだろう。21歳、初のツール。もっと言えば初のグランツールでトーマスとフルームの「2大巨頭」から信頼を勝ち取ったのだ。第3週のピレネーで見せた力強い牽引と、フルームがペースを落とした際に対応した献身的な姿勢は、ライダーとしての器用さを示すものでもあった。

ツールでは山岳アシストとしてチーム内で大きな信頼を勝ち取ったエガン・ベルナル。クリストファー・フルーム(後方)が苦しんだ時にはペーサーも務めた Photo: Yuzuru SUNADA

 その才能は、アンドローニジョカットリでプロデビューした2016年から言われて続けてきた。コンスタントに勝ち星を重ね、昨シーズンは若手の登竜門であるツール・ド・ラヴニールで個人総合優勝。そして今年、プロトン随一のトップチームへとステップアップを果たした。

 いまをときめくビッグライダーでさえ、プロ入り数年間は下積みを重ねてきたわけだが、ベルナルは早くもエースとしてステージレースへと臨み、成績を残している点で並の選手ではないことは明らか。4月のツール・ド・ロマンディ総合2位、そしてカリフォルニアでの優勝と、成長スピードは加速する一方だ。

 ツールで大きなアピールとなった山岳での強さは、マウンテンバイクで鍛えられたものなのだとか。ジュニア時代にはマウンテンバイクのクロスカントリー種目で、世界選手権2度のメダル獲得。それでも彼が目指してきたのはロードでの活躍。18歳でマウンテンバイク競技を離れる決断をした。

 それから3年。初めてのツールでは、頂点に立ったトーマスにして「ベルナルは驚異的な働きぶりだった」と絶賛。21歳といえば、トーマスがツールに初出場した年齢と同じ。「その当時やっとの思いで完走した私と、アシストをしながら個人総合15位で終える選手。その違いは一目瞭然だ」と、ツール王者はそのベルナルの能力を高く評価する。

 第1ステージで落車し、第9ステージのパヴェでも大きく遅れてフィニッシュ。もしそれがなければ、新人賞のマイヨブラン獲得も可能だったのではないかという走りっぷり。「数年後のグランツール制覇間違いなし」との期待も高まっているが、年齢的にまだ焦る必要はない。まずは新人賞ジャージを目指しつつ、ビッグネームのアシストとしてレースを学ぶ時期を送ってもよいのではないだろうか。このツールを経て、チーム、そして本人がどんな道を選ぶのかが楽しみである。

マイヨジョーヌのゲラント・トーマスの前を走るエガン・ベルナル。評価を高めたツールを経てどんなキャリアを歩むのか注目が集まる Photo: Yuzuru SUNADA
福光俊介福光俊介(ふくみつ・しゅんすけ)

サイクルジャーナリスト。自転車ロードレース界の“トップスター”を追い続けて十数年、今ではロード、トラック、シクロクロス、MTBをすべてチェックするレースマニアに。現在は国内外のレース取材、データ分析を行う。UCIコンチネンタルチーム「キナンサイクリングチーム」ではメディアオフィサーとして、チーム広報やメディア対応のコントロールなどを担当する。ウェブサイト「The Syunsuke FUKUMITSU

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