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彼女と自転車<7>48歳の現役ママさんMTBライダー小林可奈子さん 家族と約束した“走る理由”

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
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 48歳にして現役のマウンテンバイク(MTB)選手の小林可奈子さん(MTBクラブ安曇野)。1996年にアトランタ五輪代表となった女性MTB界の先駆者でありながら、7月に開催された全日本選手権でも準優勝を果たすなど、座を譲らない強さはいまも健在だ。同大会で女子ジュニアの部で優勝した娘のあか里さん(17)に「おつかれ!」とゴールで迎えられ、母娘でがっちりと握手を交わす姿が印象的だった。これまでに「何度も引退を考えた」という小林さん。しかし、いまの彼女には走らなければならない理由があった。応援してくれる家族のために、そして自分のために。

準優勝を決めた全日本選手権のゴール後、娘の小林あか里さん(写真左)とがっちり手を握る小林可奈子さん。2人は“ライバル”でもある Photo: Hideyuki SUZUKI

17年ぶりの現役復帰

 小林さんは日本代表として1996年のアトランタ五輪を経験し、全日本でも数多くのタイトルを手にしてきたMTBの女性トップライダー。「MTBで五輪に出場したい」という強い思いから23歳当時勤めていた会社を辞め、夢を実現するために単身、信州は松本の地へ飛び込んだ。念願だった五輪出場を26歳で果たしたものの、世界の高い壁を突き付けられ、強くなるために海外レースを単独で転戦し並々ならぬ努力で自分の道を切り拓いてきた。

1996年のアトランタ五輪の結団式にて。写真左から銅メダリストの十文字貴信選手(競輪)、小林可奈子さん、右2人は左から三浦恭資選手(MTB)、住田修選手(ロード) 画像提供: 小林可奈子
アトランタ五輪での試合中。空気圧を下げることを忘れ、コントロールが効かずにパニックの中走行したそう 画像提供: エイアンドエフ

 結婚、出産を経てしばらくレースの世界から離れていたが、その間に「親子3代でMTBに乗ること」を人生の目標として抱き始めていた小林さん。その夢を実現しようと始めた取り組みは地域の人々からも賛同を集め、やがて子供と大人がともにMTBを楽しめる「MTBクラブ安曇野」という形となって広がっていった。そこには小林さんの姿を見て「可奈子さんのようになりたい」と練習に励む子供たちがいた。そんな子供たちに背中を押されるように、いつしか小林さんは再びレースの舞台へと戻りたいという思いを抱き始めていた。

小林さんが主宰する「MTBクラブ安曇野」での練習風景 画像提供: 小林可奈子
がんばる子供たちを厳しくも温かい目で見守る小林さん 画像提供: 小林可奈子

 そして現役復帰を果たした2016年、直後に長女の小林あか里さんが全日本のユース(U17)で優勝を果たした。「長女の全日本チャンピオンの表彰を表彰台の反対側で見ていたとき、実に不思議な感情が生まれました。『よく頑張ったね、おめでとう』という気持ちと、ライバル的な悔しい気持ち。娘には言いませんでしたが、来年こそは絶対同じ台から笑う!と決めていました」。そしてその1年後、2017年の全日本で小林さんは1999年以来実に18年ぶりとなる優勝の座に返り咲いた。

2017年、18年ぶりに全日本で優勝を果たした小林可奈子さん(中央)。左は2位の今井美穂選手、右は3位の橋口陽子選手 Photo: Kenta SAWANO

次女を襲った突然の病魔

 しかし、その直後だった。2017年秋、当時中学1年生だった小林さんの次女を病魔が襲った。

 「医師から告げられたとき、周りから一切の音が消えた。説明の内容が耳から入ってこなかった」と当時を振り返る。突然すぎる出来事を受け入れることができなかった。「なぜ早く気付いてあげられなかったのかと自分を責めた。もう涙が出なくなるんじゃないかというくらい泣いた」。そこから、先の見えない闘病生活が始まった。

 看病に専念するため、続けてきたクラブ活動や再開した選手活動をやむなく打ち切ることを決意した小林さん。しかし、スポンサーや関係各所にその意思を伝えたところ、皆から返ってきたのは想像していなかった言葉だった。

 「帰ってくるまで待ってるよ」─。

 堪えていた思いが一気にあふれた。「私の活動を長く支援してくださっているスポンサーをはじめ、多くの方のご支援をいただき、勇気をいただいて走ることができているのだと感じました」。

 そして何よりも小林さんの背中を押したのは、次女の「自分のためにもMTBをやめないでほしい」という言葉だった。病気を発症して数カ月。病と闘いながらも、母であり、選手である自分を思ってくれる娘を前に、頑張る姿を見せることが娘を元気づけることにつながるならと、MTBへの情熱を三度、奮い立たせた。

Don‘t say “Why me?” Say “Try me!”

 一方で、小林さんにはもう1人戦っている娘がいた。長女のあか里さん(MTBクラブ安曇野)だ。家族バラバラの生活を送るなか、あか里さんはMTB競技の世界でジュニアカテゴリーに上がり、自分がどう進化していけば良いのか一人悩む日々を送っていた。

小林可奈子さんの長女、あか里さん。全日本のジュニアカテゴリーで優勝を果たした Photo: Kenta SAWANO

 全日本に向けて、小林さんはあか里さんからついに「競技を辞めて自分を支えて欲しい」と懇願された。次女を支えるように、長女にも後ろからそっと支えるようなサポートが必要なのではないかと迷った。「それでも私は走りたかった」という小林さん。いま走ることをやめたら、次女と長女の狭間で悩む自分に負けてしまいそうだった。

 結局、小林さんは自分自身で全日本を走ることを選んだ。結果は準優勝。しかし小林さんの中では「負け」だった。「当然の結果だと思いました。悩んでばかりいる自分が悔しかった」─。

全日本で2位でゴールした小林可奈子さん。準優勝でも彼女にとっては「負け」だった Photo: Kenta SAWANO

 そんなとき、次女が入院する病院の院内学級で15歳の女の子が発表した「自分を支える“言葉”」というスピーチが胸に刺さった。

 「Don‘t say “Why me?” Say “Try me!”」

 女の子はtwitterで見つけたこのアメリカ人の女性の言葉に、自分がどれだけ救われたかということを話した。ショックだった。「長女と次女、必死に闘っている2人の心の内を自分は本当に理解できているのだろうかと不安になりました。私は娘たちに『かかってこい!』なんて強い気持ちを持てていただろうか」。降り注ぐ困難のなか、自分のことばかり考えていたことを気付かされた。「誰も好きでここにいるわけではないけれど、置かれた状況で今を一生懸命生きている」という院内学級の先生の言葉に、何度も「どうして?なんで?」と考えていた自分を恥じた。

 そして答えを見いだせないまま全日本を終えた小林さんを見かねて次女が送った言葉が、追い打ちをかけた。

 「私のせいで、みんながやりたいことをやれないのは嫌。私は自分のこれからを病気のせいになんかしない。だからみんなも私のせいにしないで!」

 「まるで平手打ちをくらったように吹っ切れた」という小林さん。それぞれのステージにある課題に向かって”Try me!”の気持ちを貫くこと。それが小林さんと、家族が出した「答え」だった。

全力でレースに臨む小林可奈子さん Photo: Kenta SAWANO

2人の娘が強くしてくれた家族の絆

 小林さんの次女は入院治療を終え、9月以降は自宅からの通院治療となる。「現時点では安心はできませんが、それでも精神的にはずいぶんと楽になるかと思います」と小林さん自身にも、少し安堵の様子が伺える。あか里さんについても「長女は、独りでずっと悩み苦しみ、今年は本当に強くなりました」と娘を誇らしく思う気持ちが覗く。そして「本気で東京オリンピックを目指し、メダルを狙う」といったあか里さんの決意を母として支えようと決めた。「病気は、家族をも強くしますね」と微笑む。

全日本MTB選手権クロスカントリー、女子エリートで2位でゴールし、3位の橋口陽子と健闘をたたえあう小林可奈子さん Photo: Kenta SAWANO

 「MTBで走れること、レースのスタートに立てる幸せ。今だからこそ、強く熱く感じることができるのだと思います」という小林さん。存続が危ぶまれたクラブ活動も、周囲の協力を得ながら続けられるようになった。来年にはさらに規模を拡充し、多くの子供たちがMTBを経験できるよう門戸を広げるという。

 勝利にこだわり続け、自分のためにがむしゃらに強くなろうとしていた20代。その勝利はいま、自分だけのものではなくなった。自分を応援してくれる人たちのため、応援する人のために走ると決めた。「心から皆さんと一緒に走っていたい。そして私が走り続けている姿をみんなに見てもらい、何かを感じてもらえれたらと思います。また勝つまで辞めません(笑)」と来年49歳での全日本V奪回を誓った。

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