山口和幸の「ツールに乾杯! 2018」<5>一般サイクリストにも記録証発行、数々の名勝負が生まれた「ラルプデュエズ」

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 ツール・ド・フランスを現地取材しながら、その場で過去に演じられた名勝負を紹介するという当コラム。2012年に始まったのだが、これまでラルプデュエズを取り上げなかったとはなんたる不覚。それだけラルプデュエズはツール・ド・フランスの象徴であり、最大の勝負どころなのである。

1997年、山岳賞ジャージのリシャール・ヴィランクがラルプデュエズを上る © PRESSPORTS

1936年開発の「太陽の島」

 アルプスのスキーリゾートとして開発されたラルプデュエズは、最も高いところに上るとフランス国土の6分の1が見渡せるという。晴天率も高く、ニックネームは「イル・ド・ソレイユ=太陽の島」だ。ウインタースポーツだけでなくトレッキングやMTBなど四季折々のスポーツの拠点として親しまれている。

 リゾート会社によって開発されたのは1936年。中腹にウェズ村という集落があり、それにアルプス(フランス語でアルプ)と定冠詞のleをつけて、ラルプデュエズ(l’Alpe d’Huez)となった。ただし最近になって、村そのものが定冠詞なしを打ち出していて、アルプデュエズという表現に修正しているようだ。それでも地図上には昔の表記が残っているものもあり、2つの村の名前が存在している。1952年に初めてツール・ド・フランスのコースとして採用されたきっかけは、そのリゾート開発会社が大会の主力スポンサーになったからだ。

 そこに至る道は、フランスアルプスの大岸壁をジグザグによじ上る難コースだ。よくぞこんなところに道を作ったものだと感心するばかり。距離13.8kmで、勾配値7.9%。最初の2kmが10%超、ラスト5kmから4kmまでが11.5%。マニュアルのクルマで1速にシフトダウンして上るはめになる。

選手が来る数時間前に、子供をトレーラーに牽引してラルプデュエズを上るサイクリスト=2013年 Photo: Kenta SAWANO
2013年、面白タンデム自転車でラルプデュエズを上るファン Photo: Kenta SAWANO

 以前、一般のサイクリストが「オレは最初のコーナーで足をつくね」と話していたが、それもうなずける。ふもとのブールドワザンからラルプデュエズ入口までのコーナーには21から1までの数字が振られ、カウントダウンしていくのだが、この「第21コーナー」までの長い直線の2kmが非常に厳しいのだ。

 ラスト6km地点にはウェズ村のゴシック様式の美しい教会がそびえる。このあたりは例年黒山の人だかりで、コーナーごとにオランダ人、ドイツ人、デンマーク人などが陣取り、一触即発の雰囲気だ。

ノルウェー人が集まるコーナーで応援するファン=2013年、アルプデュエズ Photo: Kenta SAWANO
2013年、ラルプデュエズを2回上るステージでは、選手が来る前からファンの興奮が最高潮に Photo: Kenta SAWANO

平地ばかりでも強かったオランダ人選手

 最後の第1コーナーを通過してラルプデュエズの集落に入ると、ようやく上りは緩慢になる。村の中心部となるツーリストオフィスの先を左折すると地下道に入り、残り1kmの手前のヘアピンを曲がる。ラスト700mから一瞬下りかと思われる道に入り、スピードに乗って最後のロンポワン(環状交差点)へ。かつてここでグレッグ・レモンとジャンニ・ブーニョがオーバーランしそうになったが、実際に走ってみると全然そんな危険は感じない広めのコーナーだ。それだけ彼らが速いんだろうな。

 最後の300mは直線で、テレビで見る限り平坦路のように見えるが、じつは結構急な坂。ツール・ド・フランスのゴールラインが設置される場所には、常設の看板があるのでだれでもここがゴールだと分かるようになっている。

 ラルプデュエズがコースに採用されてしばらくは「オランダ人の坂」と呼ばれたほどオランダ選手の優勝回数が多かった。平地しかないオランダで育った選手がなぜこの地で勝てたかはいまだに謎だが、1988年と1989年にスティーブン・ルークスとゲルトヤン・テュニスがそれぞれ勝利して以来、オランダ選手の優勝はない。それでもオランダ人ファンはラスト6kmのウェズ村の教会の前に陣取り、ナショナルカラーのオレンジ一色にして盛り上がる。

1994年、第16ステージで優勝したロベルト・コンティ Photo: Yuzuru SUNADA

 1984年に優勝したコロンビアのロッチョ・エレラは、コーナーでイン側のペダルが地面に接触するほどのスピードで駆け上がったと言われる。1986年にはマイヨジョーヌを着るレモンにベルナール・イノーがステージ勝利を譲られ、屈辱的なゴールをしたことで話題になった。1988年に総合優勝したペドロ・デルガドはその2年前、ラルプデュエズを上っている最中に「母急死」の報を受けてリタイア。1994年にはアシスト人生一筋だったロベルト・コンティが生涯唯一の優勝を遂げた。

最速記録はパンターニの37分35秒

1997年、第13ステージでアルプデュエズを上るマルコ・パンターニ Photo: Yuzuru SUNADA 

 ふもとの町ブールドワザンからラルプデュエズのゴールまで13.8kmの最速記録は、1997年にマルコ・パンターニが記録した37分35秒。ということは平均時速22km超! しかもパンターニは、1994年に38分(このときはコンティが先行して優勝した)、1995年に38分04秒で駆け上がり、1人でベスト3の記録を持っていた。

 2004年にはラルプデュエズで史上初の個人タイムトライアルが行われた。このときはブールドワザンの中心地からスタートしたので距離は15.5km。ランス・アームストロングが39分41秒でトップタイムを記録している(後日記録抹消)が、序盤の平坦区間のタイムを差し引いてもパンターニには及ばなかった。

 現地を訪れると計測開始地点に「デパール=スタート」という横断幕があり、ゴール地点に「アリベ=ゴール」の看板があるので、一般選手も計測することが可能。その数字をメモしてツーリストインフォメーションに行くと、記録証を発行してくれる。

山口和幸山口和幸(やまぐち・かずゆき)

ツール・ド・フランスをはじめ、卓球・陸上・ボート競技などを追い続け、日刊スポーツ、東京中日スポーツ、ナンバー、ターザン、YAHOO!などで執筆。国内で行われる自転車の国際大会では広報を担当。著書に「ツール・ド・フランス」(講談社現代新書)、「もっと知りたいツール・ド・フランス」(八重洲出版)など。

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