選手目線で実走“解説”ツール第10ステージと同じコースを使用 宮澤崇史さんが「エタップ・デュ・ツール」を走破

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 本場欧州のUCIワールドチームで活躍した元プロ選手の宮澤崇史さんが7月8日、ツール・ド・フランス公式のライドイベント「エタップ・デュ・ツール」に参加した。このイベントはツール・ド・フランス2018の第10ステージ(7月17日)と同じコースを走るもの。宮澤さんが走ったアヌシー〜ル・グラン=ボルナンの169kmにも及ぶ過酷で美しい大会の様子をレポートでお届けする。

ツール・ド・フランス第10ステージと同じコースを走るサイクリングイベント「エタップ・ドゥ・ツール」に宮澤崇史さんが参加 ©Bravo

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ツールの隠れた勝負どころ

 今年のツール・ド・フランス第10ステージ、「アヌシー〜ル・グラン=ボルナン」。これと全く同じコースを走るアマチュアレース「エタップ・デュ・ツール」が7月8日に開催され、参加してきた。獲得標高4000m、169kmというコースプロフィール。現役選手が無理せず走ったら少しきつい程度の感覚だけど、今の僕にとっては果てしのない旅となった。アルプス山岳連戦の初日は休息日明けでもあり、総合選手勢にとっては厳しい一日となることは間違いない。超級山岳プラトー・デ・グリエール後の脚の残り方では、当然ツールの隠れた勝負どころになるだろう。

ツール・ド・フランス第10ステージと同じコースをたどる ©L'Etape du Tour

 準備はいたって普通。しかし7月とはいえアルプスは雨が降ると信じられないくらい寒い。冬用インナー、ウインドブレーカー2種類、雨用のキャップをスーツケースに入れてきた。下り坂のキツさが想像つかなかったので、フロントホイールはアルミで制動力と耐久性を意識した。当日は朝6時半のスタートに向けて、朝食は5時。 パンにバター、チーズ、ハムを挟んで腹持ちの良さを意識した食事に、目覚ましコーヒーを一杯。 補給食として、同じサンドイッチを3つ作ってポケットに入れていく。

スタートを待つ間は国際的なコミュニケーションの時間でもある。彼はオランダから参加 ©Bravo
垂れ幕をくぐっていよいよスタート ©Bravo

 スタート地点に着くと、すでにほとんどの選手が位置取りで並んでいた。申し込み順でゼッケンが与えられ、170kmをどのくらいのペースで走るかを自己申告する事で組み分けされている。朝日がまだ照らす前の、静かなアヌシーの街を1万5000人がそれぞれの思いを胸にスタートしていく。スタート後は湖沿いの平坦路を走り続け、その後細かいアップダウンが出てくる。

スタート後はアヌシー湖沿いを30kmほど走り続ける ©Bravo

 エタップはヨーロッパからの参加者がほとんどで、さすがに平坦の走り方がうまい! 先頭交代する選手の後ろで集団で横の動きをする選手はおらず、全員しっかりと流れに乗って走っている。最初に待ち受ける峠はラ・クロワ・フリ峠の14km。本格的に上り始める頃には既にウォーミングアップ済みというわけだ。ツール第10ステージではラ・クロワ・フリ峠までに逃げが決まっていないと、上りでのアタック合戦によるペースアップは身体的にもきついレースになるだろう。

ラ・クロワ・フリ峠まであと10km。日差しがきつくなり、これから暑くなりそうな予感 ©Bravo

 朝焼けのなか、ペースを刻んで上っていく。途中、美味しそうな肉の塊をグルグル回して焼いている光景が目に入り、引き寄せられるように自転車を停め、久しぶりのフランス語で話しかけてみた。“シェーヴル(山羊のチーズ)直売”の看板が出ていて、ここに住む農家らしい。「何を焼いてるんですか?」「イノシシだよ」「もしかして、これあなたが仕留めたの?」「もちろんさ!これはトマトベースのソースでね、塗りながら焼くと抜群に美味いんだ。もう4時間は経ったかな」。自ら仕留め、捌き、料理する。そして気長に待つ。大自然の中に生きる人々は、本物の食事を知っている。ものすごく美味しそうだけど、焼きあがるのを待ってはいられないので再び自転車に戻る。農家の主人がボトルに冷たい水を入れてくれたおかげで、山頂まで余裕を持って過ぎていく。

農家の主人と。食べ物のこととなると、つい自転車そっちのけで話が弾んでしまう ©Bravo
遠火でじっくり焼く。背景にサイクリストたちが見えるのがエタップらしい絵柄 ©Bravo
キャプション:豪快なイノシシの丸焼き。スローフードのスピリットが生きている、田舎らしい風景 ©Bravo
補給所に群がる参加者たち。どれも美味しい ©Bravo

 山頂を過ぎると最初の補給所があったが、補給食を持って出たこともあり、水飲み補給だけして前へ進む。エタップでは、水、スポーツドリンク、コーラ等の水分補給所と、パン、ケーキ、果物、サンドイッチ等のフード補給所が別々にある。後半の補給所では塩分補給のためと思われる生ハムとサラミが供されていた。長距離を走ることをよくわかっているなと関心。味も素晴らしく美味しい。

 長いダウンヒルの後は二つ目の峠、超級グリエール高原の坂へ。距離は6km程だが平均勾配が11%もある、かなり厳しい勾配の峠。入り口は狭く、道も細い。エタップでは15000人もの大人数が一斉に走るので、どうしてもペースの遅い選手と速い選手が混在してしまう。

後半は自転車を降りて押して上がる選手が続出 ©Bravo

 密集し過ぎて、ところによっては落車する選手も出てくる。頂上に近づくにつれ、自転車を降りて押して上る選手が増えてきた。選手のイライラが高まり、文句を言い出す選手も。この辺り、日本ではなかなか見られない光景で面白かった。しかも上りきってもすぐに下りには入らず、1.8kmの緩やかな上りのグラベルロード(未舗装区間)を経て、その後アップダウンが続く。グラベルといっても大きな石はなく、レースでは時速40km/hくらいで進むことも考えられる。体調のすぐれない総合勢にとっては、試練の始まりになりそうな峠だ。

 ここからロム峠まではアップダウンと平坦が続く。昼過ぎということもあって気温が上昇(この日はかなり暑かった)、日陰で休みながら三つ目のロム峠へ。ロム峠は序盤と終盤の勾配がキツく、中盤の緩斜面区間で足を回せていないと、後半の登りで足が重く感じそうだ。

次々と現れるコーナー。押して歩く選手もちらほら ©Bravo
壮大な景色も選手たちには満喫する余裕はなさそうだ ©Bravo
コロンビエール峠の表示。見るからに厳しそうだ ©Bravo

 この辺りからツールではエース級が動き始めることは間違いない。途中で昔ながらの水くみ場が現れ、暑さに参った参加者たちが我先にと群れていた。頭から水をかぶるが、体力的にもすでに限界に近づいてくる。コーナーはバンク基調になっていることもあり、集団内より先頭でコントロールもしくはアタックして展開を作っているチームに優位な地形もちらほらある。

“名峰”コロンビエール峠に挑む

 ロム峠を下ると、いよいよ最終コロンビエール峠に向かう。下ってすぐに上るということもあり、精神的にもやられるし、身体的にもかなりキツい。峠の入り口にある勾配を示した看板は斜度のキツさを表す黒と赤が混在し、またもや上る前から峠の厳しさを覚悟しなければならない。

辛さのあまり下を向く選手、諦めて自転車を押す選手、ラストスパートをかける選手、それぞれの思いが錯綜する光景 ©Bravo

 「最後、最後」と自分に言い聞かせながら上り始め、半分を過ぎた辺りから峠の頂上が見え始める。何度も見たことのあるこの光景。そしてこの雄大な景色もここで終わりかと思うと、少し寂しささえ感じ始める。勿論レースではここまで脚を残していることがエース級には大事なポイントだけれど、自分の脚では想像もつかないことだと感じながら上り続ける。

カウベルが音楽のように鳴り響き、まるでサイクリストたちの完走を祝福するかのようだった ©Bravo
アルプスらしい景色。光と影のコントラストもまた美しい ©Bravo

 コロンビエール峠は実際に走ってみると、ロム峠の方がはるかにきつく、看板の色分けでは判断できないと思った。足が攣る選手もちらほら出てくる。急に落車する選手もいる。そんな時、見知らぬ他人の選手が躊躇なく止まって処置をしてあげる光景も微笑ましかった。どうしようもなく動けない選手が目の前にいて、僕も放っておくわけにはいかない気持ちになり、止まってマッサージをした。僕はマッサージャーではないけれど、かつて選手であった自分がひとめ見るだけでわかることも多く、10分も揉んでいたらスッと立てるようになった。同じイベントに参加する人たちがこうやって皆でゴールを目指すことは、本当に素晴らしいことだ。

コロンビエール峠の頂上に到着!ここからはゴールまで十数キロの爽快なダウンヒルが待っている ©Bravo

 ゴールへの下りは、心が洗われるような美しい景色。肉体的にも精神的にも疲れているのに、いつまでもこんな所を走っていたい。そんな気持ちになる、一生の思い出に残る景色の中を名残り惜しみつつ下っていく。ゴールでは沢山の観客と走り終わった選手が盛大な声援を送ってくれる中、ゆっくりと余韻を味わいながらのフィニッシュライン通過となった。

 いつもならテレビで見るだけのツール・ド・フランスのステージを実際に自分自身で走ると、その後に同じ道を走る選手の表情から見て取れる情報が大きく変わってくる。 今までは選手のダンシングのギアや回数、ケイデンスやフォームだけを見て判断していたことが、レースコースが選手の心理にどのくらい影響を与えているかまでが見えてくる。海外のサイクリストと一緒に走ることで得られる情報量も非常に多いし、そんなところで仲間ができると世界中の楽しいイベントを紹介してくれたりもする。海外のイベントは決断に思いきりが必要かもしれないけれど、エタップはやはり特別。ツール・ド・フランスのファンであれば是非とも参加して、それから実際にツールを観戦してほしいイベントだ。

本場のエネルギーを感じるツール

 エタップの翌日はひたすら西へ車を飛ばして約900km、フランスを横断してツール・ド・フランスの会場へ。第3ステージのチームタイムトライアルになんとか間に合った。手の届きそうな至近距離、目の前を駆け抜ける選手たちの息遣いが聴こえる。そう、自転車レースは選手の息遣いを聞くことがいかに大切か。この場所に来てようやく初心に戻ることができた。

ラファウ・マイカ(ボーラ・ハンスグローエ)。サクソ時代の盟友 ©Bravo
UAEチーム・エミレーツの監督フィリップ・モデュイ。かつてのチームメイト&監督 ©Bravo
第3ステージのTTT。この距離で選手たちの息遣いを聴くこと。これが自転車レースだ ©Bravo

 翌日の第4ステージではヴィラージュやパドックを訪ねる。現役選手だった頃、お世話になったメカニック、チームメイト、監督、たくさんの懐かしい顔に再会。場のエネルギーを感じる。やっぱりここはすごい場所だ。

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