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ツール・ド・フランス2018直前 新人賞の歴史をおさらい受賞はプレッシャー? マイヨブラン獲得後のキャリアを振り返る

by あきさねゆう / Yuu AKISANE
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 世界最大の自転車レースの大会であるツール・ド・フランスが、7月7日に開幕する。栄光の黄色いジャージ「マイヨジョーヌ」を巡って総合争いが繰り広げられるなか、25歳以下の選手を対象とした新人賞の白い「マイヨブラン」もほまれ高きジャージとして若手選手の目標となっている。今回はマイヨブランを獲得した選手のその後のキャリアを振り返ってみる。

2016年にマイヨブランを獲得したアダム・イェーツ(左)と2017年にマイヨブランを獲得したサイモン・イェーツ(右) Photo: Yuzuru SUNADA

栄誉と共にのしかかるプレッシャー

 過去10大会のマイヨブラン獲得選手と、獲得後のキャリアをまとめてみた。

■2008年:アンディ・シュレク(ルクセンブルク、CSCプロチーム)

 総合優勝したカルロス・サストレ(スペイン)、兄・フランクのアシストとして出場。ラルプ・デュエズにフィニッシュする第17ステージでは、アタックを成功させたサストレをアシストするために、マイヨジョーヌを着るフランクと共にメイン集団内でライバルの動きを潰す働きを見せた上で、ステージ3位に入った。ツール初出場ながら総合11位に入り、マイヨブランを獲得した。

■2009年:アンディ・シュレク(サクソバンク)

 移籍したサストレに代わりエースとして出場。第17ステージではフランクと共にアルベルト・コンタドール(スペイン、アスタナ)に猛攻を仕掛けるも突き放すことはできず、総合2位でフィニッシュした。

■2010年:アンディ・シュレク(サクソバンク)

 コンタドールとの激闘の末、総合2位となった。しかし、総合優勝したコンタドールのグレンプテロール陽性反応の裁定に伴い、2012年にアンディのツール繰り上げ優勝が決まった。

アルベルト・コンタドールと激闘を繰り広げたアンディ・シュレク。写真はツール・ド・フランス2010 第8ステージにて Photo: Yuzuru SUNADA

 2011年のアンディはカデル・エヴァンス(オーストラリア)と激闘の末、総合2位。どうすれば総合優勝できるのか?とずっと思い悩んでいたところに、思わぬ形でアンディの元にマイヨジョーヌが転がり込んできた。嬉しさよりも戸惑い強く、さらに思い悩んでしまうことに。以降調子を崩して1勝もあげることができないまま2014年に引退した。

■2011年:ピエール・ロラン(フランス、ユーロップカー)

 マイヨジョーヌを着るチームメイトのトマ・ヴォクレール(フランス)が連日の死闘の果てに、ラルプ・デュエズの山頂にフィニッシュする第19ステージではレース序盤に失速。これまで献身的にヴォクレールを支えてきたロランを先に行かせるよう指示した。

第18ステージまでマイヨジョーヌを守り、第19ステージではマイヨブランを獲得したピエール・ロラン Photo: Yuzuru SUNADA

 そして、ロランはヴォクレールの無念を晴らすかのごとく、このステージに勝利したのだ。最終的に総合10位に入り、マイヨブランを獲得した。

 フランス人によるマイヨブラン獲得は12年ぶり、総合優勝は1985年以来なしというなかで、全フランス中がロランを次のグランツールレーサーと嘱望した。翌年もステージ1勝を飾り総合8位になったまでは良かったものの、以降は低迷。再びワールドツアーの舞台で勝利を飾るまで5年の月日を要した。

■2012年:ティージェイ・ヴァンガーデレン(アメリカ、BMCレーシングチーム)

 第9ステージの個人TTでタイムを伸ばしマイヨブランを獲得。最終週にエースのカデル・エヴァンス(オーストラリア)が調子を崩す一方で、ヴァンガーデレンはそつのない走りを見せ総合5位で完走した。

 翌々年も総合5位となり、ランス・アームストロングのドーピング問題以降、ネガティブさ残るアメリカ自転車界をけん引する新たなヒーローの誕生に沸いた。

マイヨブランを獲得し、最終ステージのパリで表彰を受けるティージェイ・ヴァンガーデレン Photo : Yuzuru SUNADA

 2015年ツールでは、フルーム、コンタドール、キンタナ、ニバリの4人が「ファンタスティックフォー」と呼称されていたが、ヴァンガーデレンは第9ステージのチームTTで勝利して総合2位に浮上した際に「そろそろ僕を加えて”ファンタスティックファイブ”にしてもいいんじゃない」とコメントした。だがおよそ1週間後の第17ステージ、体調不良により総合3位のまま、涙の途中リタイアとなってしまった。

 続くブエルタ・ア・エスパーニャでは落車して骨折リタイア。翌年のツールも山岳ステージで大失速するなど低迷。自身のSNSを閉鎖するなど、精神的に追い込まれていたが、2017年ジロ・デ・イタリア第18ステージ優勝、2018年ツアー・オブ・カリフォルニア総合2位と、復活の兆しを見せている。

■2013年:ナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスターチーム)

 初出場のツールにもかかわらず、第20ステージで圧倒的な登坂力を見せてステージ優勝を飾り、総合2位でフィニッシュした。世界的には無名な選手、しかもヨーロッパ外のコロンビア出身の選手とあって、当時のサイクルロードレース界に大きな衝撃を与えた。以降、コロンビア旋風がサイクルロードレース界に巻き起こるわけだが、きっかけを作ったのは間違いなくキンタナだった。

■2014年:ティボー・ピノ(フランス、エフデジ)

 2012年にステージ1勝を飾り、総合10位に入り、フランス待望のグランツールレーサーと期待されていたピノの才能が開花した大会だった。終盤の山岳ステージでは安定した走りを見せて総合3位で完走した。

ロランに続き、フランスの期待を背負うことになったティボー・ピノ。写真はツール・ド・フランス2014 第16ステージにて Photo : Yuzuru SUNADA

 先述したロランがフランスの期待を裏切る成績が続いていたため、今度はピノがそれら期待を一身に背負うこととなった。

 すると2015年ツールでは、序盤のステージで早くも総合争いから脱落してしまう。ラルプ・デュエズへフィニッシュする第20ステージでは勝利したものの、2016年は最初の山岳ステージでいきなり遅れてしまい、体調不良のため第13ステージでリタイアとなった。

 フランスからのプレッシャーを避けるため、2017年はジロに出場して、ステージ1勝&総合4位。しかし、2018年はジロ最終週に肺炎を患い最終日にリタイア。ツールも欠場となってしまった。

■2015年:ナイロ・キンタナ

 総合優勝のフルームに対して1分12秒差の総合2位で、2度目のマイヨブランを獲得した。翌年もフルームの牙城を崩すことはできず、総合3位。ジロとブエルタではそれぞれ1回ずつ総合優勝を飾っているものの、ツールではなかなか勝てない。

マイヨジョーヌを着るクリストファー・フルームと競り合うナイロ・キンタナ。写真はツール・ド・フランス2015 第14ステージにて Photo: Yuzuru SUNADA

 すると、今シーズンからミケル・ランダ(スペイン)が加入し、チームの絶対的エースという立場から共同エースという立場を余儀なくされてしまった。

■2016年:アダム・イェーツ(イギリス、オリカ・バイクエクスチェンジ)

 第7ステージでは、空気の抜けたフラムルージュが落下してきてアダムを直撃。顔を負傷するアクシデントがありつつも、総合4位でイギリス人初のマイヨブランを獲得した。今年は2年ぶりにツールの舞台に戻ってくる。

■2017年:サイモン・イェーツ(イギリス、オリカ・スコット)

 大会を通じて安定した走りが冴え渡り、総合7位でフィニッシュ。兄弟で2年連続マイヨブラン獲得という歴史的な快挙を成し遂げた。

 そして、今年のジロでは大会3勝を飾る快進撃を見せた。兄弟ともに順調なキャリアを突き進んでいる。

ツール制覇には経験が大事

 マイヨブランが制定された1975年以来、マイヨブランとマイヨジョーヌを同時に獲得した選手は、1983年のローラン・フィニョン(フランス)、1997年のヤン・ウルリッヒ(ドイツ)、2007年のアルベルト・コンタドール、そして繰り上げになるが2010年のアンディ・シュレクと4例しかない。

 また、過去38人がマイヨブランを獲得したが、後にツール総合優勝を飾ったのは、フィニョン、グレッグ・レモン(アメリカ)、マルコ・パンターニ(イタリア)、ウルリッヒ、コンタドール、アンディ・シュレクの6人のみだ。マイヨブランを獲得したことで注目され、期待され、プレッシャーとなり、調子を崩してしまう選手が多いのだ。

2007年にマイヨブラン獲得後、2009年にツール・ド・フランス総合優勝を果たしたアルベルト・コンタドール。写真はツール・ド・フランス2007 第14ステージにて Photo : Yuzuru SUNADA

 一方でここ10年の総合優勝した選手の年齢は、2008年サストレ33歳、2009年コンタドール26歳、2010年アンディ・シュレク25歳(コンタドール27歳)、2011年エヴァンス34歳、2012年ウィギンス32歳、2013年フルーム28歳、2014年ニバリ29歳、2015年フルーム30歳、2016年フルーム31歳、2017年フルーム32歳となっており、平均するとちょうど30歳となる。

 つまり、マイヨジョーヌを狙えるようなキャリア最盛期を迎えるのは30歳前後になることが多いといえる。一方、25歳以下を対象とするマイヨブラン獲得者は選手として未成熟ながらも大きな期待をかけられてしまう構図となっている。

 3週間のグランツールで調子を崩さず走り切るためには、体調管理を含めたコンディション調整の経験と知識が必要不可欠であり、25歳以下の選手は経験量が不足しているため、無理をしてコンディションを崩すことが多いのではないだろうか。

 ただし、直近2年のイェーツ兄弟に関しては、所属チームの首脳陣が綿密な育成計画を立てており、無理をしすぎないよう調整しながら順調なキャリアを歩んでいる。

 世界最大の自転車ロードレース大会であるツール・ド・フランスで、表彰台に上がる選手を注目するなという方が難しい。ならば、ミッチェルトン・スコットのようにチーム主導の計画に従って選手を守り、育成することも大切なことなのかもしれない。

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