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猪野学の“坂バカ”奮闘記<25>3つの顔を持つ恋人「アザミ」 運命的で衝撃的な彼女との出会い

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レース以外でも訪れるアザミ。我々坂バカはアザミを上らなければ年が明けない。その年初めて上るアザミを「お正月」という

 坂バカなら誰もが持っているのが行き着けの坂、“マイ坂”だ。それは人生においてかけがえのないパートナー、いわば恋人の様なものなのだ。私にもそんな恋人がいる。名前は「アザミ」という。何とも可愛いらしい名前だが、彼女は3つの顔を持つ恐ろしい女だ。「鳥の壁」までの3km。「馬返し」までの3km。そして馬返しからの地獄の5km。ここまで書けばお分かりになる方もおられるだろう。そう、私の恋人(マイ坂)は、泣く子も黙る「富士あざみライン」だ。

あざみラインは「シクロクロス」と心得よ

 富士あざみラインの最大の特徴は、なんといっても最大勾配22%の馬返しだ。馬が引き返すからか、馬がひっくり返るからか知らないが、とにかくそれほどの激坂なのだ。

 なので私は馬返し以降の5kmはヒルクライムではなくシクロクロスと解釈している。何しろ激坂過ぎて普通のフォームやペダリングでは上ることができない、違う種目と心得た方が良いのだ。

見栄を張り男ギアで行くと蛇行をしいられる「馬返し」

 そんなアザミラインで行われるレースがある。「富士山国際ヒルクライム」だ。富士山といえばスバルラインで開催されるマンモスヒルクライム、「Mt.富士ヒルクライム」通称「富士ヒル」が有名だが、なぜか私は毎年アザミラインの富士山国際の方に出てしまう。それは私が初めて出場したヒルクライムだからだ。

恥辱のレーパン事件

 あれは2009年…。私がここまでヒルクライムにのめり込むきっかけとなった初出場のレース。到底受け入れることのできない様々なおかしい現象を目の当たりにした。

 当時、全く経験のない私はスタート最前列に並んだ。今思えばかなり生意気だ、ジャージはネットで上下5千円で買った「チームCSC」のレプリカジャージ。5千円だからビブではなく、はくだけのパンツ。これが後に悲劇を生むことになる。

スタートから「鳥の壁」までは直線の上り。先が見えてしまうので、これがまた辛い

 スタートの合図と共に初ヒルクライムがスタート! すぐに3番手くらいにつける、なかなかの位置どりに顔がニヤける。しかし次の瞬間、後方からもの凄い勢いで抜いて行く選手たち! こんなに実力差があるものなのかと、いきなり洗礼を受ける。

 するとドーンドーンと花火が上がり始めた。さすが国際ヒルクライムと名乗るだけあって豪華な演出だ。しかしよく見ると隣で自衛隊が訓練で派手に大砲を撃っている。そのうちマシンガンをバリバリパリ!と撃ちだした。うるさいくてぺダリングに集中できない!まるで戦場を走っているかのようだ。しかし彼らも国防のために頑張っているのだ! 祝砲と受け止め、先を急ぐ。

 戦場区間を抜け静寂が訪れると、いよいよ魔の馬返しへ…。激坂が脚を削り、みるみる失速する。その時腰の辺りが妙に涼しいことに気付く、なんと激坂で前重心になり過ぎてレーパンがずり落ち、お尻が丸出しになっているではないか! すぐさま直そうとハンドルから手を離すが、激坂過ぎて落車しそうで直すことができない。

相次ぐ珍プレー

 そうこうしていると先にスタートした女子選手たちに追いついた。そこでまた信じられない光景を見る。彼女は右手に自転車を担ぎ、左手にシューズを持ち、靴下で激坂を走っている。何だこれは…白いレーパンに白ソックスだから三社祭の様だ。顔を覗くと「担いでますけど、何か?」と言わんばかりに睨み返された。彼女はこの区間は下りて走るとあらかじめ決めていたのだろう…。すいませんと小さく呟く。

 私は臀部を露出した状態なので早く彼女をパスしたいのだが、なぜか彼女は真っ赤な顔をして私のお尻を追い掛けて来た。恐怖以外の何物でもない!

 猛烈に心拍を上げ、何とか“御神輿女”から逃げることに成功すると、今度は後方から上下サッカーのフランス代表のユニフォームを着た鼻水だらだらのおじさんが抜いて来る…。さすがにサッカージャージには負けたくない! お尻丸出し五千円のジャージで食らい付く。サッカージャージもお尻丸出しには負けたくないらしく、アザミライン唯一の下り区間で猛烈に加速した。

五合目では暖かい椎茸茶を振舞ってもらえる。是非ご賞味あれ

 しかしそこに見事にアザミ名物「グレーチング」(鋼材を格子状に組んだ溝蓋)があり、フランス代表はタイヤをとられ見事に吹っ飛び森へと消えた。幸い、大事故には至らなかったようだが、アザミのグレーチングは霧で濡れていることが多いので要注意なのだ!

 急に森が開け、空が見えてきたらゴールは近い。最後のキツい右コーナーを上り、私のヒルクライムデビューは幕を閉じた。様々な信じられないような珍事が相次いで起こった。ヒルクライムとはこんなに色々なことが起こるものなのか? 実にショッキングで新鮮な体験だった(後にも先にもこんなおかしなレースはない)。富士山五号目の澄んだ空気が身体の芯から浄化し、不思議な心地良さに包まれた。

 我々坂バカを容赦なく捻り潰すアザミ。彼女はいつでもあなたの挑戦を待っている。不適な笑みを浮かべて。

(写真提供:NHK/テレコムスタッフ、猪野学)

猪野 学猪野 学(いの・まなぶ)

俳優・声優。自転車情報番組NHK BS1『チャリダー☆』(毎週土曜18:00〜18:25)にレギュラー出演し、「坂バカ俳優」という異名で人気を博す。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる。ウェブサイト「マナブログⅡ

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