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レースを捨てたメイン集団展開の罠にはまった全日本ロード・男子エリート チームプレーで失われたエースたちの勝機

by 米山一輝 / Ikki YONEYAMA
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 全日本選手権ロードレースの男子エリートは、レース前半にして絶望的な展開になっていた。30人ほどの逃げが決まり、前年の王者である畑中勇介(チームUKYO)や、優勝候補の呼び声が高い窪木一茂(チームブリヂストンサイクリング)らを含むメイン集団は、8分もの大差を付けられていた。年に一度のナショナルチャンピオンジャージを懸けた戦いは、選手間の思惑が複雑に絡み、普段ならあり得ないようなレース展開になることが少なくない。現地で見たレースのポイントを振り返った。

30人以上の逃げを見送った、1周目のメイン集団。レース序盤のひとつの選択が、レースの行方を大きく分けることになった Photo: Ikki YONEYAMA

追い付けなかったメイン集団

 「これは後ろの集団、終わった(勝負に絡めない)かな…」

 全15周の7周目で8分以上の差。残りを1周ごとに1分以上縮めて、ようやく追い付く距離である。逃げ集団には主要チーム全てが選手を送り込んだため、メイン集団のペースを組織的に上げるチームは無い。クラブチームの選手が散発的に追走の動きを見せていたが、焼け石に水でかえってペースを乱す状態になっていた。

 とはいえレースに早合点は禁物だ。だいたいジャーナリストや解説者、有識者の予想というのは、どこのスポーツでも外れるもの。特に今回は全日本だ。何が起こるかは分からない。そう思っていると、ようやくメイン集団がペースを上げて、逃げとの差を縮め始めた。

ディフェンディングチャンピオンとして臨んだ畑中勇介(チームUKYO) Photo: Ikki YONEYAMA
1週間前の全日本TTを制し、ロードレースも優勝候補の呼び声が高かった窪木一茂(チームブリヂストンサイクリング) Photo: Ikki YONEYAMA

 周回レースにおいては、ラップタイムが重要な指標となる。逃げ集団は序盤2周を21分台、それ以降を23分台で走っていたが、後半に入り少しペースが落ちて24分半くらいだ。一方のメイン集団は23分までペースを上げている。

 1周1分半を縮めるのであれば、最終的に追い付くペースだ。厳しい暑さの中、逃げている選手がこのまま消耗してペースを落とす一方であればそうなるだろう。だが今回は逃げの人数が多い。先行集団の中では一部の選手が終盤の勝負に備えて、完全に脚を貯めているはずだ。彼らが動いた時に一体どうなるか。

後半ようやく組織的な追走を見せたメイン集団だったが、時すでに遅かった Photo: Ikki YONEYAMA

 残り5周、メイン集団と逃げ集団の差は5分を切り、射程圏内といえる距離まで縮まってきた。これはもしかするかと思ったタイミングで、逃げ集団内が一気に活性化した。アタック合戦から逃げ集団が叩き出したラップタイムは21分台。22分台までペースを上げていたメイン集団から、逆に1分の差を稼ぎ出した。

 まだ分からない。アタック合戦から逃げ集団が崩壊すれば、ペースが保てない可能性もあるからだ。

 12周目に小石祐馬(チームUKYO)がアタックして、山本元喜(キナンサイクリングチーム)と2人で先頭に立った。集団は崩壊したが、ラップタイムは21分台。ここにきて、この人数でこのペースが出るのか。残り3周でメイン集団との差は6分半。メイン集団のレースが完全に終わった瞬間だった。

速かったが、早すぎた小石の攻め

 切れ味鋭いアタックを見せた小石だったが、勝つことはできなかった。追走グループから最終的に佐野淳哉(マトリックスパワータグ)、新城雄大(キナンサイクリングチーム)が合流。先頭4人のうち2人をキナン勢が占めたことで、勝機を失ってしまった。

鋭いアタックで集団を破壊した小石祐馬(左)。一時はこのまま優勝まで突き進むのではという勢いだった Photo: Ikki YONEYAMA

 「ウチの選手も(追走の動きに)乗っていれば…」とレース後に悔しさを吐き出した小石。チームUKYOは平塚吉光らが逃げ集団にいたものの、先頭に追い付いた佐野らの動きには反応できず、その後ろの集団に平塚が残れたのみだった。

 その平塚は「自分がアタックした直後に小石が仕掛けたので、あのタイミングでは追走には乗れなかった。小石はもっとチームメートと合わせて仕掛けるべきだった」と流れを分析する。

 鋭いアタックを見せた小石が、先頭集団の中で最強の一人だったことは間違いない。切れ味だけでなく、アタックした周に記録した21分台のタイムは、逃げが決まる段階の1周目、2周目と同等で、距離を重ね消耗した終盤にこのラップタイムを刻んだことは驚異的だ。

 だが小石は最終周を目前に、4人になった先頭集団から最初に脱落することになる。仮定になるが小石がもう1周アタックを待っていたら…レースの結果は大きく変わっていたかもしれない。

最後まで優勝を争った佐野淳哉。袖口と裾の赤帯は元全日本王者の証 Photo: Ikki YONEYAMA

 佐野も先頭集団で最強の一人だった。逃げの先頭交代に加わり、なおかつ終盤の決定機でも動いているのだ。2014年の全日本優勝はいくつかの幸運に導かれたものだったが、4年を経て文句なしの実力で全日本タイトルを再び勝ち取ろうとしていた。しかし最終盤でキナン勢と2対1になり、その不利な状況を打破するだけの力は残っていなかった。

「チームプレー」の罠

 最終周に先頭で入った山本、佐野、新城の3人がそのまま表彰台を占めたが、続く4位にはメイン集団から追い上げた入部正太朗(シマノレーシング)が入った。

レース中盤、集団内で脚を貯める入部正太朗。終盤に力を爆発させたが、優勝を争うことはできなかった Photo: Ikki YONEYAMA

 驚異的な追い上げ、とはいえ先頭からの差は4分。長いレースの序盤にあえて見送った逃げは、はるか手の届かない場所まで逃げ去ってしまっていた。「30人は行っても良かった。(泳がせても)大丈夫かと思っている自分がいたんですかね」と入部は自らの判断ミスを悔やんだ。

 今年国内のレースで数多くの勝利を挙げてきた宇都宮ブリッツェンは、活躍の原動力だった岡篤志ら4人を逃げ集団に乗せていた。だが岡自身は数週間前から調子を落としており、逃げに乗ったのはレース後半にエースを温存するための、アシストとしての動きからだったという。ブリッツェンは先行集団が逃げきった場合を見越して、上れるスプリンターの鈴木龍を送り込んでいたが、暑さで消耗して決定機に反応しきれなかった。

 ブリッツェンの清水裕輔監督は「(増田成幸を欠いた)7人でできることはやってたと思う」と選手をねぎらいつつ、「逃げの人数が多すぎたことは誤算」と振り返った。本来のエースだった雨澤毅明や、上りにも強い実力者の鈴木譲は、やはり後方のメイン集団に沈んでいた。

4選手を逃げに乗せた宇都宮ブリッツェンは、鈴木龍を温存して3人が集団けん引に加わる Photo: Ikki YONEYAMA

 確かに先行集団の30人は、泳がせるには人数が多すぎた。選手にとってはこの逃げに入れたかどうか、序盤1周目の決断がまず大きくレースを分けることになった。入部に限らず「逃げに乗っていれば」と考えた有力選手は多かっただろう。だが実際に優勝候補の一人である入部が逃げに入っていたら、メイン集団が逃げ全体を潰していたに違いない。有力選手の多くが逃げに乗らなかったこと自体は、妥当な判断だったといえるのではないか。

 だがその後の動きに関しては疑問が残った。有力チームはメイン集団を引かず、必ずしも全面協調していたわけではなかった先行集団が、メイン集団から決定的なタイム差を得ることになった。有力チームはそれぞれ、最低でも2人を逃げに乗せていた。あるチームの選手が逃げに入っている場合、チームメートは追走の動きに加わらない。チームプレーの基本原則だ。

レース前半、メイン集団の前方でけん制し合う窪木一茂と畑中勇介。小競り合いが続く中で決定的な差を先行集団に与えてしまった Photo: Ikki YONEYAMA

 しかしこのチームプレーの動きが、今回のレースにおいては、果たして正しかったのかどうか。チームプレーをする動機は「勝利を得るため」である。先行集団に決定的な差を与えてしまった中で、全ての有力チームが先行集団の中で勝負できる(すべき)状況にあったのだろうか。

 本来勝負を託すエースがメイン集団内にいるのであれば、そのチームはタイム差を最終的に追い付ける範囲にコントロールしておくべきではなかったのか。

日本のレースは変わるのか

 そうやってレースの展開を反芻していて思い出したのが、筆者が以前ツール・ド・北海道を取材した際に書いた“ある記事”だ。

 Cyclistがスタートした最初の年に取材したもので、もう6年も前の記事である。掲載時の反響はかなり大きく、ネガティブな意見も多数頂戴した。翌日のレース会場で某チームの監督に数十分に渡りご意見を頂き、表彰式の写真を撮り逃したことは今では笑い話である。

 当時の記事を改めて読み返して、日本のレースはこの6年、結局変わっていないのかもしれない、と不安になった。

 一方で完璧なチームプレーを演じて優勝を勝ち取ったキナンサイクリングチームは、日本のレース界における一つの光明かもしれない。先行集団に乗った2人は道中ほとんど先頭交代に加わっていなかったそうだが、これは後方集団との関係性を的確に読んだ上で、「勝利」の2文字へ確実に近付くための、むしろ積極的な選択だったといえる。

最終周回へと向かう先頭の3人。佐野淳哉(中央)をキナンサイクリングチームの2人が挟み撃ちにする。この直後に山本元喜(右)がアタックを決めて独走に持ち込んだ Photo: Ikki YONEYAMA

 キナンのチームを率いる加藤康則GMは、全日本ロードのちょうど翌日に39歳の誕生日を迎えたという、若いチーム指導者だ。選手時代には浅田顕監督のもと、フランスでプロを目指して走った経験をもつ。キナンサイクリングチームの設立に先だって、東海地域のシリーズ戦ロードレース「AACAカップ」を立ち上げたが、これはヨーロッパ的な価値観を国内レースで再現することを目指したものだ。

 「現在の日本のレースは、勝つことを最大の目標として走っている選手が少ない」とは、5年前、AACAカップを立ち上げた際に加藤さんが語った言葉だ。現在開催中のサッカーW杯でも見られるように、日本人はしばしば“美しく戦う”ことを重視してしまう。だがそれでは世界では戦えない。横綱相撲ができるのは、文字通り横綱(すでに一番強い者)だけなのだ。

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