チーム・メディアオフィサー 福光俊介さんの手記キナン勢、勝つべくして勝った全日本ロード ワン・スリーフィニッシュの要因とチームのこれから

by 福光俊介 / Syunsuke FUKUMITSU
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 鮮やか-この言葉に尽きると思います。6月24日に行われた全日本自転車競技大会ロードレース。序盤から先頭グループでレースを進めた山本元喜と新城雄大が終盤、それこそ「鮮やか」なコンビネーションを見せ、山本元の日本チャンピオンジャージに加え、ワン・スリーフィニッシュを達成。日本のロードレース界で、キナンサイクリングチームが新たな歴史を刻んだ瞬間でした。チーム発足4年目。内外からチームを盛り立てる人たちの情熱のもと、活動を行うキナンサイクリングチームの「現在地」をチーム広報として記したいと思います。

ワン・スリーフィニッシュを達成した山本元喜と新城雄大。強い味方となったYONEXロードバイク「CARBONEXHR」とともに ©︎KINAN Cycling Team / Syunsuke FUKUMITSU

レースはいつだって総力戦

 まずお断りとして、ここで記す選手・関係者などの表記については、チーム内で用いられている呼称をメインに記したいと思います。その方が、きっとチームを身近に、そしてチームに携わる人たちの人となりを知るきっかけになると考えています。

 また、日頃は「Cyclist」でさまざま記事を執筆させてもらっている私ですが、今回はチームスタッフとしての手記ということで、いささか偏りのある内容になることをどうぞご理解ください。

3人中2人がキナン勢となった先頭グループ。最終周回の鐘を聞く ©︎KINAN Cycling Team / Syunsuke FUKUMITSU

 改めて、全日本ロードは最高のレースでした。山本元(以下ゲンキ)と新城雄大(以下雄大)が3人の先頭グループで最終周回に入っていったときは、もうそれだけで胸がいっぱいになっていました。直後にゲンキがアタックしたと聞き、フィニッシュ地点に設けられるフォトグラファーエリアで1人落ち着かない時間を過ごしていました。

 ふと後ろを振り返ると、祈るようにしてゲンキたちの帰りを待つ関係者の姿があります。チームスタッフに加え、2周回を残してバイクを降りた雨乞竜己(以下アマタツ)、そして前日にアンダー23のレースを終えたゲンキの実弟・山本大喜(以下マサキ)の姿もありました。

 アタック成功から約25分後、ゲンキはそれこそ「ゲンキ」な姿でフィニッシュへ。そして、吸い寄せられるかのように仲間のもとへと飛び込んでいったのでした。チームが本当に1つになった瞬間でした。

優勝した山本元喜が待ち構えたチームメートやスタッフの元へと駆け寄る ©︎KINAN Cycling Team / Syunsuke FUKUMITSU

 このチームは、時と場合によりますが、出走する選手よりチームスタッフの人員の方がはるかに多いことがしばしばあります。ゼネラルマネージャーを筆頭に、監督、マッサー、メカニック、アドバイザー、私のようなメディアオフィサー(チーム広報)。役職によっては複数人招集することもあるため、その多さに思いがけず自分たちが驚いてしまうこともあるくらいです。

 とにかく総力戦なのです。例えば、周回コースでのレースであれば、各所にスタッフを配備して、戦況やタイム差を確認・選手に伝えるといったこともチームスタッフの仕事です。UCI公認の国際レースであれば、1クラス以上になると選手が無線を装備し、チームカーとのやり取りが可能ですが、2クラスや日本国内の大会だとそれはできません。そこで、チームスタッフ数人が無線を持ち、連絡を取り合ったうえで状況を把握し、必要に応じて選手に指示を与えたりするのです。

チームメートやスタッフとともに歓喜の瞬間を迎える ©︎KINAN Cycling Team / Syunsuke FUKUMITSU

 私も“無線隊”の1人です。レース中は広報用の写真を撮影するため、コース上を転々としていますが、ファインダー越しに逃げのメンバーであったり、わがチームの選手の表情をチェックするなど、撮影しながらでも可能な仕事に従事します。必要に応じて、チームカーや他所にいるスタッフとやり取りを行います。

 この全日本では立地条件も関係してか、無線交信の難しい場面が多々ありました。そんな時は、メッセンジャーアプリを使うこともあります。アンフェアな行為は絶対にあってはなりませんが、プロチームである以上、勝利へ向かってあらゆる手段を講じています。他のチームの事情は存じ上げませんが、少なくとも、こうした戦い方ができるのは充実した人員と、それによる機動力の高さが魅力として挙げられると考えています。

 しかし、今回はたびたびスタッフとの交信ができず悩まされました。それだけに、フィニッシュを待つチームスタッフの姿を見たときはこれまでにない安心感を覚えました。そして何より、われわれの苦慮をよそにしっかりと勝ってみせた選手たちの強さを誇らしく思ったのでした。

タフな環境への対応力

 機動力といった部分では今回、チームスタッフのほかサプライヤー企業さまの協力についても挙げておかねばなりません。

IRC TIRE 井上ゴム工業(株)さまのご好意で、出展ブースをチームピットとしてお借りすることに ©︎KINAN Cycling Team / Syunsuke FUKUMITSU

 緑豊かで、地元の人たちの温かさに触れられた島根県益田市のコースは、周辺道路や空き地、その他施設のスペースを駐車場として開放してくださっていました。ただ、一点集中といった具合ではなかったので、どうしても「駐車場」といった趣きの場所が広範囲にわたっていた印象があります。

 少しでもスタート・フィニッシュ地点に近い場所で、選手たちがレース外の時間を過ごせるように…と考えると、早い時間からのスペース確保が必要となってきます。

 そこで、キナンサイクリングチームでは当日、まず早朝5時に先発隊を派遣。森川健一郎マッサー、中山直紀、田中亨の両メカニックを送り込み、環境整備を行いました。その状況を伝えられた残りのスタッフが選手を連れて、スタート数時間前に会場入りするといったスタイルをとりました。

IRCスタッフ、Team Eurasia - IRC TIREのメンバーとともに記念撮影 ©︎KINAN Cycling Team / Syunsuke FUKUMITSU

 加えて、チームのタイヤサプライヤーである、IRC・井上ゴム工業さまのご厚意により、会場に出展していたブースの一角をチームピットとして使わせていただきました。当日は早い時間から気温30℃を超える暑さでしたが、「IRCテント」によって日差しをしのぐことができ、レースまでの時間を快適に過ごすことができました。本当にありがとうございました。

 また、主会場であった北仙道地区振興センターさまには、体育館の一角をウォーミングアップスペースとして提供していただきました。いまになって思うと、これだけ恵まれた状況が整っていた以上、勝つことが義務付けられていたともいえます。

体育館の一角を借りてレース前のウォーミングアップを行った ©︎KINAN Cycling Team / Syunsuke FUKUMITSU

 置かれている環境に則して動くというのは、キナンサイクリングチームの得意とするところ。チームの主戦場であるUCIアジアツアーでは、時々刻々と変化が起こることは当たり前。タフな状況にも冷静に対処していくことが求められます。レーススタート時刻が突然変わったり、日本とは異なるホテル事情であったり、移動時間が長かったり…。挙げればきりがないのですが、どんなことが起こっても慌てず騒がず、それらを“アドベンチャー”として楽しむくらいの心の余裕が必要なのです。

 そう思えば、日本のレースはとてもオーガナイズされています。海外の選手やチームがレースを終えて「また日本に来たい!」と言っているとの話をよく聞きますが、各国のレース事情を知るとそれが頭だけでなく、肌で理解できるようになってくるものです。運営に携わるみなさまには、チーム一同心から感謝しています。

誰よりも準備に時間を注いだゲンキ

 レース詳細についてはレポートをご覧いただくとして、ここでは少しチームの内情も含めて書くことにします。

エリートでは初の日本チャンピオンとなった山本元喜 ©︎KINAN Cycling Team / Syunsuke FUKUMITSU

 まず、あの日のゲンキはスーパーでした。本当に、本当に強かった。昨年のチーム加入以来、彼の意志の強さをたびたび目にしてきました。どんなことがあっても動じないメンタルの強さ。みなぎる自信。ユーモアもあって、ちょっとしたことで笑わせてくれるキャラクター。ひとたびスイッチが入れば強い走りをしてくれる。そんな彼は、みんなからリスペクトされています。

 ただ、リザルトだけ見れば、今年はどうにもパッとしない。彼をエースに立てて臨んだレースで、チームもろとも崩れてしまったこともありました。6月17日の全日本タイムトライアルでは11位に終わり、さすがの彼も「取り組み方を見直さなければならない」と口にしていました。

 そのゲンキが1週間後、どうしてあれだけの強さを見せられたのでしょうか。

 もちろん、実力が一番です。伊達に数々の実績を挙げてきた男ではありません。調整も上手くいったことでしょう。そのあたりは、“自分”というものをしっかりと持っていて、任せておいても大丈夫な面があります。

 ただ、今回はそれらに加えて、誰よりもコースに対する準備に時間を割いたことが最大の勝因ではないかと感じています。

6月21日、チーム本隊が益田入りしレースコースでのトレーニングを行った ©︎KINAN Cycling Team / Syunsuke FUKUMITSU

 悔しい結果に終わったタイムトライアルの後、そのままの足で益田入りし、本番までの約1週間を現地で過ごしていました。到着早々にレースコースを12周回したのだとか。また、チーム本隊が合流した21日にもコースを使ってロングトレーニングを行っていました。レース当日までに走ったコース周回数は27。特徴をすべて頭に叩き込み、勝負どころ、力の出しどころ、アタックポイントなどなど、すべてを把握していたことで、ライバルの動きにも冷静に対処できたのです。

 ゲンキは今回に限らず、先に現地入りして試走を行い、走ってみての印象を後から合流した選手・スタッフにフィードしてくれることが多いです。バイクにウェアラブルカメラを装着し、路面状況や勾配を動画に収めたうえで、選手間でチェック、といったことも率先して行っています。この全日本でも、何度も周回して得た感触をチームに浸透させたことが、彼だけでなくチーム全体のレースにおける成功につながったのだと感じています。

チーム内競争の活性化へ

 ここ数シーズン、チームは「日本人選手だけでいかにハイレベルな戦いをするか」をテーマに取り組んでいます。いま、チームでは4人の外国籍選手が所属していますが、彼らはとても強く、ビッグレースではエース候補となる存在です。そこに追いつけ、追い越せと、日本人選手を強化することをメインスポンサー「株式会社キナン」の角口賀敏会長からも期待をしていただいています。

中島康晴(奥)がチームメートと勝利を喜びあう ©︎KINAN Cycling Team / Syunsuke FUKUMITSU

 国内シリーズのJプロツアーや、UCIアジアツアーでも日本人選手を中心に招集する機会が増えてきています。日本人選手同士で話し合い、それをレースにどう応用させていくのか、トライ・アンド・エラーの繰り返し。若手や中堅どころの選手が多く、ときにミーティングが煮詰まってしまうこともあるのですが、そんな時にまとめ役となってくれるのが、日本人選手最年長の中島康晴(以下ナカジ)です。

 このテーマが全日本でついに実りました。日本チャンピオンジャージをかけた、1年に1度の機会をモノにしたのです。レースは水物で、強さがそのままリザルトに反映されるわけではないだけに、いかにスマートに戦うかがポイントになります。今回のキナンサイクリングチームは5人出走と、格別大人数で臨んだわけではないなかで、レース展開を含めたあらゆる要素を味方にして勝利をつかみました。

5月13日に行われたJプロツアー・宇都宮ロードレース。山本元喜(右)と新城雄大が上位争いに加わったこのレースが、全日本ロードのシミュレーションになった ©︎KINAN Cycling Team / Syunsuke FUKUMITSU

 記憶をさかのぼって、5月13日のJプロツアー・宇都宮ロードレース。このときにはゲンキが9位、雄大が10位になりましたが、ここで全日本に向けた連携のシミュレーションができたこともプラスに働きました。10人以上が先行し、優勝争いへと転化したレースで、前方を走る選手同士でどのようにレースを構築するのか。このときは結果的に力負けをしてしまいましたが、ゲンキも雄大もレース後には「連携面では収穫があった」と話していたことを思い出します。全日本が上手くはまっただけでなく、そこに至るまでのストーリーがあったのです。

 さぁ、いよいよチーム内競争は激しさを増すことになります。ゲンキの優勝に選手たちは大いに沸きましたが、一方で自らが主役になれなかったことを悔いる姿も見られました。

勝利の立役者となった新城雄大。自らも3位に続いた ©︎KINAN Cycling Team / Syunsuke FUKUMITSU

 今回の立役者である雄大は、エリート1年目での3位に喜びつつも、自身のブログで「もっと練習をして強くなる」と誓っています。このレースで本来エースだったナカジは「ゲンキに先を越された!」と言い、前日のアンダー23では9位に終わったマサキも「結局オレは引き立て役かよ!」と絶叫。そろそろスプリントで勝利がほしいアマタツ、山岳になれば中西健児(ケンジ)もいます。今回はケガで欠場した椿大志(ツバキ)もやがて戻ってきます。チーム最年少の19歳、塚本一樹(ツカモト)も、加入してからの数カ月で選手として多くのことを学んでいます。

 結束力が強いチームでも、野望は個々にあり、その中で競争が進んでいくのです。

大いなる責任とともに

 プロのサイクリングチームは、多くのスポンサーとサプライヤー企業、そして応援してくださるファンのみなさんによって支えられています。キナンサイクリングチームであれば、「株式会社キナン」が全社を挙げてチームを盛り立ててくださります。いつだって全力応援。本社を構える和歌山県新宮市へ赴けば、「これでもか!」というくらいのもてなしをしていただきます。さらに、ホストレースであるツール・ド・熊野では、社員さんが時間を捻出してレース運営を行っています。

2018年のロード男子エリート日本チャンピオンに輝いた山本元喜。念願の日本チャンピオンジャージに袖を通した ©︎KINAN Cycling Team / Syunsuke FUKUMITSU

 この大会には、NPO法人「SPORTS PRODUCE 熊野」から大谷壌士さんと内野寛子さんが駆け付け、チームをサポートしてくださいました。お二人は、ツール・ド・熊野のオーガナイザーであり、新宮市周辺で行われるレースやイベントで陣頭指揮を執る方でもあります。私たちにとっては良き相談相手でもあり、キナン・角口会長も含めてお三方がいなければチームは成り立たない、といっても過言ではありません。だからこそ、ワン・スリーフィニッシュの瞬間をお見せできてよかった。

 また、バイク・機材・ウェア・ヘルメット・アイウエア・シューズ・補給食・マッサージオイルなど、あらゆるアイテムを供給してくださるサプライヤー企業各社にも、いま一度この場を借りてお礼をしたいと思います。素晴らしいアイテムによって、チームは勝利を収めることができました。

中島康晴と雨乞竜己は後続選手のフィニッシュを待ちながらチームの輪に加わるタイミングを計る ©︎KINAN Cycling Team / Syunsuke FUKUMITSU

 チームの今後についてですが、基本はこれまで同様、UCIアジアツアーを主戦場にポイント獲得のチャンスをうかがっていきます。6月25日付のUCIアジアツアーランキングにおいては、個人ではトマ・ルバ(フランス)が、チームではキナンサイクリングチームがそれぞれ首位に立ちました。このポジションをキープできるよう、引き続き取り組んでまいります。

 変化を挙げるならば、チームは今後3枚のチャンピオンジャージを保持することでしょうか。ゲンキのロード、マサキのアンダー23個人タイムトライアルの日本チャンピオンジャージ。加えて、マサキは同カテゴリーのロードでアジアチャンピオンジャージのホルダーでもあります。

 映画「スパイダーマン」には、「大いなる力には、大いなる責任が伴う」との名言がありますが、わがチームも背負うものが増えることで、大いなる責任が伴うことになります。チャンピオンチームとなったこれから、さらにレースでの戦い方や立ち振る舞いが重視されることになります。

 次戦は6月30日からのJBCF 広島シリーズを予定しています。全日本遠征の解散時、選手とは「広島では恥ずかしくない走りをしよう」と言って別れてきました。

 チームが真価を発揮するのはこれから。正直、まだまだこんなもんじゃないですよ。どうか今後もキナンサイクリングチームにご期待ください。

選手・スタッフ・関係者が勢ぞろい。日本チャンピオンジャージの山本元喜を囲んで ©︎KINAN Cycling Team / Syunsuke FUKUMITSU
福光俊介福光俊介(ふくみつ・しゅんすけ)

サイクルジャーナリスト。自転車ロードレース界の“トップスター”を追い続けて十数年、今ではロード、トラック、シクロクロス、MTBをすべてチェックするレースマニアに。現在は国内外のレース取材、データ分析を行う。UCIコンチネンタルチーム「キナンサイクリングチーム」ではメディアオフィサーとして、チーム広報やメディア対応のコントロールなどを担当する。ウェブサイト「The Syunsuke FUKUMITSU

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