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つれづれイタリア~ノ<116>コロンビア人選手の快進撃、その背景にイタリアあり!

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 みなさん、お久しぶりです。大型イベントやレースが続き、このコラムがしばらくお休みになりました。今回の話はコロンビアという国に絞りたいと思います。このコラムはイタリアの話題が中心なのに、なぜコロンビアが出てくるか。実は最近のコロンビア人選手の快進撃が気になり、コロンビア人の強さはどこから来ているか、どのように支えられているかを調べているうちに、イタリア人の優れた監督の強い影響があるとわかってきました。日本人選手が世界で羽ばたくためのヒントになればと思います。

ジロ・ディタリアでも総合優勝したナイロ・キンタナ。近年最も成功したコロンビア人サイクリストの一人 Photo: Yuzuru SUNADA

今年のジロでも一大勢力に

 ジロ・ディタリアが終わってから2週間が経ちました。今年、第19ステージで歴史に残る80kmの単独逃げを演出したクリス・フルーム(イギリス、チーム スカイ)が総合優勝を果たしましたが、その前に2人のミチェルトン・スコット所属の選手、サイモン・イェーツ(イギリス)とエステバン・チャベス(コロンビア)がレースを盛り上げてくれました。特にチャベス選手は第6ステージで優勝を飾り、その後、キャプテーンであるイェーツ選手を献身的に支えつづけました。

 近年、コロンビア人選手の存在感が一気に大きくなったのが2013年頃でした。ナイロ・キンタナ(モビスター)がツール・ド・フランスでステージ優勝を飾っただけでなく、総合2位、新人賞と山岳賞獲得にも輝きました。そして翌年、2014年にコロンビア人として初めてジロに総合優勝をしたのです。同じ大会に別のコロンビア人選手、ジュリアン・アレドンド(当時トレック)もステージ優勝を飾り、まさにコロンビア人元年になったと言えるでしょう。それ以来、強い選手は次から次へ出てきて、特に若きスプリンター、フェルナンド・ガヴィリア(クィックステップ)の活躍が世界を驚かせています。

ナイロの弟、ダイエル・キンタナにも期待がかかる Photo: Yuzuru SUNADA

 今年のジロに8人のコロンビア選手が参加し、その中でこれからも注目すべき選手は、モビスターのカルロス・ベタンクールとダイエル・キンタナ(ナイロ・キンタナの弟)、チーム スカイのセルジオルイス・エナオ、UAE・エミレーツのダルウィン・アタプマ、アスタナのミゲルアンヘル・ロペスになると思います。

2018年ジロ・ディタリア出場選手数(多い順)

1.イタリア 45人
2.フランス 14人
3.オランダ 13人
4.ベルギー 13人
5.スペイン 12人
6.コロンビア 8人
7.オーストラリア 7人
8.ドイツ 7人
9.デンマーク 6人
10.イギリス 4人

国家プロジェクトにより躍進

 しかし、コロンビアは安心してスポーツできる環境ではないはずです。日本の外務省のウェブサイトを見ると、中南米に位置するコロンビアは不要不急な用事がない限り、渡航を控えるべき危険な国の一つのようです。危険度レベル2(不要不急の場合以外、渡航回避)とレベル3(渡航渡航中止勧告)を合わせると、国土の70%以上は危険だとされています。

 慢性的な政治不安や失業率と貧困、世界で名を知られる麻薬密売組織による残虐行為などが国の未来を蝕み、若者たちに未来に対する失望感が大きいとされています。昨年は50年に続いた政府と右翼武装集団や麻薬密売武装集団との内戦が終結したものの、まだ落胆できない。

 この状況を打開するために、1993年からコロンビア政府がプログラマ・フトゥーロ・コロンビア(Programa Futuro Colombia:コロンビア未来プログラム)という独自の政策を発動しています。若者たちにスポーツや文化活動を通して、明るい未来を切り開くための国家プロジェクトのようです。狙いは若者たちが犯罪に手を染めることを未然に防ぐことです。スポーツにおいて中心的な役割を果たしたのが、サッカーと自転車競技です。

1992年のジロ・ディタリアを走るルイス・エレラ Photo: Yuzuru SUNADA

 コロンビア勢の快進撃の先駆けだったのが、ルイス・エレラ選手(1961年生まれ)だったといえるでしょう。1981年にブエルタ・ア・コロンビアで優勝し、その好成績が買われ、ヨーロッパのレースに招待されるようになりました。ヨーロッパが中心だった自転車競技関係者にとって、大きな衝撃だったにちがいありません。蓋を開けてみれば、この小さなクライマーは当時のトップ選手を抑え、アマチュアとして1984年にツール・ド・フランスに招待された途端に初勝利(第17ステージ優勝)。1985年にプロになり、ツール・ド・フランス山岳賞獲得、そして1987年ブエルタ・ア・エスパーニャで総合優勝に加え、山岳賞を獲得。ジロ・ディタリアでも1989年にステージ優勝だけでなく、山岳賞ジャージを獲得するなど、まさに世界の山岳王として活躍しました。

 貧しい生活を送っていた家族を手伝うため、自転車に大量の荷物を積み、首都までの40kmの険しい山道の上で鍛え上げた小さな体は、コロンビアの存在を世界に知らしめた。まるで昔の自転車競技を思い出すような姿でした。

コロンビア選手を育成するチームを手がけたジャンニ・サヴィオ監督(左) Photo: Yuzuru SUNADA

 さて、若者育成の国家プロジェクトが発動してから、1995年にコロンビアの大手清涼飲料メーカー、ガセオサス グラシアルはこのプロジェクトに賛同し、コロンビア人選手から構成さているチームを本格的に作ることを決めました。その中心的な存在になったのが、あるイタリア人監督、現アンドローニ・シデルメックのチームマネージャー、ジャンニ・サヴィオなのです。サヴィオ監督は以前からコロンビア出身のクライマーに興味を抱き、ネルソン・ロドリゲスら若い選手をイタリアに呼び寄せ、世界トップクラスで活躍する道筋を作りました。

 1996年にチーム ガセオサス グラシアル・セッレイタリアが誕生し、多くのコロンビア人選手はヨーロッパで経験を積み始めました。サヴィオ監督自身が2006年までコロンビアナショナルチーム監督に任命され、コロンビア人選手の育成に多大な貢献をしました。しかし、コロンビアの成果を見た隣国、ヴェネズエラ政府はコロンビアのプロジェクトを真似て、2007年にサヴィオ監督を引き抜き、コロンビアにとって指導力のある監督を失うことになります。それ以後、成果を出せる選手の育成は止まりました。

フルームを育てた監督がコロンビア選手を育成

 転機が訪れたのが、2010年でした。フアン・マヌエル・サントス大統領を率いる新政権が誕生し、2011年にコルデポルテス(コロンビア国立スポーツ協会)を発足させました。その要は、ヴェロドロームの建設を含むスポーツによる若者自立支援の強化! ここで中心的な存在になったのが、またイタリア出身の監督でした。

 それはチーム バルロワールドのクラウディオ・コルティ監督。チームの拠点は、イタリアの小さな村アドロ市です。コルティ監督は、チーム サエコとランプレを経て、南アフリカの企業をメインスポンサーとするチーム、バルロワールドに入りアフリカ出身の強豪選手の発掘に成功していました。

 クリス・フルーム(チーム スカイ)やダリル・インピー(ミチェルトン・スコット)、ロバート・ハンター(41歳、引退)らが彼の指導もの元で才能を開花し、世界を驚かせました。コルティ監督の働きぶりはコロンビア国立スポーツ協会の目に留まり、2012年からコロンビア・コルデポルテスという新しいチーム監督に任命。エステバン・チャンベス(ミチェルトン・スコット)やハルリンソン・パンターノ(トレック・セガフレード)、ダルウィン・アタプマ(UAE・エミレーツ)らが誕生しました。

2008年、当時23歳のクリストファー・フルーム。バルロワールドからツール・ド・フランスに初出場した Photo: Yuzuru SUNADA
2012年、当時22歳のエステバン・チャベス Photo: Yuzuru SUNADA

 2015年に資金難でチームが解体されましたが、その意志を継いだのが、あのジャンニ・サヴィオ監督です。現在もアンドローニ・シデルメックに多くの若いコロンビア人選手を受け入れ、チーム スカイに移籍した新星、ベルナール・エガン選手(20歳)も彼が育てました。EFエデュケーションファーストのキャプテーン、リゴベルト・ウランもイタリア人監督に発掘され、2006年にコロンビアからイタリアのチーム、テナックスに移籍。ウラン選手も超貧困地域の出身で、麻薬密売組織の銃撃戦で流れ弾に当たった父が犠牲になったのです。

日本もコロンビアのように成功を

 コロンビア選手に多く見られる共通点は、貧困家庭の出身者が多く、家計を支えるために、まじめにスポーツにと取り組んでいることです。

 しかし、自転車競技を発展させたい国の明確な政策と優れた人材の発掘がない限り、スポーツはなかなか成功しません。コロンビア自転車競技の発展に貢献したイタリア人の優れた監督が存在していることが嬉しい限りです。イタリアでは競技人口が多いため、その競争に勝ち抜いた監督だけが残り続けます。

イタリアと日本のハイブリッドチームとして活躍するNIPPO・ヴィーニファンティーニ・ヨーロッパオヴィーニ。日本人選手を本場ヨーロッパのレースへと送り込む Photo: Ikki YONEYAMA

 日本の場合はどうでしょう。日本国内ではロードレースに対する政治的認知度と社会的認識はまだ低く、日本人の優れた選手が生まれるには、レースが少なすぎます。コロンビア人と同じように、海外で活動の拠点を移さない限り成功しないと思います。そして彼らを指導する優れた監督の発掘が必要不可欠です。この点でNIPPO・ヴィーニファンティーニがやろうとしていることは褒めるべきだと思います。日本人選手の成長の場を与え、日本人監督の育成にも力を入れています。あとは、政府の後押しがあれば最高ですね。

 イタリア人としてイタリア人選手の活躍の場が失われてゆく様子をみると、確かに悲しい側面がありますが、自転車には国境がないため、正々堂々と強い選手にがんばってもらいたいものです。NIPPOも出場するツール・ド・スイスが始まったので、日本人選手を盛大に応援しましょう。

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ

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