シモーニとの“確執秘話”も「トレーナーとして日本人選手を指導」 今季引退のダミアーノ・クネゴにインタビュー

by あきさねゆう / Yuu AKISANE
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 今シーズン中での引退を表明したダミアーノ・クネゴ(イタリア、NIPPO・ヴィーニファンティーニ)のトークショーパーティーが、5月28日に東京・青山の「秀光ONEショールーム」にて開催された。MCには『Cyclist』でもお馴染みのマルコ・ファヴァロさんを迎え、2004年ジロ・デ・イタリアでステージ4勝を飾って総合優勝を果たしたことをはじめ、数々のビッグタイトルを獲得したクネゴのキャリア、当時のエピソードを振り返った。また、トークショー後には『Cyclist』が独占インタビューを行い、今後の展望などについても話を聞くことができた。

ツアー・オブ・ジャパン閉幕の翌日に開催のトークショーに登場したダミアーノ・クネゴ Photo: Kyoko Goto

「今はもう喧嘩していないよ」(笑)

――自転車競技を始めたきっかけは何ですか?

クネゴ:父親はランニングが好きで、私の家族は全員スポーツが好きでした。学校にはマウンテンバイクをやっている友達がいて、それがカッコいいと思って自分も自転車を始めたことがきっかけです。それからマルコ・パンターニ(※1)に憧れて、14歳のときにロードバイクを始めました。

会場にはメディア陣のほか、人数限定で申し込んだファン30人が詰めかけた Photo: Kyoko Goto

 15歳のときに、地元ヴェローナの現在も存在するアマチュアチームに加入しました。イタリアでは、決して早くない年齢から自転車を始めたにもかかわらず、周りの人やチームの関係者たちに「ダミアーノならやっていけるよ!」と後押ししてされて、ここまでやってきました。

(※1:マルコ・パンターニはイタリアの元プロロードレーサー。1998年にジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスで総合優勝を飾るなど、英雄的な活躍を見せていたが、2004年に34歳の若さで突然死した。クネゴが自転車競技を始めた1995年頃に、パンターニは全盛を誇っていた)

――キャリアのなかで、一番記憶に残っているレースは何ですか?

2004年ジロ・デ・イタリア第2ステージで勝利したダミアーノ・クネゴ。弱冠22歳にして大会4勝をあげ総合優勝を飾るセンセーショナルな活躍を見せた Photo : Yuzuru SUNADA

クネゴ:いま振り返ってみると、2004年に総合優勝したジロ・デ・イタリアだと思います。完全にプロとして認められたレースでした。もう一つ1999年に優勝したジュニアロード世界選手権は、地元のヴェローナでの開催だったので特別な思いがあります。沿道には同級生や親戚が応援に来ているなかで勝てたことは格別な思い出です。

――2004年ジロでのエピソードを教えてください

クネゴ:実は総合優勝するための作戦を練っていました。2004年は3月くらいから調子が良いと感じていました。ただ、調子が良いことがライバルチームの選手に伝わってしまうと、たとえ私が新人だとしてもマークされてしまいます。そこで、ジロが始まるまでは調子が悪いフリをしていました。しかし、当時のチームにはジルベルト・シモーニ(※2001・2003年にジロ総合優勝)がいたので、その点が大きな問題となってしまいました。

 シモーニも非常に調子が良くて、元々チームのなかでは3回目の総合優勝を狙うシモーニがエースという話でした。自分はサブエースとしてメンバー入りしましたが、自分の好調ぶりをチームメイトのシモーニにも隠す必要がありました。シモーニも、まさか青二才のクネゴに負けるなんて思ってもいなかったようです。ジロの大会後半はお互いの顔が見れないほど、競争心を持ち合っていました。

当時から確執が噂されていたジルベルト・シモーニ(右)とダミアーノ・クネゴ(左) Photo : Yuzuru SUNADA

 ただ、今はもう仲直りしています。私より先にシモーニの子供が生まれたのですが、シモーニ家が使っていたベビーカーを自分が譲り受けて、子供に使っていたこともあります。今年のツアー・オブ・ジ・アルプスに出場したとき、シモーニと会って仲良くおしゃべりしました。もう今は喧嘩していませんよ(笑)。

――一番勝ちたかったレースは何でしょうか?

2008年世界選手権で優勝したアレッサンドロ・バッラン(左)と2位に入ったダミアーノ・クネゴ(右) Photo : Yuzuru SUNADA

クネゴ:2008年にイタリア・ヴァレーゼで行われた世界選手権です。チームメイトのアレッサンドロ・バッラン(イタリア、当時ランプレ)が勝ったのですが、スプリントになったらバッランは自分に勝てないことがわかっていたので、バッランが先にアタックを仕掛けて勝利しました。

 とても残念でしたが、仕方のないことです。人生において大事なことは他にもっとたくさんある。1回負けたくらいで悔やむことはないんだと、この経験から学びました。

人生も教えてくれたマルティネッリ監督

――誰から最も多くのことを学びましたか?

クネゴ:2002年にプロデビューしたサエコチームの監督を務めていたジュゼッペ・マルティネッリは、自分をプロとして育ててくれた恩師です。

クネゴが師と仰ぐジュゼッペ・マルティネッリ監督 Photo : Yuzuru SUNADA

 ジュニアの時代から目をかけてくれました。周りからはU23カテゴリーを飛ばしてもプロになれる(※2)といわれていましたが、自分はU23を走ってからプロになりたいと思っていました。マルティネッリ監督はそのことを理解してくれていたので、私は2年間U23を走ったあとにプロになるまで待っていてくれました。

(※2:18歳以下のジュニア世代、23歳未満のU23またはアンダー世代と呼ばれるカテゴリーのレースを段階的に経て、プロデビューに至るのが一般的なサイクルロードレース選手のキャリアパスとなっている。クネゴは20歳で、現在のワールドチームに該当するトップチームでプロデビューを果たした)

インタビューに応えるダミアーノ・クネゴ Photo: Kyoko Goto

 マルティネッリ監督からは、レース展開だけでなく、どうやって大人になっていくか、という人生における大切な価値観も教わりました。師は自分の人間としての成長をどれくらいさせてくれるかが大事だと教わりました。マルティネッリ監督とは今でも友情は続いています。

――日本に対して、どんな印象を持っていますか?

クネゴ:最初はアニメのことしか知らなかったです(笑)。日本に来て一番驚いたことは、東京が巨大な街であること。とてつもなく大勢の人たちがいるにもかかわらず、電車のダイヤが非常に正確であることにもびっくりしました。

 私が11回出場したジャパンカップサイクルロードレースは、昔は逃げを適当に泳がしておいて、ラスト2周を頑張れば勝てるレースでした。しかし、今は全く違います。逃げる選手が強く、レーススピードも非常に速くて、最後まで展開が読めない厳しいレースになりました。

かつて所属したチームのジャージやバイクを前に、リラックスしたムードでトークショーを行うダミアーノ・クネゴ Photo: Kyoko GOTO

――今後のレーススケジュールを教えてください

クネゴ:ツール・ド・スイスに出場して、イタリア選手権が現役最後のレースになります。

――引退時期を東京オリンピックが開催される2020年まで待たなかったのはなぜですか?

クネゴ:もちろん2020年まで現役を続けたかったです。しかし、そろそろ選手としての限界を感じていました。ファンの皆さんに自分の嫌な姿を見せるより、引退を選びました。

トークショーのあとはアフターパーティーも。イタリア料理がふるまわれるなか、ファンはマルコ・カノラやクネゴらスター選手と会話を楽しんだ Photo: Kyoko GOTO

――引退後はどうされる予定ですか?

クネゴ:選手としては引退しますが、人生はこの先もまだまだ続いていきます。いまは大学でスポーツ科学を勉強していて、将来は自分のプロ選手としての経験を生かして、若者に伝えていきたいと考えています。NIPPO・ヴィーニファンティーニとの関係もまだまだ続いていくので、また何かあれば日本に来たいです。

トレーナーとして日本人選手も指導する

――以前のインタビューでは、引退後はパーソナルトレーナーになりたいと仰っていました。今後、自転車レース業界とどのように関わっていく予定でしょうか?

クネゴ:NIPPO・ヴィーニファンティーニと仕事をしていくなかで、トレーニングキャンプにトレーナーとして参加する予定です。そこで若手選手たちを指導していこうと考えています。また、チームの広告塔としての仕事や、テレビ解説者の仕事もする予定です。ジロやツールの解説者として、国営放送や民間放送の番組に出演することになると思います。

サインや写真撮影など、ファンの求めにも快く応じるクネゴ Photo: Kyoko GOTO
私物を持ち込んでサインを求めるファンも Photo: Kyoko GOTO

――アルベルト・コンタドールのように、育成チームを持つ計画はありますか?

クネゴ:個別にチームを作る予定はありません。もちろん、コンタドールの取り組みは本当に素晴らしく、心から尊敬しています。私はトレーナーとして、チームのトレーニングキャンプで日本人選手も含めて若手選手を指導することで、自転車レース界に携わっていくつもりです。

パーティーにはイタリア駐日大使や選手時代からの盟友、今中大介さんも駆けつけた(写真左から「秀光」取締役 テクニカルディレクターの佐久間悠太さん、ジョルジョ・スタラーチェ大使、クネゴ、今中さん) Photo: Tomoyasu HAYAMA

――日本人選手がワールドツアーで活躍するために必要なことは何でしょうか?

クネゴ:いまの日本人選手には、有望な若手選手が非常に多いです。未来は明るいと思っています。しかし、サイクルロードレースは独特な文化があります。最初から最後まで、トレーニング方法だけでなく生活スタイルや食事に至る全てを学ぶ必要があります。そのためには、全てが整っているヨーロッパに行かないと成長は難しいと思います。

――すると、NIPPO・ヴィーニファンティーニに所属する日本人選手はワールドツアーに近い存在といえるのではないでしょうか?

クネゴ:とても良い路線に来ていると思います。特に中根英登選手はとても素晴らしい。初山翔選手も急成長していて、これからずっとそばにいて教えることができるようになります。そして、東京オリンピックで活躍するためには、出場枠を3つから4つは欲しいところです。そのためにはUCIポイントをたくさん獲得しなければなりません。UCIレースで活躍できる選手を輩出できるよう、選手たちをトレーニングしていきたいです。

トークショーにはツアー・オブ・ジャパンに出場したNIPPOのメンバー全員が来場。左から伊藤雅和、中根英登、初山翔、ダミアーノ・クネゴ、マルコ・カノラ、シモーネ・ポンツィ、そしてランプレ時代からクネゴを支え、当日の会場を提供した「秀光」の取締役の佐久間悠太さん Photo: Kyoko GOTO

◇         ◇

 若い頃のクネゴは、チームメイトすら出し抜いて、自らの勝利を貪欲に追求する尖った一面を持っていた。だが、いまでは自分のことよりも、周りの人や後輩たちに自分の経験を還元したいという想いを強く持っている。

パーティーの来場者には、もちろん「ヴィーニファンティーニ」のワインがふるまわれた Photo: Kyoko GOTO

 トップ選手からパーソナルトレーナーへの転身したクネゴは、これから日本人選手の育成に携わってくれるようだ。そうした”クネゴチルドレン”が東京オリンピックで飛躍して、さらにワールドツアー、グランツールという大舞台で勝利を掴む日もそう遠くないのかもしれない。

 今後もクネゴのセカンドキャリア、そしてNIPPO・ヴィーニファンティーニで走る日本人選手の動向に注目していきたい。

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