野口忍さんと巡る「WAKAYAMA800」火山が作り出した秘境・南紀熊野 清流・奇岩・クジラ文化 水の国・和歌山に触れるサイクリング

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
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 川や海の美しさで知られる“水の国”、和歌山県。世界遺産に登録されている熊野古道や那智の滝など、奥深い自然に神秘的な雰囲気が漂うエリアだ。その和歌山県の魅力をくまなく魅せる全長約800kmのサイクリングルートが、このほど完成した。サイクリストを導くブルーラインをたどり、今回訪れたのは美しい清流で知られる古座川(こざがわ)町と本州最南端の串本町、そして“クジラの町”として有名な太地(たいじ)町。山から海へ、“水の国”が秘める神秘のパワーをたどる2日間の自転車旅へと出かけた。

和歌山・串本町にある橋杭岩。自然が作り出す奇岩群と残された数々の伝説。不思議なパワーを感じずにはいられないエリア Photo: Kyoko GOTO

全長800kmのサイクリングルートが完成

 関西有数の海水浴場として知られる南紀白浜など観光スポットも多い海沿いのルートや、熊野や高野山といった世界遺産を巡る山間部、平坦な紀の川サイクリングロードを抱える和歌山県。その県内各地の魅力を堪能できるコースを張り巡らした全長約800kmのサイクリングルートの整備プロジェクト「WAKAYAMA800」が進行している。

和歌山県では県内全域で約800kmものブルーラインを引き、推奨サイクリングルートを整備 Photo: Kyoko GOTO

 プロジェクトを進めるにあたって和歌山県観光連盟はバイクブランド「TREK」(トレック)と協力体制を結んでおり、『Cyclist』編集部は、「WAKAYAMA800」のPR動画に登場している元トレック・ジャパンの野口忍さん(THE EARTH BIKES代表)とともに2日間の行程を巡った。

 今回は本州最南端に位置する紀伊半島の南部地域を巡るコースを走る。このエリアは南紀熊野と呼ばれ、巨大な火山活動とその後の風化作用によって形成された自然の造形美が織りなすエリア。初日は海に面した串本町を拠点に、熊野カルデラの面影を残す奇岩群を眺めながら、熊野の山々が生み出す清流・古座川の源流を目指す98kmのサイクリングへと出発した。

熊野カルデラが生み出す奇岩奇勝

 串本町を出発して間もなく現れたのは国の天然記念物にも指定されている巨岩、「虫喰岩」(むしくいいわ)。岩壁に空いた無数の穴は、風雨に浸食され岩盤表面が剥がれ落ちて形成されたものだが、岩が大好物という魔物が食い荒らした趾との言い伝えもある。

風化によって多数の穴が開いた「虫喰岩」 Photo: Kyoko GOTO
穴に腕を入れてみた野口さん。「けっこう深い!」と驚き Photo: Kyoko GOTO

 眼前にそそり立つ巨大なスケールに圧倒されながら、穴に腕を入れてみた野口さんは「けっこう深い!」とさらに驚いた様子。穴の空いた小石に糸を通して願掛けをすると耳の病が治るとの言い伝えがあり、今でも願いのこもった小石が置かれている。

 さらに古座川を上流に向かうと欄干のない橋が見えてきた。増水時に川の中に潜ることで流木などによる被害を避ける「潜水橋」だ。全国的には四国の四万十川の「沈下橋」の名で知られる。普通に利用することができるので、自転車でスリル満点の橋渡りを体験してみるのも良いだろう。

増水時に水面下に隠れる「明神の潜水橋」 Photo: Kyoko GOTO
「一枚岩鹿鳴館」でランチのジビエバーガーをゲット Photo: Kyoko GOTO
古座川の水の美しさに自転車をこぐ脚も止まる Photo: Kyoko GOTO

 次第に川の水が深さを増し、山深くなってきたところで再び巨岩が現れた。高さ100m、幅500mのこの巨大な岩壁「一枚岩」だ。熊野カルデラの形成に伴い約1500万年前〜1400万年前に形成された「古座川弧状岩脈」の一部で、先出した虫喰岩もその1つだ。そしてトンネルを抜けたところで川の対岸に現れる巨岩が「天柱岩」(てんちゅうがん)。山の間から天に向かって屹立する様は、まさに天に向かって伸びる柱のようだ。

高さ100m、幅500mの「一枚岩」 Photo: Kyoko GOTO
古座川の間際から垂直にそびえる天柱岩 Photo: Kyoko GOTO
「日本さくら名所100選」にも選ばれている七川ダム湖畔の桜の木のトンネル。3月下旬から4月上旬には約3000本のソメイヨシノが咲き誇る Photo: Kyoko GOTO

 スタートから26km地点、少し上り始めたところで到着したのは、「さくらの名所100選」にも選ばれている七川ダム湖畔。訪問した時期はすでに桜は散っていたが、3月下旬から4月上旬には湖の周囲約5kmにわたってソメイヨシノ約3000本が咲き誇り、山々の緑と絶妙なコントラストが見られるのだそう。

 ここからブルーラインを外れ、さらに山奥を目指して約20kmのヒルクライムがスタート。獲得標高は240mとゆるめの斜度なので、すぐそばを流れる古座川の流れる音や森林浴を楽しみながら上ることができる。「せっかくの秘境。ときに道を外れて好奇心のまま自由に動き回るのも自転車旅ならでは」と語る野口さん。何やら上った先にお目当てのスポットがあるようだ…。

古座川沿いをゆっくりと上っていく Photo: Kyoko GOTO
松根の名水「大河(たいこ)の水」で給水 Photo: Kyoko GOTO
新緑を映し出す様は、まさにクリスタルリバー Photo: Kyoko GOTO

バイクを下りて幻の滝へ

 スタートから48km地点、ヒルクライムのゴール地点に到着した。古座川の源流付近。うっそうと茂る森のなか、ここがゴール?と思っていると、野口さんから「自転車から下りて、ここから歩きますよ!」という一言。ここから川岸へと下り、30分ほど歩いて「植魚(うえうお)の滝」と呼ばれる幻の滝を目指すという。野口さんは予め用意していたトレラン用のシューズに履き替えると、器用に岩を伝って移動し始めた。

沢上りの入り口に到着 Photo: Kyoko GOTO
歩きやすいように靴を履き変え、川岸へと下りていく Photo: Kyoko GOTO
大塔山から流れる古座川源流へと向かう Photo: Kyoko GOTO

 最初は川に落ちないように気を付けて歩いていたものの、いったん落ちてしまえば途中からはジャブジャブと川中を歩くのが気持ち良くなる。「夏はヒルクライムで火照った体ごと飛び込みたいですね!」─たしかに、夏なら帰路の間にサイクリングウェアも乾く。ヒルクライムのご褒美にこんな清流の川遊びが待っているのは、古座川ならではだろう。

岩壁の苔を伝って滴が清流へと流れ込む Photo: Kyoko GOTO
アカハライモリにおたまじゃくし。清流にはたくさんの生き物が集まる Photo: Kyoko GOTO
さらに洞窟の奥へと歩みを進めると… Photo: Kyoko GOTO

 さらに奥へと進むと、切り立った岩壁が目の前に現れた。聞こえてくる轟音とともに奥にある滝の存在を感じる。光も遮られた神秘的な雰囲気に圧倒され、期待と少しの恐怖が入り混じりながら、岩の奥へと歩みを進める。すると、一筋の光が差し込む滝壺が現れた。これが「植魚の滝」だ。洞窟の中、光を含んでエメラルドグリーンに光る滝壺と、マイナスイオンに包まれた空間。その美しさに思わず言葉を失う。

洞窟状の空間とエメラルドグリーンの滝壺が神秘的な「植魚の滝」 Photo: Kyoko GOTO

県内50施設認定「サイクリストにやさしい宿」

鹿肉に地元特産のゆずやブルーベリーを加えた「ジビエバーガー」と、ゆずの果汁と古座川の水で作ったジュース「柚香ちゃん」 Photo: Kyoko GOTO

 午前8時スタートのサイクリングで、ここらでちょうどランチ休憩。ここで、道中の「一枚岩鹿鳴館」で購入した鹿肉のジビエバーガーで小腹を満たす。地元特産のゆずやブルーベリーを加えて鹿肉の風味を引き出したハンバーガーで、2017年の「全国ご当地バーガークランプリ」でも優勝に輝いた。昨年のジャパンカップで来日したアルベルト・コンタドール選手(当時トレック・セガフレード)が食べて絶賛したというエピソードもある。のどを潤すのは地元特産のゆずの果汁と古座川の水を使用した「柚香ちゃん」。蜂蜜入りもあり、爽やかな甘さがジューシーなパテと相性ばっちりだ。

 ジビエバーガーで足りない場合は、下山後に古座川町にある「南紀月の瀬温泉ぼたん荘」でのランチがおすすめ。なかでも堪能してほしいのが、和歌山県産足赤海老を使った「料理長こだわりのエビフライ定食」。味が濃く、ぷりっぷりな身は地元の人も太鼓判を押す美味しさだ。ちなみにここ、ぼたん荘は「サイクリストにやさしい宿」で、館内でのバイク保管が可能なほか、日帰り温泉も楽しめる。

サイクリストウェルカムの宿、南紀月の瀬温泉ぼたん荘 Photo: Kyoko GOTO
和歌山県産足赤海老を使った絶品エビフライが味わえる Photo: Kyoko GOTO
県内50カ所ある「サイクリストにやさしい宿」には自転車用の工具も完備されている Photo: Kyoko GOTO

 このような「サイクリストにやさしい宿」は現在県内50カ所の宿泊施設が認定されている。目印はカウンターにある「WAKAYAMA800」と書かれた黒い看板。室内、あるいは館内でのバイク管理や、スポーツバイク対応の空気入れと修理工具の貸出、チェックイン前/チェックアウト後の手荷物一時預り、宅配便(自転車を含む)の受取・発送サービスなどを実施している。

海の上を走るようなループ橋

「近大マグロ」の養殖でも知られる串本町 Photo: Kyoko GOTO

 2日目、串本町の宿を出発し、まず目指すのは湾を挟んで向かいにある紀伊大島。朝ごはんを食べに、地元で評判の「パンとカフェnagi」へと向かった。

 「かつては船で渡っていた」という紀伊大島へは、くしもと大橋を通って渡ることができる。クルマのCM撮影にも使われたというループ橋だけあって、橋の上からの眺めは絶景。湾側からは海を隔てた串本町や名産であるマグロの養殖場などを一望できるほか、太平洋側へはコバルトブルーの海が果てしなく広がる。

くしもと大橋を渡り、向かいにある大島へ Photo: Kyoko GOTO
海の上を飛んでいるような絶景が味わえる Photo: Kyoko GOTO
CMにも起用されたというビューポイント Photo: Kyoko GOTO
ひっそりとたたずむ地元でも人気のパン屋「nagi」。バイクラックが置かれているのもうれしい Photo: Kyoko GOTO

 橋を上り切り、少し走ったところに木の造りのかわいらしい店を発見。豊かな自然に囲まれ、ひっそりとたたずむ様子はうっかり通り過してしまいそうになる。

 ハード系のパンが中心だが、クロワッサンやあんぱんなどおなじみのパンも並ぶ。朝9時からオープンしており、10時からはカフェも利用可能。店内で購入したパンのほかに、コーヒーやジンジャーエールなどのドリンクもオーダーできる。

Photo: Kyoko GOTO
Photo: Kyoko GOTO
Photo: Kyoko GOTO
朝の光を浴びて焼き立てのパンを味わう、穏やかなひととき Photo: Kyoko GOTO
再び串本町へ。ループ橋を下るのは爽快! Photo: Kyoko GOTO

 美味しいパンでエネルギーをチャージしたら元来たループ橋を颯爽と下り、再び串本町へ。スタート地点になる串本町の沿岸部には「橋杭岩」(はしぐいいわ)と呼ばれる、橋脚のような岩塔が紀伊大島に向かって約900mにわたって直線状に並んでいる。これも先出した奇岩と同じく、約1500万〜1400万年前に地下から上昇したマグマが泥岩に貫入した岩脈で、波によって泥岩は浸食され、硬い岩脈は取り残されたことで現在の形となった。弘法大師が創ったという民話も残っている。

串本から大島に向かって約900mの列を成す大小40余りの岩柱、橋杭岩 Photo: Kyoko GOTO

フォトジェニックな“クジラの町”太地町

 2日目は、串本町から“クジラの町”太地町を目指して海沿い40kmのコースを走る。同コースは熊野を舞台に4日間かけて開催される自転車ロードレース国際大会「ツール・ド・熊野」の1ステージとしても知られるルートだ。

実物大のザトウクジラの親子像がお出迎え Photo: Kyoko GOTO

 古式捕鯨発祥の地として知られる太地町は、現在も調査目的で捕鯨が行われている地域。町に足を踏み入れると、巨大なクジラのモニュメントが出迎えてくれるなどフォトジェニックなオブジェが町内に点在しているほか、クジラの生態や太地町の捕鯨の歴史などを知ることができる「くじらの博物館」など、生活におけるクジラの存在の身近さを感じることができる。

江戸時代の古式捕鯨。鯨にもりを打つ「刃刺し」(はざし)の象 Photo: Kyoko GOTO
くじらの博物館 Photo: Kyoko GOTO
捕鯨の神様を祀っている恵比須神社の鳥居。クジラの胴骨でできている Photo: Kyoko GOTO

 太地湾に面した漁港付近にあり、捕鯨の神様を祀っているという恵比須神社では、マッコウクジラのアゴ骨で造られた鳥居が祀られていた。江戸時代にはクジラのアバラ骨を使った、現在よりも3倍ほど巨大な鳥居だったそう。一方で古式捕鯨で犠牲になった人々の慰霊碑やクジラの供養碑が設けられていたり、ニュースなどでは見えてこない、暮らしに根差した捕鯨の文化や歴史を感じ取ることができる。

太地湾の向こうに熊野の山並みを望む Photo: Kyoko GOTO
古式捕鯨の船団を総指揮した「山見」の梶取崎。岬の突端に日本遺産「梶取崎狼煙場跡」がある Photo: Kyoko GOTO

 熊野灘に突き出た岬、梶取崎にはクジラの存在を見張り、古式捕鯨の船団を総指揮した「山見」の跡が残されている。沖にクジラの存在を確認すると狼煙を上げ、合図を送っていたという「梶取崎狼煙場跡」も日本遺産としていまも残っている。そこに立って沖に目をやる野口さん。そしてついクジラの存在を探してしまうのは、きっと我々だけではないだろう。

海を見つめるようにたたずむ梶取埼灯台  Photo: Kyoko GOTO
灯台のてっぺんには風見鶏ならぬ“風見クジラ” Photo: Kyoko GOTO
快適な公衆トイレでも知られる太地町。「トイレに見えない!」と野口さんもびっくり Photo: Kyoko GOTO

 そして太地町といえば、クジラ文化と並んで有名なのがトイレ文化だ。観光客をもてなすにはまずトイレから、ということで町内の公衆トイレの快適さはもちろん、ヒーター・洗浄機付きトイレを完備している。梶取埼付近に設けられていた公衆トイレは、見た目もトイレとは思えない立派さ。太地町に訪れた際には、ぜひ使用してしてみてほしい“観光スポット”だ。

「ツール・ド・熊野」のコースでもある同ルートを懐かしむ野口さん Photo: Kyoko GOTO

南紀熊野でしか体験できないこと

ゴール地点の道の駅「たいじ」に到着 Photo: Kyoko GOTO

 2日目のゴールは昨年夏にオープンしたばかりの道の駅「たいじ」。レストランで「鯨竜田揚定食」(980円)などのクジラ料理が堪能できるほか、直売所ではクジラ肉の加工品も豊富に取り揃えている。

 また、ここでもトイレの快適さに力を入れており、道の駅として「日本一きれいなトイレ」をコンセプトに、落ち着いた雰囲気の色調を採用。ゆとりある共用スペースを設けている。とくに女子トイレはパウダーコーナーを設けるなど、快適な空間が配慮されていてうれしい。ここからすぐの太地町駅で電車に乗り、輪行する場合は、ここで着替えを済ませてから駅へ向かうと良いだろう。

クジラの竜田揚げが乗った「鯨スタミナ丼」 Photo: Kyoko GOTO
鯨カツカレーライス Photo: Kyoko GOTO
ライドを振り返りながらスタミナ丼を頬張る野口さん Photo: Kyoko GOTO

 かつて選手としてツール・ド・熊野に出場経験がある野口さんは改めて同エリアを回り、「レース時は周りを見る余裕もなく、こんなにおもしろいエリアだったということを初めて知った」と目から鱗の様子。「奇岩やクジラ文化などここに来ないと体験できないことがたくさんある。自転車のスピードで巡るからこそおもしろいエリア。古座川の源流は夏のサイクリングには本当におすすめ。夏休みなどを利用してぜひ自転車旅を計画してほしい」と語った。

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