ラ・フレーシュ・ワロンヌを終えた普段の姿に出会うユイの壁の日常 36年間、王者誕生の瞬間を見守り続ける激坂の真実

by 福光俊介 / Syunsuke FUKUMITSU
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 ここ4年勝ち続けた絶対王者と、若き挑戦者との激坂王座攻防戦。ラ・フレーシュ・ワロンヌは、5年ぶりに新たなチャンピオンを誕生させた。1983年大会での採用以来、36年にわたって名勝負を見守り、王者を輩出させてきた激坂「ユイの壁」。ファンならば誰しも、このレースの勝負どころであることを知っているが、ひとたびレースを離れるとまったく違った姿に変貌を遂げることは、さほど注目されていない。そこで筆者は、激闘のイメージが強いユイの壁の真実に触れてみることにした。レースから1日、日常を取り戻した心臓破りの坂の姿はいかに。実際に歩いて確かめた“真実”をお伝えする。

「Huy」のペイントが残る最大勾配26%区間。レースとは違う“ユイの壁”の真実がそこにはあった Photo: Syunsuke FUKUMITSU

レース終了とともに始まった“一斉下山”

 記憶をレース当日、4月18日にさかのぼりたい。アラフィリップの歓喜から13分6秒後、最終走者のスティーヴン・カミングス(イギリス、ディメンションデータ)がフィニッシュラインを通過すると同時に、レースコースは解放された。表彰式があったため、ポディウム周辺は厳重な警備が敷かれたが、つい数分前まで選手たちが走ったユイの壁はバリケードが解かれ、ひとしきりレースに熱狂した人たちがドッと押し寄せる。

レース終了と始まった“一斉下山” Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 彼らの目指す方向はただ1つ。歩みは、ユイの壁の入口へと向かっている。ある人はレースを振り返りながら、ある人はビールを片手に、ある人は興奮からか激坂をランニングで下ろうとしている。レース終了に合わせて始まった撤収作業用の車両が人々の歩みをせき止める。でも、誰ひとり苛立つことなく、作業車の動きを待ち続ける。

 さながら“一斉下山”の流れに、筆者も危うく吸い込まれるところだった。ようやく始まった表彰式に立ち会うべく、彼らの歩みとは逆方向にあるポディウムへと戻る。そして、この一斉下山が起こった理由を、翌日になって知ることとなる。

ユイの壁周辺は閑静な住宅街

 レース翌日の午前、筆者は再びユイへと向かった。ユイの壁は、この街の中心部から約2km先にある。前日にレースコースとなった道路を進んでいくと、「Mur de Huy(ユイの壁)」と書かれた案内標識に出会うことができる。

 ユイの壁の入口までやってくると、フランス語で書かれた「Excepte Circulation Locale」の文字とともに、道路の両端に立てられたバリケードに気が付く。これは「居住者のみ通行可能」を意味する警告標識。実は、レースでは優勝争いが行われる頂上までの約900mは、居住者以外は自動車での通行は許されていないのだ。

ユイの壁の入口を示す案内標識が目印となる Photo: Syunsuke FUKUMITSU
ユイの壁入口には「居住者以外自動車通行禁止」の標識とバリケードが立てられている Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 このあたりは、日本でいうところの高級住宅街の装いなのである。本当に高級住宅街なのかは定かではないが、レースを見ていても分かる通り登坂区間は道幅が狭いうえに急勾配。交通量が多くなってしまうと事故が起こる危険性も拭いきれない。閑静な地域であるゆえ、その雰囲気を保つことを最優先しているようだ。

 もっとも、レースに目を転じれば、道路保全にも役立っているといえよう。自動車の通行を制限することで、路面の損傷を最小限にとどめ、毎年4月中旬にやってくる“お祭り”のためにその空間を守る。さすがに通行制限における本来のねらいまで知ることはできなかったが、ここに住む人のため、道路のため、レースのため、すべてが結びつく配慮であることは容易に想像がついた。

ユイの壁、通り沿いの家並み。閑静な住宅街である Photo: Syunsuke FUKUMITSU
ラ・フレーシュ・ワロンヌ、レース時のユイの壁。普段との違いは一目瞭然である =2018年4月18日 Photo: Yuzuru SUNADA

どんなときでもチャレンジャーの来訪を歓迎する

 そんなユイの壁だけれど、やはりここはサイクリストの聖地だ。レースに興奮した余韻であろうと、ただただ日々のサイクリングコースであろうと、この激坂は来訪する理由を問わない。もちろん、彼らが乗るバイクの種類だって問わない。

ユイの壁にチャレンジする一般サイクリストたち。「ギブアップ!」の声とともにバイクを降りて歩く人の姿も Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 筆者が赴いた正午前後の時間帯のユイの壁には、次から次へとチャレンジャーがやってきた。みな一様に息を切らしながら、頂上を目指している。なかには、「ギブアップ!」との声とともに、バイクから降りて歩き始めてしまったサイクリストも。

 みな、その表情には充実感が漂う。何度も上りたいとクセになってしまう苦しさと、その向こうにある達成感。自動車や人の往来が少なく静かであることも、サイクリストにとっては走りに集中できるポイントなのかもしれない。

ユイの壁走行記念の撮影会を行う2人組 Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 最も勾配の厳しい26%の区間では、スペインから来たという2人組がユイの壁走行記念の動画撮影に興じていた。一度や二度では納得ができなかったようで、何度も上っては自らの苦しむ姿をスマートフォンに収めようとしている。あげく、筆者が撮った写真までチェックを始める始末。そこまでされたのだから、この記事でその写真を使わねば!

 もう1つ、この場所へ行って気づいたのは、「暗黙の了解」なのか偶然なのか、ユイの壁を逆走するサイクリストがいなかったことだ。レース同様、上るためのコースという認識なのだろうか。はたまた、急勾配のため下りの危険性を感じてなのか。もっといえば、登坂に精を出すサイクリストが多いため、衝突などのトラブルを避ける意味もあるかもしれない。繰り返しユイの壁にチャレンジする人でも、決まって別の道へ迂回したうえで再び登坂を始める。そんな約束事が自然に発生していることも、サイクリストの聖地であることを裏付ける要素なのかもしれない。

自然発生した“暗黙の了解”のもとサイクリストたちはユイの壁を上る Photo: Syunsuke FUKUMITSU

人々がユイの壁を下ったわけ

 話を冒頭の“一斉下山”に戻そう。

 観衆が大挙して下っていった理由はいくつか考えられる。まず、頂上付近に駐車場がないこと。このレースは男女合わせて48チームが出場したが、これらチームの関係車両は地域住民の理解を得てフィニッシュから数百メートル先の居住区域へ駐車する。また、大会関係者やメディアは、これとは別の空地へ駐車するよう指示される。そうすると、いよいよ観戦に訪れた人たちの駐車スペースが頂上付近にはなくなってしまうのだ。無理に駐車すると事故などトラブルの原因となるため、主催者A.S.O.による厳しい警備が行われている。

ユイの壁麓に設置される駐車場 Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 次に、訪れる人のための駐車場が“ユイの壁”麓に設置されていること。実のところ、ユイの街全体で観光地化している実態があり、この上りを見る人たちのために駐車場もきっちりと用意されているのだ。「居住者以外自動車通行禁止」であることは前述したが、もし旅行などでユイの壁を一目見たい、という方はこの駐車場にクルマを駐めたうえで、徒歩または自転車での登坂を行っていただきたい。

 レース当日は、この駐車場がすぐに満車となってしまうため、別の区域に路上駐車したうえでユイの壁を上った人が多かったのではないかと思われる。ベルギーをはじめ、ヨーロッパは路上の両端に停車できるスペースが確保されている場所が多いため、各々停める場所を見つけて観戦に興じたのだろう。もちろん長時間の駐車はおすすめできたことではないが、この日ばかりは地域の人たちも警察も「大目に見ておこう」といったところか。いずれにせよ、フィニッシュ周辺にはクルマを置く場所がほとんどないため、多くの人が麓に置かざるを得ない状況だったのである。

 ちなみに、レースを語るときには「ユイの壁」と呼ばれる区間だが、正式には「シュマン・デ・シャペル」との名を持つ。フランス語で「教会通り」を意味し、実際に頂上には「サルテ聖母教会(Église Notre-Dame de la Sarte)」が建つ。レース当日は閉鎖されているが、普段は午前9時から午後6時(11月1日から翌年3月31日までは午後5時)まで開放されている。また、レース中継で空撮されるフィニッシュ脇の遊園地も営業中。古びた遊具が多いことは否めないが、この地へ行くことがあれば教会と合わせて足を運んでみてはいかがだろうか。

頂上手前からの光景。右に見えるのがサルテ聖母教会 Photo: Syunsuke FUKUMITSU
サルテ聖母教会の内部。普段は一般開放されている Photo: Syunsuke FUKUMITSU

ユイの街が見せる本当の顔

 レース当日は選手の到来を待つ人たちでにぎわったユイの街だが、実は日頃から活気に満ちていることに気づかされる。

 首都ブリュッセルからおおよそ90km南東に位置するワロン地域の街で、人口約3万人。マース川を挟んで南北それぞれに市街地があるが、どちらかというとユイの壁に近い南側の方が盛り上がっている印象だ。レースでは北側の市街地を通過したのち、ユイの壁が含まれるマース側南岸を周回した。

 レースの間ビールやソーセージの販売を行っていた出店は、レース関係なしに営業していることが分かり、この街の中心にある大広場「グランプラス」では昼間からお酒や料理に舌鼓を打つ人々でいっぱいであることに驚かされる。前日選手たちが走った道路は交通量が多く、人々の行き来はとどまることはない。

ユイの市街地中心に位置する大広場「グランプラス」 Photo: Syunsuke FUKUMITSU
マース川にかかる橋「リ・ポンティア」がユイの市街地の南北を結ぶ Photo: Syunsuke FUKUMITSU

 この街はラ・フレーシュ・ワロンヌという年に一度の“お祭り”に限らず、華やかさと人々のパワーを感じられる場所である。それは、再度足を運んでみなければ認識できなかったことだろう。

コース上に残されていた残り150mを示すマーキング。2018年のラ・フレーシュ・ワロンヌはこのポイントで運命を分けた Photo: Syunsuke FUKUMITSU

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