サイクリスト

御神火ライド2018
title banner

つれづれイタリア~ノ<114>100年以上続く伝統のビッグレース 熱狂生む“春のクラシック”の歴史

  • 一覧

 夏を思わせるような晴天が続いていますが、ヨーロッパは別の熱に包まれています。北のクラシックレースの到来です。どろんこ祭りと化したストラーデ・ビアンケと12年ぶりのイタリア人選手の優勝で終わったミラノ~サンレモが行われたイタリアから、熱戦の舞台がフランスとベルギーに移ります。本格的な春のクラシックの幕開けです。どれも長い歴史のあるレースですので、ヨーロッパでとても有名ですが、コースの難易度、アタックとクラッシュの連続、沿道を埋め尽くす人の多さに、テレビで見ていても感動と興奮を覚えるレースばかりです。

ツール・デ・フランドルなど熱狂のワンデーレースが続く春のクラシック ©Yuzuru SUNADA

 ミラノ~サンレモや、秋のイル・ロンバルディア(旧ジロ・ディ・ロンバルディア)といったイタリアでのクラシックと、北ヨーロッパで行われるクラシックとは大きく違います。まずは路面状況です。前者はアスファルトの上での長いロードレースであるのに対し、北のクラシックレースの場合、腕が痺れるほどの荒れた石畳が続きます。そして襲ってくる激坂の数々です。コースの起伏図を見ると、まるでジェットコースターのようなものです。

 これにスパイスとして加わるのが、天気の急変です。雨が降ると石畳が滑りやすくなり、落車する選手が相次ぎます。一方、乾燥すると土埃が舞い、選手たちの呼吸を困難にします。テレビで見ている分には楽しいものですが、走っている本人たちにとっては地獄そのものです。コースがテクニカルであまりにも危険なため、グランツールの総合優勝を目指す選手は参加しないことが多い傾向です。今回の『つれづれイタリア~ノ』はイタリアを出て、北ヨーロッパの代表的な春のレースを歴史の古い順に紹介します。

1892年初開催のリエージュ~バストーニュ~リエージュ

 春のクラシックの中で一番歴史が古い。ベルギー、アルデンヌ地方で行われ、1892年に初めて開催されました。リエージュ市とバストーニュ市を往復するコースですが、行きと帰りは違うルートを通ります。コースの前半はほとんどフラットですが、後半に入ると「コート」と呼ばれるアップダウンが延々に続きます。平均勾配10%を超える場所が多く、心臓破りの坂の連続と言っていいところです。

急坂が連続するリエージュ~バストーニュ~リエージュ ©Yuzuru SUNADA

 「人喰い」というあだ名で知られているエディ・メルクス(ベルギー)が5回優勝を飾ったものの、現地では「イタリア人のレース」とも呼ばれています。理由は2つ。この地域には炭鉱が多く、戦後にベルギーに出稼ぎに来ていたイタリア人がトリコローレの国旗を広げ、自国の選手を応援していました。まるでイタリアにいるような錯覚に陥る光景です。さらに多くのイタリア人選手が優勝を飾った実績もあります。モレノ・アルジェンティン、ミケレ・バルトリ、パオロ・ベッティー二、ダヴィデ・レベッリン、ダニロ・ディルーカらです。

 伝説のレースもたくさんあります。特に1919年と1957年、1980年は大雪に見舞われました。身を切る寒さの中で1980年を制覇したのがフランスのレジェンド、ベルナール・イノーでした。80kmの単独逃げに成功し、記憶にも残る大会になりました。

「クラシックの女王」パリ~ルーベ

 1896年に誕生し「クラシックの女王」と呼ばれています。その誕生が面白い。ルーベ市内の新しい繊維工場建設を祝うために地元の起業家が発案したものでした。コースの難易度で言えばクラシックの中で一番きついと言われています。現在約260kmに短縮されましたが、コースには「パヴェ」と呼ばれるゴツゴツの石畳が広がり、落車とパンクが約束されているようなレースです。コース上に各チームのスタッフが動員され、予備のホイールを持ちながら選手たちの通過を待ち構えています。

 イノーが「非人間的なレース」と呼んだほど大変なレースです。パヴェ区間は22個あり、その難易度に応じて星マーク(1〜5)がつけられています。注目は「アレンベルグの森」と呼ばれている区間です。コースは幅が狭い上にコケに覆われています。そして人々で埋め尽くされ、この区間を無事にクリアしないと、優勝を逃すことになります。

パリ~ルーベの名物「アレンベルグ」 ©Yuzuru SUNADA
パリ~ルーベで長年に渡り活躍し続けたファビアン・カンチェッラーラ(左)とトム・ボーネン ©Yuzuru SUNADA

 アレンベルグの森は有名になりすぎて、“記念に”石畳を盗む人が相次ぎ、レースの一週間前から警察がコースをパトロールすることが恒例になっています。現在、フランス政府は「パヴェ」区間を国の重要文化財とし、勝手に石を持ち帰ることは禁止しています。このレースを制覇できるのは、やはりガタイのいい選手です。特に引退したトム・ボーネン(ベルギー)とファビアン・カンチェッラーラ(スイス)の名勝負はハラハラドキドキのレース展開でした。

“十字架の道行き”ツール・デ・フランドル

 1913年生まれの大会です。ベルギーのフランス語圏で自転車レースが盛んだったのに対し、オランダ語圏にはあまりなく、自転車競技をこの地域にも普及させるために、地元のスポーツ新聞が開催に乗り出しました。変に思われるかもしれませんが、ベルギーという国は言語によって真っ二つに別れ、まるで違う国のようです。その結果、互いに妙な競争意識が生まれています。

 かつてミラノ~サンレモと重なっていた影響で、あまり有名ではありませんでしたが、1948年から4月第1日曜日に日程が変更され、人気に火がつきました。

いくつもの急坂の石畳が登場するツール・デ・フランドル=2017年4月2日 ©Yuzuru SUNADA

 ベルギー、フラマン地方をまたぐコースですが、なんと言っても石畳に追われた「ムール」(ミュール)と呼ばれている激坂が250kmのコース上に、無数に点在します。コッペンベルグ、クアレモン、グラッモン(通称、カペルムール)など、脚を削るポイントが選手たちを容赦なく襲います。

 やはりこのレースも体格のいい選手が勝ちます。ボーネン、カンチェッラーラのほか、ペテル・サガン(スロバキア、ボーラ・ハンスグローエ)とフィリップ・ジルベール(ベルギー、クイックステップフロアーズ)の優勝は記憶に新しい。多くの選手はツール・ド・フランドルのことを「via crucis(ヴィア・クルチス)」、“十字架の道行き”と表現しています。

◇         ◇

 ヘント〜ウェヴェルヘム(2018年はサガンが優勝)やフレーシュ・ワロンヌ(4月18日開催)など、他にもワンデーレースはまだたくさんありますが、まずはこの3つを押さえておかないと、真の自転車レースファンと呼べません。さて、ちょうど4月1日にはツール・デ・フランドルが行われます。おいしいベルギービールを片手にぜひ観戦を楽しんでください。

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ

関連記事

この記事のタグ

つれづれイタリア~ノ

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

ショップナビ

スペシャル

自転車協会バナー
CyclistポケットTシャツ

ソーシャルランキング

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載