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猪野学の“坂バカ”奮闘記<22>“セコい”といわれても勝ちたい! 獲得標高を競う「坂バカ遠足」の攻防

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 私はこれまで「坂バカ」として、全国の坂バカたちと出会ってきた。その機会を与えてくれているのが自転車情報番組『チャリダー★』での『坂バカ便り』というコーナーだ。文字通り、坂バカから挑戦状や坂紹介のお便りをいただき、挑戦者の“マイ坂”で戦うのだ。これまで出会った坂バカは、かれこれ10人以上にのぼる。そんな坂バカを一堂に会し、遠足に行こうという夢のような企画が持ち上がった。題して、「坂バカ遠足」だ!

奥三河が誇る8つの素晴らしい坂が待っていた

誰よりも高く長く上った人が勝ち

 参加者は今まで出演いただいた、群馬の田中宏司さん、栃木の浦沼博さん、東京の鈴木慶太さん、横浜の高山信行さん、そして兵庫の米田大典さん─の計5人。「遠足」という楽しそうなネーミングだが、2人の最強坂バカの参戦により「強度の高い遠足」となった。その2人とは、坂バカ界のアイドル筧五郎氏と、日本一の坂バカこと森本誠師匠だ。

坂バカだよ!全員集合!!

 場所は愛知県の奥三河、新城市。距離100km、獲得標高2500m、なんと8本の峠を攻める! しかも、ただスピードを競うのでは面白くないので、今回は趣向を変えて獲得標高を競うことになった。「誰よりも高く長く上った人が勝ち」という、シンプルなルールなのだが、これがなかなか面白い。距離を稼ぐには誰よりも速く上り、おかわりするのが一番簡単だが…それ以外にも獲得標高を稼ぐセコい方法があるのだ。

 「速さでは勝てないがセコさでなら勝てる!」

笑顔を隠し切れない坂バカたち

 意気揚々と遠足スタート! 一本目は名もなき峠、“お目覚めの一本”ということで皆様に大好物の激坂を召し上がっていただく。坂バカの皆様を見ていて気が付いたのだが、驚いた事に全員が見事に笑っているのだ。坂バカは坂に行くと笑うのだ。

 そんな中、誰よりも重いギアをのしのし踏む黒い影が、“山の神”こと森本氏だ。神様の朝の儀式なのか、低いケイデンスで驚くほど重いギアを踏んでいる。筋肉の隅々まで刺激を行き渡らせている感じだ。山の神といえば高ケイデンスに耐え得る強靭な心肺機能の持ち主という印象だが、それだけでなく強靭な脚も持ち合わせている。まさに全能の神だ。

ダウンヒルはバスで

 大好きな坂が終わると必ず現れるのが下りだ。坂バカにとって心拍の上がらない下りはただの時間の浪費。冷えるし、ブレーキシューも減る。「いい事なんてひとつもない!」という事で、下り専用バスを用意させて頂いた。この配慮には皆様御満悦のようだ。

「下りなんていい事はひとつもない!」という坂バカのための“下り専用バス”

 バスの車内では“坂バカトーク”が炸裂する。どこの坂の勾配がヤバイとか、お互いの自転車の軽さを確認し合う。坂バカ恒例の儀式。そうこうしていると第2の坂、本宮山スカイラインが現れた。

 この坂で驚異の登坂力を魅せたのが坂バカ界のレジェンド高山信行さん(70歳)だ。高山さんは表彰台独占は勿論、70歳にして自己ベストを更新するという伝説の坂バカ。私は調子が悪いとすぐ歳のせいにする傾向にあったが、高山さんのおかげで、「速くなれない=老い」という理論は通用しなくなってしまった。

坂バカ界のレジェンド!神奈川の高山信行さん

 しかし今回は速さを競うわけではない。私が高山さんに勝つチャンスもあるのだ。私は頂上で高山さんがインタビューを受けている間に、こっそり“おかわり”し、獲得標高を稼いだ。

 3本目と4本目の坂は、より楽しんでいただくために“縛りくじ”を用意した。タイヤ2気圧縛り、アウター縛り、ダンシング縛り、サドル2cm下げ縛り等々。これらの縛りは決して楽ではない。中でもダンシング縛りは最も辛い。以前14kmの坂をダンシングだけで上ったら腰は完全にやられ、手の皮が剥け、大いに疲弊したというとっても恐ろしい縛りなのだ! しかし坂バカの皆様は縛りの中でも決して手を抜かず坂を攻め続ける。坂バカは真面目で没頭しやすい傾向にある。

坂をより楽しんでいただくための、遠足名物“しばりくじ”
非情なり!しばりくじ。“山の神”も思わず天を仰ぐ(サドル下げ)

 第5の坂で途中結果の発表となる。獲得標高第1位は2019m、なんと私であった! 私は皆様が坂に夢中になっている間に、途中で引き返してまた上って、こまめに標高を稼いでいたのだ。こういったズル賢さだけは長けているが、人生においてはあまり役にたたないし、女性にもモテない。全くもって無駄な才能だ。

瞬殺の“神業”

 そして最後!第6の坂川売の激坂!ここで私は大逆転があるように、ある“仕掛け”を用意していた。その名も「サドンデスヒルクライム」だ。ルールはジャンケンで勝った人から30秒おきにスタートする。そして最後にスタートする森本師匠に追い付かれた時点でアウト! そこまでの標高しか獲得できないというわけだ。運命のスタート順を決めるのはジャンケン。言ってしまえばジャンケンに勝った人が圧倒的に標高を獲得出来るのだ。

決戦!サドンデスヒルクライム!

 勘の鋭い読者の方はもうお分かりだろう。私はこういう勝負どころで見事に“本領”を発揮する。ジャンケンで見事に負けて後ろから2番目でスタートする事になった。しかしまだ勝負は分からない! 山の神だってここまですでに2000mは上っている。さすがに疲労しているはずだ。1mでも標高を稼ぐ想いでスタートを切った。

 思いのほか脚はまだ残っている! 280Wぐらいで踏み続けると先にスタートした、東京は風張林道の坂バカ・鈴木さんに追いついた! 鈴木さんをパスするため、ラインを変えようと振り向いた…。その瞬間、真後ろに黒い影が…! よく見ると色白で眼鏡をかけている…。

 「嘘だ!俺は信じない! スタートして2分も経ってないぞ!!」

神の‟本気”はおそろしいのだ

 私は 何の抵抗も出来ず、あっさりと2分で山の神にぶち抜かれた。2分だ…ラーメンだって出来上がらない…。ここまで圧倒的な力の差を見せ付けられると人間の思考は停止する。私はこの後の記憶がない。獲得標高はたったの100mのみで、5位まで順位を落とした。こんな仕掛を用意しなければ普通に優勝できたのに…。山の神に抜かれず、最後まで上れたのは群馬の坂バカ田中宏司さんただ一人。獲得標高は353mだった。

夢は「坂バカ・ザ・ワールド」

 最後の第7の坂鳳来寺山パークウェイでは、五郎さんと森本師匠のワンポイントレッスンのプレゼント。五郎さんから「ペダルを踏み過ぎている」と指摘を受けた田中さんは、後に格段と速くなり、赤城山での表彰台に上る事になる。ペダリングは奥が深い。そして獲得標高No1も、見事サドンデスヒルクライムを制覇した(というかジャンケンに勝った)田中宏司さん! 獲得標高は2809mだった。

第1回坂バカ遠足優勝!群馬の田中宏司さん

 こうして第1回坂バカ遠足は大盛況のうちに幕を閉じたのであった。坂バカが滅びない限り、またこういう機会があるだろう…。

 最近では番組宛に海外からのお便りが届く事もあるらしい。いつの日か「坂バカ・ザ・ワールド」を開催し、ゲストにアレハンドロ・バルベルデやヴィンチェツォ・ニバリを呼んでぶち抜かれたいと、坂バカ妄想は尽きないのであった。

(写真提供:NHK/テレコムスタッフ)

猪野 学猪野 学(いの・まなぶ)

俳優・声優。自転車情報番組NHK BS1『チャリダー☆』(毎週土曜18:00~18:25)にレギュラー出演し、「坂バカ俳優」という異名で人気を博す。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる。ウェブサイト「マナブログⅡ

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