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マルコ・ファヴァロさん選出・サイクリストへお勧め図書⑪ハードボイルドな世界観が好きな人におすすめ『茄子 アンダルシアの夏/スーツケースの渡り鳥』

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 「この冬おすすめしたい一冊」2度目の登場となる『Cyclist』の連載『つれづれイタリア~ノ』のマルコ・ファヴァロさんが、次におすすめするのは漫画『茄子』(黒田硫黄、講談社)。自転車ロードレースを描きOVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション)化もされた「アンダルシアの夏」「スーツケースの渡り鳥」を含む短編オムニバスです。ロードレースファンの心をくすぐる現実味のある設定やレース展開、“大人”の事情や心理を迫力ある画風で描く世界観は、ハードボイルドな男の世界を好む人におすすめとのこと。

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黒田硫黄著『茄子』(全3巻) Photo: Marco FAVARO

◇         ◇

最大の魅力は人間描写

 数年前に友人から2つのOVAのDVDを借りて、なんとも言えない感動に包まれました。その作品は『茄子 アンダルシアの夏』(2003年)と『茄子 スーツケースの渡り鳥』(2007年、ともに高坂希太郎監督)。2000年代初頭の自転車ロードレースの世界を描きながら、稀に見る人間ドラマとアクションが描かれていました。

 全てが本物でした。観客の声援、ナレーション、ファッション、レース展開、逃げ集団の牽制、駆け引き、ゴールスプリント、ドーピング検査、苦しみ、機材、落車、カメラワーク、動き、空気そのものがフェイクではありませんでした。スタジオジブリを経験し、自転車乗りである高坂希太郎監督は作品に不思議な命を吹き込んでいます。完成度が高すぎて、とにかく自転車ロードレースが好きな人なら心をくすぐられる要素が多く、鳥肌が立つ名作です。

 エンドロール冒頭のテロップで「黒田硫黄」が原作者であることを知り、『茄子』という漫画にたどり着きました。全3巻です。この作品は自転車だけを題材にしているのではなく、野菜の茄子をテーマにしたオムニバス作品です。その中で第1巻と第3巻にはそれぞれ「アンダルシアの夏」(全48ページ)と「スーツケースの渡り鳥」(全24ページ)が収められています。OVAを見ていた私にとっては「え!これだけか!!!」という驚きがありました。

 他の話では男女の不思議な同棲生活や、自衛隊と地球外生命体の茄子との熾烈な戦い、インド旅行の話の様子など、内容は多岐に渡ります。しかし、内容は違うものの、作者の荒々しいワイルドなタッチに惹かれて、知らない内にその世界感に吸い込まれ、読み進めているうちに自転車第1作「アンダルシアの夏」にたどり着きます。

 黒田硫黄の最大の魅力は人間描写です。そしてあまり描かれていない大人のディープな世界を描く表現力。おそらく少年たちの不思議な戦い方を描く「弱虫ペダル」(渡辺航作、秋田書店)から遠くかけ離れた視点ですので、拒否反応を示す人はいるかもしれません。どちらかというと、男臭い内容になっています。スタジオジブリの宮崎駿監督も黒田氏のファンだそうですが、「紅の豚」の世界観に似ているからかもしれません。

主人公は契約切れ間近のアシスト選手

 「アンダルシアの夏」と「スーツケースの渡り鳥」はどんな作品なのか。自転車プロチームのパオパオビール(ベルギービールの設定)の所属選手、スペイン出身のぺぺ・ベネンヘリの選手生活が描かれています。彼はチームのエースでもなければ、イケメンでもありません。ごく普通のアシスト選手です。しかも契約切れ目前。これはかなり画期的なことです。

 聞いた話によれば、2000年代初頭の日本ではブエルタ・ア・エスパーニャやスペイン選手を知る人はほとんどいなかったそうですし、自転車を扱う作品もほとんどありませんでした。その上、未来を掴もうともがく地味なアシスト選手が主人公であること自体が不思議です。これが作品を面白くする最大の要因です。

原作の漫画とOVA版を見比べると作品をより楽しめる Photo: Marco FAVARO

 「アンダルシアの夏」の舞台はブエルタ・ア・エスパーニャの最中。ぺぺ選手がステージの中盤に監督の命令でアタックを仕掛け、9人の逃げ集団が成立。ここでサポートカーにいたスポンサーから不意に解雇の意思が告げられる。その上、エース格のチームメイトが落車するハプニングが発生。話の冒頭からレース展開、逃げ集団、解雇、落車、駆け引きなど、短い間に様々な要素が絶妙に絡み合い、葛藤する主人公の内面が描写されます。さらに同時進行で、実のお兄さんとぺぺの元恋人、カルメンの結婚の話に移り、複雑な大人の事情が交錯しはじめます。ぺぺがもがきながら選手として成長してゆくストーリーが続きます。

 「スーツケースの渡り鳥」では、話がスペインから日本に移ります。チームパオパオがジャパンカップに出場するためです。ここで強豪チームと戦いながら、レースが展開していきます。ここでも大会の雰囲気、駆け引きが見事に描かれ、ジャパンカップを見たことがある人なら興奮し、納得する内容となっています。登場人物の中には、エリック・ツァベル(ドイツ)や故マルコ・パンターニ(イタリア)に似ている選手も存在します。大会に参加するチーム名も実在チームを模倣したものが多く、実に楽しい。

 「アンダルシアの夏」も「スーツケースの渡り鳥」も共通しているところが、実在する選手たちをモデルにしていること、そして会話です。「茄子」はほとんどのスポーツ漫画のようにパラパラと見る作品ではなく、読む作品ですので、じっくりと楽しめます。逆にもっと続いてほしかったです。原作とアニメ。どちらも素晴らしい仕上がりで、ぜひ比較をしながら見てもらいたい作品です。

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ

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