中山順司さん選出・サイクリストへお勧め図書⑩「人類にとって幸福とは何か?」 ソロライドで瞑想したい人におすすめ『サピエンス全史』

by 中山順司 / Junji NAKAYAMA
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 連載『私の落車』の執筆者でおなじみの中山順司さんが「この冬おすすめしたい一冊」は、イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の著書『サピエンス全史』。文明の歴史から人類にとっての「幸福論」を紐解く、知的好奇心をくすぐる一冊です。中山さん自身、紹介しておきながら「自転車とは1ミリも関係ない」と言い切る同書ですが、一人黙々と自転車を漕いでる間にふと訪れる“あの瞬間”の思考の種としておすすめなのだそうです。

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イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の著書『サピエンス全史』<上・下巻> Photo: Junji NAKAYAMA

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農業革命は史上最大の詐欺?

 脳みそがぶっ飛びそうな本に出会った。『サピエンス全史』という本である。イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏の著書で、世界48カ国で200万部以上売れたので、ご存知の方も多いかもしれない

 人類250万年の歴史から始まり、7万年前に起きた認知革命、1万2000年前の農業革命等、そして産業革命、科学革命…の4つの時代に分けて斬新な切り口で解釈している。もちろん、サイクリングには1ミリも関係ない。

 関係ないのだが話を進める。

 およそ7万年前…“万年”という単位がイメージしにくいが、大昔にホモ・サピエンスが存在した。時を同じくして、ネアンデルタール人という別の種族もいたが、生き残ったのはホモ・サピエンスだった。

 ホモ・サピエンスが生き残れた理由は、「フィクション(神話)を想像し、他人に伝える能力」を獲得したから。フィクションを想像し、集団で共有することで多くの仲間と協力し、大集団での作業が可能になった。現実には存在しないものを創り出す力、物語を生む能力があったのだ。これが人類の最初のターニングポイント、「認知革命」である。

 時は進み、1万2000年前。狩猟採集民族から農耕民族へと変化した時期だ。人類は集団で力を合わせて小麦を栽培した。食料の安定確保ができ、人口が激増した。その結果、集団社会は発展したが、一人ひとりの人間は、狩猟採集時代より働く時間が長くなり、不幸になる人が増え、ついに貧富の差が生まれてしまう。これが「農業革命」。

 革命と聞くと、よい出来事のように思えるが、そうではない。筆者はこう語る。

食糧の増加は、よりよい食生活やより長い余暇には結びつかなかった。平均的な農耕民は、平均的な狩猟採集民よりも苦労して働いたのに、見返りに得られる食べ物は劣っていた。農業革命は、史上最大の詐欺だったのだ。

 待て待て待てぃ!詐欺だと?農業革命が詐欺だと?農業のお陰で何十億の人類が生存できるわけで、それを詐欺とはどういうことか。だが、読み進めると「そういうことか…」とナットクせざるを得ない圧倒的説得力に打ちのめされる。農耕民族は、膨大な時間と労力をかけて食料を生産した。ところが、手に入る食料は狩猟民族時代よりも劣るという皮肉。

 大量生産された食料は増えた人口で相殺され、貧困が生まれただけだった。しかも農耕は定住を前提としたライフスタイルであり、衛生環境や疫病といった新たな問題も引き起こした。増えすぎた人口のコミュニティを統治するために強力な「幻想(フィクション)」が必要となり、文字や身分階級、さらには貨幣、宗教、帝国という概念が生まれていく。帝国は別の帝国と戦い、破れ、淘汰され、混じり合うサイクルが無数に繰り返される。

 産業革命を経て「科学革命」に突入し、社会はとんでもないスピードで発展を遂げる。科学は権力と結びつき、権力は帝国を成長させ、富を生む。富は科学の発展に再投入され、さらなる帝国の成長のガソリンとなる。このループの延長線上に資本主義があり、人間の尽きない欲望が植民地と奴隷貿易を作り出す。資本主義では「成長は善であり、消費は美徳。成長し続けることで人類は幸せになる」とされる。それが真理かどうかはともかく、メインストリームの考えとして定着している。

人類は幸せになったのか?

 さて、果たして現在の資本主義経済は、人類が待ち望んだ結果だったのだろうか。はたまた限界と破綻に近づいているのだろうか。われわれ現代人は、7万年前のホモ・サピエンスとは比較にならない力と物質、文明の利器を手に入れた。しかし、ひとりひとりの幸福も比例して増えているかといえば、そうではないのではないか。

 社会がいかに進化しても新たな問題は常に起き、争いは絶えない。国家や権力の発展に血道を上げて努力してきた人類だが、個々人の幸せにはつながっていないように思えてならない。そして著者は読者にこう語りかける。「人類は幸せになったのか?」と。

 幸せの定義はあいまいで、相対的かつ主観的なので「こうだ」と断言はできない。2018年時点で人類は地球上の至るところに繁殖し、動植物を支配し、圧倒的な科学力と情報を操り、様々な消費活動ができている。それを踏まえて、中世や原始時代の人類に比べて、われわれのほうがブッチギリで幸せだと言い切れるのか?

 この本は、あなたの価値観を根底から覆してくるだろう。物欲、カネ、名誉…そういった現代の価値基準…「これぞ幸福」だと信仰していたことが、ちゃんちゃらオカシイと気づかされる。文明はとめどなく進化しているのに、ヒトの欲望や弱さといった根源は同じままで、同じ場所をぐるぐる回っているだけなのかもしれない。

自転車は動的瞑想

 人間は、宇宙船地球号に乗るちっぽけなか弱い生命体でしかない。人類はどこから来て、どこへ向かっているのか。人知を超えた意思は存在するのか。壮大な宇宙のサーガの脇役でしかないのか──。

 知的好奇心はマックスに刺激され、脳みそはグツグツ沸騰しているのに、なぜか心は水を打ったような静けさ。読んだ後、無性に一人で瞑想したくなる。答えは出ないし、わかるわけもない。そしてこれからもわかり得ることはない。しかし、思いを馳せずにはいられない。そんな不思議な魅力をもつ本だ。

 瞑想するとき、ベストの場所はどこか?言うまでもなくサドルの上だ。誰にも邪魔されず、ひとり静かに瞑想にふけるのに、サドル以上の場所を私は知らない。ハリウッド俳優のロビン・ウィリアムズはかつて、サイクリングの魅力を「自転車は動的瞑想(体を動かしている状態で行う瞑想)である」と表現した。グループライドも楽しいが、ソロライドで瞑想しつつ思考整理するのも悪くない。

変わらない真理。それは「サイクリング」は自分にとって最高の幸せであるということ Photo: Juniji NAKAYAM

 ひとつだけ、「サピエンス全史」読了後でも変わらない真理がある。それは「サイクリング」は自分にとって最高の幸せであるということだ。

中山 順司中山 順司(なかやま・じゅんじ)

ロードバイクをこよなく愛するアラフォーブロガー。ブログ「サイクルガジェット」を運営。”徹底的&圧倒的なユーザー目線で情熱的に情報発信する”ことがモットー。freee株式会社勤務&経営ハッカー編集長。

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