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米山一輝さん選出・サイクリストへお勧め図書⑨“アームストロング時代”のツールに熱狂してた人におすすめ『シークレット・レース』

by 米山一輝 / Ikki YONEYAMA
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 元自転車選手でライターの米山一輝さんが「この冬おすすめしたい一冊」は、自転車レース界の裏に巣食うドーピング問題に元プロ自転車選手のタイラー・ハミルトンとノンフィクション作家のダニエル・コイルが切れ込んだ『シークレット・レース ―ツール・ド・フランスの知られざる内幕』。ロードレースファンの間では、ドーピング・スキャンダルで自転車界を追放されたランス・アームストロングの「暴露本」としても知られる同書ですが、米山さんは元選手としての視点から当時の“事実”を読み解きます。

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タイラー・ハミルトン&ダニエル・コイル著『シークレット・レース ―ツール・ド・フランスの知られざる内幕』 Photo: Ikki YONEYAMA

◇         ◇

紹介できなかった一冊

 ツール・ド・フランスで前人未踏の7連覇を達成し、その後ドーピング・スキャンダルにより全ての成績を剥奪されたランス・アームストロング。その元同僚・元ライバルとして、ツールなど本場ヨーロッパのロードレースで活躍したタイラー・ハミルトンによる、当時のドーピングに関する「暴露本」。これが分かりやすい本書の説明である。

 この本が日本で発売されたのが2013年。当時Cyclist編集部員だった僕は、「これ物凄く面白いから!」と周囲に薦めまくったのだけど、結局Cyclistの記事として紹介することはしなかった。世間一般の感覚や「あるべき姿」といったものから、自分の思いがかけ離れている気が、ずっとしていたからだ。

 僕がロードレースの選手を始めたのが、1996年か97年あたり。今となってみれば血液系のドーピング真っ盛りの時代である。さほど強くもなく、ヨーロッパに行くこともなかった僕は、幸いにしてクスリを使うような機会は現役中に一度も訪れなかったけど、ヨーロッパに行った選手仲間からは、生々しい話を聞くこともあった。

 覚えている話として、ある選手が血液検査をした時に同僚から「オマエのヘマトクリット値(血球体積割合)は幾つだ? ●(40弱)? いいなあ、(50-●)もドーピングできるじゃないか! オレは▲(40台中盤)だから(50-▲)しかドーピングできないよ!」と言われたそうだ。何年だったかは忘れたが、内容的に1998年のフェスティナ事件より後か。当時検査では直接検出できなかったEPO(造血ホルモンのエリスロポエチン)対策で、ヘマトクリット値が50を超えた場合には、出場停止になるという暫定措置がとられていたのだ。

2003年のツール・ド・フランスを走るタイラー・ハミルトン(先頭)とランス・アームストロング(前から2人目) Photo: Yuzuru SUNADA

 フェスティナ事件は当時の自転車界を揺るがす大スキャンダルだったが、それでもドーピングの蔓延が止まることはなかった。翌1999年からアームストロングが「幻のツール7連覇」という、ドーピング・エイジの金字塔を打ち立てることになる。当時、日本でツールをいち観客として見ていた僕は、フェスティナ事件の後、さすがにドーピングは急速に下火になっただろうと受け取っていたが、全く逆だったというわけだ。

 だが、フェスティナ事件を経て、それまでなかった血液採取によるドーピング検査が、頻繁に行われるようになった。当時はヘマトクリット値を調べるだけだったが、年月を経て現代の技術で再検査をしてみたら、大半の選手がEPOを使用していたという。そして本書である。

 「ああ、結局みんなドーピングしてたんだ」

 がっかりというよりは、ストンと納得させられた。国内で走っていた僕がヨーロッパの選手と走る機会はほぼなかったけれど、2000年前後にツアー・オブ・ジャパンでともにレースを走った本場のプロたちは、確かに日本人トップ選手とは比べものにならない、絶望的な強さだった。同じ人間だとはとても思えなかった。つまるところ、あの絶望的な差を作っていたのが、クスリだったというわけだ。

 そして考える。もし自分がもっと強くて、ヨーロッパでプロとして走れるようになった時に、クスリの誘惑から逃れることはできただろうか? 正直、否だろう。誘惑というより、シンプルな選択だ。つまり、クスリを使ってヨーロッパプロとして走りツール・ド・フランスに出るか、これまで憧れてきた夢と積み重ねた努力を全て放棄して別の仕事を探すか、という選択。

 そうしてヨーロッパプロであることを選択した、才能ある者たちの「戦いの日々」が、本書には詰まっている。ドーピングのニュースを聞くと「ドーピングをして勝った=ドーピングをすれば勝てる」と思いがちだが、そんな簡単な話ではない。何せ相手もドーピングをしているのだ。結局のところ、才能がありつつ、勝利のために自らを極限まで律し、チャンスを逃さず、勝利の女神(運)を味方につけた者が勝つ。そう考えると、戦いの本質としては現代と何も変わっていない。ただ、そこにはドーピングが共に存在していた時代だったということだ。

忘れてはならない時代の「記録」

 本書ではハミルトンの目線で、自転車ロードレースの厳しさ、苦しさ、美しさ、そして闇の部分まで、事細かに語られていく。暴露本という小さなものではなく、当時の自転車ロードレースの全て詰め込んだノンフィクションだ。先頭集団を走っていたレーサー自身の目から、今でも思い出される名場面が、違った角度で語られているのは、どれもとても興味深い。一方でドーピングに関わる描写も細かく、非常に生々しい。

 面白かったのは、本来なら忌むべきドーピングに関わる登場人物たちが、実に強烈な個性を放って魅力的でもあるという点。ドーピングのオーソリティであるフェラーリ医師は驚くほど優秀な男だし、反対にオペラシオン・プエルトの端緒となったフエンテス医師は大マヌケな奴だ。アームストロングも直接友人になりたい人物ではないが、勝利への飽くなき姿勢は、ドーピングだけが彼をマイヨジョーヌへと導いたのでは決してないということを感じさせる。

 現在、アームストロングを含む何人かの選手が当時のドーピングを告白しているが、真の意味で全貌が白日の下にさらされることは、永遠に来ないだろう僕は考えている。そして、本書を読めばもう十分だという気がしてくる。アームストロングが剥奪されたツールの栄冠は、繰り上げにはならず今も空位にされたまま。それだけ狂った時代だったのである。ドーピング・エイジは繰り返されてはならないけれど、あの時代を戦ってきたアームストロングを含む彼らには、今一度尊敬の念を向けたいとずっと思っている。

米山一輝米山一輝(よねやま・いっき)

国内ロードレースの選手として東京のチームで15年ほど活動した後、Cyclist編集部に創設メンバーの1人として参加。昨年末から関西在住の主夫兼フリーライター。選手時代の脚質は平地番長で、全日本TT5位が2回、今で言うJプロツアーで表彰台3回くらいと、微妙な成績を残している。赤好き・8月28日生まれ・大阪出身とプロフィールが共通する某鳴子くんに勝手にシンパシーを抱いている。

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