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2017ロードレース名場面プレイバック<4>勝率わずか2.6%の世界 ワールドチームを下克上したワーバス、デニフルの物語

by あきさねゆう / Yuu AKISANE
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 サイクルロードレース2017年シーズンの名場面、印象的なシーンを振り返る連載の第4弾は「下克上名場面をプレイバック」と題して、資金面でも戦力面でも劣るUCIプロコンチネンタルチーム(以下、プロコン)所属ながらワールドツアーで勝利した、アクアブルースポーツのラリー・ワーバス(アメリカ)、シュテファン・デニフル(オーストリア)の2人に注目する。

プロコン選手による下克上をピックアップする。注目するのはアクアブルースポーツの、ラリー・ワーバス(左)とシュテファン・デニフルの2人 Photo: Yuzuru SUNADA

193勝のうち5勝しかできない世界

 2017年シーズンのワールドツアーは、17のステージレースで計156ステージと20のワンデーレースが行われた。総合優勝も勝利数に含めると、のべ193勝となる。そのうちプロコン以下による勝利はたったの5勝だった。勝率にすると、わずか2.6%だ。

 ワールドチームが出場義務のあるレース、例えばツール・ド・フランスやパリ〜ルーベといったレースには4チーム以上プロコンが出場している。全出場選手のうち少なくとも18%以上はプロコンの選手が走っているはずなのだが、現実は2.6%しか勝てていない。

 それに2017年シーズンはワールドチームに出場義務のないレースが増えたため、年間を通してのプロコン所属選手の出走割合の平均は18%よりもずっと高いはずだ。

 つまりワールドチームとプロコンの力量差は、それほどまでに大きいといえよう。

 だが、プロコンは5回勝った。正確にはプロコンが3勝、コンチネンタルチームが2勝であるが、これら5勝の価値はとてつもなく大きい。なぜなら資金面でも戦力面でも劣るチームによる、ワールドチームへの下克上であるからだ。

 今回は下克上を成し遂げたなかから、2人の選手を紹介したい。

人生を変えた渾身の逃げ切り勝利

 ワーバスは2012年にBMCレーシングチームにトレーニーとして加入し、翌年プロデビューを飾った。デビューから2年間勝利がなく、2014年のツール・ド・スイス第2ステージで3位に入ったものの、その大会の最中に来季以降契約を結ばないことを告げられてしまう。

BMCレーシングチーム時代のラリー・ワーバス(写真は2014年フレーシュ・ワロンヌにて) Photo : Yuzuru SUNADA

 ワーバスは失意のあまり、母親に涙ながらに電話をしたという。だが、すぐに「これはサイクルロードレースではよくあること」と思い直し、残るシーズンをしっかり走りきった。10月になっても翌年の契約は未定のままだったが、そこへ2015年にワールドチームへの昇格を目指すスイス登録のIAMサイクリングから声がかかった。

 こうしてワーバスは再びプロとして走ることになった。しかしIAMサイクリングで過ごした2年間でも勝利をあげることはできなかった。さらに2016年限りでIAMサイクリングは解散が決定し、ワーバスは再度職探しに奔走することになる。

 この時ワーバスは26歳だった。ペテル・サガンやナイロ・キンタナといった同世代の選手がサイクルロードレース界の中心でまばゆいほどの輝きを放っている一方で、ワーバスは人知れず引退の瀬戸際に立たされていたのだった。

IAMサイクリング時代のラリー・ワーバス(写真は2015年ブエルタ・ア・エスパーニャ第16ステージにて) Photo : Yuzuru SUNADA

 ワーバスは、母親に電話しながら涙が止まらなかったという。だが、捨てる神あれば拾う神あり、2017年シーズンに新しく創設するアクアブルースポーツからの契約オファーが来たのだ。今度はワールドチームではなくプロコンではあるものの、自転車選手を続けられることに勝る喜びはなかった。

 そして2017年のツール・ド・スイス第4ステージで、その時は訪れる。

 序盤から逃げに乗ったワーバスは最後の超級山岳の上りで独走に持ち込んだ。登坂距離10.2km、平均勾配7.9%と破壊力抜群の上りではあったが、ワーバスはひたすらペダルを回して逃げ続けた。一定のペースでペダリングを続けて、後ろを振り返ることは一切せずに。

 フィニッシュ地点まで残り100mを切ると、ようやく勝利を確信した。両手をあげてヘルメットを両人差し指で叩き、次は両手のひらでもう一度頭を叩いて、右手の手のひらで胸を2度叩きながら、左腕を突き上げるというガッツポーズと共にフィニッシュした。勝利とは無縁なプロ人生を送ってきた男らしい、ぎこちないガッツポーズには、もはや尊ささえ感じた。

プロ初勝利を飾ったワーバス。ぎこちないガッツポーズだからこそ、勝利の尊みが伝わってくる Photo : Yuzuru SUNADA

 レース後のインタビューでマイクを向けられると「去年は本当に大変な一年だったんだ」と言い、思わず声を詰まらせてしまう。絞り出すような涙声で「ぼくはいつも110%の力で走っていた。最終的に報われて、本当に幸せだよ」と語っていた。

 アクアブルースポーツにとっても、待ちに待ったチーム初勝利となり、飛躍のシーズンを送ったチームにとって間違いなくターニングポイントとなった一日だ。

 さらに、ワーバス自身は6月下旬のアメリカ国内ロード選手権でも優勝を飾った。スイスでの勝利からわずか12日後の出来事だった。2週間足らずの間に、人生を一変させた。そのサイクルロードレース人生はスイスに縁のあるBMCレーシングチームで始まり、スイスで最初の絶望を味わい、スイスのチームに救われて、再びどん底に沈んでから三度スイスで歓喜の瞬間に包まれたのだった。

グランツールでキャリア最高の勝利をあげる

 続いては、ワーバスのチームメイトでもあるデニフルだ。2007年にプロデビューを果たし、2008年にはオーストリア国内TT選手権で優勝するなど、プロとして順調にキャリアを重ねていた。ところが、以降勝ち星に恵まれなくなってしまった。

 もちろん、常にエースとして走ってきたわけではない。だが、2010年からサーヴェロ テストチーム、レオパード・トレック、ヴァカンソレイユ・DCM、そしてIAMサイクリングと4年連続して移籍していたことからも、苦労の絶えないキャリアだったと想像がつく。

ヴァカンソレイユ・DCM時代のシュテファン・デニフル(写真は2012年フレーシュ・ワロンヌにて) Photo : Yuzuru SUNADA

 2013年はバイエルン・ルントファールトで山岳賞、2015年ツール・ド・スイス山岳賞と、創設1年目のチームでは逃げ屋としての素質を開花させ始めた。ところが2016年にチーム解散の憂き目に遭い、アクアブルースポーツに移籍してきた。

 ワーバスがチームに初勝利をもたらしたことで、勢いに乗ったアクアブルースポーツは、ツール・ド・スイスが閉幕して2週間後のツアー・オブ・オーストリアに出場。オーストリア人であるデニフルにエースの座が託された。第4ステージで2位に入る好走を見せ総合首位に立つと、最終日までリーダージャージを守り抜いた。デニフル自身にとって実に9年ぶりの勝利であった。

 この勝利は彼にとって特別な意味を持っていた。オーストリア人として地元のレースを勝ったことだけでなく、7月にデニフルの第一子となる長男が生まれたからだ。

 完全なサクセスストーリーを綴りつつあったが、気まぐれな神様は再び試練を与える。ブエルタ・ア・エスパーニャ第12ステージの前夜、チームバスが放火の被害にあい、全焼してしまったのだ。

 第12ステージは大会主催者が手配した観光バスを借りたり、ポルトガルのコンチネンタルチームからチームバス貸与の申し出あったりと、周囲の手厚いサポートを受けながら、アクアブルースポーツはレースを続行した。

 そうして迎えた第17ステージで、デニフルは逃げに乗った。この日は最大勾配28%に達する激坂をロス・マチュコスへとフィニッシュする難関ステージだった。デニフル以外の逃げのメンバーは5人いたが、山岳賞ジャージを着るダヴィデ・ヴィレッラ(イタリア、キャノンデール・ドラパック)や第8ステージで勝利しているジュリアン・アラフィリップ(フランス、クイックステップフロアーズ)ら強力な選手揃いで、かつ全員ワールドチーム所属だった。

ロス・マチュコスの激坂をクリアしていくシュテファン・デニフル Photo : Yuzuru SUNADA

 逃げ集団はロス・マチュコスの上りに入ったが、メイン集団との差は2分以下に迫っていた。20%を越える激坂区間を経て逃げ集団は分裂。ワールドチームの選手たちが崩れていくなかで、デニフルが独走状態に入った。

 ところが、ステージ優勝を狙うアルベルト・コンタドール(スペイン、トレック・セガフレード)が後方から猛追しており、残り2km地点で30秒差となっていた。

 デニフルにできることは、自分のペースで上り続けることしかない。最後までハイペースを保ち、迫りくるコンタドールを振り切って山頂のフィニッシュに到達したのだった。デニフルだけでなく、チームにとっても初めてのグランツールのステージ勝利となった。そして、何よりもチームバスが全焼する悲劇に見舞われてから、支援してくれた多くの関係者への最高の恩返しとなった。

チームが見舞われた悲劇を乗り越えて、デニフル自身にとってもキャリア最高の一日に Photo : Yuzuru SUNADA

 レース後のインタビューでデニフルは「アクアブルースポーツにとって素晴らしい一年になった。設立1年目にブエルタでステージに勝つ。完璧だよ」と語り、「自分たちのバスが燃え尽きるのを見た時はとても悲しかった。チームバスを失ったが、最終的には来シーズンに向けて新しいものを手に入れたんだよ」と2018年シーズンはさらにステップアップしていくんだ、という確固たる自信を手にしたのだった。

◇         ◇

 最終的にアクアブルースポーツは1年目のシーズンに4勝をあげた。ワーバスが2勝、デニフルが2勝と全ての勝利は2人がもたらしたのだ。2人はもはやチームの顔であり、エースだといえよう。

アメリカチャンピオンジャージを着て走るラリー・ワーバス(写真は2017年ブエルタ・ア・エスパーニャ第6ステージにて) Photo : Yuzuru SUNADA

 ワーバスは2018年シーズンもアメリカチャンピオンジャージを着て走る。星条旗があしらわれたデザインに合わせて、ワーバスのロードバイクにはカスタムペイントが施された。

 デニフルも平坦に強い選手が多くを占めるチームのなかで、貴重な山岳にも強い選手としてオールラウンドな活躍が期待される。

 チームもさらなる高みを目指して、2018年シーズンに挑む。もちろんワーバスとデニフル、2人の物語もまだまだ続いていくだろう。今後の彼らのサイクルロードレース人生に幸あらんことを願うばかりである。

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