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2017ロードレース名場面プレイバック<1>エースを救った“2.5km” デュムラン総合優勝の立役者、ゲシュケが見せた名アシスト

by あきさねゆう / Yuu AKISANE
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 サイクルロードレースとは筋書きのないドラマである。激闘を繰り広げる選手たちにより、数え切れないほどの名場面、印象的なシーンが生み出されてきた。そんな2017年シーズンを、数々の名シーンを通して振り返っていきたい。第1弾は「アシスト名場面をプレイバック」と題して、ジロ・デ・イタリア第19ステージでのサイモン・ゲシュケ(ドイツ、チーム サンウェブ)の走りに注目する。

サイモン・ゲシュケはさいたまクリテリウムに4度出場し、今年も来日。今や日本のファンにもお馴染みの選手だ Photo : Yuzuru SUNADA

接戦劇を制したデュムラン

 今シーズンのジロで、自身初となる総合優勝を飾ったトム・デュムラン(オランダ、チーム サンウェブ)であったが、総合2位のナイロ・キンタナ(コロンビア、モビスター チーム)との差は、わずか31秒だった。

トイレストップのため大きくタイムを失ってしまったトム・デュムランは、憮然とした表情のまま表彰を受けた Photo : Yuzuru SUNADA

 ジロでのデュムランの戦いぶりは、決して順風満帆ではなかった。第10ステージの個人タイムトライアルで圧勝を収め、マリアローザに袖を通し、さらに第14ステージでは、難関山岳でクライマーのキンタナを振り切る走りを見せステージ優勝をあげた。しかし、クイーンステージとなった第16ステージではレース中に腹を下してしまい、まさかのトイレストップ。ライバルたちに2分近くの遅れを喫してしまった。

 第18ステージは第16ステージと並ぶ最高難易度の難関コース。ライバルチームの猛攻に遭い、デュムランはアシストを失ってしまう。単騎となったデュムランにキンタナやヴィンチェンツォ・ニーバリ(イタリア、バーレーン・メリダ)らが攻撃を仕掛けるもの、これをなんとか凌ぎきって、タイム差を失うことなくフィニッシュした。

 執拗なマークにあったデュムランはレース後に「そんな走りではオレに勝てないよ」と挑発的な発言をしてしまう。これに怒ったキンタナとニーバリは、翌第19ステージでチームの総力をあげてデュムランを潰すために猛攻を仕掛けたのだ。

 一方で、サンウェブのアシスト陣は、第9ステージでクライマーのウィルコ・ケルデルマン(オランダ)を失ったことで、山岳でのデュムランへのサポートが手薄となっていた。それでも、持てる以上の力を発揮して、献身的にデュムランのアシストをしていた。各ステージで序盤から終盤まで働き続けるシーンが目立っており、各選手の疲労はピークに達していたことだろう。

連日のハードワークをこなすサンウェブのアシスト陣(写真はジロ第17ステージ) Photo : Yuzuru SUNADA

 そうして迎えた第19ステージ。奇しくもデュムランはバッドデーを迎えていた。スタートから脚が動かないことを自覚しており、集団の後方にポジションを下げてしまった。前日の“口撃”に対して、逆襲に燃えるキンタナとニーバリが、この隙を見逃すはずはなかった。モビスターとバーレーン・メリダは協調してペースアップを図り、集団に中切れを起こした。そして、デュムランを後方集団に置き去りにする。

 置き去りにされた後方集団ではサンウェブが中心となり全力で前を追いかけるも、早々にアシスト陣が全滅。1人になったデュムランは、同じように後方集団に取り残されたタイムを失いたくない総合上位勢の協力を得ながらも自ら集団を引かねばならない苦境に立たされる。辛くもレース中盤にキンタナたちに追いつくことができたものの、バッドデーで不調にあえぐデュムランが支払った代償は少なくなかった。

 残り16km地点から始まる1級山岳ピアンカヴァッロに入ると、デュムランは集団のペースについていけなくなり、山頂まで12kmを残して脱落してしまった。しかし、デュムランに訪れた最大の危機を救ったのがゲシュケだった。

チーム一筋で走り続けるゲシュケ

 ゲシュケは2009年にサンウェブの前身であるスキル・シマノでプロデビューを果たし、以来9年間に渡ってチーム一筋で走り続けている。身長170cmと比較的小柄な体格である一方、もはや空気抵抗によって走りの負担になっているのではないかと思うほど、見事に蓄えられた髭がトレードマークの選手だ。

 余談ではあるが、プロデビュー当初のゲシュケは髭を蓄えていなかった。2011年頃から徐々に無精髭を生やすようになり、2014年には現在のようなボリューミーな髭が完成している。

プロデビューイヤーは髭を完全に剃っていた(2009年ツール・ド・フランスにて) Photo : Yuzuru SUNADA
広範囲に髭を生やし始める(2012年フレーシュ・ワロンヌにて) Photo : Yuzuru SUNADA
現在の姿に至るボリューミーな髭の完成(2014年ツアー・ダウンアンダーにて) Photo : Yuzuru SUNADA

 また髭による空気抵抗を空洞実験によって測定したことがある。結果は時速40kmで10km以上走行しても、髭のない選手に比べてわずか0.2秒失うだけであり、髭が走行に及ぼす影響はほとんどなかった。

 しかし、欠点もある。レース中に補給するエナジージェルを髭にこぼしてしまうと、レース後にシャワーを浴びるまでベタベタな状態が続くので困るとのことだ。

 そんな髭のゲシュケの名が世に広まった最大の契機は、2015年ツール・ド・フランス第17ステージでの勝利だろう。2015年大会の最高峰地点である標高2250mのアロス峠の麓から単独アタックを決めて、46kmの独走の末にステージ優勝を飾った。フィニッシュ後は号泣しながらインタビューに応じる姿が全世界に放映されていた。

劇的な勝利を飾った2015年ツール・ド・フランス第17ステージ。ゲシュケの名を世界に知らしめた Photo : Yuzuru SUNADA

 ツールの超級山岳ステージを制したことから山岳に強い選手というイメージがあるかもしれないが、元々はスプリンターに近い脚質の持ち主だ。また独走力も非常に高く、逃げに乗ることを得意としている。小さな体格が幸いし、大柄な選手に比べれば上りを苦にしないためか、山岳ステージでも果敢に逃げることができる。とはいえ、世界のトップクライマーに匹敵する登坂力はさすがに持ち合わしていない。

手負いのエースを背負い、一流クライマーを追う

 話をジロ第19ステージに戻そう。

 チーム随一のクライマーであるケルデルマンを失っているサンウェブにとって、次に山岳で頼れるアシストはローレンス・テンダム(オランダ)だった。しかし、テンダムは連日のハードワークがたたって、1級山岳ピアンカヴァッロまで集団に残ることができなかった。

 残っていたアシストはゲシュケ1人。という状況で、デュムランは遅れてしまったのだ。

 デュムランを先行集団に引き戻すこと、もしくは引き戻せないにしても失うタイムを最小限に留めることがゲシュケがなすべき仕事だった。だが、先行するキンタナやニーバリたちは世界のトップ中のトップクライマーたちだ。手負いのエースを背負って、先行する一流クライマーを追いかけねばならない状況は、決して上りが得意ではないゲシュケにとってあまりにも酷な状況だ。

 一度遅れだしたデュムランは、ずるずるとペースが落ちてしまい、メイン集団との差はあっという間に20秒ほど広がってしまう。10%前後の勾配が続く厳しい区間に、ゲシュケ自身も遅れを取りそうになる。

クライマー不足のチーム サンウェブにおいては、ゲシュケも山岳アシストとして走る機会が多かった(写真は2017年ツール・ド・フランス第18ステージのもの) Photo : Yuzuru SUNADA

 しかし、ゲシュケはデュムランの前に立ち、自分以上に苦しい状況に陥っているエースのために懸命に前を引いていた。時折後ろを振り返りながら、デュムランにとって最大限のペースを刻めるように、自分のテンポを取り戻せるようにと前を引く。

 勾配の厳しい登坂路で、前を引くことによるドラフティング効果は微々たるものだ。しかし、目の前でチームメイトがいてくれる、ただそれだけでも苦しむデュムランにとって心強いものはない。集団から遅れてすぐに20秒程度まで広がったタイム差が、それ以上広がることはなかったことが、ゲシュケのアシストの効果を表している。ゲシュケが前を引く間に、デュムランは自分のテンポを取り戻していたのだ。

 だが、間もなくゲシュケは力尽きた。デュムランの前を引いた区間は2.5kmほどだったが、キンタナのいる集団とのタイム差は17秒となっていた。10%前後の厳しい勾配が続く上りで、先を行く世界トップレベルのクライマーたちとのタイム差を17秒に留めたゲシュケの走りは驚嘆に値する。

苦悶の表情を浮かべながらフィニッシュするトム・デュムラン(2017年ジロ・デ・イタリア第19ステージにて) Photo : Yuzuru SUNADA

 とはいえ、このアシストによってデュムランの体調が回復したわけではない。最後のアシストを失ったデュムランは徐々に集団とのタイム差が開いていくが、最後まで大きく崩れることはなかった。

 最終的にキンタナから1分9秒遅れて、頂上に到達した。この結果マリアローザを失い総合2位に転落したものの、両者のタイム差は38秒だ。最終日の個人タイムトライアルで十分に挽回できる差である。

 翌第20ステージでも、デュムランはキンタナたちの猛攻に遭い、15秒タイムを失い総合4位に転落した。しかし、最終第21ステージでキンタナに1分24秒差をつけるステージ2位に入り、再度逆転。わずか31秒差で総合優勝に輝いた。

 もしピアンカヴァッロでゲシュケがいなかったら、デュムランは31秒さえも失って総合優勝できなかったのではないかと思う。そう考えると、ゲシュケはデュムランのジロ制覇の影のMVPといっても過言ではない。実際に、海外では「ゲシュケがデュムランの総合優勝を助ける」という見出しで、ゲシュケの活躍を伝えるメディアもあるほどだ。

マリアローザを着るデュムランの横には、兄のように慕うテンダム(一番左)がいて、もう一方には笑顔が弾けているゲシュケがいる Photo : Yuzuru SUNADA

 もちろん、テンダムを含めたサンウェブの他のアシスト陣だけでなく、キンタナのモビスター、ニーバリのバーレーン・メリダのアシストの働きぶりもそれぞれ素晴らしかったし、何よりもデュムラン自身の山岳とタイムトライアルでの強さも際立っていた。

 それでも、ゲシュケの走りはサイクルロードレースがチーム競技であることを如実に示す名アシストとして、人々の記憶に強く刻まれたことだろう。

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