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人生を変えた“世界で最も過酷な市民レース”世界の名だたる山岳を走破 「オートルート」アンバサダー・対馬伸也さんが語るその魅力

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
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 ツール・ド・フランスなどの山岳コースを舞台に繰り広げられるアマチュアステージレース「HAUTE ROUTE」(オートルート)は、7日間でおよそ800km、獲得標高2万mもの超難関コースを走破する“世界で最も過酷な市民レース”だ。ピレネー、アルプス、ドロミテという名だたる山岳エリアで開催される3つの大会を連続で完走したサイクリストに贈られる「triple crown」(トリプルクラウン)という称号を、日本人で初めて手にした対馬伸也さん(44)。その功績が認められ、昨年12月に日本人初のアンバサダーとなった。そんな対馬さんが自転車を始めたのは今から5年前。人生に大きな影響を与えたオートルートの魅力と、自転車との出会いについて話を聞いた。

日本人初となる「トリプルクラウン」を達成した対馬伸也さん=オートルートアルプス2017(対馬伸也さん提供)

プロ気分が味わえる舞台とサポート

オートルートアルプス2017のステージ4。レース中継でしか見たことのない憧れのラルプデュエズを走る ©HAUTE ROUTE

 フランス語で「高い道」を意味する「HAUTE ROUTE」という言葉は従来、アルプス等の山々を縦走する山岳ルートの通称として使われていた。その名を冠した自転車の大会が発足したのは2011年。ツール・ド・フランスの山岳ステージを切り取った1週間のアマチュアステージレースとしてスタートした。憧れの峠が連なる厳しくも雄大な世界。平均3000m超級の山を毎日越え続けるというアマチュアのスケールを超えた挑戦に、ヨーロッパを中心とする“剛脚”サイクリストたちの心を惹きつけた。

オートルートアルプス2017のステージ3。時間制限が厳しく、スタート直後から長い上りだったのでトレインからちぎれないように必死で上った ©HAUTE ROUTE
オートルートアルプス2017のステージ5。ドローンを使って雄大な景色とともに選手達を空撮してくれることも ©HAUTE ROUTE
オートルートドロミテ2017、ステージ6。ドロミテステージは標高が高いコースが多く、景色も素晴らしい ©HAUTE ROUTE

 難易度の高さが際立つオートルートだが、その最大の特徴はホスピタリティに富んだ大会運営にある。

オートルートアルプス2017、ステージ1。朝焼けの中、ニースでスタートを切った ©HAUTE ROUTE

 憧れの舞台が走れるだけでなく、ロードレースの本場・フランスならではのプロフェッショナルなサポートチームによって、プロライダーさながらのレース体験が味わえる。レース中の先導バイクやサポートカー、メカニック、マッサーといったサポート体制がとられるのはもちろん、食事、荷物の運搬、さらにはオプションを希望すれば宿泊などもサポートしてくれるため、パフォーマンスに集中できる環境が提供される。

トラブルのフォローはもちろん、選手たちに声をかけながら走ってくれるマヴィックカーのスタッフ ©HAUTE ROUTE
エイドステーションではエナジージェルや新鮮なフルーツ、ハム、チーズやパンなどをスタッフが用意してくれている ©HAUTE ROUTE

 人気の高まりを裏付けるように、発足当初はアルプスのみだった大会が次第にピレネー、ドロミテと開催地を拡大し、開催7年目となった昨年は海を越えて米国コロラド州のロッキーが加わった。さらにラルプデュエズやモンバントゥといった名だたる山岳コースをスポット的に走る、日程的に参加しやすい3日間コースも新設された。

オートルートアルプス 2017のステージ4。ラルプデュエズでのタイムトライアル。スタート台から15秒おきにスタート。司会の女性も日本語で「シンヤサンガンバッテー」と盛り上げてくれる (対馬伸也さん提供)
女性参加者の姿も増えている ©HAUTE ROUTE

 厳しいレースでありながら、参加者は必ずしも順位を競うハイアマチュアばかりではないという点も特徴だ。年齢層も幅広く、近年は女性の参加者も増えており、会場はレースというよりはお祭りさながらの盛り上がりを見せる。

 とはいえ獲得標高2万mは容易ではない。各ステージごとに設けられた制限時間内に走破し、通算7日間にわたるステージレースを完走するために、サイクリストたちはそれぞれ挑戦するための体力・持久力を準備して臨む。

参加者の年齢層も幅広い ©HAUTE ROUTE
チームでの参加者も ©HAUTE ROUTE

 1つの大会を完走するだけでも大変な挑戦だが、対馬さんが成し遂げたのは3大会全てを連続で走破する「トリプルクラウン」。初挑戦となった2016年はピレネーで制限時間を20分オーバーし、DNFに。残りのアルプス、ドロミテを完走したことで惜しくも2冠の称号「Iron Rider」(アイアンライダー)となったが、その後練習を重ね、一年越しの再挑戦で見事「トリプルクラウン」を達成した。

心がバイクに反応した

2013年4月、納車したてのバイクにまたがる対馬さん。当初はボトルを片手でとることもできなかった (対馬伸也さん提供)

 挑戦することも然ることながら、一度の失敗にもあきらめず再挑戦するとはどんな屈強なサイクリストかと思いきや、驚いたことに対馬さんが自転車に乗り始めたのは今から5年前。それまでは全くと言っていいほどスポーツとは縁がない生活を送っていた。

 そして運動不足がたたり、ついに腰痛で入院したことが転機となり一念発起。ピラティスやジョギングを始めたところで運動する楽しさに目覚め、その後階段を駆け上がるようにマラソン、そしてトライアスロンへと半年も経たない間にフィールドを広げていった。

 「初めてのロードバイクはめちゃくちゃ怖かった」という対馬さん。最初はバイクに乗りながら片手でボトルをとることさえできなかったそうだが、些細な困難でも直面するたび、それを練習して克服することも新鮮だった。

「アイアンマンレース」も4回完走 (対馬伸也さん提供)

 バイクに乗れるようになり、目標だったトライアスロン完走を果たすと、次なる目標を求めて「アイアンマンレース」へ。2014〜16年までの3年間で国内外4レースを完走したところで、次第に心がバイクに反応し始めていることに気付いた。

 「風を切る音と流れる景色、どんどん集中して感覚が研ぎ澄まされていく。バイクに乗っていると素の自分になれる。最高に気持ち良い瞬間なんです」─と自転車の魅力を語る。

トライアスロン3種目の中でとくに自転車の魅力にのめりこんでいった (対馬伸也さん提供)

突き動かした「日本人未踏」

 そんななか、トライアスロン仲間から教えてもらったのがオートルートだった。1日の走行距離100km、獲得標高3000〜4000mという数字がどういうものか、当時は想像もつかなかった。それでも先にアルプスを走った知人が撮影してきた動画を食い入るように見つめ、「未知の世界を見たい」という思いがかき立てられた。

 さらに対馬さんのハートをとらえたのは「日本人未踏」というトリプルクラウン。それまで少数ながら日本人の参加者はいたが、3大会連続で完走した人はいなかった。

オートルートのジャージに身を包んだ対馬伸也さん。レースを共にした愛車とともに Photo: Kyoko GOTO

 これまでの自分の人生にはまったく関係ないものだと思っていた「日本人初」という言葉が手の届きそう場所にある。とはいえオートルート3つ分となると、走行距離も標高も単純に3倍。もはや超人級のレベルだ。が、対馬さんはひょうひょうとした表情で挑戦当時の様子を振り返る。

各大会の完走メダル(左からピレネー、アルプス、ドロミテ)。3つ揃うのはトリプルクラウンの証 Photo: Kyoko GOTO
いまだトップチューブに残るドロミテ第6ステージのコースプロファイル Photo: Kyoko GOTO

 「初回でピレネーを完走できなかったときは、正直『やってもーた』って思いましたね(笑)。周囲からも応援を受けていたので。ただ、そのときはいまの自分の実力がここなんだと冷静に受け止めました」。

初挑戦でDNFだったピレネーも2回目では余裕の笑顔 (対馬伸也さん提供)

 そして再び臨んだ2017年のオートルートのトリプルクラウン。最も険しく、自身にとっても“鬼門”だった第一の難関ピレネーの最もハードなステージを克服したとき「今回は行ける」と手応えを感じた。アルプスとドロミテは前回完走していたこともあり、もう不安はなかった。結果、フランス、スイス、オーストリア、イタリア国境を越え、走行距離2477km、50もの峠を超え、獲得標高約6万mのルートを走破した。3ステージの総参加者約800人のうち、トリプルクラウンとして完走を果たしたのは対馬さんを含むわずか13人だった。

ドロミテをゴールし、見事日本人初の「トリプルクラウン」になった対馬さん ©HAUTE ROUTE

 ドロミテでゴールを果たしたあと、地べたに座り込んで一息ついたとき一気に感動がこみ上げてきた。5年前に自転車に乗り出したときのことや、さらに遡って幼い頃に初めて補助輪を外した当時のことまで、色々な思い出が頭をよぎった。

 「嬉しかったのはもちろんですが、それ以上になんとも言えない気持ちでした。一度目は失敗したけれど、自分でもここまでできるんだと感じました。この歳になると限界が見える前に力をセーブしたりするけれど、あの時は持ってる力全てを出し切りました」─。

オートルートの素晴らしさを伝えたい

トリプルクラウンを獲得した3人で。自転車を通じて各国の人たちとつながりがもてるのも魅力 ©HAUTE ROUTE

 日本人初のアンバサダーに任命されたことについて対馬さんは「光栄なこと。景色の美しさや達成感に加えて、サポート体制があれだけ充実しているアマチュアイベントはオートルートの他になく、海外のレースイベント、あるいは最初の海外ルートのきっかけとして最適だと思います。あの素晴らしさをもっと日本のサイクリストにも知ってほしい」と語る。“クレイジー”な目標を共有する者同士、海外のサイクリストたちとの交流の輪が広がるのも魅力の1つだという。

オートルートアンバサダーのプロフィール写真 ©HAUTE ROUTE

 対馬さんは現在、ピラティスやトライアスロンのパーソナルレッスン、栄養サポート事業を手掛ける「Athlete Architect」を運営する傍ら、自転車のイベントやスクールを手掛ける「LINKAGE CYCLING」(リンケージサイクリング・神奈川県藤沢市)のスタッフとして自転車の楽しさを広める活動に関わっており、その一環としてオートルートに関するPR活動も行っていく予定だ。

「2、3年後の目標に据えると日々の練習の楽しさも変わってきます」と対馬さん Photo: Kyoko GOTO

 「大きな目標だが、自分に引き付けて考えると見え方が変わってくる」という対馬さん。「例えばバイクを始めたばかりの人でもオートルート出場を2、3年後の目標に定めて練習するのも楽しみ方の1つ。大きな目標を達成することは楽しい。僕みたいに失敗しても何度でも挑戦できるので(笑)。興味を持った方はぜひ、一生に一度はトライしてみてほしいですね」と語る。

 なお、今年のオートルートは4月20日に開催される米国サンフランシスコを皮切りに3日間イベントが8大会、そして6月23日にスタートするロッキーを皮切りに7日間イベントが3大会予定されている。大会の詳細はオートルートの公式ウェブサイト(英語)から確認できる。

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