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猪野学の“坂バカ”奮闘記<18>ダートもシケインも愛の力で駆け抜ける! “姫”に捧げたシクロクロス初参戦

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 今年もあと残すところ1カ月。ツール・ド・沖縄も終わり、オフシーズンへと突入だ。オフの過ごし方は人それぞれ。全く自転車に乗らず、シーズン中酷使した身体を労る人。食べたい物を食べまくり体重を増やす人。筋トレで“貯筋”に励む人等々。しかし冬場に照準を合わせる人達もいる。シクロクロスを愛する人達だ。遡ること今から4年前。スタート直後に最大心拍まで上がるシクロクロスは心肺機能が鍛えられるし、悪路を走るためペダリングスキルも上がる、これはヒルクライムの練習にもなる!─ということで『チャリダー』でもシクロクロスに挑戦する事になった。

シクロクロスはヒルクライムのトレーニングにも良いと聞きつけ、野辺山へと向かった筆者 (猪野学提供)

強く優しい姫に芽生えた恋心

冬が来れば思い出す、あの熱い闘いを…

 挑むのは、何といきなりシクロクロスの聖地「Raphaスーパークロス野辺山」。しかし私はシクロクロスは全くの初心者。このままだと野辺山の猛者どもに捻り潰されてしまう!テレビの力を使って何とかスキルアップしなければ!という事でシクロクロスといえばこの方、全日本7連覇を果たした“泥んこ姫”こと豊岡英子(あやこ)さん(当時パナソニックレディース)に教えを請う事に。私はかつて冬場になると自転車雑誌を買い漁っては泥だらけの姫の姿を見てはうっとりしていた。こんなに嬉しい事はない!逸る心を落ち着かせ早速、姫が待つ大阪へと向かった。

 待ち合わせた海浜公園に、憧れの姫はピカピカに光るスパンコールが散りばめられたヘルメットで現れた。自転車雑誌で見た、闘志溢れる勝負師の感じと違い、関西のノリの良いお姉さんといった感じでとても好感が持てた。

“どろんこ姫”こと豊岡英子さんに個人指導をしていただいた! (猪野学提供)

 そしていよいよ砂浜で特訓開始!いきなり悪路!まずは姫の御手本。ざっくざくの深い砂浜を、もの凄い勢いで踏み倒し、駆け抜ける。凄いトルクだ! 姫によると、シクロクロスは体重移動の連続でサドルに座らず腹筋背筋で支え体幹で漕ぐらしい。例えるならずっと空気椅子をやっている感じだそうだ。

 早速、私も挑戦してみた。砂浜を走るのは初めてだったが、とにかく難しい。すぐにタイヤが埋まってしまう。私は一番軽いギアにして高いケイデンスで何とか走れた。ここで姫から信じられない御言葉を頂いた。

姫にほめられた思い出の砂特訓

 「思った以上にセンスあるからびっくりした!普通の人は走れないですよ」

 私は自転車においてはこれまで誉められた事が一切なかった。心の底で、暖かい何かが沸き上がる。何だろうこの懐かしく切ない気持ちは…そう、私は恋に堕ちてしまったのだ。私は昔、彼女の自転車を盗まれ失恋して以来、恋をしていなかった。姫はトップアスリート。しかも優しく誉めてくれる、恋に堕ちるのも無理はない。「自転車で失った彼女を自転車で補うのはまっとうな話だ!」と、恋心は勝手に盛り上がっていった。

 私の恋とは裏腹に特訓ロケは続く。続いては自転車のスムースな乗り下り。障害物があるシクロクロスでは自転車から下りて担いで走る事があるので、これは欠かせないテクニックだ。

 姫の忠告は、自転車が跳ねるとチェーンが落ちるため、「自転車をおろす時は赤ちゃんを扱うように丁寧に」と教えられた。この教えが後にレースを大きく左右する事になる。

格闘技さながらのシクロクロスレース

 そしていよいよレース本番!当日は野辺山に約2000人もの参加者が集まった。レースは一周2.5km。階段や泥、障害物だらけのコースを30分間走り、順位を競う。姫が設定した目標は119人中の30位以内!初心者には高い順位だと思ったが、姫の要望に応えるのが従者の役目。姫のために命を投げ出す覚悟で臨んだ。

晩秋の頃、雪山の麓で繰り広げられる熱闘。野辺山シクロクロスの会場

 シクロクロスは抜くポイントが限られるため、前に並んだ方が有利。なので早めにスタート地点に並んでいざスタート!道幅が狭く早速大混戦!身体を激しくぶつけ合い、自分のラインを確保する…。コースから弾き飛ばされる人もいる。これは格闘技だ!そして様々な障害物が次から次へと襲って来る。人生において、こんなに色々な事がいっぺんに起こる事はない!童心に帰ったようで猛烈に楽しい!

いよいよスタート!これが迫力満点のヘルメットカメラの映像だ

 ダート区間を抜けて、唯一の鋪装区間のストレートへ。ここは道幅が唯一広いため順位が入れ替わる。一気に抜いて前へ出ようと思ったが次から次へと抜かれてしまう…なんて事だ!しかし何故か悪路になると順位を上げ挽回する。どうやら私は悪路の方が向いている様だ。しかし、これは坂バカとしては致命的なのではないか?

 その後も悪路で挽回し順位を24位まで上げる。このまま行けば姫の願いを叶えられる。そしたらそのまま結婚?何て事もあるかも知れない、そんな妄想を抱きながら泥に水を巻いた最大の難関に差し掛かる!ここは加速して一気に突っ込み、高いケイデンスで乗り切れば自転車を降りず行けると姫から教えを頂いていた。

迫力満点のヘルメット映像だが、重さが玉にキズだ…

 私はスピードを殺さず猛烈な勢いのまま一気に突っ込んだ!その瞬間目の前が真っ暗になる。なんとヘルメット前部に付けたカメラの重みのせいでヘルメットが前にずり落ち、完全に視界を塞いでしまったのだ!手を離したら落車は間違いない、私は目隠し状態のまま最大の難関をクリアするハメになった。しかし姫への愛の力か、そんな逆境をもろともせず、私は泥沼区間を目隠し状態のまま見事に駆け抜けた!

「30位以内に…」姫への思いで8人をごぼう抜き

 そしていよいよ最終周回へ!ここまで来れば30位以内はまず間違いない、このまま行けば姫と…。

 「東京と大阪かぁ…遠距離恋愛になるな…泥んこになりながらシクロクロスデートなんてのも楽しいではないか!」などと変態的妄想しながらシケインへ。ここは自転車を下りて、担いでジャンプしてクリアする。勢いよく自転車をおろし、漕ぎ出そうとした時クランクが空転した。チェーンが落ちたのだ!

ヘルメットカメラが捉えた、チェーン落ちの決定的瞬間!

 何て事だ!エロい妄想のせいだ!ゴールはすぐそこなのに。慌ててチェーンをハメようとするが、焦ってなかなか入らない。次から次へと抜かれ順位を落とす。そんな無様な手元を、私を苦しめたヘルメットカメラが見事に捉える。

 やっとの事でチェーンを直し再スタート!この時点で38位迄順位を落とした。残りは一周。さすがに8人抜くのは無理かと諦めかけたその時、コース脇に姫の姿が…。そして「猪野さん頑張って!」と…(後から放送を確認したら『猪野さん落ち着いて!』と姫は言っていた)。姫の言葉で奮起した私は、テレビを忘れ、落車上等、ノンブレーキ、ひんしゅくを買う強引なライン取りで順位を次々と上げゴール!結果は何と、ジャスト30位!一周で8人ごぼう抜き!愛の力だ。

泥まみれになりながら“姫”のために全てを捧げて走る筆者

トルクの違いに散った恋

 すぐさま姫の元へ駆け寄った。ところが、姫の表情は堅い。どうやらすぐ後に姫のレースが控えている様だ。すでに雑誌で見た…あの勝負師の顔になっているではないか。とても姫の連絡先を聞ける様な空気ではない。そして姫はレースの準備へと去って行った。

さらば、わが姫!恋心は泥と共に流し尽くした

 その後、姫のレースを観戦したが、私がクルクル回していた泥道を、姫は2枚くらい重いギアで踏み倒して駆け抜けぶっちぎりで優勝。到底叶わぬ恋だったのだ…。「そもそもトルクが違うのだ」と訳の分からない理由で無理矢理自分に言い聞かす。

 恋は終わり…。泥んこデートはこうして儚く消えたのだった。

(写真提供:NHK/テレコムスタッフ)

猪野 学猪野 学(いの・まなぶ)

俳優・声優。自転車情報番組NHK BS1『チャリダー☆』(毎週土曜18:00~18:25)にレギュラー出演し、「坂バカ俳優」という異名で人気を博す。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる。ウェブサイト「マナブログⅡ

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