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つれづれイタリア〜ノ<105>大型サイクリングイベント誘致を考える 継続的な経済効果を維持するためには?

by マルコ・ファヴァロ / Marco FAVARO
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 11月3〜4日にさいたま新都心で「ツール・ド・フランスさいたまクリテリウム」が盛大に行われました。テレビの向こう側からしか見られない自転車界のスーパースターたちがさいたま新都心に集結し、2日間に渡り、異空間の世界を演出してくれました。ロードレースファンにとって願ってもない最高のイベントです。私は今年もスタッフとして関わることができ、仕事でありながら夢のような時間を過ごしました。

「さいたまクリテリウム」。スタート前、世界のトップ選手や清水勇人さいたま市長らが記念撮影 Photo: Naoi HIRASAWA

大都会は“自転車の聖地”になり得ない

 さて、レースが盛り上がる中、11月3日(金)に行われた前夜祭の中で気になる場面がありました。ツール・ド・フランスを運営する母体「A.S.O」(アモリー・スポルト・オルガニザシオン)の会長、マリー・オディールアモリ氏が冒頭挨拶で、懸命にツール・ド・フランス誘致のメリットについて話していたのです。

アモリグループのマリー・オディールアモリ会長 Photo: Naoi HIRASAWA

 さいたまクリテリウムが91カ国で放送されるだとか、1億3000万人が視聴するとか、さいたまの国際的な知名度がアップするとか…。選手や関係者の前でかなりビジネスを意識したものでした。

 ご存知ない人もいるかもしれませんが、来年の開催でさいたま市とA.S.O社との契約は一旦終了する予定です。おそらく2019年以降の開催について交渉が始まっています。130万ユーロ(1億7000万円)だと言われている契約金と4億円を超える運営費がかさみ、すぐに「はい」と言えないさいたま市のお財布事情がよくわかります。2018年度でメインスポンサーである「J-COM」との契約も終わり、2019年以降の開催はまだ不明のままです。

さいたまクリテリウムのチームプレゼンテーションで観客に向けて挨拶するマルセル・キッテル(ドイツ)率いるクイックステップフロアーズの選手たち Photo: Yuzuru SUNADA

 グランツールの誘致における経済効果と知名度アップを疑うものではありません。実際、ヨーロッパではジロ・ディタリア、ツール・ド・フランスなど、各ステージのスタートとゴールになりたい市町村が厳しい誘致合戦を行っています。大会の日だけでなく大会が終わっても、チャンピオンたちが戦ったルートに挑みたいサイクリストたちが多いからです。1年を通して、人がやってきます。

「さいたまクリテリウム」のオープニング走行。ことし4度目のツール・ド・フランス総合優勝を果たしたクリストファー・フルーム(イギリス、チーム スカイ)ら出場選手が、レース前に観客と交流した Photo: Naoi HIRASAWA

 しかし、私が知っている限りでは、これは交通量の少ないアルプスやアペニーニ山脈に限ったことです。ミラノ市内で行われる個人TTのコースやツールの最終ステージ、パリ・シャンセリゼ通りは、自転車で走りたい人にとって交通量が多く自殺行為に近いものです。さいたまという大都会の場合、自転車の聖地になれるかと問われたら、答えはノーです。

 榛名山ヒルクライムと赤城山ヒルクライムが行われる群馬県の人気ぶりを考えれば、一目瞭然。1年を通してコースに挑みたいサイクリストたちによる経済効果が期待できる反面、さいたま市のような場所では、大会が開催される2日間にしか経済効果が期待できません。とはいえ、交通量の利便性が生かせるので、多くの人が観戦に訪れることで2日間だけで十分に運営費の回収はできると思います。

エロイカに見る街と自転車イベントのあり方

 イタリアで行われるサイクリングイベントのおかげで経済的に持ち直し、人口減少から人口増加に転じた町の例を紹介したいと思います。イタリア中部、トスカーナ州の中心に位置するガイオレ・イン・キャンティ町。自然に囲まれた人口2800人の小さな自治体です。

イタリア中部、トスカーナ州の中心に位置するガイオレ・イン・キャンティ町 Photo: Marco FAVARO

 鉄道もなければ、幹線道路もない交通の不便な場所です。主な産業は農業。働き口がなかったため、1990年代までは過疎化の危機に瀕していました。しかし、「L’Eroica」(エロイカ)というビンテージ自転車を対象にしたサイクリングイベントがもたらした経済効果の影響で、2004年以降人口流出が止まり、2006年以降増加に転じました。

 町長のミケーレ・ペシーニ氏にインタビューする機会を得たので、行政側からのスポーツイベントとの関わり方と、町のあり方について聞いてみました。

ガイオレの町長、ミケーレ・ペシーニ氏 Photo: Marco FAVARO
ワイナリーや古いお城が残るガイオレ ©eroica.cc

—ガイオレ・イン・キャンティ(以下、ガイオレ)はどんな町ですか?

 ガイオレは、フィレンツェやサン・ジミニャーノ、シエナのような有名な観光地ではありませんが、近年地域にある観光資源を生かし、観光客が増えています。ワイナリーや美味しいレストランがあるし、古いお城もまだ残っている地域です。

—10月に開催されるエロイカに参加するために、毎年7000人以上の人々が外からやってきます。人気のあるこの大型イベントは、どのように地域を変えましたか?

 経済的に地域全体が大きく変わりました。新しい宿泊施設が作られましたし、古くからあるホテルやレストランも受け入れ機能が強化されました。でも不思議なことに町の構造や文化そのものは変えていません。

エロイカに参加するために、毎年7000人以上の人々が世界各国から訪れる ©eroica.cc

—と言いますと?

 エロイカのおかげでガイオレの知名度が世界的に広がりました。大会の日以外も多くの人がやってきます。でも本当の事を言いますと、町は本来の姿を変えていません。ご覧の通り、観光地化されていませんし、お土産ショップは一つもありません。私が就任してから8年が経ちましたが、住民たちの生活を変えないように細心の注意を払っています。

観光地化せず、町本来の魅力を生かしている ©eroica.cc

 エロイカから生まれる貴重な財源を住民サービスに当て、無駄な企画を立てていません。世界の目がガイオレに向けられている今、街のイメージは大事になりました。住民たちの満足度が高ければ高いほど、そのまま町の雰囲気に反映されます。町の雰囲気が悪ければ、誰も二度と来ません。この努力のおかげで一年中人がやってきます。

 イベントはもちろん大事ですが、町が自然体であることはより大事です。過剰な観光化は町を殺します。町と住民の一体感は重要で、自分のふるさとに帰ったと感じる人がいたら最高です。この雰囲気を壊さず、住んでいる人々を幸せにしないとダメです。結果的に私が町を歩くだけで、外国人からも挨拶されます。とてもいい雰囲気が作ることができました。

「街を歩いていると外国の人からも声をかけられる」というペシーニ氏。理想としていた街の姿だ Photo: Marco FAVARO

—最新の調査によれば、全国的に少子高齢化による人口減少が進んでいます。反対にガイオレの人口は増加傾向にあるようです。何らかの形でエロイカが関係していますか?

 エロイカは確かに人口増加に貢献しています。全国的に農村部では人口が減少していますし、隣町でも次から次へと学校が廃校になっています。ガイオレではその逆です。人口2800人の町ですが、7000人以上のライダーを受け入れています。

©eroica.cc

 そのほか、サポーターや関係者などを含めますと、大会が行われる3日間で毎日2万人以上がガイオレに駆けつけます。そして大会の日以外に訪れる観光客もいます。就職先が増えた影響で外からガイオレに移り住んできた人は少なくありません。

 子供が増えたことで、学校も新設しました。外国人も増えました。イギリス、カナダ、アメリカ、ドイツ、スイス、アルバニアなどから。でも外から来た人にとって一番大事なのは、町の生活に溶け込むことです。ガイオレにやってくる外国人が、いかに早くこの社会の一人になるかが課題です。ガイオレで盛んに行われるボランティア活動が有効的な手段の一つです。特に貧しい国から来た移民の場合、犯罪の抑制にもなります。

—政府が過疎化対策として、サイクリング道路建設などに関する新しい法案を可決しました。ガイオレは使う予定ですか?

 そうですね。ガイオレは小さな自治体ですが、「成長しなければ未来がない」といつも危機をもっています。国からの追加財源は重要ですが、この法案が可決されなくても、地方行政が明確な未来ビジョンをもたない限り、消える運命にあります。自ら行動を起こさなくてはいけません。でもコミュニティのアイデンティティを無視した成長は町の基盤を崩壊させることになります。ブームだけに乗った開発はいつか終わります。

エロイカとともに成長する街、ガイオレ ©eroica.cc

 現在、ガイオレの成長は、エロイカの成長と同じ道を辿っています。地元のショップ、スーパー、レストランなどが大変賑わっています。住民のほとんどがこのイベントを町の物だと思っているし、そのためボランティアとして活動しています。

 エロイカはこの地域全体が誇るべきイベントになりました。そして、エロイカは現在も成長している路線ですが、なぜ成功しているかを常に分析しなければなりません。そして長期的なビジョンを持って、行政として町の方向性を正しく示さなければなりません。それは我々政治家の使命です。

Photo: Marco FAVARO

 もちろん、期待が外れることもあります。我々はエロイカを信じた結果、地域が一体化できるイベントになりました。エロイカの理念を変えていないので、それが魅力だと思います。健康的に成長しています。

—ありがとうございました。

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ

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