ツアー・オブ・ルワンダ レポート<3>悲しみを背負い、夢に向かってひた走るエイドリアン

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<1>悲惨なジェノサイドから復興へ 自転車レースも国際化<2>勢いを増すアフリカの自転車競技界
今年のツアー・オブ・ルワンダで、自国ルワンダ人選手の最高位はエイドリアン・ニヨンシュチ(チームルワンダ・アカゲラ)の9位。ルワンダ国民の80%が彼のことを知っているという国民的ヒーローだ。多くの国民に支持される背景には、彼の絶対的な強さだけでなく、じつは悲しい過去も関係している。

ルワンダ人選手最高位の表彰を受けるエイドリアン・ニヨンシュチ(チームルワンダ・アカゲラ)ルワンダ人選手最高位の表彰を受けるエイドリアン・ニヨンシュチ(チームルワンダ・アカゲラ)

 少数派の民族「ツチ」であった彼の家族は、1994年に起こった多数派の「フツ」によるジェノサイド(大虐殺)で、6人の兄弟や母方の祖母などを含む60人もの家族が殺された。7歳だった彼は両親とともに、草薮の中に隠れて生き残り、しばらくは精神的ショックから言葉を発することができなくなったという。

 しかし、2003年に叔父から譲り受けた1台の自転車が彼の人生を大きく変えた。走ることに夢中になり、ローカルレースに出場するうちに、自然とプロの自転車選手を目指すようになったという。ただ、どうやったらプロになれるのか、それは漠然としたものだった。

 そして2006年、現地の人が使っている木製自転車によるレース「WOODEN BIKE CLASSIC」。兄から借りてきたバイクで他の参加者を打ち負かすエイドリアンの姿が、アメリカから自転車競技普及のためにやってきたトム・リッチーとジョック・ボイヤーの目にとまった。彼の走りが、ボイヤーのインスピレショーンを刺激させたという。

 こうしてエイドリアンは、ボイヤーが立ち上げた「チームルワンダ」で最初の所属選手となり、二人三脚でトレーニングに明け暮れた。その後、南アフリカのUCIコンチネンタルセンターでのトレーニングなどを経て、2008年のツアー・オブ・ルワンダで総合優勝すると、南アフリカの「MTNサイクリングチーム」と契約を交わし、「チームルワンダ」から初めてのプロ選手が誕生した。

マチェーテをもつ観客。農作業に使われるものだが、94年のジェノサイドではこれが凶器となったマチェーテをもつ観客。農作業に使われるものだが、94年のジェノサイドではこれが凶器となった
第5ステージ、表彰式の風景第5ステージ、表彰式の風景

 しかし、その嬉しい契約のニュースの直後に、悲劇がまたも彼を襲う。彼を支えてくれていた父が病に倒れ亡くなり、弟のように可愛がっていた才能豊かな選手、ゴッドフリーもレース中の交通事故で亡くなってしまう。彼もジェノサイドを生き残った孤児だったというが、どうしてここまでの悲しい出来事が続くのだろう?

 だが、エイドリアンは「強くなるには、よりたくさんトレーニングを積まないといけないんだ。そのためには悲しい昔のことを思い出す時間なんてないんだ」とひたむきに前を向く。たくさんの悲しい過去を背負いながらも夢に向かって走り続けるエイドリアンは、まさにルワンダ人の象徴であり希望でもある。

 25歳のエイドリアンは、言葉数が少ない印象だが、きれいな英語を話し、ときおり見せる笑顔が眩しい。今回のレースで長かったシーズンを終えて、来シーズンもプロコンチネンタルチームに昇格する「MTN・キュベカ」に所属し、最初のレースは2月にマレーシアで開催されるツール・ド・ランカウイの予定だと言う。これからの夢は、ルワンダ人として初めてツール・ド・フランスに出ること、またボイヤーとともに自国の自転車競技発展に貢献したいと話している。

ルワンダの未来 アフリカのこれから

農作業の途中、選手たちが通り抜ける農作業の途中、選手たちが通り抜ける

 なだらかな丘が果てしなく続き、雨季である今の時期は瑞々しい緑の草木が赤い土地に息づいているルワンダの風景。そんな美しい大自然のなか、レースを追いかけていると、沿道には絶えることなく大勢の観客たちが集まり、子どもたちはとびきりの笑顔で選手たちに声援を送っている。

 コーヒー農場では、「プロジェクトルワンダ」によるコーヒーバイクが重い荷物を運んでいる。悲しい過去だけでなく、貧困や病気などまだ多くの問題を抱えるルワンダだが、新しい未来を切り開こうとする人々のすぐ近くに自転車があることを私は嬉しく思った。

プレス用オートバイのドライバーと集まってきた子どもたちプレス用オートバイのドライバーと集まってきた子どもたち
ゴール地点で興味深く選手たちを見るゴール地点で興味深く選手たちを見る
第7ステージ、スタート地点第7ステージ、スタート地点
レースを終えて休息を取るチームルワンダの選手レースを終えて休息を取るチームルワンダの選手
木の上から表彰式を見る。いたるところに観客が木の上から表彰式を見る。いたるところに観客が
最終日の表彰式終了後、みんなでダンスを楽しむ最終日の表彰式終了後、みんなでダンスを楽しむ

 今回のレースを通じて、ルワンダだけでなく、アフリカの自転車界から、強いアグレッシブルなパワーを感じることができた。昨年はアメリカ人選手が制しているが、今年はアフリカ人選手の活躍がより目立った。それも1選手だけではなく、たくさんの才能や可能性が輝いていた。今後、さらに多くの自転車レースがアフリカで開催されるだろうし、世界のレースシーンの頂点で、アフリカ人選手たちが活躍するのも時間の問題のように思える。

表彰台の隙間から見物をする地元の子どもたち表彰台の隙間から見物をする地元の子どもたち

 彼らのために私が何をできるのだろうか? 「プロジェクトルワンダ」のような大きなことはできないが、まずはツアー・オブ・ルワンダを通じて知ることができたルワンダやアフリカの現状を、一人でも多くの人に伝えたいと思う。(終)

Project Rwanda(英語)

中川裕之田中苑子(たなか そのこ)
1981年、千葉生まれ。2005年に看護師から自転車専門誌の編集部に転職。2008年よりフリーランスカメラマンに転向し、
現在はアジアの草レースからツール・ド・フランスまで、世界各国の色鮮やかなサイクルスポーツを追っかけ中。

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