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猪野学の“坂バカ”奮闘記<17>「神様助けて!」 “隔離強化合宿”で体験した逃げ場のないトレイン<後編>

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 前回に引き続き、宮澤崇史監督率いる「レモネード・ベルマーレ」との壮絶な長野合宿について書かせていただく。地獄の山岳へと向かう入口で、宮澤監督は選手達に「ダンシングでケイデンス100」と告げた。それと同時に、私を除く選手達は恐ろしい速さで山へと消えていった。どうやら監督は山岳でダンシングが苦手な私に、ダンシングの極意を教えてくれるようだ。少しホッとした。

宮澤崇史監督(写真右から3番目)率いる「レモネード・ベルマーレ」(2015年当時)の皆さんとの合宿。笑顔とは裏腹な心境の筆者

ダンシングの基礎は体幹にあり

 宮澤監督は、まず悪い例としてハンドルに体重が乗ってしまっている私のダンシングを真似て見せてくれた。自分ではそんなにハンドルに乗っているイメージはなかったが、改めて客観的に見せていただくと、確かに重心が少し前にあることがよくわかった。

プロとの練習に緊張を隠せない表情

 すると監督は、ブラケットの先の尖った部分を親指と人差し指で摘まみ、指だけでダンシングをし出した。「体幹で支えられるとこんな事もできちゃいます」。さらに“曲芸”は加速し、片手だけでダンシングをし出した。驚愕を隠せない私に監督は「簡単ですよ!だって体重がハンドルに乗ってないから」。

 さすがに片手ダンシングはできないので“指だけダンシング”に挑戦するものの、体幹の支えが弱い私には上手くできなかった。後に固定ローラーで練習し、指だけダンシングはようやくできようになったが、片手ダンシングは未だに怖くてできない。

千切れさせてもらえない苦しさ

 ダンシングの指導が終わってしまい、いよいよ地獄が幕を開けた。先行していた「ケイデンス100」組と合流すると、才田直人選手の鬼引き巡航が始まった。宮澤監督から教えてもらった腰を入れるペダリングで必死についていく。ケイデンスは120を超えた。トルク形だった私はこんな高ケイデンスで坂を上るのはこの時が初めてだった。さすがに心肺機能が悲鳴を上げ始め、千切れ始める。

 すると私の後にいた中里仁選手が「ヨップ!ヨップ!」という、何やらヨーデルの様な掛け声を上げた。するとそれを聴いた才田選手は少しだけ強度を緩める。そして回復を待ち、また少しずつ上げる。なるほど…プロの方々はこういうシステムでトレインを崩さず練習するのか…と感心すると同時に青ざめる。待てよ…これは「千切れさせてもらえない」ということではないか!

逃げ場のないトレイン。生き地獄とはこのこと!

 新城幸也選手とのタイ合宿も過酷だったが、ある意味、千切れるのは勝手だった。しかし今回は千切れさせてもらえない…これはタチが悪い!新手の過酷さだ!ここは山奥、もちろん信号などない。前後をプロに挟まれ、ずっと高強度の拷問を受け続けなければならない!そう、逃げ場がないのだ…。

 最大心拍を越えて猛烈にキツくなってくる…。しかしケイデンスが落ちるとヨップ!少しでも千切れるとヨップ!ヨップ!ヨップ!生き地獄とはこの事だ。

 そんな最中でも監督は「ハンドルに乗らない!腰で上半身支えて!」と激しくアドバイスしてくる。もう腰が限界だ!苦し過ぎる!千切れたい!どうにかして千切れる事はできないものかと思った瞬間…神が舞い降りた。

 「プシュー!!」という音と共に後輪がパンク…私は見事に小石を踏んだのだ。決してわざと踏んだわけではない。小石さんありがとう。中里選手の「ヨップ!」の掛け声は「パンクー!」に変わり、集団のスピードが緩み、私の心拍も穏やかに。私にとっては恵みのパンクだった。

 これでしばらく休めると思いきや、プロの合宿ではいちいちパンク修理などしない。サポートカーに積んだホイールごと交換するのだ。換えのホイールなど持っていない私は宮澤監督の高級ホイールをお借りする事に。有り難い話だが、本音はゆっくりパンクを修理し、少しでも脚を回復させたかった…。

赤い水玉ジャージを恥じた瞬間

 あっという間に恵みのパンク休息は終わり、トレーニング再開。またすぐに強度が上がって行く。強度と共に勾配もキツさを増す。ギアを軽くしようとしたが変わらない…。「しめた!今度は恵みのメカトラか!」と思って、スプロケに目を向けた瞬間、我が眼を疑った。すでにインナーロー…。ギアがない…。お借りした宮澤監督のホイールはギアが25Tなのだ!当たり前だ。世界の宮澤が32Tなどの乙女ギアを付けるわけがないのだ。

 こうなるともう高ケイデンスは無理だ。かといって踏める脚もない。ダンシングするも力が入らずしっちゃかめっちゃかな走りに。これにはさすがの中里選手も「ヨップ!」とはいえず、集団は崩壊。自分のペースで頂上を目指すことになった。

 それでも何とか数分遅れで山頂には着けた。慌てて補給食を貪り喰う…。しかしプロの方々の休憩は短い。才田選手の「ここからは下り基調ですよ」と仏の様な笑顔。「よし!峠は越えたか」と安堵した私がバカだった…。確かに短い下りはあるものの、その後はお約束の上り返しの連続!アップダウン…。そう、一番脚を削られるやつだ!

 才田選手の嘘つき!と思ったが、才田選手は下り「基調」といったものの、「下り」とはいっていない。サイクリストは時に楽な方、楽な方へ都合よく解釈してしまう癖がある。

 アップダウンでのインターバルを何度繰り返しただろうか…。それでも徐々に下り、ようやく待ちに待った平坦へ…。もはや“坂バカ俳優”とは思えない言葉だ。赤い水玉ジャージを着ている自分を恥じた。

 しかし平坦になったからといって強度は全く落ちない。もう限界すれすれだった私は思わず「ずっとこのペースなんですか?」と監督に質問した。すると監督は「強度落としたらトレーニングにならないですからね、上げることはあっても下げることはないです」と、笑顔で返してきた。ごもっともだ。ごもっとも過ぎて意識が飛びそうになった。

そのとき神は舞い降りた

 平地でも猛烈な巡航スピードが容赦なく続いた。普段街中であれだけ煩しい信号が恋しくなる。そしてそれはすぐ「なぜ信号がないのだ」という怒りに変わる。限界だ…。私はプロでも何でもない、ただの坂バカなのだ。

キツさから逃れるために神に祈り続けるしかない筆者

 もう何も残っていない、またもや千切れ始める。すると後方から再び「ヨップ!」が始まった。力を振り絞り集団に戻ろうとするが、なかなかなか戻れない…「ヨップ!」

 神様助けて下さい…「ヨップ!」

 もう限界です…「ヨップ!」

 奇跡よ舞い降りろ……「プシュー!」

 この日の私は神がかっていた。けたたましいパンク音と共に今度は‟ヨップ”中里選手の後輪がバースト!断っておくが、これらは全て長野で実際に起こったことなのだ。私は全身の力を振り絞って腹の底から前方へ叫ぶ。「中里選手、パンクでーっす!!」歓喜の叫び!頭の中でベートーベンの“第九”が流れた。

どうにかゴールの善光寺に到着。このとき感じた安堵感は今も忘れられない

 パンクのため集団は緩み、近くのコンビニへ。有り難い事にサポートカーは少し離れていたため、その間にアイスを買って貪り喰うことができた。中里選手のパンクにより何とか回復した私は、その後の鬼引きにも耐え、ようやく信号がある長野の市内へ。信号が現れた時の安堵感は、今でも忘れられない。ゴールは善光寺。参道まで続く坂道で最後のスプリント!もちろん最下位だったが、最後にプロのスプリントを間近に観ることができた。ゴール後は悦びや達成感というよりも、ただただ高強度のトレーニングが終わったという解放感だけだった。

宮澤監督「選手たちも苦しい」

 憔悴しきった私に監督は言った。「猪野さんもキツかったかも知れませんが、選手達もキツいんです。強い選手は楽に走ってると思われがちですが、300Wで走り続けるには300Wの苦しさがあるんです。その苦しさに耐える耐性があるだけで、苦しくないわけではないのです」。この言葉を聞いて、パンクで一喜一憂してしまった自分がとてつもなく小さく思えた。

苦楽をともにした「レモネード・ベルマーレ」の皆さんと同じ釜の飯をいただく

 トレーニングも終わり撮影も終了。ホテルに戻って冷たいシャワーを浴びてゆっくり休んで下さい、というのが普通の流れだが、『チャリダー』の場合そうは行かない。夜はトレーナーさんも合流して地獄の「筋膜リリース」の撮影が待ち受けていた。初夏の長野の夜に私の悶絶する叫びが響いたのはいうまでもない。

 この壮絶な筋膜リリースの話も、またいつか書かせていただこうと思う。

(写真提供:NHK/テレコムスタッフ)

猪野 学猪野 学(いの・まなぶ)

俳優・声優。自転車情報番組NHK BS1『チャリダー☆』(毎週土曜18:00~18:25)にレギュラー出演し、「坂バカ俳優」という異名で人気を博す。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる。ウェブサイト「マナブログⅡ

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