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つれづれイタリア~ノ<103>日本人選手が世界へ羽ばたくために NIPPOの大門宏監督インタビュー<後編>

by マルコ・ファヴァロ / Marco FAVARO
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 長年にわたりイタリアと日本を結んできた、UCIプロコンチネンタルチーム「NIPPO・ヴィーニファンティーニ」の大門宏マネージャー兼監督のインタビュー後編をお送りします。選手に非常に厳しいと知られる大門監督ですが、彼の生き方と哲学を通じ、日本のプロ・ロードレーサーのあるべき姿について伺いました。第一線で戦う人の話には感心するばかりです。

選手とコミュニケーションをとるNIPPO・ヴィーニファンティーニの大門宏監督 ©NIPPO Vini Fantini

日本人選手をチームに誘うジレンマ

――今はNIPPO・ヴィーニファンティーニの監督として活動し、イタリアと日本を結ぶ仕事をしている立場として、イタリアで得た経験をどうやって日本に伝えたいと考えていますか。

大門監督:海外に単独で冒険に行かれた方には理解していただけると思いますが、「連れて来てもらう」のと「自ら乗り込む」のは根本的に全く違います。過去NIPPOは、イタリアだけではなくフランスやベルギーにも拠点を構えカザフスタンやロシア、ポーランド、南米、オーストラリア、南アフリカなど多くの選手を受け入れて来ましたが、彼らの姿勢は「強くなりたいからココに来た」「自国に帰っても仕事がない」と身体全体からみなぎるオーラがあり、ハッキリしていて言動も積極的でした。

 一方、私にとって肝心な日本人選手は、誘われたり、声を掛けられるのを待ってる子が圧倒的に多い印象が強いです。私は簡単に「平和ボケ症候群」と呼んでいますが、決して他人事ではなく事態は結構深刻です。人から声を掛けられるのを待っているうちにチームメイトからも抜かれチャンスがどんどん遠ざかっているイメージです。選手だけではなく、メカニックにせよマッサージャーにせよイタリアでは日本でいう塾や専門学校のように手取り足取り教えてくれる環境は存在しません。まさにドイツのマイスターの修行の精神「観て盗む」が基本なんです。

 ヨーロッパに来れば自動的に強くなれると思い込んでいる選手も多いと思いますが、日本で見守っている家族や応援している人達も、そういう基本的な部分で勘違いされているんじゃないかと思うことも多いです。そういう「待ち」の姿勢は、海外に飛び出して学ぶ側に立たされた場合すごく損してしまいます。ですから、学び取ることに積極的な海外選手を尻目に、ボーっとして「何も教えてくれませんでした」との思い込みが空回りして、消沈してしまってる日本人選手が多いんです。個性がないというか、日本での家族や学校からの教育方針も影響してるように思います。

――直談判に来る選手はいないですか。

大門監督:いますが単にヨーロッパのレース、ツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリアへの憧れが強過ぎるだけの若者も多いです。「稼ぐためにヨーロッパに来た」と眼が燃えている外国人と比べると、どうしてもインパクトが弱いですね。大概の日本人はTVのツールやジロなどの情報から思い描いていた華やかな美しいイメージと現実のギャップに苦しむことになります。価値観の誤解が本当に多いのは、我々の活動だけでは、どうすることもできず歯痒い課題です。

――日本人選手が強くなりたいと思っていないということですか。

チームミーティングで選手たちに指示を送る大門監督 ©NIPPO Vini Fantini

大門監督:ロードレース(自転車競技)=プロスポーツという意識が日本の一般社会で常識的ではないことも原因だと思います。身体能力に自信を持ってる子は、まずメジャースポーツを選択し家族も後押しするのは自然の流れです。日本で言えば屋外競技だと野球やサッカー、屋内だと柔道、バレーや競泳でしょうか。あと日本人はオリンピックスポーツが大好きです。

 私が現役を辞めてイタリアで日本のナショナルチームの手伝いをしている頃、ちょうどオーストラリアのナショナルチームもイタリアに基盤を築き上げていた頃でした。ある日バナンコーチ(元オーストラリアナショナルチームのトップ、現オリカのチームマネージャー)から慰められたことがありました。「日本は体操、水泳、バレー、マラソンなど多くのオリンピックスポーツが強い。でもオーストラリアはほとんどメダルを取れる強いスポーツがない。自転車競技はマイナーだけど強ければオリンピック委員会も注目してくれる。国のメジャースポーツの上位が入れ替わる事はないもんなんだよ、マイナーなのが強い選手が育たない原因って考えているんだったらオマエの国じゃ大変だろ」とハッキリ言われました。今でも、その時の会話を思い出しますが、マイナースポーツをメジャーにする事が強い選手が出てくる確率に直結すると勘違いしている人は日本にも多いと思います。

勝てる選手は「いつの日か出てくる」

――それでは、日本の自転車の未来はないですか。

大門監督:私が監督・チームマネージャーとして感じるテーマは2つあると思います。ひとつは競技人口が少ない中でチャンピオンが生まれる確率の問題があると思います。イタリアは毎年1万人が自転車競技を始めて10年で10万人の中からタレントが出てくる可能性があります。一方日本では、自転車ロードレースで世界ランキングで勝負してチャンピオンになりたいという強い気持ちを抱ける若者は年間でも多くて5人程度でしょう。

 世界ランキングを真剣に目指す資格を有する選手は10年で50人いれば良い方だと思います。イタリアの現状と比較するならチャンピオンが生まれる確率は単純に見積もっても0.05パーセント以下です。現場に来て頂ければ、もっと鮮明に理解して頂けると思いますが決して甘い世界じゃないんです。これは日本だけに当てはまる事ではありません。ヨーロッパ以外の国々にも当てはまる現実だと思います。そういう確率だから諦めますか?環境整備は無駄ですか?私はそう思いません。継続しなければ絶対に生まれません。

 突然変異を期待している訳ではありませんが、(ペテル・)サガンの母国スロバキアもヨーロッパのロードレースのマイナー国です。彼は決して整った環境の中で自転車を始めた訳でも、もちろん英才教育を受けた訳でもありません。たまたま自転車をやっていただけで、彼の天才的な身体能力からすれば他の種目をやっていても世界チャンピオンになれた可能性は高かったであろうと言われています。

 一方イタリアで(ヴィンチェンツォ・)ニーバリが注目されていますが、現状スターと言える選手は彼だけです。そしてニーバリの下には5、6人のランキング上位の選手をはじめ数多くのイタリア人選手がいます。悲観的な論理を説いている訳ではありませんが、日本から、ツールやジロで勝利できる選手が出てくることが奇跡的な確率であることはご理解いただけると思います。

 私の現役時代は市川雅敏さんらがトップレベルで活躍していましたが、新城幸也も別府史之もこの中から生まれた選手だと思います。日本のスポーツファンの関心度、価値観から見ても、次の新城、別府はそんなに簡単に出ないと覚悟しています。私が生きているうちには出て来ないと言っても決して言い過ぎじゃないでしょう。

 継続するのも手強い要因、難題は山積みですが、自転車ロードレースで世界ランキングで勝負できる日本人プレイヤーが生まれてこない原因が今の日本の社会には多いです。それに過酷なスポーツにも関わらずロードレースのワールドツアー選手のサラリーは、他のプロスポーツと比べて安いので、志す動機付けが難しい。クリス・フルームでさえ、サッカーや野球のトッププレイヤーと比べて給料が低い。

大門宏監督(左) ©NIPPO Vini Fantini

 もう1つは日本の一般スポーツファンには応援スタイルが難しい点です。取り組み姿勢を簡単に説明するのが困難なのです。UCIのルールが難しいことも影響しています。

 例えば、オリンピックを見据えて取り組んでいるUCIポイントの獲得課題。正直、イタリア人運営陣にその意味、価値を理解させることはすごく困難でした。当たり前の価値観ですが、NIPPOのようなプロコンチネンタルチームを運営する上でイタリアのスポンサー、イタリア人監督、選手は、優勝する事が目標で、2位以下は負け、誰も喜びません。

 現在の世界ランキングの上位の常連のイタリアに置いて、世界選手権の参加枠に関わるポイントなど我々のチームに所属するイタリア人選手は意識していないのが普通です。簡単な話なのですが、ワールドツアーチームに所属しているトップレベルのイタリア人選手達が世界選手権出場などに必要なポイントを獲得しているからです。一方我々の日本人選手にとってポイントの獲得はある意味、死活問題です。

 今の日本は、世界選手権やオリンピックに出場できて当然と言う状況ではありません。ハッキリ断言はできませんが東京オリンピックでも開催国枠はないと覚悟しています。ですから今はこれまで以上にアジアでもヨーロッパでも世界レベルで勝負できる日本人が時には味方の外国人選手と協力してポイントを積んで行く事は本当に大切な事です。

 通常イタリア人から見れば全く価値がないとも言える10位や20位と言った順位に「死に物狂い」になる事がチームの作戦にも求められている訳ですが、そういったシフトをチーム内に統制させるのは簡単ではありません。

 本来のロードレース発祥の地であるヨーロッパで、チームの作戦として10位に目標を定めている事はないと断言してもいいでしょう。もちろん、ロードレースの特性上どのチームも勝てないことの方が圧倒的に多いのですが、作戦に置いて勝つ事以外が最優先されることはありえません。特に球技とか他のスポーツ競技だと例え優勝できなくてもベスト4とかベスト16、ベスト10というわかりやすい評価基準、目安もありますが、自転車競技だとそういう目安がありません。100人同タイムというリザルトも一般の人には理解し難いでしょう。自転車競技は客観的に考えれば考えるほど解りにくい競技だと思います。

 新城選手の実力がズバ抜けているとしてもアシストとして60位だとか150位になったとか、一般のスポーツ記者なら誰も飛びつきません。残念ながらマラソンの順位と同じように考える人も実に多いのが現状です。普通のスポーツファンからすれば、ロードレースが余程好きにならない限り新城選手の本当の凄さが伝わらないと思います。

 日本で放映されるTVの影響もあり意外と自転車ファンの中でも勘違いしながら楽しんでいる方々も多くて、本当に理解している日本人のファンはほんの一握りだと思います。サッカーの場合、テレビに映らなくてもチームが勝利を挙げれば、ベンチに入った選手も含めて全員が勝者です。とても解りやすい。

 一般的評価としてロードレーサーでは着順が全てです。実績としてアシストポイントが残る訳でもありません。そういう意味では、一般向けではないし、説明が難しい競技です。

ツアー・オブ・ジャパンで来日しファンと交流したNIPPO・ヴィーニファンティーニ ©NIPPO Vini Fantini

――大門さんの言動を伺っていると、日本のロードレースファン、日本人選手には先真っ暗なコメントが多いように見受けられますが、これだけのエネルギーを掛けて継続する原動力は一体なんなんでしょう?

大門監督:いつかツールやジロで活躍し勝てる日本人選手が生まれると確信しています。僕がイタリアに行き始めた80年代は何人かの日本人に影響を受け大変勇気付けられた思い出があります。

 イタリアに旅立つ前から、モトGPは好きだったので片山敬済のヨーロッパでの活躍には憧れていました。もう1人はアルペンスキーで活躍していた岡部哲也です。当時日本で、彼の事を知っている人はいませんでしたがイタリアではファンクラブがあるほどの人気振りでした。F1GPでのホンダの活躍にも多いに刺激を受けて、本田宗一郎氏の本だけでなく、現場で様々な困難と必死に戦っていた中村良夫メカニックの本は読み漁っていましたね。

 どの方々も日本のパイオニアともいえるプロスポーツマン、企業戦士ですが、当時圧倒的に独走していたヨーロッパ勢力に殴り込みを掛け凄まじい努力で差を詰めて行ったサクセスストーリー、不屈の精神論には実に勇気付けられました。

 驚いた事に、私の周りにいたイタリア人も、当時イタリアで活躍していた日本人を例に、私の事を励ましてくれたのです。「お前も日本人だから必ずできる」と…。イタリア人って他のヨーロッパの人達より日本等海外の歴史に詳しい人が多いんです。第二次世界大戦から東京オリンピックまでの復興の奇跡も彼らの口から語られるとは夢にも思いませんでしたが、我々日本人には、何か他の民族とは違う特別な遺伝子が宿ってると信じています。

選手自身が成長するための努力を

――今の説明だと、日本の社会を反映しているみたいです。今の人たちはハングリー精神が欠如しているというか。

大門監督:今の平和な日本では何の不自由もなく、そういう精神は根付きにくいです。精神論を唱えるだけじゃ絶対ダメです。歴史を振り返ってもアジアは基本的にヨーロッパの植民地だったので、日本人も欧米からバカにされる時代がありました。全てにおいて上から目線で「奴隷に何ができるか」と…しかし、今の若者達は、そう言う感覚は麻痺しています。昔の日本人は不屈のパイオニア精神が支えに、「オマエらなんかに何ができる!」と欧米から屈辱を受けた人々が「何クソ!今に見ておれ」と奮起し今のホンダやトヨタをゼロから築き上げました。儲かるからやるとかいう単純な理屈ではありません。

 NIPPOが活動の場をヨーロッパに求めてから、当時フランスを拠点に活動していた水谷壮宏をエースとしてサポートするためにクレルモンフェランの拠点を移したシーズンがありました。クレルモンフェランと言えば当時ミシュランの本部、メイン工場があり街全体がミシュランでなりたっていました。正に世界を股にかけ君臨していたフランスを代表する大企業でしたが、我々が拠点を構えた丁度同じ時期に多大な投資力でヨーロッパ全土に殴り込みをかけたのが日本のブリヂストンタイヤでした。

 僕も当時の事は覚えていますが、工場閉鎖など深刻な失業問題も抱えブリヂストンに対する街全体の嫌悪感は半端ではありませんでした。まるで真珠湾の様に卑怯者扱いでしたが、自分たちが劣っているとは決して思いたくない雰囲気が蔓延していました。でもブリヂストンの営業マンの苦労話を聞く限り、市場を開拓する上でF1GPからもありえない法外なスポンサーフィーを請求されるなど、相当な理不尽な扱いを受け続けて相当苦労した逸話は有名です。

 我々の活動とは直接関係はありませんが、こういった日本の企業戦士のサクセスストーリーは同じ日本人としてとても励まされ勇気付けられました。決して今の若者に押し付けたいとは思いませんが、こういった先人の残した逸話は今でも僕の心の強い支えになっていることは確かです。

 最後にひとつのエピソードを紹介します。まだ私が現役時代ある日、イタリアだったか南スイスだったか記憶は確かではないのですが、トレーニングの途中で、山奥の小さな街の噴水で水をくんでいたら腰の曲がったおばあちゃんが通りがかったんです。自分が日本人だと知るやいなや「Nakano Koichi知っているか?Nakano Koichi知っているか?」とまるで友達であるように聞いてくるんです。それには驚き、すごく感動したことを覚えています。なぜなら日本の首相の名前すら知らないであろう田舎のおばちゃんが10連覇の偉業を成し遂げた中野浩一という名前を鮮明に覚えていたからです。

 世界で活躍した中野浩一さんの偉業は、当時母国日本よりヨーロッパで高く評価されていましたが、あの日の些細な会話は自分にとって衝撃的な事件だったのです。前述したように日本の野球界にはロードレーサーより遥かに稼ぐ億プレイヤーが少なくありませんが、例え大リーグで活躍したとしても決して世界的に有名なスポーツ選手にはなりえません。例え世界チャンピオンにはなれなくても世界ランキングのレースで活躍すれば世界中の人に名前を覚えてもらうようなスポーツが、プロの自転車ロードレースだと確信しています。それこそが人間の1つの「価値」プロロードレーサーの特権とも言えるでしょう。そう言う意味でも自転車競技は素晴らしいプロスポーツだと思います。これからも世界レベルを目指す若者には、強いチャレンジ精神も抱きながら、そういった様々な人間としての価値観も忘れず頑張って貰いたいと思っています。

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ

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