初開催「奥松島グループライド&ハイキング」最年長86歳が思い出の奥松島へ、ツール・ド・東北で初のグループライド「90歳まで走リ続ける」

by 澤野健太 / Kenta SAWANO
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 3721人が参加し、盛況に終わった「ツール・ド・東北」では最年長86歳で初のグループライドを満喫した男性がいた。3度目の出場で、昨年ロードバイクを購入した石巻市の伊東隆さんは、9月16日に初開催された「奥松島グループライド&ハイキング」に参加。思い出の地・奥松島を走るために初のグループライドに挑戦。過去の記憶をたどりながら、子供や孫の世代とのライドを満喫した。

石巻から奥松島に向かって快走する伊東隆さん Photo: Kenta SAWANO

「生きててよかった」

女性サイクリストに囲まれてスタート! Photo: Kenta SAWANO

 「生きててよかったな~」。静かな入り江にたくさんの松が生えた島々が浮かぶ名勝「奥松島」を横目に走りながら、伊東さんはつぶやいた。昔何度も子供を連れて海水浴に来たという地をロードバイクで走る。さらに自分より、一回り、二回り、三回りも若い人たちと隊列を組んで走ることが楽しくてしょうがない、とばかりに笑顔で軽めのギアをリズムよく回した。

 今年からツール・ド・東北のコースに加わった「奥松島グループライド&ハイキング」。このコースは絶景を楽しむだけでなく、震災の状況を深く説明する地元の「語り部」の皆さんの話を聞いたり、JR旧野蒜駅の駅舎を改修した震災復興伝承館など震災について走りながら学べることも魅力の一つだ。

84歳、交通事故で陸上競技から自転車へ

 伊東さんがツール・ド・東北に出場するのは3回目。4年前に交通事故でアキレス腱を痛めてから大好きな陸上競技を断念し、スポーツバイクに乗るようになった。若い頃は陸上競技・長距離種目の選手で、青森東京駅伝(のちの東日本縦断駅伝)に4回出場。交通事故まではマスターズなどの大会にも出場していたという。

86歳になっても「勉強することばかり」と自転車を楽しむ伊東隆さん Photo: Kenta SAWANO

 ケガを機に一般自転車からクロスバイクへ乗り換え、2015年は女川・雄勝フォンド(60km)で「ツール・ド・東北」に初出場。翌2016年は北上フォンド(100km)とステップアップした。いずれも完走したが、上り坂で足をついてしまったのが心残りだった。昨年85歳にして初めてのロードバイクを購入。今では週3日、朝に50kmを3時間ほどで走ることをルーティンにしている。これまで石巻郊外の田畑の間をいつも一人で走っていた。

 グループライドに参加して1人で走るのは初めて。「今までいつも一人で練習するか、「ツール・ド・東北」を娘と走っていたから、知らない人と一緒にグループで走るのは楽しみだね」と86歳にして初めての体験を心待ちにしていた。

お世話になった先輩を偲ぶライド

野蒜周辺は、奇岩が隆起したままの風景が楽しめた Photo: Kenta SAWANO

 石巻をスタートして軽快に国道45号線をほかのサイクリストと談笑しながら軽快に走っていたが、震災当日津波が逆流した鳴瀬川沿いに野蒜地域に入ると、幾分口数も少なくなってきた。ここから先、奥松島と呼ばれる野蒜海岸や宮戸島のある東松島市は、死者1110人、行方不明者24人という被害が出た地域(平成28年1月13日時点、東松島市発表)。「お世話になっていた仲の良い先輩が大震災で、今回のコースの途中にある自宅で津波に流されてなくなったから弔うためにも走りたかった」と参加の理由を教えてくれた。

 当時の国鉄(現JR東日本)に入り、社会人になったときからずっとお世話になった先輩の五十嵐巌さんが、野蒜駅の付近の自宅で夫妻で津波に流され亡くなった。当時、石巻から一般自転車で何度も駆け付けたが、それ以来の訪問になるという。「ずいぶん片付いたけれど、何もないのは当時と変わらないね」と感慨深い様子だった。野蒜海水浴場は、美しい松の林の囲まれ、仙台や石巻から大勢の海水浴客が集まる海だったが、松も家もほとんど流され、家も再建築が禁止。高台への移転が進んでいる。

復興途中の野蒜海岸付近を一列に走る Photo: Kenta SAWANO

「昔と変わらない」奥松島の海水浴場

「子供を連れてよく来た」という月浜では青々とした海を見ながらストレッチ Photo: Kenta SAWANO

 そんな再開発中の野蒜海岸を一列になって走ると、いよいよ奥松島のメーンでもある宮戸島へ。アップダウンを繰り返し海沿いに出ると、人気の観光地「松島」よりも人が少なく、静かな海には、よりダイナミックな岩肌の島々が見えた。

 折り返し地点の月浜は海水浴場でもにぎわった美しい白い砂のビーチ。「このへんは震災までは民宿がいっぱいあって、道も細く夏は賑わっていたね。子供を連れて良く泳ぎに来ました。民宿はだいぶ流されたようだけど、きれいな海は変わらないね」と思い出した。多くの民宿が流されたが、すでに数軒が復活していた。

エイドステーションでは、周囲から声をかけられ人気者の伊東隆さん Photo: Kenta SAWANO
初めて一緒に走る参加者との会話を楽しむ Photo: Kenta SAWANO 

 2カ所目のエイドステーションとなる大高森の復興再生多目的施設「あおみな」では地元特産の海苔を使った「サラダのりうどん」で栄養補給。そのまま、クライマックスとなる大高森へのハイキングへ進んだ。「大高森」は松島四大観の景勝地。標高105mまで一気に土の斜面を上るハイキングコースだ。最初は元気に上っていた伊東さんだったが、半分ほど上るとさすがにペースダウン。「昔はなんともなかったけど、今日はヒザにくるね。年を取ったな」と苦しい状況も笑顔で頂上まで上った。展望台からは奥松島や、松島の島々を見下ろせる大パノラマが広がっていた。

東松島の渥美巌市長からエードステーションで「のりうどん」を受け取る Photo: Kenta SAWANO
すでに50㎞近く走りながら、大高森までのハイキングコースを上る Photo: Kenta SAWANO
「奥松島グループライド&ハイキング」で大高森から松島の絶景を見ながら語り部の話を聞く Photo: Kenta SAWANO

国鉄時代に仕事した野蒜駅へ

東日本大震災が起きた午後2時48分で止まった時計に見入る Photo: Kenta SAWANO

 大高森から石巻へ戻る途中、もう一つの見所である旧野蒜駅の震災復興伝承館へ向かった。語り部による震災の説明を聞いた後、館内の展示に見入った。震災発生直後の午後2時48分で止まった時計を見ながら、「感慨無量だね」と話した。伊東さんはJRが設立するまで40年間、国鉄に勤務。仙石線や東北本線の架線など補修する電気関係の仕事に就き、2年間、野蒜駅にも勤務していた。「昔は有人駅で、海水浴シーズンは凄い人だったね」と震災前の駅舎を思い出した。

「震災復興伝承館」として活用されている旧野蒜駅で語り部の話を聞く Photo: Kenta SAWANO
「震災復興伝承館」で展示を丁寧に見る伊東隆さん Photo: Kenta SAWANO Photo: Kenta SAWANO

高台の新しい町へヒルクライム

野蒜の高台にできた住宅街まで必死にヒルクライム Photo: Kenta SAWANO

 旧野蒜駅を後にすると、高台に新設された新野蒜駅まで長い上り坂が待ち構えた。座ったままバイクにしがみつくように、ペダルを漕ぐ。ライドリーダーから「もっと軽いギアのほうが楽ですよ。まだまだ軽いギアがあるから」とアドバイスを受けると「おおそうか。ありがとう」と言ってギアを軽くし、高台にできた新しい町にたどり着いた。「きつかったけど、足をつかなかったよ。これまでの2回は足をついてしまったから進歩だね」と満足そうだった。

 石巻までの帰りは平坦だったが、信号で止まることも多く、ストップ&ゴーを繰り返した。86歳の伊東さんには足に疲労がたまってくる頃だろうと尋ねると「まだまだ行けるよ。もっとスピードをあげてもいいくらいだよ」と元気な声が返って来た。

最後までスピードを緩めず、制限時間内にゴールした伊東隆さん Photo: Kenta SAWANO

「自転車は楽しい」

 午後5時近くになり、石巻専修大のゴールにスピードを緩めることなく元気にゴール。すぐに娘の沙代美さんが駆け寄って頑張りをたたえた。

 伊東さんは「ふだんのんびり自分のペースで走っているので、他の人にペースを合わせるのはとても勉強になった。信号で止まったり、また発進するときに、スムーズにみんなに合わせるのも楽しかった」と余裕の表情だった。

“会長”と伊東隆さん(中央)を慕う市川信人さん(左)、大江勝則さんと記念撮影 Photo: Kenta SAWANO

 「何度も言うけど、今日まで生きてて良かった。自転車は楽しいと心から思えた。若い人たちと知り合いになり、話ができる。震災を思い出しながら走れたのも良かった」と3度目のツール・ド・東北を振り返った。

 一緒のグループで走った市川信人さんと大江勝則さんは特に約束はしていないが、毎年同じコースを走り伊東さんを敬意を込めて「会長」と呼んでいる。「会長は、86歳を迎えてまだまだ前向きに走っているところが凄い。僕たちのレジェンドです」と声をそろえた。

完走証を手に娘の牧野沙代美さんと記念撮影 Photo: Kenta SAWANO

 86歳にして3年連続3度目の完走。でも伊東さんは満足はしていない。「ギアの使い方はまだまだ勉強が必要だと分かった。これまでの2回は足をついてしまったけど、今年は足を着かなかった。来年は100kmに出て足を付かないようにしたい。そして90歳までは出続けることが今の目標。そのためにはもっともっと自転車を練習しないとね」とどこまでも前向きに話した。

 来年の100km完走に向け、伊東さんは石巻郊外で練習を再開している。

※取材費用の一部をヤフー株式会社が負担しています。

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