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親として、復興に携わる者として「石巻を忘れないで」 「ツール・ド・東北」を走って父が娘に伝えたかったこと

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
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 3700人の参加者で盛況に終わった9月17日の「ツール・ド・東北」。友人や同僚と出走する人など、さまざまな参加者が集まる中には親子で参加する人も多く見受けられた。その一組、阿部英之さん(52)と娘の瑞樹(みずき)さん(22)。石巻市出身で現在は千葉県船橋市在住の阿部さんだが、建設会社勤務という仕事柄、4年前から故郷の復興工事に携わっている。被災の復興を見守り続けてきた阿部さんは「石巻を忘れないでほしい」という思いで、5回目という節目を迎えた「ツール・ド・東北」を瑞樹さんと走った。

親子で「女川・雄勝フォンド」に参加した阿部英之さんと娘の瑞樹さん。2人そろって笑顔のゴール。「よくがんばった!」と優しく手を肩に Photo: Kyoko GOTO

被災地のいまと沿岸部の美しい景色を見せたい

 阿部さんが自転車を始めたきっかけは昨年の「ツール・ド・東北」。仕事の関係者に誘われ、参加するためにロードバイクを購入した。数あるコースの中から選んだのは、故郷であり、自分が仕事として復興工事に携わっている女川町エリアを走る「女川・雄勝フォンド」。65kmとビギナーには挑戦的な距離だが、慣れ親しんだエリアを自転車走る楽しさと新鮮さに魅了され、今年も出場を決めた。さらに今年は娘の瑞樹さんを誘った。

阿部英之さん・瑞樹さん親子と、女川復興工事に携わる皆さん(左から、戸田俊介さん、佐藤昭宏さん。写真右、鹿毛量さん) Photo: Kyoko GOTO
65kmの長距離は初挑戦という娘の阿部瑞樹さん。少し緊張の面持ち Photo: Kenta SAWANO

 自転車に限らず、こうしたイベントに親子で参加するのは今回が初めて。誘った理由についてたずねると、「前回の大会での経験が素晴らしかったため、今年大学生活が最後となる娘に被災地の現在と沿岸部の美しい景色を見せたいと思いました」という阿部さん。そして「石巻のいまを見てほしい、という思いも込めてね」と笑った。

「女川・雄勝フォンド」がスタート Photo: Kenta SAWANO

 瑞樹さんはまったくロードバイクの経験はなく、今年の夏に阿部さんのロードバイクを借りて乗ったのが初めて。もちろん65kmは自身の最長距離だ。少し緊張した様子ながら、「去年参加した父の様子が楽しそうだったので、私も今年は出たいと思っていました」とやる気満々。阿部さんがお世話になっている地元建設会社の社長で、今回一緒に走る佐藤昭宏さんから、親子での出走を記念してプレゼントされたというおそろいのツール・ド・東北公式ジャージを着てスタートを切った。

お父さんの英之さんのアドバイスを受けながら安心して走る瑞樹さん Photo: Kenta SAWANO
自分のロードバイクを瑞樹さんに貸し、自身はクロスバイクで参加した阿部さん Photo: Kenta SAWANO

 お父さんのアドバイスをうしろから受けながらペダルを漕ぎ進める瑞樹さん。しかし、心配をよそにビギナーとは思えない快調な走りを見せる。事前に教わったというギアの使い方も初めてにして完璧だ。実は瑞樹さんはスポーツ強豪校で知られる船橋市立船橋高等学校のバレー部出身。運動好きで活発な女性で、「やったことのない自転車にもチャレンジしてみたかった」というのも参加した動機の1つだったという。

家族や親せきの声援に応える阿部さん Photo: Kenta SAWANO

 次第に沿道からの声援にも手を振って応えたり、イベントを楽しむ余裕も生まれてきた。19km地点にある1つめのエイドステーション(AS)は阿部さんが復興工事を手掛けるエリア。仕事を通して知り合った人たちも多く、あちこちから「がんばって」と声をかけられる阿部さんに、普段の人柄が見える。震災後に一度この地に訪れたことのある瑞樹さんも「景色がずいぶん変わったね」と、生まれ変わった女川駅の写真を撮ったり震災前後の変化に目を向けていた。

女川ASでさんまのすりみ汁を堪能する阿部英之さんと瑞樹さん Photo: Kyoko GOTO
「駅が新しくなったね!」と女川駅をバックに記念写真を撮る瑞樹さん Photo: Kyoko GOTO
女川ASでサイクリストを出迎えていた須田善明・女川町長(中央)と Photo: Kyoko GOTO
応援に来ていた仕事仲間の木村聡さん(写真左)。仕事を通じて地元の知り合いも増えた Photo: Kyoko GOTO

ここに生活があった

現場でいまも行われる女川の復興工事 Photo: Kyoko GOTO

 震災当時、石巻市渡波(わたのは)にあった阿部さんの実家は1階が津波で浸水したが両親は2階に上って無事だった。発生直後、家族に「危ないから来るな」といわれたが車で実家まで駆け付けた。家族は皆無事だったが、親戚を数名亡くした。

 津波が引いたあとの町からは、そこにあったはずの「生活」が跡形もなくなっていた。無になった故郷を目の当たりにし、悲しみにかられながらも「今こそ自分の出番だ」と思った。建設業で培った経験のすべてを、故郷のために注ぎ込もうと意を強くした。

阿部さんが復興工事を手掛けている女川エリア Photo: Kyoko GOTO
津波の爪痕がいまは工事現場となって残る Photo: Kyoko GOTO

 女川に復興工事の担当として単身赴任するようになって、現在で5年目を迎える。手掛けてきた高台移転が一段落したことで、自分の中にも一区切りついた。「5年は…早かったですね。震災復興はイレギュラーなことばかりでしたから。時が過ぎるのが早く感じるくらい、がむしゃらでした」と振り返る。

「石巻を忘れてほしくない」という思いで瑞樹さんをツール・ド・東北に誘ったという阿部さん Photo: Kyoko GOTO

 「でも5年間という時間は中学生が大学生になる期間。震災当時高校1年生だった私の娘もいまは大学卒業を控えている。家族にとっては貴重な時間ですよね」と前を走る瑞樹さんに目を向ける。

沿道には大漁旗で作った応援も Photo: Kyoko GOTO
雄勝ASをあとにする瑞樹さん。沿道の応援がとにかく温かい Photo: Kyoko GOTO

 「高台移転も完了したわけではないし、いまなお仮設住宅で暮らす人はいる。引き続き頑張らないと」と使命感を募らせ、「ただ、復興で町が新しくなっても、子どもたちに石巻で起きたことを忘れないでいてほしい。ここに生活があったということをね」と続けた。

アップダウンが続く「女川・雄勝フォンド」。瑞樹さんは持ち前の体力でぐんぐん坂を上っていく Photo: Kyoko GOTO
坂で引き離される阿部さん。「親父の面目丸つぶれですね~」と苦笑 Photo: Kyoko GOTO

自転車の上で同じ思いを

 ゴール手前数kmあたりから瑞樹さんは、「脚がパンパン!もう限界!」といいながらも力を振り絞り、二人そろって見事ゴール。初のロングライド完走に満面の笑みを浮かべる瑞樹さんの肩に、労うように添えられた父としての手が印象的だった。

2人そろってゴール。親子の完走に周囲から拍手が送られた Photo: Kyoko GOTO

 完走後、瑞樹さんは「思ったよりきつくて、久々に自分を追い込みました」とスポーツウーマンらしい感想を述べつつも、「山や海の景色が気持ちよかった。沿道の人の応援も温かくて嬉しかった」と語った。被災地の様子を見た感想をたずねると、「女川を初めて訪れたとき、病院が高いところにある印象だったけれど、周囲に盛り土がされたことで低くなったように感じた。人の力ってすごいと思いました」と語った。

 「無事完走できてよかった。そして娘と走れたことがとても嬉しく、良い思い出になりました。復興の逞しさなど、私が日頃感じていることを娘も感じてくれたと思います」と語る阿部さんに、瑞樹さんも「良い思い出になったね」と笑顔で返していた。

「良い思い出になったね」と父・阿部英之さんに言葉をかける娘の瑞樹さん Photo: Kenta SAWANO

※取材費用の一部をヤフー株式会社が負担しています。

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