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RCCメンバーとのシティライドも異端のスペイン人クラシックレーサー、フレチャ氏 ラファ大阪で語った苦難と喜び

by 腰山雅大 / Masahiro KOSHIYAMA
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 ロードレースの中でも特に過酷な、石畳や荒れた天候が続出するクラシックレースを得意とした元プロロード選手、フアン・アントニオ・フレチャ氏が来日し、大阪市の「Rapha Osaka」(ラファ大阪)で9月15日にトークイベントを開催した。スペイン人にしてクラシックハンターという異端なスタイル、またプロトンの中でも一際人気を博していたキャラクターの彼がどのようなプロ選手生活を送ってきたのかを語った。(取材・腰山雅大)

開始前からファンと交流するフレチャ氏、和かな表情と流暢な英語からリラックスした雰囲気で会はスタートした Photo: Rapha Japan

「クラシックは1日に全てが凝縮」

 フレチャ氏は、かつてファッサボルトロ、ラボバンク、チーム スカイなどトップチームで活躍したスペイン人だ。2007年パリ~ルーベ 2位、2010年オンループ・ヘット・ニュースブラッド優勝など輝かしい成績のほか、2003年には初出場のツール・ド・フランスで大逃げの末ステージ勝利を飾っている。

ラファ・ジャパン矢野大介代表(左)とフアン・アントニオ・フレチャ氏 Photo: Rapha Japan

 トークイベントは、ラファ代表の矢野大介氏が司会を務めるなか、フレチャ氏のキャリアを時系列で紹介する形で進んでいった。2003年のツール、自らの名にちなんだ “弓矢を引くポーズ” があまりに有名なステージ勝利は、プロとして3年目での出来事だった。その時の出来事をこう振り返る。

2003年のツール・ド・フランス第11ステージで大逃げし、「弓矢ポーズ」でゴールするフレチャ氏 Photo: Yuzuru SUNADA

 「休息日の翌日、3時間ほどの短いステージでした。自分を含む大きなグループで逃げが決まって、最終的にその中から飛び出したんです。ゴールへ向かう途中に細い道があったり、集団が追いつきにくいコースが幸いしました」

2003年のツール・ド・フランス第11ステージで優勝し、感無量のフレチャ氏 Photo: Yuzuru SUNADA

 「フレチャという名前は弓矢という意味。ポーズについては、以前からふざけて仲間内で考えてはいて、ツールという舞台で披露する機会に恵まれて良かったです。実はその次の日、個人タイムトライアルで凄く苦しむことになるのですが、私が走っている脇で子供達が弓矢のポーズを真似て応援していたんです。この勝利がとても大きな出来事だったことを理解したのと、辛いステージですごく励みになりました。このポーズを使った機会は多くはありませんでしたが、とても印象的なものです」

 グランツールでのステージ勝利。早くも選手としてターニングポイントを迎えることとなったその後、ファッサボルトロ、ラボバンクという名門チームを渡り歩く彼はクラシックハンターとして過酷なワンデーレースへ標準を定めていった。

 「初めてツール・デ・フランドルやパリ~ルーベを走ったときは本当にショックでしたね。石畳の衝撃が強く、また石畳でも保たなければいけないスピードがとにかく速くて、自分の想像を遥かに超えていました。手はどんどんハンドルから離れていく、強く握り締めれば豆もできるし、足も振動で痛くなって。普通の舗装路に戻っても体の中がずっと揺れている感覚が残っていました」

2005年のパリ~ルーベで3位に入ったフレチャ氏(右) Photo: Yuzuru SUNADA

 「そんな状況に驚き、大変辛い思いをして、と同時にその難しさにすごく魅了されました。辛さの中にも楽しさがあり、レースを重ねる度にどんどん自分が速くなっていくのも感じることができました。グランツールは一定のペースで走ることも多く退屈な時間もありますが、クラシックは1日に全てが凝縮されていて常に気が抜けません。長丁場ですが、レース中ずっと集中していて時間が経つのがとても早いのです。また1年に1度しかチャンスが来ないという難しさが魅力でもあります」

 しかし多くのサイクルロードレースファンがご存知の通り、クラシックを狙うスペイン人というのは非常にまれな存在である。グランツールや山岳地帯で活躍するイメージの国柄であって、なぜ彼はクラシックにこだわったのだろうか。

 「確かにスペイン人と言えばグランツールや山岳地帯で活躍している選手が多いですね。今もクラシックを狙う選手が多いわけではありません。90年代、すでにスペインといえばグランツールにフォーカスされていて、雑誌やテレビでワンデーレースを見かけることは少なかったと思います」

 「けれど私が見ていた放送局では、ミラノ~サンレモなどのクラシックが放送されていて、なんて美しいレースなのだと心を打たれました。雨が降り泥だらけになって、見るからに過酷なそんな場面がかっこよくて。テレビ画面を通じてクラシックに強い憧れを持ち、そのレースを将来自分も走りたいとずっと思っていました。当時からクラシックを狙っているスペイン人は数人しかいなくて、同胞の活躍はグランツールの季節にならないと見ることができなくて寂しかったですね。だからこそ、自分はクラシックで活躍をしたいと思いました」

ライド後にRCCのメンバーと交流するフレチャ氏。彼自信もRCCのメンバーである Photo: Rapha Japan

 春のクラシック、つまり4月からのレースへの準備は、前年の冬からすでに始まっているという。

 「11月の中旬くらいから、春に向けてのトレーニングが始まります。肉体的なトレーニングも欠かせませんが、メンタルのトレーニングが非常に大事。寒さ、悪天候、滑る路面、そういったものに対しての心の準備もしっかり行います。どんなコンディションになっても怯まないようにありとあらゆる状況下でトレーニングを重ねてきました」

集団からの飛び出しは「嗅覚」

 また、フレチャ氏のトレーニングの模様が取り上げられたRouleur Magazine誌について紹介し、「この写真は12月のピレネー、雪山で走るのもトレーニングの一環ですね。当時はラファのウェアがなかったからすごく寒かったですね」と笑いを誘った。また冬の寒さ厳しいライドであっても、彼ならではの喜び方があることを教えてくれた。

雪のなかのトレーニングの模様が取り上げられたRouleur Magazine誌を紹介するフレチャ氏 Photo: Rapha Japan

 「冬は比較的遅い時間に日が昇り、早い時間に日が沈みます。夏ほど長い時間自転車にまたがっていなくても、太陽と共にライドを始め、太陽と共に終えることができるのは非常に良いモチベーションになります。ライドを終え、今日は良い一日だったなと思えます」

 クラシックレースでは、2005年にヘント~ウェヴェルヘム2位、2007年パリ~ルーベ2位、2008年ツール・デ・フランドル3位と入賞が続き、発足したばかりのチーム スカイへ移籍して間もなくオンループ・ヘット・ニュースブラッドで優勝を飾った。

チーム スカイの一員としてツール・デ・フランドルを走るフレチャ氏 Photo: Yuzuru SUNADA

 「チーム スカイにとっても、ヨーロッパの大きなレースでは初の勝利でした。大々的に発足したチームだったので、チームもこの勝利をとても喜んでくれて嬉しかったのを覚えています。(レースの時の映像を見て)最後の20kmでアタック、(フィリップ・)ジルベールも追走してきているような状況でしたね。自分の体力を限界もしくは限界以上に使って、とても苦しい時を過ごしました。人生で一番長い20kmでしたね。苦しみを耐え抜いて勝てたことは自分にとって大きな経験でした」

 彼がクラシックで成果を上げた走り方のひとつに、集団から飛び出し逃げるスタイルが必ず語られる。

 「多くは逃げの集団からさらに飛び出して、結果を出してきました。どのタイミングが最善か、これは嗅覚が全てです。逃げ集団の中にどういった選手がいて、どういった動きが良いか、常に様子を伺っています」

 「優勝したこの時は、ジルベールのアタックに対してカウンターアタックをしました。横風が強く吹いていたと思います。彼は道の真ん中からアタックしましたがうまく彼に食らいつくことができ、その状況でさらにアタックを仕掛けました。あえて道の路側帯まで寄って、自分の風下にジルベールが入れないようにしたんです。たまたまそういうシチュエーションでしたが、ありとあらゆる状況でアタックを狙い、どういう仕掛け方が良いか、ずっと考えながら逃げの中に入っています」

 Photo: Rapha Japan

 クラシックを好む彼の言葉は、常に頭を働かせ、戦略を練りながら次の状況に立ち向かっていく姿勢を強く感じさせた。そんな彼が、この先どのような展望を考えているのか教えてくれた。

 「レーサーという感覚からは離れましたが、これからも自転車には関わっていきたいです。色々な人と関わり、色々な場所を飛び回る、そういう気持ちもあってラファと関わっています。サイモン(・モットラム、ラファCEO)の考え方には共感できるし、自分も一緒に活動して、コミュニティにとって役に立つ活動をしていきたいですね」

トークイベント開始前にファンと写真を撮る。常に笑顔で、丁寧にひとりひとりと接する姿が印象的だった Photo: Rapha Japan

石畳の坂道も走った

 今なおロードサイクリングをこよなく愛すフレチャ氏は、ラファが主宰するRCC(ラファ サイクリングクラブ)の一員でもある。RCCは、世界中にメンバーを有するサイクリングコミュニティで、会員数は1万人を越える。ラファのクラブハウスを拠点としたライドや、国際的な繋がりを生かしたイベントが頻繁に開催されていて「ロードサイクリングを世界で最もポピュラーなスポーツにする」というラファの指針を体現する組織となっている。

大阪市内で有名な石畳の登坂を駆け抜けるフレチャ氏。ファンにとっては堪らないシチュエーションとなった Photo: Rapha Japan

 今回の企画もそういった縁により開催された貴重な機会であった。次の日には予定されていたソーシャルライドも開催。前日から悪天候が予想されたなか、フレチャ氏は笑顔で雨の日のライドを快諾してくれた。大阪市内を巡る20km弱のシティライドに、12人のRCCメンバーがジョイン。中之島の川沿いをアプローチルートとし、石畳で舗装された坂道も楽しんだ。

 クラシックレースを先頭で走り抜けてきたフレチャ氏の話に聞き入り、また雨でコンディションの悪い中を本物のクラシックハンターと一緒に走る、ファンにとっては贅沢なひと時となったはずだ。

大阪の名所を巡るライド、一行はアメリカ村三角公園へ。名物のたこ焼きにもチャレンジした Photo: Rapha Japan
 あいにくの雨ながら12名のRCCメンバーとフレチャ氏で市内ライドを楽しむことが出来た Photo: Rapha Japan
雨予報でスタッフがライドの開催を確認すると、笑顔で快諾してくれた Photo: Rapha Japan

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