スマートフォン版はこちら

「パリ~ブレスト~パリ」日本人記録保持者雨・風・大地と対峙する1400km 超人・三船雅彦さんが挑んだ「ロンドン~エディンバラ~ロンドン」

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
  • 一覧

 7月30~8月3日にイギリスで開催された超長距離ブルべイベント「ロンドン~エディンバラ~ロンドン」(LEL)で完走を果たした元プロロードレーサー・三船雅彦さんのトークイベントが、東京と大阪のラファサイクルクラブで開催された。ロンドンとエディンバラ間を往復する総距離1400kmを制限時間より約20時間も早い81時間で走破した三船さんだが、「目標の72時間には届かなかった」と悔しさをにじませる。フランスの「パリ~ブレスト~パリ」(PBP)で日本人初の50時間切りを果たした超人をして「難しさはPBP以上」といわせるLELとはどれほど過酷なイベントなのか。レースではないこのイベントに、タイムという形で自分との戦いに挑んだ三船さんの体験が熱く語られた。

「LEL」最終日の朝、吹き付ける強風を正面から受けながら力を振り絞る三船雅彦さん ©Rapha

超人の新たな挑戦に集まる注目

8月18日にラファ東京のクラブハウスで開催されたトークイベントの様子 Photo: Kyoko GOTO

 「ブルベ」とはチェックポイントをたどりながら超長距離を走るサイクリングイベント。その中でも最高峰とされる大会が、4年に一度、パリからフランスの最西端にあるブレストまでの約1200kmを往復する「パリ~ブレスト~パリ」だ。三船さんは2011年の「PBP」を53時間16分で完走し、日本人選手の記録を更新。さらに2015年には前回記録を大幅に上回る43時間23分で完走し、日本人参加者としては初めて50時間を切る驚異的な歴代最速タイムを打ち立てた。その三船さんが「LEL」を走るのは今回が初。新たな挑戦とあって、8月18日に開催されたラファ東京でのトークイベントには大勢のサイクリストが足を運んだ。

「LEL」での険しい表情とは異なり、リラックスした様子の三船雅彦さん Photo: Kyoko GOTO
会場には大勢の人が詰めかけた Photo: Kyoko GOTO

 ブルべはタイムや順位を競うレースではないが、「PBP」ではレースだった歴史的背景が残り、今も先頭グループの選手たちはトップゴールを目指してレースさながらの駆け引きとスピードで展開する。その舞台でライバルたちと勝負し、彼らの戦略的な走り方を目の当たりにしてきた三船さんは、2015年の「PBP」でラファジャパン代表の矢野大介さんからサポート協力を得た経験をもとに、今回の「LEL」も同様の体制を整えて臨んだ。

「エディ・メルクス」の「ムーラン69」。「超ロングライドは後半は体力の消耗より内臓が疲れ、衝撃が頭にくる」という三船さん。踏む力が少々逃げても快適に乗れるバイクを選んだ。コンポはバッテリーの充電が不要な機械式を採用 Photo: Kyoko GOTO
フロントライトは2台体制で夜はキャットアイの「VOLT1600」に変えた。「暗闇を見ていると目が反応しなくなるので、明るすぎるくらいがちょうど良い」 Photo: Kyoko GOTO
水とスポーツドリンクを、視野で認識できるよう明確に色分け。余裕がなくなるとボトルのとりやすささえも重要なポイントになる Photo: Kyoko GOTO
視認性を高めるための反射テープを随所に。いかに目立ち、自分の身を守ることが重要 Photo: Kyoko GOTO
ハンドルバーの下につけられていたお守り Photo: Kyoko GOTO

 今回とくに重視した装備は雨を想定したウェアアイテム。「一日の中に四季がある」ともいわれるほど天候が変わりやすいイギリスの雨との戦いに挑むため、三船さんは防寒性、速乾性に優れるラファの「ブルべコレクション」を中心とするウェアアイテムをチョイスした。

雨対策を重視し、厳選したラファの「ブルべコレクション」を中心とするウェアアイテム。防寒性、速乾性などの機能が優れている ©Rapha

「PBP」と似て非なる「LEL」

「PBP」とは打って変わって閑散としたスタート… ©Rapha

 「LEL」は「PBP」と双璧をなすブルべイベントだが、100年以上の歴史をもつ「PBP」とはイベントの規模も会場の盛り上がりも異なる。参加者に一定の走力を求めることもなければ、ヘルメットや反射ベストの着用も必須でないなど参加条件も大きく違う。

 参加者の“走り方”も「PBP」のようなレースさながらの緊迫した空気はなく、集団を組んで走るというよりは三船さんいわく「個々のペースで旅をしている」といった感覚だそう。

ブルべだが、ヘルメットや反射ベストは必須ではない。安全は自己責任という考え方 ©Rapha
DHバーで走っているサイクリストも少なくない ©Rapha

 ナイトライドはせず、夜明けとともに走り出す。時速は全体的にPBPよりも速いが、食事休憩や睡眠に時間をかけるなど「寝食を削ってまで全体のタイムを重視していない印象」とLELとPBPの違いを語った。

PC(チェックポイント)で仮眠をとる参加者 ©Rapha
心配事の1つだったPCでの食事。「まずそうな顔しているけど、エネルギーとしては合格!」と三船さん ©Rapha

ダイナミックに変化する気候と景色

 しかしそれ以上に大きく違ったのは、サイクリストを取り巻く走行環境だった。「PBP」が東西600km往復するのに対して「LEL」は南北を700km移動するため、気候が大きく変化する。夏のロンドンでさえ冷え込む日は10℃を下回るほど。北へと向かう往路は気温低下にさらに冷たい雨が追い打ちをかけ、その気温差に体が敏感に反応した。

1日に5回くらい雨が降り、地面には常に水たまりが残る ©Rapha
スコットランド地方特有の石垣を横目に、細かいアップダウンを行く ©Rapha

 ルート上の地形も、一定の勾配で続くフランスに対してイギリスは激しく勾配が変化する。斜度5%程度の坂を上っていると突然20%の激坂が現れるなど、その繰り返しが急速に脚を削っていった。また「PBP」のルートが幹線道路であるのに対し、「LEL」は県道レベルの狭い道。道案内も乏しく、さらにGPSの電波が届かないエリアもあるため、いざというときのために「CUEシート」は手放せなかった。

 一方で「LEL」は各地の絶景ポイントがルート上に多く通されており、景色の変化から感じる国の違いはまるで旅をしているようで、三船さんは「ひたすら目的地に向かって突き抜けるPBPでは得られない感覚だった」と振り返る。

©Rapha
©Rapha
「キャッスルハワード」のゲート。歴史的建造物が多く、間接的に観光をしているよう ©Rapha
歴史ある校舎などがPCとして使われていた ©Rapha
2日目の夕方、豪雨の最中に雲の切れ間から夕陽が現れ、幻想的な風景に ©Rapha

成功のカギを握るウェア選び

 小さなストレスの積み重ねがじわじわとダメージを与えてくる行程で、身を守ってくれたのはやはりウェアアイテムだった。

予測するまもなく繰り返し降り、時に激しくなる雨に対してはしっかりと防水性能を持つレース・ケープが必需品となった ©Rapha

 とくに気温が落ちる朝方に必須だったのがラファの「ブルべインシュレーティッドジャケット」。軽量で携行しやすい、耐水の中綿入りジャケットで三船さんは「安心のインシュレーティッド」と呼び、信頼を寄せていた。

 そしてとくに三船さんが気を使っていたのが靴下。長距離の場合、濡れたままで履き続けていると足裏の皮膚がふやけてペダリングができなくなるため、足を守るためにも常に履き替えていた。

 ここでも三船さんがチョイスしたのはラファの「リフレクティブブルべソックス」。通気性、快適性、速乾性を併せ持ち、足裏のつま先の付け根付近に配したソフトなタオル地が履き心地を良くして靴擦れを防止する。さらに反射性繊維を編みこんだストライプが足の動きに合わせて視認性を高める。

繰り返し降る雨。身を守るウェアのチョイスが旅の成功のカギを握るといっても過言ではない ©Rapha

 その他にも、日中とナイトライドでのインナーウェア(メッシュとメリノ)の使い分け、動きを妨げずに寒さや冷えから身を守る軽量な「メリノレッグウォーマー」など、数々の経験を通して培われた“選択眼”で最低限のアイテムを選び取っていた。

 そして超ロングライドにおいて最も重要といっても過言ではないレーサーパンツは、「プロチーム ビブショーツⅡ」を選択。三船さんによると、太もものサポート機能とパッドの位置・厚みが絶妙で「どんなロングライドでも全然楽で違う」という。強い生地を使っているので「落車しても生地が大きく裂ける心配はない」と太鼓判を押していた。

「俺はエディ・メルクスだ!」

 強靭な肉体と精神力に加え、完璧な装備で身を守っていても、疲労が体の内側から三船さんを蝕み始める。2日目のナイトライドに差し掛かった頃、睡魔に襲われ、ついに自分がどこを走っているのか、何者なのかもわからなくなった。

 「ここはどこだ?ベルギーだ!俺は誰だ?エディ・メルクスだ!」─。

精神的に迷い込んだ闇夜 ©Rapha

 暗闇の中で意味不明な自問自答が続いた。三船さんいわく「幻覚慣れはしている」ので、客観的なコントロールはできる。が、なぜか元来た道を引き返そうとする自分がいたり、民家をPC(Point de Controle:フランス語でチェックポイントの意)と間違えて入ろうとしたり、バランスを崩して落車もした。寂しく、苦しく、誰かに心を掴まれている感じだった。

 「前へ前へ…」ひたすらペダルを回した。あとで振り返ると、その区間は距離に対して1時間以上余計に長く走っていた。

 いったん止まって最後の仮眠をとるために、865km地点の「ブランプトン」というPCで休憩。ここまでにとった睡眠は通算わずか2時間ほどで、これが最後の仮眠となった。

終盤の食事風景。スープを飲む動作さえつらそうだ ©Rapha
さすがに寝なくてはまずいと感じ、仮眠をとる。すぐに起きられるよう横にはならない ©Rapha

追い打ちをかける強風と冷たい雨

快晴に恵まれた3日目の朝。このまま気持ちよく終われると思ったら… ©Rapha

 3日目、三船さんにとって最後の日の朝は快晴でスタートした。残り570km。「このまま雨に降られず気持ち良く終われるか?」と走り出すものの、そう甘くはなかった。

 ここからしばらくは交通量が多い道が続くが、一方でそれを避ける迂回ルートも用意されており、三船さんはその迂回ルートを選択した。それが裏目に出た。畑地帯の一本道を走る三船さんを、今度は強風が襲い始めた。風を遮るものは一切ない。吹きっさらしの向かい風は、坂道を上る三船さんを時速ひと桁台まで押し戻した。

一切の遮蔽物がない道。吹きっさらしの風を正面に受けながら、インナーローで踏み続ける ©Rapha

 ゴールまで残り60kmあたりからはしっかり雨にも降られた。しかも追い打ちをかけるような冷たい雨。ゴールにたどり着いたときには低体温症になりかけ、疲労困憊の体は本人いわく「生命反応のある肉の塊」と化していた。

ゴール時もしっかり雨 ©Rapha
ゴール時に止めたメーター ©Rapha

 完走時間は81時間22分。制限時間の100時間強(5日間)より、およそ20時間早いたった3日間で走った三船さんだが、その表情に達成感は見えない。むしろ目標としていた72時間に達せなかったことに悔しさをにじませ、「15時間は短縮できた」と振り返った。事実、周囲の話を聞いても多くの完走者が10~15時間予定時間をオーバーしていた。

1400kmの「LEL」を81時間で走破した三船雅彦さん。全PCのスタンプが押されたブルべカードを手に ©Rapha

「4年後は主催者を驚かせたい」

 4年前の前回大会と比べると今回は劣悪な走行環境だったのは確かだった。それは1500人の参加者のうち完走認定者が約800人と半数ほどだったことにも裏付けられる。

戦いを終えた三船さん。スマートフォンをいじりながら眠りに落ちる ©Rapha

 しかし、「コースプロファイルを知ることが準備の50%を占める」という三船さん。休み方、道路の状況、食べるもの、それらを含めたコースプロファイルを知った上で臨むことで、悪いコンディションでどう走るかも工夫できる。「PBP」ではそれができた。「今回の経験を踏まえて、4年後のLELではそれを組み立てられるはず」─ゴールした直後から、次なるチャレンジへの思いが固まった。

ロンドンのラファ本社でサイモン・モットラムCEOと「LEL」について色々とたずねられる三船雅彦さん ©Rapha

 繰り返しになるが、レースではないブルべ。だが記録にこだわる理由について三船さんは、「結局欧米人から聞かれるのは『何時間で走ったか』ということ。レースではないといっても自転車で走るからには記録を破ることに対する期待度は高い。誰かとの競争というよりは、できる範囲で自分自身と戦いたい」と語る。そして「4年後は主催者をびっくりさせたい」と続けた。

ラファジャパン代表の矢野大介さん Photo: Kyoko GOTO

 三船さんのサポートで帯同した矢野大介さんは、「こんな記録を作れる人はそういないし、常人じゃない。僕はできないしやりたくない(笑)」と会場の笑いを誘いつつも、「そういう挑戦を間近で見られることに価値を感じている。『次に何やる?』という仲間が近くにいることの幸せを感じている」とサポーターとして、そして友人として三船さんに称賛の言葉を贈った。

関連記事

この記事のタグ

イベント ラファ ラファ・ジャパン

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

ショップナビ

スペシャル

ソーシャルランキング

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載