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ブエルタ・ア・エスパーニャ直前講座②サイクルロードレースで最も基本的な作戦「逃げ」について徹底解説!

by あきさねゆう / Yuu AKISANE
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 どんなレースでも、エースに求められることはチームの勝利である。勝利の形は、チームによって様々だ。8月19日に開幕するブエルタ・ア・エスパーニャのようなグランツールであれば、総合優勝やステージ優勝を飾ること、またはポイント賞や山岳賞などのジャージを獲得することが、チーム目標になることだろう。

 エースの勝利のために、身を粉にしてサポートするのがアシストと呼ばれる選手たちだ。かつては、エースとエースの力のぶつかり合いで勝敗が決することが多かったが、近年はアシスト選手を含めたチームの総合力が勝敗に大きく影響を及ぼすようになったのだ。そのため、レース中の作戦・戦術が鍵を握ることが少なくない。

 そこで、どうやってチーム目標を達成させるのか、具体的な作戦・戦術を紹介したいと思う。そのために、まずはサイクルロードレースの作戦・戦術の基本ともいえる「逃げ」について解説したい。

チームスカイは高いチーム力を武器に、ツールを制した Photo : Yuzuru SUNADA

「逃げ」の5つのメリット

 メイン集団から飛び出して、先行することを「逃げ」という。ほとんどのレースで、少人数の「逃げ」の選手たちによる逃げ集団と、大人数のメイン集団という構図でレースが展開される。逃げている選手がそのままメイン集団に追いつかれることなくフィニッシュすることを「逃げ切る」と呼んでいる。

 自転車競技は空気抵抗の影響を強く受けるため、少人数で走る逃げ集団の方が、大人数のメイン集団に比べて空気抵抗の影響が大きくなる。普通に考えれば逃げ集団の方が明らかに不利なはずだ。

逃げの人数が少ないと、風を受ける時間が長くなる Photo : Yuzuru SUNADA
集団内にいれば、受ける空気抵抗を大きく減らすことができ、体力を温存できる Photo : Yuzuru SUNADA

 不利にもかかわらず、必ずといっていいほど逃げ集団は生まれる。なぜなら、「逃げ」にはメリットがあるからだ。

メリット1:逃げ切り勝利が狙える

 直近3大会のグランツールでの「逃げ切り」が決まったステージ数を調べてみた。

 2016年ブエルタでは、全21ステージ中9ステージで逃げ切りが決まった。2017年ジロでは7ステージ。2017年ツールでは5ステージだった。個人TTやチームTTのステージを除いた計57ステージのうち、21ステージで逃げ切ったことになり、割合は約37%となる。実は3ステージに1回は逃げ切り勝利が生まれているのだ。

 逆に逃げ切りが決まらなかったステージは、集団スプリント勝負、もしくは総合優勝を狙っている選手たちによる勝負で決着がつくケースが大半を占める。つまりトップクラスのエース選手たち同士の戦いとなっている。

 逃げ切って勝った選手たちは、決してチーム内でエースを務めるような選手ばかりではない。そのような選手が、集団スプリントや総合勢の勝負に混じって、勝つ可能性は非常に低いといわざるを得ない。だからこそ、逃げるのだ。勝利の可能性を1%でも高めるために。

昨年のブエルタ第3ステージで、逃げ切り勝利を見せたアレクサンドル・ジェニエ。ジャージのジッパーを閉める余裕がないほどに、根性で激坂を上りきった Photo : Yuzuru SUNADA

メリット2:ポイントを獲得できる

 ポイント賞や山岳賞ジャージを狙う選手にとって、中間スプリントやカテゴリー山岳でのポイント獲得が必要不可欠である。逃げに乗ることで、これらのポイントをより多く獲得する機会に恵まれる。

 ブエルタでは、ポイント賞は緑色のプントス、山岳賞は青い水玉模様のモンターニャという特別ジャージが用意されている。レース中にはよく目立つし、表彰台でチームをアピールすることもできる。

ポイント賞(プントス)のグリーンジャージ Photo : Yuzuru SUNADA
山岳賞(モンターニャ)の青い水玉ジャージ Photo : Yuzuru SUNADA

メリット3:目立つことができる

昨年のブエルタ第15ステージで、アルベルト・コンタドールは序盤から大逃げのきっかけをつくり敢闘賞を獲得 Photo : Yuzuru SUNADA

 レース中継では、頻繁に逃げ集団の選手が映し出される。ジャージにプリントされたスポンサーのロゴをアピールすることができるし、実況・解説陣が逃げている選手やチームの名前を呼ぶ機会も増えることで、スポンサー企業の宣伝につながる。

 それに世界中が注目するグランツールのような大きなレースでは、広告効果も非常に大きい。成績面でのメリットがあまりなくても、目立つために逃げに乗る選手は大勢現れる。さらに、逃げで非常に目立った選手は、そのステージの敢闘賞を獲得する可能性も高くなる。

メリット4:メイン集団を牽かなくて良い

 逃げに選手を送ったチームは、原則としてメイン集団を牽引しなくてよい。なぜなら、逃げ切りが決まることで自分たちのチームの選手が勝つ可能性があるのに、わざわざ逃げを吸収する動きに協力する必要はないからだ。

 この性質を利用して、いつもなら集団を牽引しているアシスト選手たちを温存することができる。そして、勝負どころで力を溜めていたアシスト選手たちを使って、エースの勝利を狙うといった作戦も実施可能だ。

メリット5:前待ちなどの高度な作戦が実行できる

2015年ブエルタ第20ステージ、逆転で総合優勝を飾ったファビオ・アル(右)と、劇的な前待ち作戦成功の立役者のルイスレオン・サンチェス(左) Photo : Yuzuru SUNADA

 あらかじめ逃げにアシスト選手を送っておいて、メイン集団が逃げ集団を吸収する頃にエースがアシストを受けるといった「前待ち作戦」など、主に総合優勝を狙うチームは、間接的にライバルチームに攻撃するためにアシスト選手を逃げに送り込むことがある。

 ステージ優勝狙いでもなく、ポイント賞や山岳賞狙いでもない選手が逃げている時は、戦術面で何かしらの理由があって逃げていることが多い。高度な作戦が実行できる点について、詳しくは別の記事で解説する予定だ。
 

逃げに向いている脚質は何か

 直近3大会のグランツールで、逃げ切り勝利をあげた選手の脚質を調べてみた。21人のうち、クライマーは12人、パンチャーは6人、オールラウンダーは2人、スプリンターは1人だった。山岳・丘陵ステージでの逃げ切りが決まりやすいため、上りに強い脚質の選手が勝ちやすいだろう。

 しかし、逃げに乗るためにはそれ相応のパワーが必要となってくる。あっさりと逃げが決まる場合は、さほどの力は必要としないが、大勢の選手が逃げを試みるステージでは地獄のアタック合戦が繰り広げられやすい。なかなか逃げが決まらないステージでは、レース開始後1時間の平均時速が50kmを越えることもよくある。

 そのような高速域から、さらに速いスピードでメイン集団からリードを築かねばならない。ゴールスプリントに匹敵するようなパワーを出さないと、逃げに乗ること自体が難しいし、それだけのパワーを短時間の間に何度も出していては身体が持たない。

トーマス・デヘントがいるところには、不思議と逃げが生まれる。職人芸のなす技か Photo : Yuzuru SUNADA

 そのため、逃げに乗るのがうまい選手は、シンプルにパワーに優れた選手であることが多い。スプリンター、パンチャー(スプリンター型)、ルーラー、TTスペシャリストなどは逃げを決めやすい脚質だといえよう。

 ただし、レースを見ているとパワー型に見えない選手でも、度々逃げに乗っている選手も時折見られる。そのような選手は、「この逃げは決まる!」というタイミングを見極める力に優れた選手なのだろう。

 ちなみに、ツールで1000km以上逃げたトーマス・デヘント(ベルギー、ロット・ソウダル)曰く「逃げは乗るものではない、作るものだ」という内容の発言をしている。ここまで来ると、もはや達人の技だ。

逃げ集団とのタイム差の考え方

選手の力量の見極めも重要で、強い選手をうまく置き去りにする駆け引きも見どころのひとつ Photo : Yuzuru SUNADA

 例えば、5人の逃げ集団をメイン集団が追いかけているとする。逃げ集団は全員でローテーションを回っていれば、5人分のパワーで走っていることになる。メイン集団が全員でローテーションすることはなく、いろんなチームがアシスト選手を出し合ってローテーションしていることが多い。5人の逃げを捕まえるためには、メイン集団は5人以上の選手でローテーションすれば追いつくはずだ。

 逃げを捕まえられるかどうかは、逃げている選手以上の人数でローテーションしながら前を追っているかどうかチェックすれば良い。逃げ集団、メイン集団それぞれでローテーションしている選手の数を比較しながら、逃げ切りが決まるかどうか推測するのも一興だ。

 また、メイン集団は逃げ集団に対して、平坦路10kmで1分縮めることができると言われている。残り10kmで30秒しかタイム差がなければ逃げ切りは厳しいだろうし、残り60kmで10分差だとしたらかなり頑張らないと逃げを捕まえられないかもしれない。一つの目安として10km=1分と覚えておこう。

今年のブエルタは「逃げ」に注目

 逃げとは基本的な戦術であるがゆえに、応用が効くし、非常に奥深い。レースを観戦する際は、ぜひ逃げている選手をチェックしてほしい。そして、選手それぞれの目的を推測しながらレースを見ると、各チームの思惑や戦略が浮かび上がり、レースがよりいっそう面白く見えるはずだ。

 逃げに乗るために繰り広げられる激しいアタック合戦は迫力十分だろう。逃げ集団の協調が崩れて勝負に出るシーンも見応えがあるし、追いつかれまいとどうにか必死で粘る姿は感動を呼び起こす。

 今年のブエルタは中級山岳ステージが8つ、上級山岳ステージが5つもある。昨年は9ステージで逃げ切り勝利が決まったが、今年はどれだけの逃げ切りが見られるだろうか。

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