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大田原高校の高瀬淳生さん雪崩犠牲者の思い乗せ ブラーゼン新城選手、遺品とともに100キロ完走

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 一緒に走ろう-。那須高原を自転車で走るイベント「那須高原ロングライド」が7月9日、栃木県の那須町で開催され、那須ブラーゼンの新城銀二選手が同町の雪崩事故で犠牲になった大田原高校の高瀬淳生さん=当時(16)=の遺品の数珠とともにヒルクライム100キロに出場した。自転車好きだった淳生さんの思いを乗せ、晴れ渡る空の下、高原のコースを走り抜けた。(産経新聞宇都宮支局・伊沢利幸)

雪崩事故で犠牲になった高瀬淳生さんの遺品の数珠をジャージに入れて走る那須ブラーゼンの新城銀二選手(左)=7月9日、栃木県那須町湯本 (撮影・伊沢利幸)

2本の数珠と「那須高原ロングライド」

 同イベント実行委員会の高根沢武一会長(58)が、淳生さんが自転車ファンだったことを新聞で知り、「(同イベントに)エントリーしたかったかもしれない。遺品を預かり、淳生さんの思いをかなえたい」と発案。7日に、那須ブラーゼンの清水良行監督(34)とともに淳生さんの自宅を訪問し、母親の晶子さん(50)に思いを伝えたところ、左手につけていた2本の数珠を託された。数珠は淳生さんが小学生の頃からお守り代わりにつけていたものだという。

 淳生さんは、祖母からロードレーサーという競技用の自転車を贈られると、自転車にのめり込み、乗った日は必ず部屋まで持ち込み大切にしていたという。自転車ファンとなり、ロードレース「ツール・ド・とちぎ」を観戦するのを心待ちにしていたが、開催前に雪崩に巻き込まれた。

7月9日の那須高原ロングライドでスタートする那須ブラーゼンの選手たちと参加者=7月9日、那須町文化センター前 (撮影・伊沢利幸)

 新城選手はこの日、高根沢会長から、ブラーゼンの運営会社「NASPO」の若杉厚仁社長を通して数珠が手渡されると、大切にジャージーのポケットにしまい込み、雪崩が発生した付近の那須岳を望む那須高原のコースを疾走した。新城選手は完走後、「自転車が好きだった淳生さんの思いをしっかりもって100キロ走った」と語った。

母晶子さん「一緒に走らせてもらいうれしい」

 高根沢会長は、「同じ自転車という趣味を持つ仲間として(淳生さんの思いを)実現させてあげたかった。一緒に走れて喜んでくれていると思う」と話した。晶子さんは、「高根沢さんらのご厚意に本当に感謝している。一緒に走らせてもらい本当にうれしい」と語った。

 高根沢会長らは近く、淳生さんの完走証と那須ブラーゼンや宇都宮ブリッツェンの選手らのサインが入ったTシャツなどを晶子さんに届けるという。

 同ロングライドには約2700人がエントリー。同町黒田原地区の商店主らで立ち上げた企画運営会社「ライドエクスペリエンス」が企画したサイクリングツアーで来日した台湾の自転車協会の理事長ら関係者15人も初参加した。

産経ニュースより)

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