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猪野学の“坂バカ”奮闘記<13>「ペダリングは1日にして成らず」 “39.3%”のどん底からの復活劇

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 「39.3%」─この数字をなんと心得る? 何を隠そう、3年前に番組で計測した私の「ペダリング効率」の数字なのだ。ペダリング効率とはペダリングにかけた力のうち、どれくらいのパワーが推進力になっているかを示す割合のことで、プロは70%、一般の人は50%ほどといわれている。それが39%…。こんな私を笑ってはいけない。今日は簡単なようで超絶に難しい、ペダリングの話をさせていただこう。

国道最高地点・渋峠で最低の屈辱を味わった筆者

衝撃的な「大半ロス事件」

 今でこそ、この「ペダリング効率」は気軽に計測できるようになったが、3年前はまだ世に出たばかりで、個人的にも非常に興味深い収録だった。計測地は絶景で名高い群馬県・渋峠。国道最高地点としても知られる。この世にも美しい絶景の中で、私は人生最大の絶望を味わったのだ。

坂バカ憧れの地・渋峠。ウキウキしてやってきた筆者だったが…

 番組の撮影では、まずディレクターから「何も考えず漕いで下さい」という指示をもらった。私の凄いところは「何も考えるなと」言われれば本当に何も考えないところだ。ペダリングの実験なのだから少しは意識すれば良いのに、なんにも考えず、いつも通りのペダリングで登りきって測定終了。ディレクターがニヤニヤしながらパソコンで測定画面を私に見せる。そこに出ていたのが、39.3%という恐ろしい数値だったのだ。

“大半ロス事件”にショックを受ける筆者

 私の力強いペダリングは、ほとんど自転車が進む力にはなっておらず、大半をロスしていたのだ。これが世に云う「大半ロス事件」だ。あまりに衝撃的で、私は愛車を国道最高地点から投げ捨てたかった。

 では残りの60%は何処に消えたのか?

 それは自転車にぶつかって消えたり、あるいは自分の脚に返って来てペダリングの邪魔になっていたりするという。私は自転車を始めて5年もの間、ずっと60%ものパワーを無駄と邪魔に費やして来たのだ。私の5年を返してくれ!…人生には時に知らない方が幸せな事もあるものだ。

「山の神」の秘策はドリブルとスニーカー?

 番組が始まった当初、「駄目の見本市」と呼ばれた私を何とか表彰台に乗せるべく、まず最初に取りくんだのが、このペダリングの改善だった。困った時の「山の神」頼みで、森本誠師匠に助けを乞うたところ、バスケットボールでドリブルしろとの事。ドリブルのボールを弾くタイミングが、ペダルに力を入れるタイミングだと言うのだ。しかも力を入れるのは一瞬で良いと。

こういうことですよね、師匠?

 私はこれまでゴリゴリとペダルに力を入れ、坂をひねり潰す事だけに情熱を注いでいた。いわるゆ「ガチャ踏み」というやつだ。確かにドリブルは最小限の力を効率良くボールに伝えている。実は必要最小限の力で坂を上れるのかも知れない…そう思うと、わずかだが希望が湧いて来た。

第2の指令!スニーカーでペダリング!?

 次の指令はビンディングシューズを脱ぎ、スニーカーでペダルを漕ぐ事。スニーカーは底が柔らかくペダルの感覚を掴みやすい。そして引き脚で力を脱く感覚を掴むため、思いきってペダルが真下(6時)に来たらペダルから足を上げろ、というのだ。ビンディングをやめる事でペダリング効率が上がる?…こんなバカな話があるか?

 半信半疑で、いざ2本目の測定スタート!バスケのドリブルのイメージで0時に入力し、6時に来たらペダルから足を離すイメージ。これだけを意識した。果たして結果は…。

ペダリング効率微増!

 42.5%! 微妙な数値ではあるが、改善した事に変わりはない。これを続ければ、「大半ロス事件」の私も「飛ぶように走れる」かもしれない! 国道最高地点は、私を絶望の淵に叩き落とし、そして淡い希望をもたらしたのだった。

 そして2年後。競輪学校で測定した時、私のペダリング効率は60%まで向上していた。

今なお謎だらけのペダリング

渋峠でのペダリング解析は夜間にまで及んだ

 私にとって「ペダリング」は、今もって謎だらけだ。番組でよくプロの方々とご一緒させてもらうが、食事の後の雑談などは、必ずペダリングの話になる。私は「ふんふん」と頷いてはいるが、申し訳ないことに、実は聞いてもほとんど分かっていない。ドクター竹谷のような人なら、その人のペダリングを一目見ればどこが良くてどこが悪いのか、パッと分かってしまうらしいが、私にはサッパリだ。

タイ合宿での、新城幸也選手(写真右)と土井雪広選手との夢の3ショット

 以前、タイ合宿で土井雪広選手が「ユキヤ(新城幸也選手)の強いところは背中なんですよ! 背中が上手く使えてるから速いんです」と言っていた。私の小さな脳ミソでは、何を言っているのかサッパリ理解不能だった。今でも解らない。また改めて聞いてもきっと理解出来ないと思う。トップ選手は目に見えていない筋肉も駆使し、全身を使って推進力に変えているのだろうし、トップクラスのコーチにしか、その詳細は分からないのだろう。

奥深いペダリングワールド

 これも私には分からないのだが、プロの方によればペダリングには「ハマる」という感覚があるらしい。気持ち良く自分の体重が推進力に変わり、きっと飛ぶようにスイスイ漕げるのだろう。ペダリングが「ハマる」迄は、走り始めて10分から15分かかるという。

 また、日によってはなかなかハマらず、1時間かかってしまう事もあるらしい。だからヒルクライムなどにローラーは欠かせないとか。さらには、休憩をとってしまった事で「ハマっていた」ペダリングの調子が悪くなる、なんてこともあるのだそうだ。プロのペダリングはそこまで繊細なのか! 一度で良いから、そんなプロのペダリングを体感してみたい。電動アシスト自転車の様に、“ペダリングアシスト自転車”が開発されないだろうか?

ペダリングアシスト付き自転車(のイメージ)

 以前雑誌の編集者に、ツール・ド・フランスの覇者クリストファー・フルーム(イギリス、チーム スカイ)の登坂が体験出来るという電動アシストのマウンテンバイクに乗らせてもらった。360Wくらいの出力を楽々出せるというものだった。これと同じ様に、フルームのペダリングをロードバイクで体験出来たら、どんな感じなのだろうか。もちろん私の場合、フルームのペダリングの凄さがまったく分からない可能性もあるわけだが…。

 どこまでも奥が深い、ペダリングの世界。難しくて分からないことだらけだが、いつの間にやら私はその世界に魅了されてしまった。

 「ペダリングは1日にして成らず」─。

 飛ぶ様に走れるその日を夢見て、今日も効率の良いペダリングを体得するためにコツコツ走り続けているのだ。

(写真提供:NHK/テレコムスタッフ)

猪野 学猪野 学(いの・まなぶ)

俳優・声優。自転車情報番組NHK BS1『チャリダー☆』(毎週土曜18:00~18:25)にレギュラー出演し、「坂バカ俳優」という異名で人気を博す。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる。ウェブサイト「マナブログⅡ

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