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彼女と自転車<4>「サイクリストが楽しめる店に」 パティシエ岩柳麻子さんがスイーツに込める美味しい“暗号”

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
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 美味しさと見た目の美しさからスイーツ好きの間で話題になっている、東京・世田谷区にある「パティスリィ アサコ イワヤナギ」。シックな店内のショーケースにはファンの間で「芸術品」と評されるケーキが並ぶ。が、よく見ると商品名に「峠」の名を冠したモンブランや「石畳」という名のクッキー、「未舗装路」という名のケーキなどサイクリストになじみのある言葉が並ぶ。まじまじと商品を見つめる筆者に「自転車で来てくれたんですか?」との声。顔を上げると、そこには笑顔を浮かべる女性がいた。店長の岩柳麻子さん。どうやらこの人がこの“暗号”を仕込んだ“パティシエサイクリスト”のようだ。

愛車のグレッグ・レモン「Tdf90」とともに写る、「パティスリー アサコ イワヤナギ」の岩柳麻子さん Photo: Kyoko GOTO

パティシエというより定食屋のおばちゃん?

「パティスリー アサコ イワヤナギ」の店内 ©PÂTISSERIE ASAKO IWAYANAGI

 2016年1月にオープンしたばかりの「パティスリィ アサコ イワヤナギ」。上品で落ち着いた空間に鮮やかなスイーツが際立つ店内には、シンプルさと色彩感覚が調和した岩柳さんのセンスが光る。

 店内の奥にある大きなガラスで囲まれた厨房が岩柳さんの仕事場。スイーツを前にした岩柳さんはゆっくりとした動きながら、全身から研ぎ澄まされた集中力を放っていた。視覚的な美をとらえる独特な感性で、自身が直感的に感じたイメージをスイーツとして作り出す。だからこそ同じものは作れない。

美しく洗練されたケーキはファンの間で「芸術品」とも評される Photo: Kyoko GOTO

 パティシエ歴20年。幼い頃からものづくりが好きだったという岩柳さんは、18歳からフランスに通い始め、7年間にわたって独学でスイーツづくりを学んだ。美に対する追求心が強く、一時はファッションの世界も志したという岩柳さんの才能は、やがて味覚のセンスと融合したスイーツづくりで開花。その作品はファンの間では「芸術」と評され、昨年の開店以来、客足が途切れることはない。

「汗だくのサイクリストが来店すると、待ってました!と嬉しくなります」という岩柳麻子さん Photo: Kyoko GOTO

 そんな実力派パティシエの岩柳さんだが、実は根っからのサイクリスト。「汗だくのサイクリストが靴をカツカツ鳴らしながら店に入って来てくれると、思わず厨房から出てきちゃいます」と話す岩柳さん。さきほどまでの真剣さはどこへやら、その表情は好奇心に満ちた一人の女性サイクリストになっていた。実際、訪れるサイクリストに「どこ走ってきたんですか?」とか「今日天気良いですもんね~」とニコニコしながら話しかける姿は、パティシエというより定食屋のおばちゃんと思しき親しみやすさだ。

「好きなデザイン」がエネルギー

 岩柳さんが自転車に乗り始めたのはいまから4年前。サイクリストの旦那さんのライドに同行し、ロードバイクを間近に見たのが始まりだった。自転車通勤でそれまでもマウンテンバイクに乗ったことはあったが、ロードバイクの造形美は一目で岩柳さんの心をとらえた。「絶対買う!」。思い立ったら行動は早く、その帰途に立ち寄った「なるしまフレンド 立川店」で初めてのロードバイク「DEDACCIAI STRADA」を購入した。

 さらに岩柳さんのハートをつかんだのが、ペダルやサドルを別に購入するということ。完成車の形しか知らなかった当時、自分の好きなパーツを一から選べるというカスタム感が新鮮で楽しかった。

ふだんから白衣の下にサイクルジャージを着ているという岩柳さん。素材的にも機能的にも着心地が良いのだそう Photo: Kyoko GOTO

 ただ、自転車を乗り始めるにあたって1つネックだったことがあった。サイクルジャージだ。シンプルなデザインを探していたとき、出会ったのがロンドン発のサイクリングウェアブランド「Rapha」(ラファ)だった。「シンプルだけどビビッドな色を使ったり、色の組み合わせでおもしろいデザインを提案しているのが素敵だった」。納得のいくスタイルを身に纏えたことで、岩柳さんは急速に自転車の世界へとはまっていった。

出会いや経験がケーキの中に

 「出会えた人や物によってインスピレーションを受け、ケーキ作りができている」という岩柳さん。それは自転車の経験でもいえる。「過度に運動している人って生クリームを使った味の濃いものよりも、最後に口の中がさっぱりと終わるようなものがいいんじゃないかとか。商品の発想がサイクリストの気持ちに寄っちゃいます(笑)」。

経験したことや出会いからインスピレーションを受けるという岩柳麻子さん Photo: Kyoko GOTO
インタビューの間も浮かんできたアイデアを書き留める Photo: Kyoko GOTO

 そして季節がスイーツに敏感に入り込むようにもなった。例えば自転車のイベントでいった先で旬の果物の香りを感じたとき、帰ってきてからその様子を思い出してスイーツとして再現することもあるという。

その名も「峠モンブラン」。表面のクリームの重なりは九十九折れを表現。てっぺんの栗は登頂後のご褒美 Photo: Kyoko GOTO

 スイーツの名前に隠れた“暗号”についても聞いてみた。まず、大きなマロンがてっぺんに乗った「峠モンブラン」についてたずねると、「峠ってつらいんですけど、でもまた上りたくなるっていうあの感じを表現してみました」とのこと。段々になっているのは九十九折れを表現したそうで、それを言い当てると「わかってくれましたか~♪」と思わずサイクリスト同士、顔を見合わせてにんまり。

 そして「chemin」(シュマン)というフランス語で「未舗装路」を意味するケーキは、これまで走った道を思い出しながら作っているそう。

自転車で走った道にインスパイアされてできた「シュマン」。フランス語で「未舗装路」を意味する Photo: Kyoko GOTO
「pave」(パヴェ)という名のクッキー。フランス語で「石畳」という意味 Photo: Kyoko GOTO
スイーツでなく、本気でサイクリスト用の補給食を考えたこともある。写真は開発中のアミノ酸ボール 提供: Asako IWAYANAGI

 例えば秋に諏訪を走ったときのこと。「峠の途中、勾配のきついところにいがぐりがごろごろ転がっていて、仲間と『刺さったらパンクするね』と言いながら走っていたときの道」を一部切り取り、雨で濡れていた落ち葉を思い出しながらデザインしたという。「ベリーを使った赤いシュマンは?」とたずねると、「あまりにきつくて一瞬目の前が赤くなったときのことを思い出して」というから、シュマンはリアルに岩柳さんが走ってきた“道”だ。

 どんなイメージも彼女の頭の中ではスイーツになる。「では、愛車のレモンはどんなイメージ?」というこちら問いかけに「考えてもいなかったけど、すごく楽しそう!もうすでにアイデアが浮かんでます」と目を輝かせる。爆発しそうな創作意欲だ。

乗ってる間の研ぎ澄まされた感覚が心地良い

仕事に向かうとき、雰囲気が変わる岩柳麻子さん Photo: Kyoko GOTO

 小柄な体からは想像がつかない、ストイックな言葉が出てくる。

 「競い合って上るのはいやだけど、峠は好きですよ。自分と向き合っているあの感じが好きです。辛いときは真下を向いてひたすら走る。真下って坂じゃなくて、地面じゃないですか(笑)。つらさがピークに達して、アドレナリンが出てきたときにぱっと上を向いて周囲の景色を見る瞬間、最高だって思います。どんなに漕いでも疲れない!って感じです」

 自転車の魅力を改めてたずねてみると、「自転車で想像以上に遠くまで走れることや、乗ってる間の研ぎ澄まされた感覚が心地良い」との返事。「温度管理がされている厨房にいると体も季節を把握できなくなるので、始めたときは朝と夜の通勤だけでも季節を感じられることが最高に心地良かった。そこからブルべを走ってみたり、峠の練習をしてみたり、だんだんと世界が広がっていきました」

昨年開催されたラファのプレステージに出走した岩柳麻子さん(写真左)。白衣のときとはまた違う印象 提供: Asako IWAYANAGI

 いまや「走りたくて仕方ない」という岩柳さん。乗れない日が続くと最近流行りの自転車のジムに向かい、暗闇で45分間もがく。「時間がないときの対処法ですね。そうでもして乗らないと、自分がだめになる気がして(笑)」。その他にも通勤時に少しでも遠回りしたり、自分が動ける範囲で「憂さ晴らし」をしているという。それだけでも自転車は楽しい。

昨年開催されたラファのプレステージで仲間とスタートラインに並ぶ岩柳麻子さん(写真右) 提供: Asako IWAYANAGI

 そんななか、楽しみにしているのは9月に長野県で開催予定のロングライドイベント「ラファプレステージ」。この日だけは仲間と都合をつけて走ろうと決めている。1つ目標があるかないかで、日々自転車に乗る気持ちも変わってくる。

 「ゆくゆくはシクロクロスも走ってみたい」という。「Raphaスーパークロス野辺山」では会場でお菓子とホットショコラを販売しているが、「泥だらけの素敵な人たちが走ってくるのがうれしい。私もいつかドロドロになりながら走ってみたい」と、ゆったりとした口調から放たれるアグレッシブな言葉が印象的だ。

峠を乗り越えてガッツポーズ! 提供: Asako IWAYANAGI
砂利道からもインスピレーションを受ける 提供: Asako IWAYANAGI

自転車好きの私にできること

「サイクリストが気持ちよくなれる店づくりを頑張りたい」という岩柳麻子さん Photo: Kyoko GOTO

 「人生の優先順位」は1番が家族で2番が仕事、そして自転車を3番目に位置付ける。しかし、あまりに自転車の部分が少ないせいか、有り余ったエネルギーが「自転車好きの私が提供できる空間やお菓子はどういうものか」を考える“パティシエサイクリスト”への道を歩ませているという。

 「いま、子供にも自転車を教えていて、家族で乗りに行ける日を夢見てます。いま7歳なので、大きい自転車に乗れるようになるのはあともう少しかな。それまでは、サイクリストの人たちに気持ち良く来てもらえる店づくりを頑張りたいと思います(笑)」─。

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Cyclist for Woman インタビュー(女性向け) 彼女と自転車

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