門田基志の欧州クロスカントリーマラソン遠征記<6・終>泥々の欧州最終戦はパンクにコースロスト…過酷なレースもゴールすれば良い思い出!

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 いよいよ欧州最終戦のレース日朝。食事はシリアルやパン、フルーツを少し。ウェアに着替えて自転車で3分のスタートエリアに向かった。朝は肌寒い。僕たちはマラソンポイントを持っているので、一番前のボックスから招集されてスタートだ。後ろを見ると1000人を超える色々なクラスのライダーが並んでいて、マラソンの人気をうかがえた。

12時間の世界一過酷と言われるレース後にゴールを喜び合う筆者・門田基志(左)とまな弟子の西山靖晃 Photo: Motoshi KADOTA12時間の世界一過酷と言われるレース後にゴールを喜び合う筆者・門田基志(左)とまな弟子の西山靖晃 Photo: Motoshi KADOTA

スタートから危機一髪

 そしてスタートの号砲。先導バギーの後ろを集団がわりとハイスピードで街中を進むと、最初の交差点を曲がると前から対向車が! 大惨事一歩手前! 本当に危なかった! これがヨーロッパのレースでたまにニュースになる車の逆走か! 何とか回避して集団で先に進む。

ゼッケンに日の丸は嬉しい! 国旗があるゼッケンは気持ちも上がる Photo: Motoshi KADOTAゼッケンに日の丸は嬉しい! 国旗があるゼッケンは気持ちも上がる Photo: Motoshi KADOTA

 市街地を抜けて試走した見覚えのあるコースに入ると、集団20位前後でレースを進める事ができた。試走時に泥沼で走れなかった林道は重機が入ったようで、走れるようになっていて驚いた。早朝で森の中ではサングラスが暗過ぎ、路面が見えずペースダウン。先は長いので安全策で進む。

 そうこうしていると恐れていた雷と雨が…かなり強めに降り出したので、背中のポケットに入れていたコンパクトに折り畳めるカペルミュールのレインウェアを着込んだ。しかし、レインウェアの無い足は急速に冷える。雷が真横辺りで鳴り響きかなり怖いが先に進むしかない。この時に覚悟を決めた。今日は天気予報通りで泥のレースだと。

 そこから序盤の舗装路と林道を一気に標高2000m近くへと上る。最初のピークに到達した時には20位前後。牛の糞は予想通り泥と混ざって大変な事になっている。気にしていたら進む道は無いので気にせず前に進むが、さすがに沼地のようになってホイールが半分沈むような泥沼は、バイクへのダメージを考えて押して進んだ。

 リバークロスと牧草地を走り抜け、最初の難関でもある壁に辿り着いた。壁…誰も上れない登山道を全選手が担いだり押したりしていて、後ろを振り返ってみると細い道に一列に並んで動く生き物のように見えた。

最初のパンク

 担ぎ上げたあとは頂上の小刻みなアップダウンを繰り返すシングルトラックセクションに差し掛かり、一気にペースアップを試みた。20位以内に入ると来年の世界選手権代表の切符がこの時点で手に入る。何が何でも20位以内を目指し快調にバイクを進める。

 しかし、調子に乗っていると、ドロップオフのボトムで運悪く泥の中の岩にヒット。ガツっと音がして、そのまま先に進んだが、程なくしてリアタイヤからシュ~っと音がしだした。パンクだ。

泥沼で酷使しても安定して動くマエストロリンクとSHIMANO Di2 Photo: Motoshi KADOTA泥沼で酷使しても安定して動くマエストロリンクとSHIMANO Di2 Photo: Motoshi KADOTA

 邪魔にならないよう横の草むらに避けて、泡を噴射するタイプのパンク修理剤のスプレーを吹き込んでみたが、ブシュブシュと泡が漏れてエア漏れは止まらない…が、チューブを準備しているとエアが止まったので再スタートを切った。

 だが、数km進むとまた漏れ始めて意を決してチューブを入れる事にする。場所が無いのでしばらくベコベコのタイヤのまま進み、コースマーシャルが居る位置で修理開始。すると山の頂上だというのに多くの観客が、どうした?大丈夫か?と集まって来た。泥と草が着いたホイールにパンク修理剤まみれで手も滑り、パンク修理がはかどらない僕を横目に多くの選手が抜き去って行った。

 修理を完了して再スタートを切るとテクニカルな根っこと泥の下り。周りの選手は遅いので、シングルトラックでも広めの所ならスピード差を生かして一気に抜き、順位を上げていった。

追い討ちでさらに…

 20人前後を抜き去り、岩を越え、泥沼の斜面を進みその先は試走で電気ショックの紐が張り巡らされていた斜面の一本道。おかまいなしに斜面を斜めに走り、どんどんポジョンアップを成功させていた。

 だが、その先にあった岩のジャンプで抜こうとしたら、その選手がバランスを崩しこちらもラインが変わってしまった。着地した場所の泥の中に岩が…ヒットして落車…さらに電気ショックの紐に絡まり、濡れた体に容赦ない電気ショックをくらい、またパンクしてしまった。

距離と標高を示したプロフィールマップがゼッケンにくっついてくるので、フレームに貼り付けて自分の位置を確認する Photo: Motoshi KADOTA距離と標高を示したプロフィールマップがゼッケンにくっついてくるので、フレームに貼り付けて自分の位置を確認する Photo: Motoshi KADOTA

 今回は斜面で修理する場所も無い。仕方なく永遠と思える泥沼の細い道を押して降りるが、後ろから来る選手を避けながらなので、なかなか先に進めない。やっとの思いで下の広い林道に降りた時には、順位を大きく落とし意気消沈。何とか気持ちを立て直してチューブ交換するが、泥と小石が挟まり思うように修理は進まない。このチューブをパンクさせると終わりなので慎重になる。

 汚れたチューブをボトルのドリンクで洗い流し、時間は掛かったが修理を終えて再スタートを切った。スタートから40km以内で、最初の泡修理の再パンクを入れると3回のパンク。もうパンクはできない。走りは丁寧にせざるをえず、下りを攻められなくなった。

 品揃えが心配だった補給エリアだが、物凄く充実していた。大勢のスタッフが、あれこれ食べ物を出してくれるしボトルにはドリンクを足してくれる。列が出来ていてここでは洗わなかったが、洗車サービスまである。

 ここから先は試走をしておらず、未知のエリアだ。ワクワクと不安のレースだが、もうあとは、前の選手を抜くだけだ!

未知のコース後半へ

 まずはキツいと前評判のセクション。とにかく激坂が続いた。前に見える選手はすぐそこだが、ペースが遅いのでなかなか追い付かない。数人の選手をパスして激坂林道を越えて、ボロボロになって下っていると、見覚えのある町に辿り着いた。ここはメジェーブの郊外だ!

 しかし看板を見つつハイペースで下っていたら、なんと痛恨のコースロスト…コースのサインが全く無くなり回りを見渡しても選手がいない! すぐに引き返すが、気持ち良く下ったのだから辛い上りになる。

コースはとにかく分岐が多い。地名がわかないから看板はあてにならないが、GPSがあればなんとかなる Photo: Motoshi KADOTAコースはとにかく分岐が多い。地名がわかないから看板はあてにならないが、GPSがあればなんとかなる Photo: Motoshi KADOTA

 何とかコースに戻り、街中に下るとメインストリートからスタート地点に戻り、補給して後半70kmへ向かう。この頃には雨も止み暑いくらいになってきて、ウェアにしみ込んだ泥も乾いてきた。なんだかドブ臭い…体中がとにかく臭くそして暑い。

 そしてサイクリングで行った覚えのある町に向けてバイクを進める。その時に問題が起こった。

 僕が出場しているクラスの青い矢印看板に従って進んでいると、先に立哨とコースマーシャルがいて、コースを間違っていると言われてしまう。引き返すが15分以上のタイムロス。戻ってみるとバイク部隊が看板の位置を変えていた。誰でも間違うだろう!という位置に看板があったのだ。

 UCIクラスの選手はGPSを持たされて、本部のPCで動きを管理されているので、コースミスがわかりバイク部隊が現れたようだ。

気持ちを強く持ち前を目指す

 ここまでパンク3回、落車数回、コースロスト2回…。嫌になってきたが先は長いしまだまだ挽回もできると言い聞かせて先に進んだ。コースも標高が高くなると森が消えて、見渡せる山岳に道が遠くまで繋がる。先を見るとポツン、ポツンと数人の選手が見え、追い付いてやろうと思ってペダルを回す。

 攻めるというより、今の体で踏める最大限のパワーを効率良く維持するという感じで、地味にキツい強度が延々と続くが、我慢で走り続けて霧の中をエイドステーションに到着した。

 周りを見るとリカバリーライドで昼食を取ったレストランの前だ。エイドにはボスのような女性がいて、通過の印のステッカーをゼッケンに貼ってくれる。ボスは「日本人の中で2位よ!」と教えてくれた(日本人2人だけだから…と内心思う)。快調に飛ばしている西山は、10位台でレースを進めているようだ。

ゼッケン裏に計測チップが付いている。泥とブレーキホースでチップが削れて計測ができていなかったが、主催者がGPS管理していたので細かなタイム計測ができていて助かった Photo: Motoshi KADOTAゼッケン裏に計測チップが付いている。泥とブレーキホースでチップが削れて計測ができていなかったが、主催者がGPS管理していたので細かなタイム計測ができていて助かった Photo: Motoshi KADOTA

 そしてこのエイドステーションは凄い! 地域の小学校高学年くらいの子供たちが手伝っているのだが、お皿にチーズ、パン、サラミ、ドライフルーツ、ケーキ、と物凄い種類と量の皿を持って5~6人くらいの女の子が、泥だらけの僕を取り囲んだ。「これ食べて!」「こっちも食べて!」と、過酷なレースの中にあって気持ちもお腹も満たしてくれるオアシスのような場所だった。

 2人しかいないアジア人の僕らが2人で、UCIマラソンポイント圏内でレースを進めているのは次に繋がる大きな一歩となる事は間違いない。でも師弟であってもレース中はライバル! 何としても弟子を抜き去り、さらに上の順位を目指さねば!と再スタートを切る。

 しかし街のエイドステーションは、標高で言うと一番低地。ここからはキツい上りが待ち受ける。チューブ無し、パンク即アウトの状況で下りは攻め切れず、安全速度でクリアし上りでアタックする。だが激坂では体力を削ぎ落とされ、ここからは気持ちが大きくレースを左右すると感じた。

 気持ちが削ぎ落とされ切れた選手がハイカーと同じようなスピードまで失速している中を、1つでも前に!と思って抜き去り、自分も途中の段差や泥沼やちょっとした事で気持ちが切れそうになる。山の頂上付近では霧が出て前が見えづらく路面も5m先は見えない状態。これも気持ちが切れるのには十分な理由となる。

 途中から落車で破損したフロントシフターの調子が悪く、シフトチェンジが上手く行かず誤作動を起こしてしまう。ここはシマノDi2のモニターからボタンで設定して、シンクロモードに切り替えることで、リアシフターのみで全ての変速をするように切り替えリカバリーした。数年前なら大ピンチだったが、機材の進化に助けられた。

師弟でトラブルにたたられて

最後までバトルしたカナダ人選手ともゴール後は互いに讃えあう Photo: Motoshi KADOTA最後までバトルしたカナダ人選手ともゴール後は互いに讃えあう Photo: Motoshi KADOTA

 見える選手を全て抜き去り、その後も前へ前へと思って踏み込むも、ペースはそんなに上がらない。100km以上のレースは体験のない領域で、この時点でスタートから10時間を軽く越えていた。

 サイクルショップの店主から聞いた、最後がキツいよという言葉通り、最後のセクションは激坂が点在する過酷な設定だ。午後になり気温も上がってくるとドロドロのウェアも乾き始めて、汗と泥と混ざったドブの匂いが自分からこみ上げてくる。

 もう何が何だか分からない状態でも、とりあえず今の全力でバイクを進めていると、押している選手がいる! 良く見るとゼブラ柄で西山だった。

 横に並び状況を聞くとパンク2回で既にチューブが無く、落車でシューズが壊れて残り20km程度を押している状態…この場所から押してゴールできるのか? 自分もチューブを持っていないし後ろから選手が追いかけてくるという事で、ひとまずゴールしてから何か手を考えると伝え再スタート。ゴール手前で世界選手権でも一緒になったカナダの選手と軽くバトルし、競り勝ってゴールへなだれ込んだ。

 ゴールはヨーロッパらしくかなり盛り上がり、近くを走った選手達と称え合い喜び合った。西山は他の選手からチューブを貰い何とかレースに復帰し遅れて完走となった。

 ゴール後、洗車して体を洗ってホテルに帰ったが、体やウェアについた泥は本当に落ちにくくしつこい…シャワーを浴びるのでさえ疲れて、一休みしながらじゃないと体を洗う事さえしんどかった。

ゴール後の西山、ゼブラウエアは薄汚れ体はボロボロだが、壊れる事なくゴールまで共に戦った愛車と記念に Photo: Motoshi KADOTAゴール後の西山、ゼブラウエアは薄汚れ体はボロボロだが、壊れる事なくゴールまで共に戦った愛車と記念に Photo: Motoshi KADOTA
色々な物で汚れてあまりにも汚い足は、シューズの中の靴下の中まで泥が侵入した。露出している部分は皮膚が見えない程 Photo: Motoshi KADOTA色々な物で汚れてあまりにも汚い足は、シューズの中の靴下の中まで泥が侵入した。露出している部分は皮膚が見えない程 Photo: Motoshi KADOTA
後片付けが進まず、シャワーを浴びる気にもなれず黄昏る筆者 Photo: Motoshi KADOTA後片付けが進まず、シャワーを浴びる気にもなれず黄昏る筆者 Photo: Motoshi KADOTA

 一通り綺麗にして一息ついた時に空腹感に襲われ、レストランまで歩く事にしたが、2人とも足が上がらない状態で、歩くのに骨盤から上げる変な歩き方で15分ほど歩いて食事にありついた。

 食事もフォークが重い、肉を切るナイフが重い…肉を噛むのもしんどい。休み休み食事を取り会計を終えて席を立つのも困難で、一度止まると動かない体を引きずりながらホテルへ帰ったが、疲れ過ぎて眠れない。とりあえず翌日は足を回して回復走をする事だけ決めて就寝となった。

最後もやっぱり寄り道

 翌日、午前中は晴天のモンブランが見える麓の街でインドア生活。なかなか走りに出られず、部屋から動けない、本当に疲れている。

evocのバイクバックは収納力抜群。シューズやスペアタイヤなど隙間に詰め込みパッキング完了 Photo: Motoshi KADOTAevocのバイクバックは収納力抜群。シューズやスペアタイヤなど隙間に詰め込みパッキング完了 Photo: Motoshi KADOTA

 それでも勇気を振り絞ってリカバリーライドに出ると、ロードのお爺ちゃんにサクッと抜かれ大爆笑…その後、横を歩く乳母車を押すお母さんと暫く並走になり意気消沈、もう全く進まないバイクをなんとか進めてホテルに到着し、この遠征での自転車タイムは終了! あとは梱包をしてもう1日滞在した後、ドイツに移動し帰国するだけとなる。

 一夜明けて、スイス経由ドイツ入りをして1泊、フランクフルトから羽田へ飛ぶ。その道中でシャモニーを通り過ぎる2人の目に入ってきたのは、ヨーロッパ最高峰モンブランへのゴンドラ乗り場。寄らないわけにはいかない2人。迷う事無くゴンドラ乗り場へ直行して、壮大な寄り道が始まった…。

モンブランに向かうゴンドラ、ヨーロッパ最高峰への寄り道はここから! Photo: Motoshi KADOTAモンブランに向かうゴンドラ、ヨーロッパ最高峰への寄り道はここから! Photo: Motoshi KADOTA
モンブランに登ってみると全面がクリアの箱、下は3000m超えの断崖絶壁の世界 Photo: Motoshi KADOTAモンブランに登ってみると全面がクリアの箱、下は3000m超えの断崖絶壁の世界 Photo: Motoshi KADOTA
シャモニーにもEバイクレンタルショップがオープンしていて、ヨーロッパでのEバイク人気か凄い事を認識する Photo: Motoshi KADOTAシャモニーにもEバイクレンタルショップがオープンしていて、ヨーロッパでのEバイク人気か凄い事を認識する Photo: Motoshi KADOTA

 師弟で3週間以上のヨーロッパ遠征は、過酷なレースと素晴らしい景色、サイクリング文化に触れた旅となり、大きく成長できるものとなった。すでに来年の予定が夢とともに広がっている。

(終わり)

門田 基志門田 基志(かどた・もとし)

1976年、愛媛県今治市生まれ。世界最大の自転車メーカー、ジャイアント所属のMTBプロライダー。選手として国内外のレースに参戦する一方、レース以外のサイクリングツアーも展開。石鎚山ヒルクライム、サイクリングしまなみなど数多くの自転車イベントを提案し、安全教室の講師やアドバイザーも務めるなど、自転車文化の発展に奔走している。

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