日本代表・早瀬憲太郎選手によるリポート聴覚障害者の自転車競技国際大会「デフ・ツール・ド・台湾」 日本が個人・チームで総合準優勝を獲得

  • 一覧

 「世界ろうあ連盟」が公認する聴覚障害者の自転車競技三大国際大会の1つ「デフ・ツール・ド台湾」の第5回大会が11月1日から8日まで開催され、日本代表選手の早瀨憲太郎さんが総合準優勝を果たした。アジア勢としては史上初の快挙で他2大会(デフリンピック、世界選手権)も含めてアジア勢が表彰台に立つのは初。さらに40代の選手が表彰台に立つことも史上初めてのことだ。1位スロバキア選手と3位のベルギー選手との僅差を争う接戦を制し、これによりチーム総合でも日本が初の準優勝を獲得した。レースの模様を早瀨憲太郎さんのレポートで紹介する。

「デフ・ツール・ド台湾」に出場し、アジア人で初めて総合準優勝を獲得した日本代表の早瀬憲太郎選手(右) 提供: Kentaro HAYASE「デフ・ツール・ド台湾」に出場し、アジア人で初めて総合準優勝を獲得した日本代表の早瀬憲太郎選手(右) 提供: Kentaro HAYASE

手話や文字による充実のサポート体制

台湾の街を走り抜けるプロトン 提供: Kentaro HAYASE台湾の街を走り抜けるプロトン 提供: Kentaro HAYASE

 「デフ」(Deaf)とは聴覚障害者を意味する英語で、「デフ・ツール・ド台湾」とはつまり「聴覚障害をもつ選手(以下、デフ選手)によるツール・ド・台湾」という意味だ。2年に1度、台湾政府の全面的な協力により大都市のメイン通りや高速道路を封鎖して繰り広げられる7日間のステージレース。毎年3月に行われる世界自転車連合(UCI)レースの「ツール・ド・台湾」は台湾西側のみで行われるが、「デフ・ツール・ド・台湾」は東側も含めて台湾を1周する。

高速道路も封鎖 提供: Kentaro HAYASE高速道路も封鎖 提供: Kentaro HAYASE

 UCIルールに準じて行われるため、審判やコミッセールは全員健聴者だが、手話通訳によるサポート体制がしっかり整備されていた。また今回の大会から電子掲示板を載せた車が並走し、コミッセールが指示する内容を全て文字で掲出していた。パレードが終わるタイミングやフィードが始まるタイミングもすべて電光掲示板に表示されるので非常に安心して走ることができた。

コミッセールの指示内容を映し出す電光掲示板を載せて走る先導者 提供: Kentaro HAYASEコミッセールの指示内容を映し出す電光掲示板を載せて走る先導者 提供: Kentaro HAYASE

 これはデフ選手だけでなく一般選手にとっても助かるはずで、風切り音で聞こえないアナウンスも文字で確認することができるはずだ。

 同時に街の中で一般市民に対するレース紹介の役割も果たしていた。デフ選手も一般選手も共に安心してレースを行う方法の一つがここにあるように思う。

レース中の会話も、駆け引きも手話

 レースには、台湾のプロチームを含む7チーム約30人の一般選手(健聴者)が参加。「南寳樹脂」(Nanpao)は台湾でも強豪のチームで、フランス選手やリオ五輪のカンボジア代表選手が出場した。

聴覚障害の選手は計20人が出場 提供: Kentaro HAYASE聴覚障害の選手は計20人が出場 提供: Kentaro HAYASE

 デフ選手はロシアやイタリアなどの強豪国のほか、台湾、韓国から計20人が出場。ロシアのデフ選手は全員プロ選手として活動しており、特にエースは台湾のプロ選手を引き離して残り80kmを1人逃げした。日本のプロツアーなら上位で勝負できる実力があると思われる。とはいえ、自分も選考会を突破して日本代表選手として出場している以上、目指すは総合優勝のイエロージャージしかない。

出走前の筆者(早瀬憲太郎さん) 提供: Kentaro HAYASE出走前の筆者(早瀬憲太郎さん) 提供: Kentaro HAYASE

 日本ろう自転車競技協会として実業団に登録するのは初めてのことで、レース中に話しかけられても答えられず、逆にこちらが話したくても通じず、うまく協調できないケースが多かった。やはり聴覚障害は自転車競技に不利なのではないかと思っていたときに、ある選手から「レース中の罵声が聞こえないから集中できて羨ましい」と言われたのだ。聞こえないことが有利。そんな考え方もあるのだと吹っ切れた。

 ところがデフ国際大会ではレース中の会話も、駆け引きも、手話が飛び交った。

サポートカー内でのコミュニケーションツール 提供: Kentaro HAYASEサポートカー内でのコミュニケーションツール 提供: Kentaro HAYASE

 ベルギー「総合1位が逃げたぞ。なぜ追わない?」
私「ちょっと様子をみてる」
ベルギー「いや、あれは決まるから追えよ。あんた2位だろ」
私「じゃあ君が追ったら」
ベルギー「俺はもう諦めてるから」

 そのとき一般選手数人がブリッジをかける動きがあったのでそれに乗って逃げ集団を追う。ちらっとうしろを見るとベルギー選手がぴたり。

 ベルギー「いやーよく考えたらまだ2分差だしね。あはは」

 こんな会話が手話で行われるのだ。手話は各国で違うのでベルギー手話なんて知らないのだが、デフ自転車競技選手同士、なんとなく伝わる。

世界との接戦に感じた喜び

 第1ステージのみヒルクライムなので、総合争いはここで差をつけるのが重要となる。もちろん、皆考えることは同じでスタートから飛ばす。ロシア勢が到着の遅れにより第2ステージからの参加という幸運?もあり、1位のスロバキア選手と1分差、3位とのベルギー選手と1分差の2位でレースは幕を開けた。

第1ステージで2位を獲得。左から3人目が筆者(早瀬憲太郎さん) 提供: Kentaro HAYASE第1ステージで2位を獲得。左から3人目が筆者(早瀬憲太郎さん) 提供: Kentaro HAYASE

 第2ステージから最終レースまで、ひたすら総合2位を守るか、総合優勝を狙うか、ステージ優勝を狙うか、などと悩む。日本チームの仲間や日本にいる小笠原崇裕監督と相談し、「総合優勝のためにステージ優勝を目指す」ことにした。1位とは1分差なので、どこかのステージで1分以上の差をつけて勝つ必要がある。

 また選手数が少ないため、ステージで足切りとなっても最終完走者のタイムに1時間プラスして次のステージに出られるというシステムも非常に良い。そのため総合争いから離脱したロシアのエースは序盤からステージ優勝を狙ってガンガンアタックをかけていく。それに乗って一緒に逃げれば一気に総合優勝に近づく。

アジア人で初めて個人ステージ総合2位を獲得。トロフィーを授与される筆者(早瀬憲太郎さん) 提供: Kentaro HAYASEアジア人で初めて個人ステージ総合2位を獲得。トロフィーを授与される筆者(早瀬憲太郎さん) 提供: Kentaro HAYASE

 スロバキア選手もベルギー選手も同じことを考え、お互いにマークして牽制しまくる。同じヨーロッパ勢が組んで、私がちょっとでも動くとあっという間に囲いにくる。ゴールスプリントも丁寧に囲んでくれる。ヨーロッパ勢と私の意地の張り合い。1位を追いつつ、3位に抜かれないようにする。神経をすり減らすような闘いができていることに喜びを感じた。

 厳しい順位争いの結果、個人総合2位を獲得することができた。総合1位は21歳のスロバキア選手で、総合3位は33歳のベルギー選手。攻めに攻めたからこその総合2位。台湾や韓国の選手からの「アジア人としてよくやってくれた」という賞賛が嬉しかった。

チームステージ総合2位を獲得 提供: Kentaro HAYASEチームステージ総合2位を獲得 提供: Kentaro HAYASE
日本代表選手(左から筆者・野崎勝利選手・川野健太選手) 提供: Kentaro HAYASE日本代表選手(左から筆者・野崎勝利選手・川野健太選手) 提供: Kentaro HAYASE

 アシストの川野健太選手、野崎勝利選手の頑張りによりチーム総合でも2位となった。前回大会では総合5位だったことを考えると、ここまで日本の力が上がったのは小笠原監督の手腕によるところが大きい。私たちデフ選手の場合、口で話すよりやってみせることがいちばんよく伝わる。

 小笠原監督率いる「DeafJAPAN」はいよいよ2017年7月にトルコで開催されるデフリンピックに挑む。世界はまだまだ強い。立ち向かうためにも毎日トレーニングを続けて、さらに力をつけていきたい。

この記事のコメント

利用規約順守の上ご投稿ください。

関連記事

この記事のタグ

台湾

  • 一覧

新着ニュース

もっと見る

ピックアップ

e-BIKE最新特集

スペシャル

自転車協会バナー

ソーシャルランキング

インプレッション

インプレッション一覧へ

連載