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つれづれイタリア~ノ<82>自転車ブランド、家具メーカー、銀行そして中国企業の参入 スポンサーに見る企業のトレンド

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 ちょうど数日前のニュースですが、イタリア大手コーヒーメーカーのセガフレード・ザネッティ社がUCIワールドチーム「トレック・セガフレード」との契約を3年延長し、2020年までワールドツアーのチームをサポートすることが決まりました。イタリア人として実にうれしいニュースです。さて、今回は自転車競技を支えるスポンサーに触れ、その絶妙で奇妙な関係を見てみたいと思います。

1980年代イタリアの自転車雑誌に掲載されたコマーシャル。一般の企業もこぞって広告を展開 画像提供: Marco FAVARO1980年代イタリアの自転車雑誌に掲載されたコマーシャル。一般の企業もこぞって広告を展開 画像提供: Marco FAVARO

変わりすぎるチーム名

リクイガス・キャノンデール時代の ヴィンチェンツォ・ニバリ(ティレーノ~アドリアティコ2011) Photo : Yuzuru SUNADAリクイガス・キャノンデール時代の ヴィンチェンツォ・ニバリ(ティレーノ~アドリアティコ2011) Photo : Yuzuru SUNADA

 多くのファンが自転車競技に不思議に思っていることの一つに、‟チーム名がよく変わる”ことが挙げられます。

 ワールドツアーチームの一つ、キャノンデールの例をみてみましょう。このチームがイタリア強豪チームのLiquigasと合併する前にこうなっていました。

「キャノンデール」をめぐるスポンサーの変遷

2003年: 5280-Subaru
2004-2006年:Team TIAA-CREF
2007年:Team Slipstream
2008年:Team Garmin-Chipotle

 運営母体は同じなのに、何回も名前を変えています。さらにシーズン中にも名前を変えることが珍しくありません。

2016年:Team Cannondale Pro Cycling Team (6月30日まで)
2016年:Cannondale-Drapac Pro Cycling Team (7月1日から)

今年のジャパンカップに参戦したキャノンデール・ドラパック Photo: Naoi HIRASAWA今年のジャパンカップに参戦したキャノンデール・ドラパック Photo: Naoi HIRASAWA

 名前には一貫性がないように見えます。さらに名前が変わる度にジャージのデザインも変わるし、ファンとしては変化についていくのが大変です。実は他のスポーツと比べ、自転車競技はチーム名がスポンサー名と連動しているため、スポンサーの変化に伴い、名前がよく変わるのです。そういう意味で、とても流動的なスポーツといえるでしょう。

自転車競技から世界経済の動きがわかる

 なぜ今回スポンサーをテーマにしたかというと、10月の「ジャパンカップサイクルロードレース」のあとに開催された国内大手オフィス家具メーカー「秀光」(しゅうこう)で行われた関係者向けの工場見学がきっかけでした。この企業は長年にわたり、ランプレ・メリダの日本国内スポンサーとして自転車競技を支えてきました。

10月25日に開催された川崎にある秀光の工場見学。当日はランプレ・メリダの選手たちも集まった Photo: Shusaku MATSUO10月25日に開催された川崎にある秀光の工場見学。当日はランプレ・メリダの選手たちも集まった Photo: Shusaku MATSUO

 そこでスポンサーと自転車競技の歴史というスピーチを依頼され、話をすることになりました。話をするにあたり、歴代のチーム名を調べるなかで私自身も驚きました。時代をリードする企業やトレンドがチーム名からよくわかることに気づいたのです。それをここで紹介したいと思います。

1940年代

 自転車競技の戦前のスポンサーというと、やはり自転車メーカーとタイヤメーカーでした。Atala(アタラ)、Olympia(オリンピア)、Olmo(オルモ)、Bianchi(ビアンキ)、Ganna(ガンナ)、Gloria(グロリア)、Legnano(レニャーノ)、Pegeaut(プジョー)など。消え去ったメーカーもありますが、世界最大のヴィンテージサイクリングイベント、エロイカに出る人なら憧れる名車ばかりです。

 自動車が普及していないこの時代、市民の足は電車と自転車でした。勝利は売り上げを大きく左右するもので、メーカーにとって勝利への執着は今より比較にならないほど高いものでした。そしてこの時代はプロチームの特性を徹底的に決めた時代でもあります。サッカーや野球など地域密着型のスポーツに対し、自転車競技はそうではありません。チーム拠点を転々とし、早くもグローバル戦略を決めました。スポンサーが広い範囲で売り上げを伸ばしたいためです。

1950~60年代

ロードレースのイラストが描かれた清涼飲料水のポスター 画像提供: Marco FAVAROロードレースのイラストが描かれた清涼飲料水のポスター 画像提供: Marco FAVARO

 戦後復興で新しいビジネスチャンスをつかみたい企業にとって自転車競技は最適な宣伝ツールでした。自転車メーカーではない新しいスポンサーが自転車競技に目をつけました。Molteni (モルテニ、サラミメーカー)、Salvarani(サルヴァラーニ、家具メーカー)、 Ignis(イーニス、白物家電)、Faema(ファエマ、コーヒーマシーンメーカー)などが名を連ねました。

 戦後から立ち上がったヨーロッパは、建設ラッシュに沸いていたので、家具、食べ物や洗濯機、冷蔵庫、テレビなど販売が急増しました。ここでメーカー各社は人々を熱狂させていた自転車競技に投資しました。

1970年代

画像提供: Marco FAVARO画像提供: Marco FAVARO

 オイルショックの時代、そしてサッカー黄金時代の始まりです。サッカーがヨーロッパで人気のスポーツになった理由は簡単。イタリアが敗戦国だったため戦後賠償が生み出した膨大な財政赤字を埋めるため、50年代にイタリア政府がTotocalcio (トトカルチョ、サッカーくじ)を導入し、70年代に全面的にサポートしたためです(現在もサッカーくじ協会は国営企業です)。

 イタリア国民は高額な当選金額が約束されたトトカルチョに夢中になりました。売り上げの半分は税金になるため、国として宝の箱となり手離せなくなりました。自転車競技が窮地に立たされたように見えましたが、スポンサーは絶えることはありませんでした。贅沢なアイスクリームのGIS(ジス)や、おしゃれなシステムキッチンメーカーSCIC(シック)など、70年代の倹約ムードとは反対に贅沢志向のメーカーが参入しました。

1980年代

 世界的に経済が急発展しました。自転車競技のスポンサーになったのが、またもや高級な家具メーカー、Del Tongo(デル・トンゴ)。日本はバブル経済に突入。ソニーがウォークマンの発売で音楽の世界に革新をもたらしました。

イタリアのキッチンメーカー「Del Tongo」の当時のポスター 画像提供: Marco FAVAROイタリアのキッチンメーカー「Del Tongo」の当時のポスター 画像提供: Marco FAVARO
キャノンのポスター 画像提供: Marco FAVAROキャノンのポスター 画像提供: Marco FAVARO

 そしてアメリカと日本の経済摩擦問題が勃発。それでもパナソニックや東芝など日本メーカーも世界展開をにらみ始め、自転車競技に登場します。

1990年代
 バブル崩壊で日本中が大騒ぎになった90年代。この時代に自転車競技を支えたのが、ハイテク銘柄でした。Deutsche Telekom(ドイチェ・テレコム)、Gewiss(ゲヴィッス)、Motorola(モトロラ)、Sega(セガ)など、ゲームから携帯、通信会社まで多くの企業が参入。金融のBanesto(バネスト)も登場。そして小売りではなく、企業を相手にする鉄板メーカーのLampre(ランプレ)もこの時代から全面的に自転車競技に入ってきます。

「ジロ・デ・イタリア2000」の第19ステージを疾走するマルコ・パンターニ。肩に「メルカトーネ ウーノ」の文字 =2000年6月2日 Photo: Yuzuru SUNADA「ジロ・デ・イタリア2000」の第19ステージを疾走するマルコ・パンターニ。肩に「メルカトーネ ウーノ」の文字 =2000年6月2日 Photo: Yuzuru SUNADA

 あの伝説のチーム、Mercatone Uno(メルカトーネ・ウーノ)も実はボローニャ周辺の小さなスーパーに過ぎませんでした。マルコ・パンターニの登場で瞬く間にイタリア中で展開していきます。

2000年代
 この年代はまさしく「金融の時代」と言えます。Caisse d’Epargne(ケッス・デパルニュ)、Credit Agricole(クレディ・アグリコール)、Mediolanum(メディオラヌム)、Rabobank(ラボバンク)、Saxobank(サクソバンク)、Tinkoff(ティンコフ)などが登場。アメリカ投資銀行のリーマン・ブラザースが倒産した2008年以前は投資銀行がこぞって自転車競技に参入しました。マルコ・パンターニに変わり、ランス・アームストロングの活躍でヨーロッパ以外の多くの国で自転車競技が注目を集めていたからです。アメリカや日本の市場を狙うヨーロッパやロシアの銀行が自転車競技を通して新しい市場を狙って動き出しました。

ブエルタエスパーニャ2006第10ステージで優勝したセルジオ・ パウリーニョ(ポルトガル、当時アスタナ)(ブエルタ・ア・エスパーニャ2006) Photo : Yuzuru SUNADAブエルタエスパーニャ2006第10ステージで優勝したセルジオ・ パウリーニョ(ポルトガル、当時アスタナ)(ブエルタ・ア・エスパーニャ2006) Photo : Yuzuru SUNADA

 そして国家が投資を呼び込むツールとして戦略的に自転車競技に関わってきました。ロシア連邦の崩壊から生まれた新しい国・カザフスタンは知名度が低いものの、資源が豊富。首都「アスタナ」の名を世界中に知らしめました。南米のコロンビアとヴェネズエラも同じく、自転車競技へ投資で知名度を上げたといっても過言ではありません。

2010年代

ツール・ド・フランス2016で総合優勝を果たしたクリストファー・フルーム(イギリス、チーム スカイ) Photo : Yuzuru SUNADAツール・ド・フランス2016で総合優勝を果たしたクリストファー・フルーム(イギリス、チーム スカイ) Photo : Yuzuru SUNADA

 グローバル展開加速の時代。Alpecin(アルペシン、美容)、Dimension Data(ダイメンション・データ、ハイテク)、Segafredo(セガフレード、コーヒー)、Sky(スカイ、放送局)、Vini Fantini(ヴィーニ・ファンティーニ、ワインメーカー)、世界展開を特化とした企業ほど自転車競技に参入。そして2017年から中国資本、中東のオイルマネーが初めて自転車競技に参加します。新しい世界に突入したことを予感させます。

自転車競技が企業から支持される理由

 なぜ企業たちがこぞって自転車競技に投資するのか、理由は3つあると思います。

(1)サッカーと比べて、投資額が低い
 ランプレを運営しているガルブゼーラ社長の話によると、会場の維持費などが省かれるため、サッカーチームと比べて自転車競技への投資は圧倒的に極端に低いそうです。

(2)テレビ放映の長さ
 日本国内においてテレビ放映時間とテレビ局は非常に限られていますが、ヨーロッパやアメリカでは放映時間が長い。3~4時間は普通です。そこでチーム名はスポンサー名になっているので、スピーカーに間接的にずっと宣伝し続けるメリットがあります

(3)ファンの知性
 自転車競技のファンには暴動を起こして企業に悪いイメージを与えるような「フーリガン」の存在がなく、イメージが良いそうです。

 長いコラムになりましたが、私自身も勉強になりました。

 さて、もうすぐ12月です。クリスマスプレゼントとチームの新しいジャージが少しずつ発表されています。自転車競技の冬はとても熱いです。ご期待ください。

マルコ・ファヴァロMarco FAVARO(マルコ・ファヴァロ)

東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ

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