つれづれイタリア~ノ<81>汗っかき必見 世界選手権に現れた暑さと戦うための最新‟冷却ウェア”
カタールで開催されたUCI(国際自転車競技連合)世界選手権が終わり、スロバキア代表のスーパーチャンピオン、ペテル・サガン(ティンコフ)が2度目の優勝を飾りました。ヨーロッパでは到来する冬に向けてシクロクロス大会が増える中、日本ではまだまだ“熱い”秋が続きます。「ジャパン・カップ」(宇都宮)に続き、「ツール・ド・フランス さいたまクリテリウム」が日本の自転車シーンを盛り上げてくれます。さて、今回のテーマは「熱さ」もとい「暑さ」です。時期的に少し外れますが、これから襲来する温暖化は避けられない問題であり、特に私のような汗っかきにとっては切実な問題です。

「白」ジャージに隠れた凄技

毎年、世界選手権に合わせてほとんどの国は伝統的な色を守りながら新しいウェアを披露します(もちろん、日本代表を除く)。オランダの鮮やかなオレンジ、スペインの黄色と情熱の赤、雪を連想させるロシア、優しい水色のベルギー、白、グリーン、黄色を特徴とするオーストラリア、濃いブルーのフランス。そして「azzurro」(アッズッロ)と呼ばれる独特な明るいブルーのイタリア。しかし、今年のイタリア代表ジャージの様子が違っていました。
パンツはアッズッロ色のままでしたがジャージが真っ白。少しミスマッチ。イタリア代表チームウェアはオリンピック開催時は白を使用していますが、世界選手権ではめったに白を使うことはありません。その上、背中部分の形状が明らかにおかしい。‟もこもこ”しています。まるで断熱材が入っているような気がしました。
今年もジャージのデザインを担当したのがイタリアの大手ウエアメーカー、「Castelli」 (カステッリ)でしたので、開発部に問い合わせてみたところ、面白い資料が戻ってきましたので、ご紹介します。

資料によれば中東の国、カタールで初めての開催だったので猛烈な暑さが予想されていました。そのため、暑さ対策のための新しいジャージの開発は急務だったそうです。そこでカステッリ社がミラノ工科大学の研究グループとともに酸化チタン入りの新しい繊維を開発。さらにジャージの背中部分に冷却効果のあるポリマー(重合体)入りの袋を装着するウェアを編み出しました。
酸化チタンは日焼け止めクリームにも広く使われ、紫外線を大幅にカットする効果があります。お腹部分をメッシュ素材にすることで風通しを良くし、また背中部分にあるポリマー袋は使用前に冷凍することで、解凍とともにゆっくりと体を冷やす効果を生み出します。カステッリ社はこの新素材の開発に1年間の月日を費やしたそうです。

このジャージの影響かどうかわかりませんが、実際にイタリア代表選手の一人、ジャコモ・ニッツォーロ(イタリア、トレック・セガフレード)が5位に入賞。確かにカタールは砂漠地帯で、秋といっても温度は40度を超えます。この暑さの影響で多くのプロ選手が体調を崩しました。本当に効果があるのなら、私もすぐにでも手に入れたいジャージの一つです。
今の若い選手たちには根性が足りない?

一方で、カタールの暑さに対し異論を唱える過去の英雄たちもいます。「ハンニバル」(人食い人間)という名前で恐れられていたベルギーのチャンピオン、エディ・メルクスはイタリアのラ・レプブリカ紙のインタビューに対しこう答えています。
「今の選手たちは十分な準備をしていないので暑さに慣れていないだけです。異常な暑さではありません。私が戦った1974年の世界選手権の方がもっと暑かった。ツール・ド・フランスやヴエルタ・ア・エスパーニャもこれぐらいの気温になることもある」と砂漠の高温に苦情を訴えている選手に対し、カツを入れました。
実はメルクス自身が2002年にツール・ド・カタールを企画し、この国に自転車競技の概念を持ち込みました。というわけでカタールに対し強い愛着をもっています。やはりどの時代もジェネレーションギャップがありますよね。
水分補給は永遠の課題

猛暑の影響で、レース中や練習中に熱中症で死亡する人は日本に多いようです。毎年、夏になると高齢者だけでなく、若い人もグラウンドや体育館で命を落としています。
スポーツ、特に自転車競技の鉄則は「飲んで食べる」ことです。のどの渇きを我慢しない。お腹がすく前に何かを食べる。無理な根性はいりません。「これを守らないと勝てない!」というくらい若いころは頭の中に叩き込まれました。
水分補給はスポーツ選手の永遠の悩みです。70~80年代に発行されたイタリア自転車雑誌に目を通してみると、やはり水分補給をめぐって多くの記事が掲載されています。1983年6月号の「BICI SPORT(ビチスポルト)」に掲載された当時のプロの意見を見てみましょう。

■アルフレード・マルティーニ(元イタリア自転車競技代表監督)
「飲み物はオレンジジュースで砂糖は十分です。50㎞走れます」
■ダヴィデ・ボイファーヴァ(マルコ・パンターニ、カッレーラチーム元監督)
「必要な時に水を飲むべきです」
■ルイジ・サルティ(元選手)
「炭酸入りジュースや炭酸水は避けたほうがいい。普通の水や砂糖入りの紅茶が好ましい」
■ジルベルト・ヴェンデミアーティ(元選手)
「現在スポーツドリンクの有効性をうたうコマーシャルが多いが、やはり普通の水のほうが効果的」
確かに1990年代までイタリアではミネラルウォーターと紅茶が自転車選手の一般的な飲み物でした。懐かしいものですね。
さて、このコラムが公開されるとき、宇都宮市で「ジャパンカップ」という熱いバトルが始まります。みなさん、応援に行きましょう。

東京都在住のサイクリスト。イタリア外務省のサポートの下、イタリアの言語や文化を世界に普及するダンテ・アリギエーリ協会や一般社団法人国際自転車交流協会の理事を務め、サイクルウエアブランド「カペルミュール」のモデルや、欧州プロチームの来日時は通訳も行う。日本国内でのサイクリングイベントも企画している。ウェブサイト「チクリスタインジャッポーネ」