ツール・ド・東北 2016<3>復興支援と観光ライドを同時に 被災地と絶景が入り混じる牡鹿半島100kmチャレンジライド

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO
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牡鹿半島チャレンジグループライド。津波の被害を受けた女川沿岸部を走る参加者たち Photo: Kyoko GOTO牡鹿半島チャレンジグループライド。津波の被害を受けた女川沿岸部を走る参加者たち Photo: Kyoko GOTO

 9月17・18日の2日間にわたって開催された「ツール・ド・東北」。17日には今年初の試みとして「牡鹿半島チャレンジグループライド」と称する100kmのサイクリングイベントが行われた。深刻な被害を受けた女川(おながわ)エリアや沿岸部がコースとなっており、各地の休憩ポイントには被災者による「語り部ステーション」が設けられた。アップダウンを繰り返す「難コース」という前評判にも関わらず当日は175人が参加。中には大会最年少となる13歳の少女の姿もいた。このライドを通じて彼女は何を感じたのか。

「自分の目で被災の現場を見てみたい」

 舞台となる牡鹿半島は石巻市と女川町に属し、太平洋に向かって突き出した約25kmの半島。東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震の震源地・三陸沖から最も近く、津波による甚大な被害を受けたエリアだ。その傷跡は沿岸部を中心にいまなお半島の至るところに残り、100kmのコースはその光景の間を縫うように設定された。

削られた山肌が残る工事現場 Photo: Kyoko GOTO削られた山肌が残る工事現場 Photo: Kyoko GOTO
あちらこちらで行われているかさ上げ工事の間を縫うように走るサイクリストたち Photo: Kyoko GOTOあちらこちらで行われているかさ上げ工事の間を縫うように走るサイクリストたち Photo: Kyoko GOTO
総勢175人による牡鹿半島チャレンジグループライドがスタート Photo: Kyoko GOTO総勢175人による牡鹿半島チャレンジグループライドがスタート Photo: Kyoko GOTO

 同イベントが新設された背景には、「サイクルツーリズムを根付かせたい」という大会側の思いがある。イベント以外でも、サイクリストが自由にこの地を訪れ、自転車で巡れるルートを確立したいという意向だ。

 牡鹿半島がコースとして選ばれたのは「復興の様子をより多くの方々に直接見てほしい」という石巻市の提案による。もっとも、被災の現場のみならず、走りごたえのあるルートや上り詰めた先に広がる絶景、地元グルメなど、サイクリングとして楽しめる要素もふんだんに盛り込まれた。さらに今回は、休憩ポイントで被災地域の当時の様子や復興の過程を地元の“語り部”から聴き、牡鹿半島の「いま」を知る「語り部ステーション」も設けられる。

健脚グループからマイペースで走るグループまで、さまざまなサイクリストが参加。それぞれクラス分けされたグループで出走 Photo: Kyoko GOTO健脚グループからマイペースで走るグループまで、さまざまなサイクリストが参加。それぞれクラス分けされたグループで出走 Photo: Kyoko GOTO
出走者の中には「広報大使」、道端カレンさんの姿も Photo: Kyoko GOTO出走者の中には「広報大使」、道端カレンさんの姿も Photo: Kyoko GOTO
森永珠己ちゃん(中央)と父親の茂さん Photo: Kyoko GOTO森永珠己ちゃん(中央)と父親の茂さん Photo: Kyoko GOTO

 当日はグループ形式でのライドとなり、参加者は事前に申告した自身のレベルに合わせて10人ほどのグループに分かれた。過去の「ツール・ド・東北」経験者も多く、そのうちの一人は「牡鹿半島は初めてのコースで、なかなか見にいく機会がないから」と、期待を膨らませていた。

 この日、多くの大人たちに混じって、父親と一緒に参加していた中学2年、森永珠己(たまき)ちゃんの姿があった。3カ月前、大会出場のためロードバイクを買ってもらい、毎週末、父の茂さんと練習してこの日に臨んだ。「一度自分の目で被災の現場を見てみたい」という思いから出場を決めた。「ここで見たことを学校に帰って皆に話したい」といい、今回初挑戦となる100kmの完走を目指してスタート地点の石巻専修大学を元気よく出発した。

被害の深刻さを物語る女川エリア

 牡鹿半島チャレンジグループライドでは、コースの途中に合計3カ所の休憩所がある。参加者たちはスタートから19km地点にある1つめの休憩ポイント、女川湾に面した女川駅へ向かって走る。

コースからたびたび目にする仮設住宅 Photo: Kyoko GOTOコースからたびたび目にする仮設住宅 Photo: Kyoko GOTO
女川駅に近づくにつれ、工事現場を走る様相に Photo: Kyoko GOTO女川駅に近づくにつれ、工事現場を走る様相に Photo: Kyoko GOTO

 走行中、ところどころに現れる仮設住宅。いまなお被災者が身を寄せており、沿道に出てサイクリストたちに手を振って応援してくれる住民らもいた。

 女川駅周辺は至るところで復旧工事が行われており、駅舎を含めて建物はすべ新築。地域一体がさら地になった証であり、当時の被害の甚大さを思わせる。

津波の被害を免れた女川町地域医療センター。掲げられた「新しい女川に生まれ変わる」の文字が目に飛び込んでくる Photo: Kyoko GOTO津波の被害を免れた女川町地域医療センター。掲げられた「新しい女川に生まれ変わる」の文字が目に飛び込んでくる Photo: Kyoko GOTO

 エイドステーションでは名物の笹かまぼこがふるまわれ、約20kmを走ってきたサイクリストたちの小腹を満たしていた。駅前には女川の味を堪能できる飲食店が立ち並ぶ商業施設「シーパルピア」が新設されており、サイクリングで訪れてもエイドステーションさながらに休憩ポイントとして利用できそうだ。

女川駅に設けられた1つめのエイドステーション。周囲の建物すべてが新しい Photo: Kyoko GOTO女川駅に設けられた1つめのエイドステーション。周囲の建物すべてが新しい Photo: Kyoko GOTO
女川エイドステーションではサイクリストたちに名物の笹かまぼこが配られた Photo: Kyoko GOTO女川エイドステーションではサイクリストたちに名物の笹かまぼこが配られた Photo: Kyoko GOTO

上りごたえのある山岳コースの先に

半島ならではの細かなアップダウンが続くコースが、少しずつサイクリストたちの脚を削り始める Photo: Kyoko GOTO半島ならではの細かなアップダウンが続くコースが、少しずつサイクリストたちの脚を削り始める Photo: Kyoko GOTO

 いよいよ半島エリアへ突入。細かなアップダウンを繰り返す半島独特の地形に、サイクリストたちのペダルを踏む足にも力が入る。

 前半はしばらく沿岸部に沿って進み、標高の低いところにさしかかると、津波の被害が直撃したエリアを目の当たりにしながらペダルをこぎ進める。震災当時、牙を向いたとは思えないほど穏やかな海だったが、ところどころに残るえぐられた山肌に当時の様子が窺い知れた。

序盤から細かなアップダウンが続く Photo: Kyoko GOTO序盤から細かなアップダウンが続く Photo: Kyoko GOTO
女川の沿岸部を走る  Photo: Kyoko GOTO女川の沿岸部を走る  Photo: Kyoko GOTO
津波の跡が残る女川の沿岸部 Photo: Kyoko GOTO津波の跡が残る女川の沿岸部 Photo: Kyoko GOTO

 35km地点にある2つめの休憩地点を過ぎたあたりから山間部へと入る。

 勾配はとたんに急になり、上り基調の山岳コースがサイクリストたちの足を削り始める。イベント当日は一般車両の通行規制が行われていたため、皆グループのペースや車の往来を気にせず、それぞれのスピードで坂を上っていた。

グループから遅れても走行管理ライダーがしっかりサポート Photo: Kyoko GOTOグループから遅れても走行管理ライダーがしっかりサポート Photo: Kyoko GOTO
大人顔負けのスピードで上る珠己ちゃん Photo: Kyoko GOTO大人顔負けのスピードで上る珠己ちゃん Photo: Kyoko GOTO
標高が上がると美しい眺望が広がる Photo: Kyoko GOTO標高が上がると美しい眺望が広がる Photo: Kyoko GOTO
コースから望む太平洋。当日はあいにくの曇り空だが、それでも上りの疲れが吹っ飛ぶ瞬間だ Photo: Kyoko GOTOコースから望む太平洋。当日はあいにくの曇り空だが、それでも上りの疲れが吹っ飛ぶ瞬間だ Photo: Kyoko GOTO
スタートから55km地点、3つめの「おしか御番所公園」で金華山を背に記念撮影する参加者 Photo: Kyoko GOTOスタートから55km地点、3つめの「おしか御番所公園」で金華山を背に記念撮影する参加者 Photo: Kyoko GOTO

 標高が上がるにつれて勾配が緩み、回りを見る余裕を取り戻したところに半島ならではの「視界がほとんど海」という眺望が広がり、サイクリストたちの疲れを吹き飛ばした。

 コース最大の難所を超えた56km地点、3つめの休憩ポイント、御番所公園に到着。たどり着いたサイクリストたちの表情には疲労の色が見えたが、牡鹿半島でもっとも美しい景色が楽しめる景観ポイントとあって、海を挟んで見える金華山をバックに記念撮影をするなど束の間の休憩を楽しんだ。

「坂はつらいけど上り終えると嬉しいし、なにより景色が良くてめちゃくちゃ楽しい」と話す珠己ちゃん Photo: Kyoko GOTO「坂はつらいけど上り終えると嬉しいし、なにより景色が良くてめちゃくちゃ楽しい」と話す珠己ちゃん Photo: Kyoko GOTO

 ここまでの道のりを振り返り、珠己ちゃんは「坂を上っている間はつらいけど、クリアすると楽しい。工事しているところがあってまだ大変なんだなと思うけど、とにかく景色が良くてめちゃくちゃ楽しい! 山と海の景色が一緒に見られるのも嬉しい。絶対完走します!」と、大人たち以上にサイクリングを楽しんでいる様子だった。

地元でしか得られない味覚と体験

「御番所公園」から6kmほど下ったところにある鮎川エイドステーションで昼休憩。地元のボランティアの方が到着するサイクリストをお出迎え Photo: Kyoko GOTO「御番所公園」から6kmほど下ったところにある鮎川エイドステーションで昼休憩。地元のボランティアの方が到着するサイクリストをお出迎え Photo: Kyoko GOTO

 御番所公園から6kmほど下ったところにある鮎川エイドステーションでお待ちかねのランチ休憩だ。

 かつて捕鯨の町として知られた鮎川の郷土料理、ツチクジラのステーキを添えたお弁当とメカブの味噌汁がふるまわれ、サイクリストたちは温かい食事で残り40kmのライドに向けて英気を養った。

お弁当を提供してくれたボランティアの皆さん Photo: Kyoko GOTOお弁当を提供してくれたボランティアの皆さん Photo: Kyoko GOTO
この地で昔から食されているツチクジラの網焼きがお弁当に添えられる Photo: Kyoko GOTOこの地で昔から食されているツチクジラの網焼きがお弁当に添えられる Photo: Kyoko GOTO
「鮎川の名物なんだよ」といいながらお弁当を手渡すボランティアの女性 Photo: Kyoko GOTO「鮎川の名物なんだよ」といいながらお弁当を手渡すボランティアの女性 Photo: Kyoko GOTO
腹ペコの体にボリュームのあるお弁当がうれしい Photo: Kyoko GOTO腹ペコの体にボリュームのあるお弁当がうれしい Photo: Kyoko GOTO

 食事をとった後、各グループは順番に被災者の方が震災当時の様子を語る「語り部ステーション」に集まった。当時、牡鹿半島と金華山を隔てる「金華山瀬戸」の底が見えるほどに海水が引け、それから一気に津波が押し寄せたという状況を聞き、サイクリストたちはこれまでの道のりで見てきた景色と当時の様子とを重ね合わせるように写真に見入っていた。

「語り部ステーション」で話に聞き入るサイクリストたち Photo: Kyoko GOTO「語り部ステーション」で話に聞き入るサイクリストたち Photo: Kyoko GOTO
当時の様子を物語る数々の写真 Photo: Kyoko GOTO当時の様子を物語る数々の写真 Photo: Kyoko GOTO

復興への歩みに寄せる思い

地元の珍味「ホヤ」に扮した応援で見送られ、再出発! Photo: Kyoko GOTO地元の珍味「ホヤ」に扮した応援で見送られ、再出発! Photo: Kyoko GOTO

 しっかり休憩をとったサイクリストたちは、ゴールに向け再出発。地元の珍味、ホヤに扮した地元の人に見送られるなか、残り40kmの道のりを漕ぎ出した。

 いまもなお防波堤の建設が進められている石巻湾の沿岸部沿いを走り、15km先にある次の「語り部ステーション」へ向かった。

沿岸部に建設中の防波堤の脇を走る Photo: Kyoko GOTO沿岸部に建設中の防波堤の脇を走る Photo: Kyoko GOTO
語り部を務めた木村真さん。背後は「日本のカキ養殖の父」といわれる宮城新昌さんの業績をたたえる顕彰碑。以前の顕彰碑は震災で真っ二つに割れてしまったため新たに作られた Photo: Kyoko GOTO語り部を務めた木村真さん。背後は「日本のカキ養殖の父」といわれる宮城新昌さんの業績をたたえる顕彰碑。以前の顕彰碑は震災で真っ二つに割れてしまったため新たに作られた Photo: Kyoko GOTO

 辿り着いたのは、震災前に石巻市荻浜支所があったという跡地。語り部を務めた木村真さんによると、この地一帯では1051世帯中231世帯が全壊し、海沿いにあった50数軒の家は山際に流され、24人が亡くなった。

 「津波で流された家がひしめく音や鳴り止まない車のクラクションなど、今でも忘れることができない」と当時を振り返る。「いまだ仮設住宅に住んでいる人もいるが、あと一歩というところまできました」との話に、参加者らは復興へと歩んできた被災地の5年半に思いを寄せた。

木村さんの話に耳を傾けるサイクリストたち Photo: Kyoko GOTO木村さんの話に耳を傾けるサイクリストたち Photo: Kyoko GOTO

 さらにこの後、ゴール手前約10km地点にある最後のエイドステーション「サン・ファンパーク」ではずんだシェイクと魚介焼きがふるまわれるとともに、語り部による話が行われた。

「走るだけでも復興に協力できるのが嬉しい」

「完走賞」を受け取り、喜びの表情を浮かべる珠己ちゃん Photo: Kyoko GOTO「完走賞」を受け取り喜びの表情を浮かべる珠己ちゃん Photo: Kyoko GOTO

 およそ9時間をかけて見事完走を果たした珠己ちゃんは、「やりきった! 最初は長いとしか思っていなかったが、楽しかった。自分で自分をすごいと思う」と喜びを爆発させた。

 一方で、被災地を目にした感想について「いろんなところでみんな頑張っていると思った。こうして走るだけで復興に協力できると思うと嬉しい」と語り、「宮城県は寂しいイメージがあるので、それをなくすためにもこれからもっと人が集まってほしいし、私ももう一度完走したい」と早くも来年に向けて意欲を示した。

お父さんと一緒に2人で完走。「また完走したい」と珠己ちゃん Photo: Kyoko GOTOお父さんと一緒に2人で完走。「また完走したい」と珠己ちゃん Photo: Kyoko GOTO

 また、「もっと長い距離を乗ってみたい」と、100kmのライドを通じてサイクリストとしてもさらなる成長を遂げたようだ。そんな珠己ちゃんを見ながら、父の茂さんは「珠己のような歳の女の子でも走れたということを知って、来年は若い参加者がもっと増えたら」と語った。

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