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栗村修の“輪”生相談<84>40代男性「ロード選手が鍛えれば鍛えるほど、身体が弱々しくなるのは何故でしょうか」

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こんにちは。いつも楽しく拝見しています。ロード歴8年目の40代男性です。

 栗村さんにお聞きしたいのは、自転車で身体を鍛える事の意味、についてです。わたしは普段は身体を鍛えるために自転車に乗るというよりは、仕事の息抜き、爽快感を得るために乗っています。ですから、いろいろな計測器をつけて数値を計ってトレーニングを…というようなことは全くしていません。

 が、先日読んだ『シークレット・レース―ツール・ド・フランスの知られざる内幕 』(タイラー・ハミルトン、ダニエル・コイル著)に気になる事が書いてあり、また自分でも少し思い当たる事があったので質問させていただきます。

 本文の198ページに「選手の身体は自転車に乗るのに適した身体に変わっていく。だから歩くのが苦手になる。言ってみれば自転車ロードレースは鍛えれば鍛えるほど、身体が弱々しい老人のようになる世界で唯一のスポーツだ。生理学的な根拠は詳しくは知らないが、ともかくそれは事実なのだ」とあります。

 これは実際に自分の感覚としても思い当たるところがあります。ロードバイクで長い距離を走った後には、身体から何かが抜けていくような独特の疲労感が強く感じられるのです。ジョギング、水泳、筋トレなどは、自分の体内に何らかの力が「蓄積されていく」感覚があるのですが、自転車は逆で「抜けていく」感覚なのです。

 身体がそのスポーツの動きに適化することは、どのスポーツでも起こりうる話だと思いますが、なぜ“弱々しい老人”のようになる“世界で唯一”のスポーツなんでしょうか。走る事、泳ぐ事とは何が違うのでしょうか。

 トッププロだったハミルトンが「生理学的な根拠はよく知らない」ぐらいですから、未知な部分が多いのかもしれませんが、このあたりの事についてご存知であれば教えていただければと思います。

(40代男性)

 ハミルトンの本は、もちろん僕も読みましたが、衝撃的でしたね。もっともその「衝撃」は、僕に限らず多くの人はドーピングに関する記述から受けたと思われますが、質問者さんは別のところに着目されたんですね。

 質問者さんが引用された記述は、ある意味事実だとは思いますが、また別の意味では、誤解を招く恐れもあります。

 前に、ジャパンカップではじめてサイクルロードレースという競技を目の当たりにしたある女性が「こんなに手足の細い男性を見たことがない」という感想を漏らすのを聞いたことがあります。たぶん、クリストファー・フルームのようなオールラウンダーかクライマー寄りの選手だったんでしょうが、これはまあ、「弱々しい老人のよう」というハミルトンの記述にもおおむね一致する感想ですよね。

手足の細い選手の代表格、2016年ツール・ド・フランス覇者のクリストファー・フルーム(イギリス) Photo: Yuzuru SUNADA手足の細い選手の代表格、2016年ツール・ド・フランス覇者のクリストファー・フルーム(イギリス) Photo: Yuzuru SUNADA

 しかしですよ。もし彼女が見た選手がスプリンターのアンドレ・グライペルだったらどうだったでしょうか。あんなムキムキの老人がいてはたまりません。つまり、ハミルトンがいう「弱々しさ」はあくまで見た目の話ですが、見た目には大いに差があるということです。

 僕は前からずっと、「トレーニングは順応だ」と言ってきました。つまり、狙うレース、行うトレーニングの種類によって、体つきが変わるということです。グライペルやマルセル・キッテルといったスプリンターたちは、筋骨隆々です。石畳のパリ〜ルーベなどを狙う、ファビアン・カンチェッラーラやトム・ボーネンなんかも全身の筋肉がものすごく発達して、とてもじゃないですが老人には見えない。

 ハミルトンはステージレースで総合優勝を狙うタイプの選手でした。だから、彼は自分と同タイプである総合系の選手を念頭に置いてああ書いたんでしょう。総合狙いの選手は余分な筋肉・脂肪を落とさなければいけませんから、上腕なんかはとても細くなります。それを「老人のよう」と言ったんでしょうね(但し、実際にはお尻まわりや脚の付け根付近、体幹部分はかなり発達しています)。

 しかしこれは、世界の頂点を狙うようなレベルの話です。趣味でロードバイクに乗る分には、ほとんど問題ないでしょう。日常生活でも歩きますし、他のスポーツを並行して行ってもいいですしね。むしろ、ハミルトンのレベルまでいけたらすごいですよ。

スプリンターのアンドレ・グライペル(ドイツ)は筋骨隆々だ Photo: Yuzuru SUNADAスプリンターのアンドレ・グライペル(ドイツ)は筋骨隆々だ Photo: Yuzuru SUNADA

 ジョギング、水泳、筋トレと違って、力が抜けていく感覚があるとのことですが、これはもしかすると運動時間が関係しているかもしれません。ロードバイクの場合、休日などに朝9時から夕方の17時くらいまで休憩をはさみつつ160kmほど走ることは珍しいことではありません。仮に、ジョギング、水泳、筋トレを、ロードバイクで長距離を走る時と同じ心拍数(運動強度)で8時間続けたらどうなるでしょうか。恐らく、「力が抜けていく感覚」では済まないほど体はダメージを受けるはずです。

 要するに、ロードバイクは、他のスポーツでは実現が難しい長時間の運動を可能にする乗り物であり(当然1日の消費カロリーやミネラル分を含んだ脱水量も増える)、更に人間が本来行う動き(歩行や走るという行為)とは異なる動作に順応していくため、「力が抜けていく感覚」に襲われるのかもしれません。

 その代わり、自転車に乗るという行為に対しては順応が進むわけですから、より速くより長時間走れるようになります。

 長時間運動できるスポーツなのでつい長距離を走ってしまうわけですが、趣味として楽しむ分には自転車は関節への負担も小さく体にいいスポーツなので、運動による体への負荷を調整しつつ、他のスポーツと平行して楽んでいけば、バランスを崩すことなく強くて健康な体を創れるのではないでしょうか。

(編集 佐藤喬)

回答者 栗村修(くりむら おさむ)

 一般財団法人日本自転車普及協会 主幹調査役、ツアー・オブ・ジャパン 大会ディレクター、スポーツ専門TV局 J SPORTS サイクルロードレース解説者。選手時代はポーランドのチームと契約するなど国内外で活躍。引退後はTV解説者として、ユニークな語り口でサイクルロードレースの魅力を多くの人に伝え続けている。著書に『栗村修のかなり本気のロードバイクトレーニング』『栗村修の100倍楽しむ! サイクルロードレース観戦術』(いずれも洋泉社)など。

※栗村さんにあなたの自転車に関する悩みを相談してみませんか?
ml.sd-cyclist-info@sankei.co.jpまでお寄せください。

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