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猪野学の“坂バカ”奮闘記<1>「下り坂って言ったの誰だ!」 イタリアロケで叩き起こされた‟本能”

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 ロードバイクを、そして坂をこよなく愛する俳優・猪野学さんによる連載『猪野学の“坂バカ”奮闘記』がスタートします。サイクリストとしての猪野さんの日常や、出演中の自転車情報番組『チャリダー☆』(NHK BS1)の裏話などさまざまな話題をお届けします。

◇         ◇

 レース会場に行くと「坂バカ!」と声をかけていただくことが多くなった。ひょっとしたら私の本業は「大河ドラマ」や「朝の連ドラ」(朝の連続テレビ小説)に出ている俳優ではなく、「坂バカ」だと思われているかもしれない。そこでふと考えてみた。いつから私は「坂バカ」になったのだろうかと。

2008年に放映されたNHK『男自転車ふたり旅』で、ロケ地であるイタリアの風に吹かれる筆者。若い!2008年に放映されたNHK『男自転車ふたり旅』で、ロケ地であるイタリアの風に吹かれる筆者。若い!

「坂バカ体験」は突然に

番組内で一緒に旅をした俳優・蟹江一平(左)と。やっぱり若い!番組内で一緒に旅をした俳優・蟹江一平(左)と。やっぱり若い!

 思い起こせばいまから8年前。それは思いがけないエピソードから始まった。

 NHKの『男自転車ふたり旅』という番組で俳優の蟹江一平と北イタリアを走ったときのことだ。イタリア北部、生ハムと中田英寿選手がいたことで有名なパルマの街へと下る山道が絶景だというので、自転車で走る様子をモーターパラグライダー(以下モーパラ)で空撮することになった。

 モーパラという乗り物は低速では安定しないらしく、パイロットからの指示は「35km/h以上をキープせよ」とのこと。街までの道のりは50km。ちょっと遠いが、下りだから大丈夫だろうと判断し、空撮を実行することにした。

これから起きる事態を知らず、余裕の笑顔を見せる筆者これから起きる事態を知らず、余裕の笑顔を見せる筆者

 モーパラの操縦と撮影を担当するのは現地イタリア人。白髪でスラリとした長身でいかにも伊達男。イタリア版ジョージ・ルーカスといったところだ。モーパラの離陸と共に撮影がスタート。順調に下りを攻める。一平は下りは得意ではないが、さすがに35km/hを切る事はない。これはさぞかし良い画が撮れそうだ…と思ったその時! 前方におかしな光景が現れ、我々は眼を疑った。

 上り坂だ。

 おいっ!誰だっ、下り坂だと言ったのは!

 背後からはルーカスがモーパラのエンジン音を轟かせながら迫ってくる。「おい!どうしたセニョール!35km/hだぞ!」と言ってるかのようだ。アウターダンシングで一気に駆け抜けようとするが、我々の祈りとは裏腹に勾配はどんどんキツくなっていく。

 さすがに35km/hは無理だ…。プロのパンチャーじゃあるまいし。

モーパラに追われながら、必死に坂を上るモーパラに追われながら、必死に坂を上る

 標高はグングン上がり続け、私と一平の心拍もグングン上がり続ける。後ろから「話が違うよ!」と泣き叫ぶ一平の声が聞こえる。こんなの無理だ。しかしルーカスのエンジン音は背後から語りかけてくる。

 「おい!どうしたセニョール!35km/hだぞ」

 アップダウンを何度か繰り返し、下山した時にはヘロヘロだった。まるで激しいインターバルトレーニングを終えた後のようだった。

いまも聞こえるエンジン音

 ふもとのピザ屋で昼食を取りながら休憩。頑張った後の至福の時だ…。ルーカスとスタッフは先程のモーパラの映像をチェックしている。が、なぜか表情が曇り出す。嫌な予感…おそるおそる近寄り、映像を見てみる。

 何ということだ…。ピントが1つも合っていない。

ピントが合っていない映像に唖然とするスタッフと、ルーカスピントが合っていない映像に唖然とするスタッフ、とルーカス

 おいっ!ルーカスっ!その白髪は見かけ倒しか!

 結局その日の映像はひとつも使えず、私と一平の心拍数は無駄に終わった。そしてその瞬間から、イタリアのジョージ・ルーカスは 「ジョージ・ノー・フォーカス」と呼ばれることになった。

 脚が売り切れた絶望的な状況。限界スレスレの心拍。ぜんぶ無駄になったが、「出し尽くした」満足感だけはあった。思えば、あれが人生ではじめての「坂バカ体験」だったのかもしれない。そして、今でもちょっとしたアップダウンを走ると、ルーカスのエンジン音を思い出す。

 「どうしたセニョール!35km/hキープだぞ!」と──。

 
(写真提供: テレコムスタッフ)
 

猪野 学猪野 学(いの・まなぶ)

俳優・声優。自転車情報番組NHK BS1『チャリダー☆』(毎週土曜18:00~18:25)にレギュラー出演し、「坂バカ俳優」という異名で人気を博す。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる。ウェブサイト「マナブログⅡ

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