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NHKの自転車情報番組で人気沸騰体当たりの「チャリダー☆」 “坂バカ俳優”・猪野学さんの素顔に迫る

by 後藤恭子 / Kyoko GOTO 猪野学/Manabu INO
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 NHK BS1の自転車情報番組『チャリダー☆』(毎週土曜18:00~18:25)で必死にもがく「坂バカ」ぶりが人気の俳優・猪野学さん(43)。ヒルクライムレースでの表彰台を夢見て、眼鏡を汗で曇らせながらときにエキスパートの胸を借り、ときに共演者の竹谷賢二さんの叱咤を受けて本気で凹む。それでも強くなろうと貪欲に挑む姿が、サイクリストたちの間で共感を呼んでいる。この突然の「坂バカ俳優」の登場に「すごいけど、誰?」と思った視聴者は(筆者も含め)少なくないだろう。「坂バカ道」を突き進む稀有な俳優、猪野さんの素顔に迫った。

故郷の三重県菰野町の峠を上る猪野学さん。番組を忘れ、カメラの向こうにいる竹谷さんの目を気にして走る本気ぶり ©NHK『チャリダー☆』故郷の三重県菰野町の峠を上る猪野学さん。番組を忘れ、カメラの向こうにいる竹谷さんの目を気にして走る本気ぶり ©NHK『チャリダー☆』

36歳、ふじあざみラインで「坂バカ」覚醒

――猪野さんが自転車に乗り始めたきっかけは?

猪野学さん。三重県出身の43歳。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる Photo: Naoi HIRASAWA猪野学さん。三重県出身の43歳。自転車の他、空手やスキーなども特技とするスポーツマン。俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍する一方、映画『スパイダーマン』のトビー・マグワイアの声優としても知られる Photo: Naoi HIRASAWA

 BMXに乗ったり、自転車は幼い頃から身近にありました。自転車通学をしていた中学時代、自宅が丘のてっぺんにあったこともあって、当時「ブリヂストン・ロードマン」で斜度7~8%の坂を300mくらい上ってました。蛇行しながらでも、自転車を降りることはなかった。「坂バカ」の芽はその頃からあったんでしょうかね(笑)。当時「ツール・ド・フランス」も観ていたから自転車は好きだったんだと思います。

 でも、そこから時間が空いて、ロードバイクに乗ったのは36歳のとき。NHKの「男自転車ふたり旅〜イタリア1200kmを行く〜」という番組に出演したのがきっかけでした。それまでロードバイクはちゃんと乗ったことがなく、1日100km以上の道のりを毎日走るのはきつかったんですけど、同時におもしろさにはまってしまった。

 帰国後になじみのバーで番組の上映会を行ったところ、それを観た仲間も盛り上がって、その勢いで急きょ自転車部が発足したんです。それが本格的にロードバイクに乗り始めたきっかけです。

――そこから「坂バカ」に至る道のりは?

 しばらくして大会に出ようということになったんですが、リーダーが何を間違えたのかふじあざみラインを上る「富士国際ヒルクライム」にエントリーしたんです。開催日が近くてエントリー可能だったという理由らしいんですが、そりゃ空いてますよね(笑)。それから奥多摩や丹沢方面の峠で練習を始めましたが、案の定最初は誰も上れなくて。そのままあざみラインに突入するっていう、まさかのデビュー戦になっちゃいました。

――デビュー戦がそれだと、むしろ坂が嫌いになりそうですが…

 それがすごく楽しかったんです。「やられた-!」っていう圧倒され具合がこれまでにない感覚だった。その第一印象が強烈で、最初に20%超えの勾配を味わってしまうとそれ以外は坂とは思えないというか。あざみラインくらいの斜度がないと“やられた感”がしなくなりました(笑)。以来「富士国際ヒルクライム」には毎年出場するようになって、最初1時間20分だったのが、最近は1時間を切れるようになりました。自己ベストを更新するのが毎年の目標で、自分の現状を知るバロメーターのようなレースです。

平均勾配10%という「ふじあざみライン」を駆け上がる「富士国際ヒルクライム」。メガネの曇りががんばりのバロメーター ©NHK『チャリダー☆』平均勾配10%という「ふじあざみライン」を駆け上がる「富士国際ヒルクライム」。メガネの曇りががんばりのバロメーター ©NHK『チャリダー☆』

 いま番組内で『坂バカだより』という全国の坂を上るコーナーをやっているんですが、坂になると踏み始める習性はもはや番組とか関係ないです。ぐっとトルクが上がる感じに全身で喜びを感じます。「勾配来た!」ってね(笑)。ただ、じゃあ坂の魅力は何かと問われると、答えはまだ見つかっていないんですけどね…。

――忙しい俳優業の傍ら、練習時間はとれているんですか?

 舞台が始まると難しいですが、ドラマ撮影のときは比較的とれます。オフの日は尾根幹経由で和田峠に行ったり、奥多摩や風張峠に行きます。風張の旧道は斜度もあるので「仮想あざみ」とかいいながら上ってます。時間に余裕があれば自宅から往復自走したりもします。

自転車を始めてから8年間、「毎日ローラー練習は欠かさない」という猪野さん Photo: Naoi HIRASAWA自転車を始めてから8年間、「毎日ローラー練習は欠かさない」という猪野さん Photo: Naoi HIRASAWA

 時間がないときでも毎日ローラーには乗るようにしています。イナーメ信濃山形の高岡亮寛選手は、どんなに忙しくても早朝や帰宅後に毎日必ず5分ローラーに乗り、300W超えのパワーを出して「血を巡らす」んだそうですが、それを聞いて自分もそれくらいやらないとだめなんだなと思って。

 もう8年くらい続けています。いつもローラーを回す1時間くらい前から塾に行く前の少年みたいに「やりたくなーい、心拍あげたくなーい」と思うんですけど、地道に続けないと表彰台には上がれませんからね。ただ40歳すぎると、まぁ体の回復が遅い!(笑)。心拍系のインターバルトレーニングをした翌日の体の重さったらないですよ。もっと早く始めていれば良かったと思うこと頻りです。

出演者もスタッフも“本気”の『チャリダー☆』

――それで「坂バカ俳優」として番組に抜擢されることに?

 「男自転車ふたり旅」を制作したディレクターと、「自転車の番組ができたらいいね」などと話していたのが『チャリダー☆』発足のきっかけなんです。自転車でやりたいことや会いたい人の名前を挙げて、思い描いていた夢が番組化していった感じです。

番組ではシクロクロスにも挑戦。「東根ゆきまつりシクロクロス」でヘルメットもずれる爆走ぶり ©NHK『チャリダー☆』番組ではシクロクロスにも挑戦。「東根ゆきまつりシクロクロス」でヘルメットもずれる爆走ぶり ©NHK『チャリダー☆』
新城幸也選手のタイ合宿で練習に参加。きついけど嬉しそう。新城選手に「猪野さん速くてびっくりした」と言われ感無量 ©NHK『チャリダー☆』新城幸也選手のタイ合宿で練習に参加。きついけど嬉しそう。新城選手に「猪野さん速くてびっくりした」と言われ感無量 ©NHK『チャリダー☆』

 「山の神様」こと森本誠“師匠”(イナーメ信濃山形)にしごいてもらったり、豊岡英子選手(チーム パナソニックレディース)にシクロクロスの極意を伝授してもらったり、さらには新城幸也選手(ランプレ・メリダ)のタイ合宿にまで同行させてもらえて、僕にとっては夢を叶えてくれる番組です(笑)。

「サイクルクリニック」という設定の『チャリダー☆』。オーナーのうじきつよしさんや”サイクルドクター”こと竹谷賢二さんをはじめ、個性豊かな「チャリダーファミリー」との共演。ただ、“しごき”はガチ ©NHK『チャリダー☆』「サイクルクリニック」という設定の「チャリダー☆」。オーナーのうじきつよしさんや”サイクルドクター”こと竹谷賢二さんをはじめ、個性豊かな『チャリダーファミリー』との共演。ただ、“しごき”はガチ ©NHK『チャリダー☆』

 ただ、“ドS番組”ですよ『チャリダー☆』は(笑)。坂嫌いの朝比奈彩さんをヒルクライム大会に出場させて、終わっても誰もほめないし、ロケで頑張った人に容赦なくダメ出しをする。そのスタンスは素敵だなと思います(笑)。

 僕は「裁判」と言ってるんですけど、「チャリダー診断」といって番組の最後に竹谷さんがアドバイスをくれるコーナーがあるんです。その内容がえぐくて、実は放送されていない部分の方が多い(笑)。竹谷さんの指摘がおっしゃる通りすぎて、ぐうの音も出ません。本気で凹みます。

「竹谷さんの指摘が的確すぎて、本気で凹みます」と顔をしかめる猪野さん Photo: Naoi HIRASAWA「竹谷さんの指摘が的確すぎて、本気で凹みます」と顔をしかめる猪野さん Photo: Naoi HIRASAWA

 わりと頑張ってる方だと思うんですけどね。自己ベストも更新しているし、結果も残しているんですけど、そこには一切触れてくれない(笑)。やっぱり表彰台に乗らないとダメなんでしょうね。ロケ先の風呂でうじきつよしさんと竹谷さんが入ってきて、頼んでないのにずっと説教されたこともありました。のぼせるでしょうっていう(笑)。でもそういうお互いの本気さが番組のおもしろさに反映していると思うし、サイクリストの人たちの共感を得ることができるんだと思います。

坂に闘志を燃やす女性チャリダー5人「坂バカ女子部」に猪野監督あたふた?

――「坂バカ女子部」の発足と監督就任、おめでとうございます。

「坂バカ女子部」で厳しい面接に臨んだ猪野監督 ©NHK『チャリダー☆』「坂バカ女子部」で厳しい面接に臨んだ猪野監督 ©NHK『チャリダー☆』

 ありがとうございます、って監督らしいことしてませんけど(笑)。それにしても女性サイクリストが増えましたね。「坂バカ女子部」のオーディションでも200人くらいの応募がありました。最終的に約30人まで絞り込んで面接をしたんですけど、大会で上位狙う人や上れないけど坂が好きという人、まったく自転車に関係のない芸人さんまで(笑)さまざまな人が集まりました。

レベルは違えど坂への情熱に溢れる女子たちで結成された坂バカユニット「坂バカ女子部」(左から大宅陽子さん、三谷尚子さん、佐藤綾衣さん、牧野ステテコさん、若林由乃さん)。監督・猪野さんと共に、ヒルクライムレースでの表彰台をめざす ©NHK『チャリダー☆』レベルは違えど坂への情熱に溢れる女子たちで結成された坂バカユニット「坂バカ女子部」(左から大宅陽子さん、三谷尚子さん、佐藤綾衣さん、牧野ステテコさん、若林由乃さん)。監督・猪野さんと共に、ヒルクライムレースでの表彰台をめざす ©NHK『チャリダー☆』

――個性豊かなメンバー5人が集まりましたね

 皆、それぞれ個性的ですが、女性チャリダーの代表的な存在が集まったようにも思います。

 大宅(おおや)陽子さんは筋金入りの「坂バカ」ですよ(笑)。僕は同じ「坂バカ」でも、アウター縛りで上ろうとする三谷尚子さんタイプ。根性で踏み倒して坂をやっつける感じなのに対し、大宅さんは山そのものが好きなんですよ。まるで登山家です。

「サイクリストヨガ」でおなじみ、ヨガインストラクターの大宅陽子さん。猪野さん曰く、「坂を語るとき瞳孔が開く」 ©NHK『チャリダー☆』「サイクリストヨガ」でおなじみ、ヨガインストラクターの大宅陽子さん。猪野さん曰く、「坂を語るとき瞳孔が開く」 ©NHK『チャリダー☆』
どんな坂でもアウター縛りという試練を課す三谷尚子さん。「僕と同じタイプの坂バカ」と猪野さん ©NHK『チャリダー☆』どんな坂でもアウター縛りという試練を課す三谷尚子さん。「僕と同じタイプの坂バカ」と猪野さん ©NHK『チャリダー☆』

 他の3人はロードバイク未経験者で、頑張りの質がそれぞれ違う感じです。坂にトラウマを抱いていて、泣きながら坂を上っていた佐藤綾衣(あやぎ)さん。最初は「この子大丈夫かな」と思っていましたが、わりとガッツがあって伸び代を感じますね。最年少20歳の若林由乃さんは小柄で、一見おとなしいんですけど、坂を上るときに見せる芯の強さがいい。真っ新な感じがどう変わっていくのか、自転車の成長もさることながら人としての成長も楽しみです。

坂に対するトラウマを克服しようとする佐藤綾衣さん。成長著しく、「変化が楽しみ」と猪野さん ©NHK『チャリダー☆』坂に対するトラウマを克服しようとする佐藤綾衣さん。成長著しく、「変化が楽しみ」と猪野さん ©NHK『チャリダー☆』
最年少20歳の若林由乃さん。 小柄でおとなしいけれど、猪野さん曰く「芯は強い」 ©NHK『チャリダー☆』最年少20歳の若林由乃さん。 小柄でおとなしいけれど、猪野さん曰く「芯は強い」 ©NHK『チャリダー☆』
芸人枠代表(?)の牧野ステテコさん。コミカルなキャラクターで沿道からの人気も高い ©NHK『チャリダー☆』芸人枠代表(?)の牧野ステテコさん。コミカルなキャラクターで沿道からの人気も高い ©NHK『チャリダー☆』

 テコ(牧野ステテコさん)は素晴らしいキャラクターでしっかり仕事してくれますね。沿道からの声援も多いですし、人気者です。選んだ理由はヒルクライマー体型だったのと…、とにかく面接時のネタの破壊力がでかかった。それにつきるかな。面白いとは言ってないですよ(笑)。まあ、でもみんな結成直後からいきなり榛名山ヒルクライム行かされたり、名だたる激坂コースに挑んでますが、よく頑張っていると思います。

――どんな監督を目指しますか?

仲良くなりたい気持ちを押さえつつ、「監督ってポジションは孤独なんですよ」と語る猪野さん Photo: Naoi HIRASAWA仲良くなりたい気持ちを押さえつつ、「監督ってポジションは孤独なんですよ」と語る猪野さん Photo: Naoi HIRASAWA

 僕自身、監督としていつまでもつかが心配です。なかなか女性の世界というのは難しいですよね。車移動のときとか孤立してますよ、僕(笑)。いつの間にか大宅さんが監督になって、僕は雑用になってるかもしれません。

 一度合宿とかして皆と腹を割って話をしてみたいですね。でもますます孤立したらどうしよう(笑)。まあそもそも監督ってポジションは孤独なものなんです。僕はダメキャラなりに彼女たちの成長を見守りつつ、消えない程度に(笑)、番組を通して女性チャリダーの活躍を応援していきたいと思います。

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インタビュー 猪野学の“坂バカ”奮闘記

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